レミオロメンの「3月9日」という曲を、

卒業生への予餞会で歌うのだと中2の息子が練習している。


興味を持って、YouTubeで探して聴いてみて、

不覚にも落涙してしまった。


わたしが目を閉じた時に、

だまって励ましてくれるように思える、

こころの支えのようなひとは、


そのときそのときでやはり、

居たように思うのだ。


だけど、


わたしはだれかの瞼の裏で、

静かにはげましてあげているひとであれているだろうか。


わたしは、いい恋人だったろうか。


かつての恋人たちよ。


わたしはいい恋人だっただろうか。



もう確かめるすべはないけれども。

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The Yellow Monkeyを聞いている。


どうでもいいけどカラオケで、イエモンって、「ザ」の項に入ってんのよ。
「ジ」だろうが。そうじゃないのか?Wikiでは「ザ イエローモンキー」って
読み仮名ついてるけど納得いかない。


「Jam」という、ちょっとシニカルな名曲があるんだけど
(夜中にひとりで聞くと泣けてくる←涙腺締めようぜ自分)、


人間の、悲しきエゴイズムを歌ってながら、


落ちが


「こんな夜は、君に会いたくて」


なんだよな。


数日前にヘビロテだった「HANABI」だって、

「君はなんて言うのかな。暗いと茶化して笑うのかな」

って。


君の存在。
関係性に逃げ込んでるのかな。
「君」がいればそれでいいのかい?って、
それこそ茶化して笑いたくなる。


でもそーじゃなくって、「君=世界につながる扉」なんだ。
いかにもPOPSのロジックなんだけど、
これは象徴なんだよ。


そう思ったら、ちょっとすっきりした。


「君」に出会って、何かが触れ合って、わかる気がして。
その奇跡的な瞬間が、魔術的に世界の見通しをよくする。


恋愛など、所詮性欲に裏打ちされた、勘違いと寂しさで構築された、
誤解を理解だと無理やり落ち着かせて片目を閉じた結果だとしても、


そうはとても思えないんだけどw


相手を知りたい、理解したい、と思う健康な欲望は、
自分自身の不思議を掘り下げていく。


自分自身の深いところに潜水していくと、
やがてぱーっと拓けた空の中にいることに気がつく。


繰り返し言うけど「君」は象徴だ。
いや、象徴にすぎないとは言わないよ。

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