わが愛しの佐藤寿人選手、当然の選出

まさに代表定着。

Vivaであることよ。

昨夜も流石の2ゴール。

このひとはどうも点をまとめ取りする癖があるようだ。

てか、相手が寿人を抑えそこねたら、もう手がつけられない、って選手なわけね。


(最近、あんまりあたしが「寿人寿人きゃあきゃあ」などと言っているせいかどうか知らないけど、

ムスコが「こぼれだまを押し込む」というプレーを頻繁に行うようになった。

「おかあちゃん、見て見て。俺だって寿人と同じだぜ」

とでもいうことなのだろうか。かわいいヤツだ)


大分トリニータから、GK西川周作、MF梅崎司の初選出。

地方にばかり住んでるあたしには、うれしいことです。

満遍なく見てくれてるんだな、と思う。

(いや、大分という名前を聞くと、まあ、胸の奥から押しあがってくる悔しさや物寂しさがあるけど。

あそこで一点取れていれば、今も寿人と一緒にJ1にいたかもしれんよ、ベガルタも・・・)

(などと、何年たっても思うんだな)

(はじめてサッカーの試合見てて泣いたもの)


しっかし、MFばかりうじゃうじゃと。

そして、DFの中にFWいるじゃんw実質4人か、DFはw

てゆーか、日本にはDFはほかにおらんのか?


いっそ全員MFで試合に臨んだらどうだろう。

とっても「日本的」なサッカーになること請け合い。嘘だけど(そんなことしたら寿人がでられないwww)


そして生中継はTV東京のみ~~~~????

頼みます、BSジャパンでもやってください。夜更かしでもなんでもいたします。



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裏の家の解体工事が、この前の土曜から行われている。

土日は、ぎゃーすこぎゃーすこ、と、植木の伐採をしていて、

アタマの芯まで痛くなった。


今週に入って、がらぐらどしゃめしゃぐがんだぱととん(←フリージャズじゃないからw)と、

本体を叩き壊している。一日でおうちの半分がなくなっている。


家なんてあっけないものねぇ。


・・・はともかく、やかましくってしょうがないので、

できるだけ家を空けている。

家事は夕刻、夜間にまとめている。

よって、PCになかなか触っていない。

コメントへのレスも遅れている。

ごめんあそばせ、ごめんあそばせ。


で、うっそうとしていた手入れされていない植木がなくなったおかげで、

バスルームがたいそう明るくなった。


静かになったら、昼間っからバスグッズ持ち込んで、

るらんるらんとお風呂にするつもり。

あー、楽しみだ楽しみだ。


そう思って、騒音の日々を耐える。

(建築・改築・解体の騒音はお互い様だしね)

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毎年毎年毎年毎年、

夏休みのおしまいには、




いやったぁぁぁぁぁぁあああ!!!


という気になる。

仙台市の公立の学校は今日から始まるのだ。

昼飯の日々。

終盤の、宿題をめぐる攻防。


やれやれ。

来年は片方が中学生だ。

どんな夏休みになるんだろう。

(夫の長期出張が決まったので、その間広島に少し長く滞在しようと思ってますよ♪)

(お徳さん、会えたらいいな♪)


プチ沈みも、そのうち解消するに違いない。

ああ、違いない。

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いつものアレ。

世界がすーっと遠くになっていくような気がする。

なにをやっても、「どうせ、なにごとも好転しない」という気がする。

アタマの芯が軽く痛む。

ひとのコトバが空虚にひびく。


これはいつものアレ。


やりすごせ。

やりすごせ。


そのうち、すっきりとした時間はかならずくるのだから。

8月6日深夜放送だったものを、ようやく見た。


NNNドキュメント’06「被爆カルテ」 (詳細データがこちら にありました)


太平洋戦争の戦時中、医師や看護婦は、都市防衛の意味から疎開を禁じられ、

都市部に多く暮らしていた。

よって、原爆投下時にはたくさんの医師、看護婦が被爆し、多くの病院が甚大な被害を受け、

被爆による大量の怪我人は、郊外の医師によって治療されることとなる。


そんな、広島の郊外の診療所の医師であった伴冬樹医師の残したカルテから、

医師として見た原爆の実態、医療に携わるものとして新型爆弾の被害に向き合った事実を読み取る。


怪我が重い者はもちろん、そうではない者まで発熱して、脱毛して、いわゆる『原爆症』の症状を表して

ばたばたと死んでいく現状と、それになにもできない、それどころか「何が起こっているかすらわからない」状況。


伴医師は故人であるため、実際のことばはわからないけれども、

残されたカルテから見える試行錯誤。その時できる精一杯の治療。足りない薬、尽くす手立てが垣間見える。


肥田舜太郎医師(医療生協埼玉・埼玉協同病院名誉理事長相談役)も当時広島で治療にあたった

数少ない医師のひとりである。

彼が治療にあたった救護所になった戸坂小学校で、当時の状況を語る。



被爆者の立場ではなく(伴医師は入市被爆者でもあるのだけれども)、

医療従事者の視点からのドキュメンタリーは初めて見た。

戦後、占領軍からの情報の囲い込みによる医師としての苦悩にも触れている。

ヒロシマ、ナガサキは、アメリカ軍の機密事項になっていたからだ。

医師のネットワークなんて当時ありえないわけだから、個々人がつらさを抱えていたことになる。


治せない『原爆症』への、医療従事者としての苦悩。



前に記事にした『夕凪の街・櫻の国』(今度映画になるそうですね)という漫画の中にも、

生き残った、と思われた被爆者の突然の発症のエピソードがあるけれども。

今、丁度、新藤兼人の『さくら隊散る』を読んでいるのだけれども、

そこにも、怪我はしたものの、なんとか生き延びたと思われた被爆したひとが

(その中には映画『無法松の一生』に出演した園井恵子といううつくしい女優さんも含まれる)

原爆症で苦悶した末に命を落とすという出来事が書かれている。


放射能が人体に及ぼす激烈なダメージ。


(日本の近代医学が、爆心地から1kmで被爆した人と同じ状態で放射能に被爆した人を診る事ができた出来事がある。

それは、1999年9月30日、東海村で起きた臨界事故の際であったと言う)



放射能を平和に利用することすらまだわたしは懐疑的なのであるけれども、

それは当然、兵器にされてはもっと困るわけなのである。

困る、というか、嫌だ。

生きながら、内側から焼かれて死ぬのは恐ろしい。

自分だけは誰かが守ってくれる、などと考えられるほどわたしは楽観的ではない。

わらしべ長者

先週から子どもたちと、


「ミスタードーナツの飲茶のポスターは、おいしそうに見えるよね。」


と話していて、今日ようやっと出かけてきた。

(なにせ、学校のプールに何が何でも出かけたい連中なので、意外と夏休みは忙しかったりする)



で、目当ての冷やし中華風の麺は両方とも販売終了で、がっかりしながら、

しかたないねぇ、と口にした黒胡麻坦々麺も汁そばも、思ったよりもおいしくて、


「結構いいねぇ。」

「たまにはいいねぇ。」


なんて、にこにこしていたお昼時。



わたしたちは、たまたま切れてた肉まんの蒸しあがりなんか待っていたから、

割合お店にいる時間が長かったのだけれども、


隣の席や、その向うの席にお座りになっていたお客さんが、

次々に、集めたらなんかもらえるキャンペーンのカード、をわたしたちにくれるのだ。

そのキャンペーンはあさってで終了だからなのだろうし、

わたしも、「集めない、集まらないだろうなぁ」ってカードはその場でひとにあげちゃうことも多いのだけど、


30分くらいで、7枚集まったw


それは8枚集めたら景品と交換できるので、

飲茶いただいてもらったカードとあわせたら、交換可能。

しかも一枚、そのカードだけで交換可能の「あたり」まで混ざってた。


景品は、ポン・デ・ライオンのカレー皿だのサラダボウルだの、カフェエプロンだの、

ちょっと微妙だったけど、ムスコたちが盛り上がるのでカレー皿とエプロンをもらって帰った。


カレー皿は、きっとそのうち食器棚のやっかいものになるのだろうな。


カフェエプロンは、ポケットが大きくてポリエステル製なので、おそうじエプロンにしようと思う。

一緒についてきたプチタオルがまあまあかわいい。

(わたしはタオルが大好きだ)

(ちなみにこれは前回やっぱり「あたり」が出て、うちに同じのがもう一枚あるw)


で、だんだんたまっていくカードを見ながら、

わたしはわらしべ長者を思い出していた、って、

タイトルはまあ、それだけのことだ。


子どもたちは、余所のちっちゃい子どもが、

ディスプレイしてあるフレンチウーラーの工作キットを

無邪気に破壊しているのを、目を丸くしてみていた。

あんたたちもああいう状態だったのよ、というと、

信じられないような顔をしていたけど。

仲直り?

テーマ:

「あなたって、本当にもてないタイプだと思うよ。」


「人の感情とか、そういうこと推し量ろうとか思ってないし、

そもそもそんなことに必要性があるかどうかすら考えちゃいないんじゃないの?」


「相手がどう思うか、とか、そういうこと考えたほうが、よくない?」


「あー、そういうの面倒、っていうか、そういう思考そのものが欠如してるもんね。」


そんなことを言いながら、あたしの手は、彼の短くした髪をなでている。

彼は、聞いてるのか聞いてないのか、返事もしないで、あたしのもう片方の手の指にふれている。


しかたないなぁ。



また、赦している。



好きだからしょうがない。

彼も、へたくそなりにあたしのことを好きなんだろうな。




・・・・・・そうでなくっちゃ、一緒に暮らすことすら不可能なレベルだと思うわw

・・・・・・だからこそ、酷い状態のわたしとも暮らせた、ということもあると思うしw




ひとは変な者ね、そして優しい者ね。



今更やり方がわかってきて、パソコンにCDから音楽を取り込んで、

今、エンドレスにランダムに、オフコースのシングルを流しています。


あ・・・・

汚れないあの頃がよみがえる・・・


そんな頃あったんかい?という突っ込みは、



禁止。


それにしても、何も知らず清らかだった。

「Yes-No」という曲の、

「君を抱いていいの?好きになってもいいの?」

という歌詞を聞いて、


「抱っこするくらい、なんで許可取るのだろう。

そういうのは衝動ではないのだろうか。

好きになる、ってのも、許可制なんだ・・・。

とてもジェントルなひとの歌なんだな」


と思った中学生の頃。


オフコースは、普通に好きだった。

稲垣潤一がデビューした時、とっても好きだった。

(ドラマティック・レインが大ヒットしたとき、興味のないひとになった。

なんだよあの、べったべたの世界。もともとそういうとこあったけどさ。

ぎりっぎりのきわっきわのクサさ寸前寸止め、ってのがよかったんだよ)


なので、所縁のある仙台に住むことになってちょっと嬉しかった。


シングルでは、『I LOVE YOU』とか好きだった。

シングル以外では、『一億の夜を越えて』。


別格で、『NEXTのテーマ~僕等がいた』。

まだ、「そこから歩き出せばいい」ところにはたどり着いてないような気がするけれども。

喧嘩したぁ!

テーマ:

先日の記事のしっぽのところに、夫婦喧嘩した、って書いたけど、

それはわたしだけがそう思っていたようで、

なのでヤツはあやまりもせず、

わたしは不満を抱えておりました。


ナニが原因かつーと、

その朝、あたしもテレビ見ていたのに、夫は部屋から立ち去る時に、

ぶつん、

とテレビを消しちゃったのです。


せめて、「消す?」とかひと声かけんかい!


これは彼の、ずーっとずーっと前、15年前からの習性で、

そのたび、

「何で消すの?見てたのに。」

と、ぷんぷん怒るわたし


VS


「え?またつければいいじゃん?」

と、何が悪いのかワカラナイ風の夫。


という、不毛な不愉快がくりかえされてきたわけね。


一緒の部屋にいて、横に居る相手がテレビ見てるかどうかも興味がない。

或いは、そうやってぶっつり消すことが、相手の感情をさかなでることに気が付かない。

それを指摘しても、何度指摘しても、

「なんでそんな風に思うの?」

って、自分の感じ方と振る舞いだけが正しい、と主張するのよね。


他にいいところがたくさんなかったら、

ほんと、イヤになってるかも。

無視されてるみたいで、とても腹が立つの。


あたしがおかしいのかな。



んで、

昨日、髪切ってきたの。

久々のショートカットだよ♪

ちょっと、上品なミセス風に。

(しかし、ショートカットを決めるには、あごのラインがシャープでなくっては、とつくづく思ってしまった。

努力が必要ナリ)


で、帰宅して、

「ミセス風でしょ。」

なんて言ったら、

「うん、ふけたね。」

だって。


そんな言い方がおんなを老けさせるんだよぉっ!!!!!!!!

怒り狂い。

言わんでいいことがあるやろ?

隣におるおんなを、キレイに機嫌よくさせときたくないんかい?


あっちには、やっぱり「ナニが悪いのかワカラナイ」状態のようで、

あー、

もーダメー、

自分で自分のケアをしないと、このひとのメンテじゃ、

おんなとしてダメになるー、なんて思ったわけ。


わたしは喧嘩だと思ってるんだけどね。

きっと、彼には通じてない。

むなしいっちゃあ、むなしいね。