馬鹿から始める

思いがここに爆発!


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入り口にこんな看板がある
東日本一大杉
実際の順番はどーでもいいのだが
確かにその存在はすごいです




聖徳太子時代?応仁天皇時代?に植樹されたとか?なんと樹齢1300年とか
基本的には長寿祈願で有名ですが光るとお告げかある?的な伝承もあるようです。



そしてお告げと言えば


天之日津久神社

日本に一つしかない神社なのに古く信仰者も多い
なぜここにしかない?不思議だ

麻賀多神社内に存在している

そして何より有名なのが

岡本天明さんがこの場所でひふみ神示または日月神示と呼ばれる、神示を受けた場所。
それを自動書記にて紙に書いて、訳のわからない文字列で本人も何を書いているのかわからなかった為みんなで解読した。日月神示。

ん~どうなんだろ?この天之日津久神社の神が、もしくはその関係の神が降臨したのか?この土地が聖域な為神が降臨したのか?
内容はとにかくすごいので一度調べてみるのをお勧めします。

岡本天明さんは元々霊能力があったみたいです
だから自動書記?ちなみに自動書記は霊が乗り移って字を書かせる。

それが17年も続いたってんだからどんだけ憑依されてたんだ?ってことなのか?
またそれを信じて日本政府が動いていたとか、
日月神示に第二次世界対戦は負ける的なことも書かれていたらしい。




そして、①で書いたダビデの紋章だが実際は麻の葉社紋らいし、麻を朝廷に献上していたことからこの社紋にしたとかなんとか。

それでも伊勢神宮とつながりがある麻賀多神社。この社紋が伊勢神宮の裏社紋と似たようなかたち。一説によると伊勢神宮の鬼門にあたるこの場所に麻賀多神社を作ったとか。
何か意味がある気がする。

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またまた来ました。麻賀多神社まがたじんしゃ
やはり仕事で突然のキャンセルで時間ができたので近くの神社がここだった。


Wikipediaによれば 社伝によれば、景行天皇42年6月晦日、東征中の日本建尊が当地を訪れ、杉の幹に鏡を懸け「この鏡をインバノクニタマオキツカガミと崇めて祀れば、五穀豊穣になる」と言い、伊勢の大神を遥拝したのが当社の起源であるという。応神天皇20年、神八井耳命の8世の子孫である印旛国造・伊都許利命が現在の成田市船形に社殿を造営し、その鏡を神体として稚日霊命を祀った。また、伊都許利命は杉の木の下から7つの玉を掘り出し、それを神体として和久産巣日神を併せ祀った。この2神は「真賀多真(勾玉)の大神」と呼ばれた。推古天皇16年、伊都許利命の8世の子孫の広鋤手黒彦命が、神命により現在の成田市台方に和久産巣日神を遷座し、それまでの社殿を奥宮とした。

延喜式神名帳に記載の際、「真賀多真」が三種の神器の
一つと同名であるとして、一字取って「真賀多神社」に改称した。後に、一帯が麻の産地であることから麻賀多神社に社名を改めた。

延喜式神名帳に香取神宮の次に(四番目)記載されているから歴史はかなり古い





特に賑わっている訳でもなく、かなり大きい訳でもないが確実にパワースポットだ



柱に菊の紋
確か天皇家の家紋。太陽の様だとか菊が長生きを強調する花だからとか謎は多い






そしてカゴメ紋?屋根にこれがあるって事はこっちが本当?正式なカゴメ紋は調べても出てこない。違う名前か?
伊勢神宮に隠れ社紋として存在し、ダビデの紋章や六芒星などのユダヤ系からの伝承説や
日本ではカゴメカゴメの歌、君が代の歌、魔よけ、などオカルト的な要素もある








ここはオカルト要素満天です。加えて古事記、日本書紀などの古代要素もある

パワースポットとしては穴場だ!
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仕事で遅くなり現場から出てふとあたりを見回すと、真っ暗。
すると無風にもかかわらず、コッコと音がするなんの音?と心で呟いてみたが、なにも答えはない。
なんだかここだけ、時空が違う感がしたので一枚パチリ
光っているのは外灯だあとは竹林。


怖いと思うと怖くなる。
人の感情って………。

その後家に帰って子供たちと風呂に入ったら
風呂椅子の上に置いてあった桶がひとりでに落ちて中の冷たい水が私の顔に・・・・。
明らかに子供たちから離れている
にも、かかわらず
お前たち冷たいな!
と言ってしまった。
明らかに誰も近づいていない場所なのに
子供たちはポカーン顔。
そりゃそうだ、俺もみてたし!
だがなかなか認められず、気のきいたギャグにしようと思っていたら6才のせがれが
わかった!
妖怪だ!
なんだか救われた。

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やはり仕事中、前から気になっていたが忙しくてずっとよれなかった稲荷神社、香取神宮の近くだ。
今回も忙しかったのだが食事を抜けば時間ができる!って事で立ち寄った。
前回も稲荷神社だったので何かしらえんがあるのかも?





入り口付近で何度もシャッターを押したのだがシャッターが押せない、↑は無理やりおした写真!
すごいパワースポットかもしれない。
どうやらここは関東三大稲荷神社の一つらしい他の二つが…忘れた。

そして鳥居をくぐるときは気を付けた方がよい
キツネ様がスナイパーのような目つで脅かしてくるかも?

 ここ大事↓



何かを見張ってる?



歴史もそこそこあるので調べてみてください。


んで
オカルト的に調べると昔は、大きな地区の守り神 戦いに敗れ燃やされる 生き残りが集まって違う場所に祭る、病が流行る、病人にお告げをする。
我を~朝日の出づる場所にまつれ~
で現在に至る。
らしい
この部分が重要で石碑にも書かれているのに、誰も触れたがらない。
なぜ?
これこそ神の存在を伝承する箇所だとおもうのだが?


みんなみてるよ~


んな顔で


本殿はなかなか立派です



でかい、当たり前だが狛犬ではない。



でここが


一言稲荷社


これはすげー
願い事がの大きさに比例して悩みや苦悩も大きくなる
解決法は神頼みしかない!
今こそここになんでも頼んでいいぞよ~

だって

よくみると祠には会社企業の名刺や手紙がはさんである。

これをみると心が素になり、身勝手にも願わずにはいられない。
不思議なパワーを感じる。


本殿は

五円玉を連想する紋、稲荷抱き稲紋、
でこれは伏見稲荷の代表紋で、たしかここも伏見稲荷系のはずなので歴史とパワーは理屈的にもありそうだ




すごい数のキツネさんと会えます


裏側にも賽銭箱があるでー他にも祠が.あるため
結構賽銭が必要になります。
裏に賽銭箱があるところってオカルト的な伝承があったりする事が多い気がする

俺がこのあとお金持ちになったらここのおかげかも知れない。
その時は報告します。

そしてなぜか?

牛もいます



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仕事で待ち合わせ場所に早目に着いたので近くにある神社にまた寄った。
やはり大木が決め手になるのだが、この鳥居をみて無視はできない




なかなか古い木々、神社よりもこの土地に何かしら感じた。




やはり戦いに勝った的な事があってから
ここも大きくなり、守られてきた感じである
古代的な部分では、やはり古墳も絡んでいるみたい。
実際このあたり数キロ圏内は古墳だらけ、何かしらパワーの強い事柄があっても不思議ではない

金刀比羅神社は、創立年代は不詳で八田字の東雲にあります。祭神は、大那持命・大日靈貴命を祀っています。延元2年(1337年)10月に讃岐国に鎮座する金刀比羅大神を奉勧・遷所したものと伝えられています。後奈良天皇の弘治3年(1557年)に千葉氏族の坂田城主 井田友胤が信仰して、その霊験により戦功があったため崇敬者増し、寛文年間(1660年代)に八田村200余戸の住民が相談のうえ本殿を再建しました。古老の伝えるところによると、当社の北方に三谷大膳介の古墳があり、その後城主の井田因幡守が讃岐国の金刀比羅大明神を信仰したと言われている。山武市観光協会より



羽団扇紋、天狗のうちわで有名ですが災いを吹き飛ばす、戦いて相手を吹き飛ばすなんて意味もあるようです
元々創立年は不明とかかれているのと神道系鳥居、そして山の神と言われた天狗が使う羽団扇の紋。


その羽団扇が池に祭られている
元は違うのかな?と想像してしまうところもある
例えば山の入り口にある神社なので山道でトラブルが起こらないように祭られていたとか

天狗伝説があったとか

元々大昔はこのあたりが海で船や海の災害、大量を祈願してたとか

またまた勝手な妄想です


本堂もなかなかで伊勢神宮と何かしら関わりがあるみたい


そして神楽なども行われているのは貴重で格式の高さも感じる

御神木もいい感じです



社務所もなかなかです

人知れずのパワースポットかもしれない

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子之神社の帰りに通りがかった。

稲荷神社いや平蔵稲荷神社。





なぜ立ち止まってしまったかと言うと
御神木と言うか切られているが大木!




この木に惹かれたのには理由がある
昔、霊能力者から聞いた話だが稲荷神社でキツネの神が強いところは、敷地内の木がうねるように枝が出たりまがっりしているとの事。
分かりやすく言うとキツネが登る為にってな事らしい、それが杉の木でもそうなるとのこと。

気にして見てみると確かにそうだった。
ここもきっとそうだった感バリバリ。
(枝が切られているが)



いろいろ調べてみたがこの平蔵稲荷神社
社が昭和初期に個人がご利益に感謝して作られたもので元は写真右下にある小さな石碑だけだったみたいです。

この地域の地名は松之郷なのですがなぜ平蔵?

どうやらこの辺りは大昔の弥生、古墳時代 平蔵台遺跡と言って勾玉や土偶が発見されるような
場所のようです

そして驚く事に民話もあり
(宝探しで畑ができる)とある
詳しくは説明されてないのですが、遺跡の発掘で畑ができる程掘った。(土器が出てきた)ってな事なんだろう。
で商売的に儲かった人が商売の神とも言われる
稲荷神社をこの地に祭ったのか?

この地にいた神を勝手に稲荷としたのか?

祈っていたら他の事でもいろいろご利益があったからか?

きつねのお告げか?

古墳だからか?

いずれにしてもパワー強そう感バリバリ。
小さいからあまり人が来ないその分 いろいろと聞いてくれる。
とすれば穴場かもしれない

御祭神:宇迦之魂神 (うがのみたまのかみ)




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前からずっと気になっていた神社がある。
それが東金市田間にある子之神社(ねのじんじゃ)






遠くから見ると山の上に見えてあの階段を一度は登ってみたくなる。

今日初めて登ったんだけど、普段の運動不足も手助けしてまぁ辛かった
全部で111段登りきって見えたのが


こんな感じ、なかなか古い。
掃除あとがあるってことは毎回この階段を登り降りしている人がいる?
ん~信じられん!


巴の家紋、水がらみは大昔この辺が海だった影響か?はたまた子之神社は龍神絡んでいるのか?




中には鏡?みたいなものが見える




上からの景色もなかなかて晴れていれば海も見えそうな感じ

調べてみたが特にいわれはなく説明も見当たらない。

一般的には
子之神社の主祭神は

大己貴命(おおなむちのみこと)

関東最古 子授け子育ての神と云われ、子授け子育ての祈願が盛んだとか


この辺りはの山は数百メートル感覚で神社がある
大昔このあたりの地区民が争うように神社を建てたのか?うちの地区の神様が一番すごいってな感じ?

もしくは近くにある格式ある神社にあやかる、または便乗しようとしたか?

もしくは古くから何かしら言い伝えがあり、それぞれが伝承しているのが?

調べてなにもない以上100%想像の域を出ない
想像ばかりしていると
こんなとなり山も古墳ではなかろうか?
なんて考えてしまう




お粗末。
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神社廻りをしている写真の一枚に心霊写真が久々に写ってしまった
神社から帰ってきてすぐに写真は一通りチェックしたのだが女房が今回は写ってるような気がするから写真を見せて、と言われ見せたら、いきなりこの写真すぐに消してと言われチェックしたら
本当に写ってた!
今回は他人に憑いている霊なので ちょいと悩んだんですがその他人は足しか写っていなくその上にかぶさるように写っているので、まぁいいか?って事で

心霊とは

■ デジタル大辞泉の解説
しん‐れい 【心霊】
肉体を離れても存在すると考えられる、超現実的な心の主体。魂。


ちなみに場所は香取神宮パワースポットのひとつ要石付近、たまたま適当にアングルも気にせずに撮った一枚。
このとき気になる男女がいて、女性の方が要石に何かしら目的があったのか?一人要石に集中し、廻りの木と話をしている様子。この人何かある!と感じた私は後ろ姿だけでも写真におさめたいと考え隠し撮りチックにさりげなく撮影を試みたが連れの男性がこちらを見ていたため撮影は失敗に終わった。
その後娘がシャッターがきれない話に気がいってしまい、その事は忘れていました。
家に帰って女房が気づいたのはそのときの写真でたまたまその男女が要石の敷地に入ってきたとき写していました。

その女性の背中にはかなり古いと思われる着物姿の女性。
その敷地に入った瞬間パワーに触発されて出てしまった感じ、良いか悪いか?はわからない
元々その女性に憑いていたのか? 近くで拾ってきたのか?どちらかであろう
元のサイズだと解りづらいのでその女性のアップだけのせることにする

さぁ覚悟して見てください






おわかりいただけたであろうか?
この女性足しか(ジーパン)写っていない

体より上は後ろの葉っぱが透けて見えていて上に白黒の古い感じの女性が写っている
なんだか古代を感じる
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たまたまいすみ市で仕事がありそのあと千葉市内に戻る道中なんだかいい感じの神社を見つけたから田舎道、車を戻らせた





地元で五穀豊穣を祭るにはちょいと立派かな?
この土地には神がいる
そんな空気感を感じた。
まぁ入り口にある巨大な木はやはり霊道を感じさせ、
それにひかれたのがほんとのところです



入り口から見上げると参道にも風情があり
鳥居にはなんだか古代を感じる




本堂入口の狛犬たちは何か話しかけてきそうな雰囲気を感じる

看板を読んでみると



意味がよくわからない。
わかることは
天武天皇の弟、高市親王がいたのか?的な?
事ぐらいだ!
まぁいいか!

そして本堂は

ん~
この形、って言うか
このフォルムは
経験上結構古くからあるタイプの神社


何かある!




巴 の 家紋



本堂のうらには水が祀ってある。
小さな山に水?

よく見るとちょっと古墳チックな感じのやま



なんとなく 
インスピレーションでよっただけなのに
何かありそうな雰囲気

調べてみた。

すると

随分とスケールの大きな話に発展した
諸説色々あるためにうまく説明はできないがかいつまんで独自の論を入れると


①ここの大宮神社 は奈良県にある大神 神社のこと

②高市皇子は天武天皇の弟ではなく息子

③小高氏は高市皇子の忠実なる家臣

④ここいすみ市には位が高いであろう人のセリフなどが地名になっていたりする


そのことをふまえて 勝手に想像すると高市皇子の身内が何らかの形でこのいすみの地に
逃げてきて小高氏が
かくまっていた、
だから文献上では天武天皇の弟という設定にし
て胡散臭さを混ぜ込みながら真実を遺したい気持ちがあったのではなかろうか

実際の 高市皇子の墓は
奈良県の方にあるとされている。小高氏も
奈良県を拠点としていたとされていて
高市皇子の死因は病気であるとも策略的にころされたとも言われているので隠す必要があったのかもしれない
実際 持統天皇の頃には総理大臣的な
ポジションでかなりの手腕を発揮していた大柄の男性だったらしい
本来は天皇になるはずだった高市皇子。
母親の身分が低かったから、
本人が断ったから、
闇の組織の策略で
などから
天皇にはなれなかったようだが、そのオーラというか実力も相当だったようなので
その身内が、
日が暮れるのを惜しむとその地名が押日になったりする可能性はある
いずれにしてももしかすると このいすみ市には古い天皇の血族が今も住んでいるのかもしれない。
そこは調ませんが…



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今日は休み
って言っても朝から
せがれ二人が
水疱瘡族の為
1日面倒見なくてはならないから
外には出れない
庭くらいならいいかな?
って事で
昨日の雪を利用して小さな


雪だるくん作成

あっという間にとけました
そんな1日。

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