馬鹿から始める

思いがここに爆発!


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この絵は地球上には人間が溢れていてその感情が隙間なく地球を覆っている。そのバランスが崩れた事で人の感情も崩れていって本来円であった善悪のバランス、貧困、地軸、大気がイビツな形になりその影響で本来平等である太陽の光や見えないパワーが偏って降り注ぎ地球の自然にまで影響を及ぼす、天災が起こる。全ては生物多様性を超え地球全体の多様性を意味する事を表しているかどうかはわからない。
ただの落書きだ!
たまには偉そうな能書きをいれてみたかった今日この頃。


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本日仕事中に暇な時間に立ち寄った寒川神社。
20代の頃少しだけ住んでた中央区内にある、当時神社仏閣にほとんど興味がなかったが名前だけは何度も聞いた
おそらく千葉市内では名前だけは結構有名なのかもしれない。

そんな神社にはじめて行った
もちろん千葉市中央区寒川町にある
こじんまりとしたその神社はなかなか雰囲気がある。平日なので貸し切り、神様独り占め気分で行った


入り口に親切に説明が書いてある


 一説には延喜式内社
えんぎしきないしゃ
の寒川神社と言われ、寒川地区の総鎮守
そうちんじゅ
で、古く神明神社
しんめいじんじゃ
または伊勢明神
いせみょうじん
と呼ばれていました。天照大神
あまてらすおおみかみ
を主神に寒川比古命
さむがわひこのみこと
、寒川比賣命
さむがわひめのみこと
を脇神
わきじん
にまつり、天正19年(1591)徳川家康も社領十石を寄進していて、明治元年(1868)に社号を寒川神社に改めました。
 昔は、海上往来の船が同社沖にさしかかると礼帆
れいはん
といい帆を半ば下げて航行し、また社前を馬上で通行する者は下馬して敬意を表したと伝えられる。昭和39年の出津海岸
でづかいがん
の埋立てまでは、8月20日の祭礼に海岸の大鳥居から神輿
みこし
が勇壮に海に入る海上渡御
かいじょうとぎょ
の古式(お浜下り)が行われていました。
 当社はたびたび火災にあい多くの宝物を失いましたが、神鏡・神幣
しんぺい
・獅子頭
ししがしら
は焼失を免れ現在に伝えられています。特に獅子頭は、桐材漆塗
うるしぬり
で刻法は力強く、全体に古雅であり、御神体として祀
まつ
られています。また頭
かしら
の内側に文明13年(1481)の修理朱墨銘があるが、様式が法隆寺に伝わるものと類似している所があり、製作年代を鎌倉時代とする説があります。

(千葉市教育委員会設置説明板より抜粋)




まぁ大分古いであろう事と昔の人がかなり格式高く見ていたであろう事が想像できる。
鎌倉時代かその前からだと事実は曲がって伝わる事があるが、皆が知ってると言う点で考えると徳川家康が寄進したくなる何かがあったのかもしれない。
パワースポット感はバリバリだ



家紋はいまいちわかりませんでした
ちなみに貸し切り、と思っていた寒川神社実は先客がいたらしくお祓いみたいなことをやっているひとがいました。


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かんのんえき


このかんのんえきの入り口にたい焼き屋がある
このたい焼き屋は1976年、「およげ!たいやきくん」にちなんで始められたものらしい。たい焼きは餡子とクリーム味の2種類。なお、電話や犬吠駅などの駅員を通して、事前にたい焼きの注文個数と、乗車する列車の時間を連絡しておくと、観音駅のホームにて乗車している電車まで駅員がたい焼きを届けてくれるサービスがあるとかないとか。



ちかくに 飯沼観音・円福寺(銚子観音)がある
真言宗の寺院。坂東三十三箇所第二十七番札所。境内には観音堂の他、大仏、大銀杏、古帳庵句碑(ほととぎす 銚子は国の とっぱずれ)などがある。
元々そのとっぱずれに礼所があったせいで次の礼所までの距離が60キロ近くある事で宿泊せざるえない状況になりこの飯沼観音の周りは宿場町のような雰囲気で 栄えているもちろん飲み屋もある



そういえば ここの観音様は最初は 漁師が網で引き上げたとか
大昔に誰が落としたんだろう?疑問は残る。
大昔の人たちがあゆんだ道のりを銚子電鉄と共に味わうのも
いとをかし。






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たまたま現場待ち合わせ近くにあった神社が日枝神社、

こんな階段を見かけると思わず上がりたくなる
登るとすぐに本堂がある。
この神社のすぐちかくまで分譲地の区画がきているがこの辺は昔を残してある。



昔からあるであろう回りの家はすごく綺麗で大きな家ばかりだ
この神社もきれいに整備されている
神社をきれいにしているからパワーをもらい
裕福になったのか?はたまたたまたまお金持ちが集まったところに神社を建てたのか?
疑問は残る、





何か神々しさもあり



近くに霊道になりそうな木もありなかなかの出で立ちだ



ともえ家紋もある
日枝神社は日吉大社を分霊されているらしく
山王信仰らしいその為か猿を神の使いとしているみたい。

社名の「日吉」はかつては「ひえ」と読んだが、第二次世界大戦後は「ひよし」を正式の読みとしているらしくおそらくその流れで日枝神社に名前を残しているんだろう


ちなみにともえ家紋は
ともえ(ともゑ)」の起りには、弓を射る時に使う鞆(とも)を図案化したもので、もとは鞆絵であるという説、勾玉を図案化したものであるなどの説がある。

その後、水が渦を巻くさまとも解釈されるようになり、本来、中国では人が腹ばいになる姿を現す象形文字の巴という漢字が、形の類似から当てられた。水に関する模様であることから、平安末期の建物に葺かれた軒丸瓦などに火災除けとして、巴紋を施した。後には特に武神である八幡神の神紋として巴紋(特に三つ巴)が用いられるようになり、さらには他の神社でも巴紋が神紋として用いられるようになった。らしい。

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思わないがままに絵を描いてみた
途中書き直したい衝動に何度もかられながら構わすに描ききった?







途中で意識したのはバランスっていうかデザイン性。
途中から少しだけ考えてしまった。残念。
そして空間はできるだけ意識しないように努力した、個のキャラたちにできるだけ集中せず描きはじめてからかんがえることにした
そこには集中した
段ボールの中敷きになっていたキャンパス
この素材をいかにいかして描くか?
この事に集中することはありえなかった。
そして、出来上がりっぽい状況を作るのには苦労した。
思わないがままに描くためには仕上がりのビジョンを持ってはいけない。
だがその瞬間は以外と早くやってきた。

そう腹が減ったのだ!
そこで食事をとることでおわりとした。

ここで少し訂正しなくてはならない

少し思うがままに描いた作品だ!


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またもや 香取神宮に行って来ました
今回で4回目だったかなー
毎度腹が痛くなるため今回は気あたりしないように心がけました。



香取神宮はうちの家族にとっては お気に入りの場所で娘の受験、
私の最近の不運、
を含め新たなパワー 新年の挨拶をかねてお参りに行きました
そしてなんと うちの子供たちの下に
ふつぬしのおおかみが
降臨!!



そのパワーを全身に受けていました。
(ごめんなさいただの逆光を使って子供らに演技させました)


今回の参拝は新年のなごりもあり到着までまだかなり混んでました参拝するときも結構並びましたでもいつもの香取神宮とは違い、出店も多くたくさんの人で賑わっていました。

そして
毎度のコースではありますが参拝後 要石により
このいしの下にはオオナマズが封印されている伝説、鹿島神宮までつながっている伝説

掘っても掘っても掘りきれなかった伝説を考えてしまう
絶対にポロッと動きそうな雰囲気はある石
やはり実際はぴょん吉とひろしの時のようなあんな形をしているのだろうか?
疑問は残る

それから最後に 経津主大神(ふつぬしのおおかみ)の荒御魂を祀っている奥宮へ


この場所に経津主大神の荒御魂が祀られいるのだが不思議とあれだけ多くの参拝者がいたにも関わらずここには人が来ない
確かに多少離れた場所だがこんなに来ないものなのか?
人を選んでいるようにも感じる。
まぁ行けばわかるのだがここの空気感はかなり違う。
なにか強い気迫のようなものは感じるが怖さはない。



そしてやはり次の日朝から腹痛で腹下す。





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