その頃、一真は勤めるテレビ局のアナウンス部にいた。
今年の春に入社し、何ヶ月かの研修期間を置いて、同期達はみな次々と担当番組が決まって行くのに、一真だけはまだ、画面に顔が映らない『ナレーション』という仕事ばかりであった。一真は息をついた。
「おはようございまーす」
紘子はテレビ局の会議室のドアを開けた。紘子が所属する上司の浜崎が椅子に座ったまま手を上げた。他には誰もいない。
「あれ?」
紘子は慌てて腕時計を見た。
「時間合ってますよね」
浜崎は煙草をくわえながら答えた。
「無くなったんだよ、プレゼン」
「えー」
紘子は手に持っていた書類かばんを落とした。
「私、何か不手際不手際、」
「あわわするな。よそに持ってかれたんだよ。中にコネがある奴がいてな。最初から殆ど決まってたらしい」
「そんなあ・・・」
「いいんだよ、気づかなかった俺も馬鹿だな、今回は」
「だってあんなに接待したのに」
「江藤」
浜崎は立ち上がった。
「お前の企画、いいんだけどな、やっぱりナメられるんだよ」
紘子は耳を疑った。
「え、それは私が女だからですか」
「そうじゃない、そんな事を言ってるから駄目なんだよ。言ってる意味、分かるか」
紘子は姿勢を正した。
「確かになお前が女だからというのもある。だけどな俺や皆が言いたいのはそれだけじゃない。お前の企画には全く先が見えん。個性が無いんだ。確かに洒落てる雰囲気は読み取れる。だがそこまでだ。俺には今までの誰かのCMを真似てるとしか思えんのだよ」
紘子は唇を噛み締めた。
「きつい事言うがな、どれもこれもお前の為だ。こんな事言うのも中々大変なんだぞ。自分自身を責めてる様でな。今日は昼までに世話になった人に礼を言って来い。その後はもういいから。明日の朝、事務所で会おう」
紘子は深く頭を下げたままでいた。浜崎は何とも言えない様な顔をして出て行った。しかしその瞳の中には紘子に対する親愛の情が込められていた。紘子にもそれはよくわかっていた。だから言葉は返さなかった。肩までの髪が下に垂れる。紘子は顔を上げた。