和歌その3

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平清盛。

今から850年ほど前の人。


藤原氏中心の

平安時代。

貴族政治は

治安維持が

出来なかった。



盗賊でさえ

死刑は

かわいそうということで

捕まえても

すぐに放免。

盗賊をしたほうが

割がいい。




だから

盗賊は増え

人殺しや

盗みを繰り返した。

治安は

乱れる一方。



苦しむのは

庶民だった。



そこで

庶民の声を聞き

盗賊を

片っ端から捕まえ

切り捨てたのが

平氏、源氏の武士たち。



庶民は

喜んだ。



この瞬間が

貴族政治が

庶民から信用を失い

武家政治が

庶民から信用を得た

瞬間。




藤原氏は

没落。




その後の

平氏と源氏の

権力闘争は

平氏が勝つ。



源氏は

都落ち。




平氏は

日本中を

安定させた。


平氏でなければ

人ではない

とまで言われるようになる。



けれど

その後

平安文化にあこがれる平氏は

貴族政治を始める。

和歌をたしなみ

音曲にふける。

やることは

藤原氏と

同じになった。




再び

盗賊がはびこり始め

不安定になった。

平氏は

庶民の信を

失った。

平安文化の魅力は

平氏を

弱体化させた。




そこから

都落ちした

源氏が

勃興する。


そして

平氏と

源氏が

戦うのが

源平の戦い。



その中で

有名なのが

平清盛の弟

平忠度。

武勇にも秀で

和歌もたしなむ。



その道の名人

藤原俊成に

教えを受けていた。




一の谷の戦いで

戦死するが

そのまえに

藤原俊成を

訪ね

こう言った。


「世の中が静まって

勅撰和歌集の企画が持ち上った際は

一首でもよいので

私の歌を入れてください。

私は一門とともに亡びていきますが

それが唯一のお願いであります」

彼は

平安貴族と化した

平氏は

負けると知っていながらも

戦い

一族の誇りを持ったまま

戦死。

そんな彼が

残した和歌



ささなみや 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山ざくらかな



志賀の都は

戦のため

荒れてしまった。

けれど

長柄山の山桜は

平和なときと変らず

咲き誇っている。




平氏は滅んだが

歌は残った。



滅びるものが

残した

美しい歌。



平安の

香りを

残した歌だ。



平氏が滅びる事で

貴族政治は

完全に終わった。



そして

源氏が

幕府を作った。



1192作ろう キャバクラ幕府

というやつだ。

・・・




鎌倉だろ!!




そんなわけで

武家政治が

始まり

戦国

江戸

幕末と

続いた。


こういう

壮大な世界観を持った物語や

マンガや

アニメ

ゲームを

見てみたい。


ネットゲームでも

殺伐とした戦闘でなく

こういう

風流なことを

してみたい。




そう思い

何度か

試みた。

和歌を書こう。

城攻め中に。



でも

キーボードを

叩いてる間に

討ち死に。

・・・

厳しいね。

世の中。



ここまで書いて

思った。






落ちが弱い。

orz
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和歌

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今日は秋晴れで気持ちよかったー。秋はやっぱ天気が一番いい。そんでもって家にかえったら熱々のご飯と旬の秋刀魚があればいうことはない!でもずっと晴ればっかりっていうのもちょっと風情がない。たまには雨もいい。雨が降るから晴天もいいとわかるし、雨もなかなかいいんじゃないの?って秋の雨の新しい魅力を発見!見たいな展開が待っていないとも限らない。雨の風情と秋を場面設定した和歌を見つけた

下紅葉(したもみぢ)かつちる山の夕時雨(ゆうしぐれ)ぬれてやひとり鹿のなくらん   藤原家隆朝臣

これは新古今和歌集の中にある歌。1205年に出来た作品集だから、かれこれ800年。細かく言うと799年まえの作品ですな。だから我々の先祖が平均30で死んだとして27代前のご先祖様が生きてたときの歌。ジーさんの、ジーさんの、そのまたジーさん・・と27回繰り返すだけでOK!いい女見つけて結婚してくれた(だろう)事に感謝。それはよいとして、歌の意味だけど、秋のゆうぐれにしとしとと雨が降っている。散ったもみぢが山を真っ赤に染め上げている。そんな雨の山で鹿がひとりで鳴いている。ていうかんじ。例によって言い訳すると800年前の作品じゃん。日本語ちょっと今と違うじゃん。だからこの解釈、間違ってるかもじゃん。
で、どうよ?なかなかいい雰囲気じゃない?オレは結構こういうの好き。そんな情景目の当たりにしたらずっとみてたいもん。ストレスたまってんのかな?
こういう雰囲気を持ってるマンガはないな。せっかく過去の遺産があるんだから活用しないと。今だに残ってるって事は我々の心を捉えるものがあるわけだし、実際今この歌を見てああ、いいなと思ったのは俺だけじゃないはず。10人はいるかも・・・5人?3人?マァすくなくともオレはこんな雰囲気のある漫画とか映画とかゲームでもいいけど、もしあれば買うよ。


この時代のこと調べたら面白い発見。最近はなんか著作権がどーのこおーのってうるさいけど、この時代はなかった。むしろぱくられたら光栄、みたいな感じだったみたい。そんで自分の作ったフレーズがどんどん広まったらますます光栄みたいなかんじだったようだ。そのほうが尊敬されるみたいな。やっぱ金が絡んでない、名誉とかだからどんどんひろまったほうがいいってことだったんだろうね。そうやってどんどん洗練された歌が出来上がっていく。一人じゃ無理だけど、何代かかけてそういうふうに本家取りみたいにしていくと可能なんだろう。フレーズをかりるっていうことは、その世界観も借りますよ。ってこと。みんなそのフレーズ聞いたら元祖の世界観を連想するんだから。つーことは、『あなたの世界観や設定の中で私は和歌を作るます。あなたは世界で、わたしはその中の住人にしかすぎませんぜ』っていってるわけだ。

今金がらみ。ぱくられたらそのぶん自分ところの儲けつーか、客がもっていかれるつーことだから。歌はそうじゃないしね。でもやっぱ今の時代でもぱくられたらぱくられたで、ああ、名誉な事だ、それだけオレの作ったものが魅力的だったんだな、っていうくらいのやついないのかな。むしろそっちのほうが作品が知られて儲かる、名誉な事だと思うけど。真似した奴は元祖が無いと生まれなかったッ手話しだから、産みの親でもあるわけだしね。ちょうど我々が両親がいないと生まれてこなかったのと同じ。手塚がいたから、藤子不二雄がいた。みたいなかんじかな?元祖が手塚であとに続いたのが(真似をしたりしたのが)藤子や赤塚やらなのか。でもやっぱみんな手塚氏をちゃんと尊敬してるんだよな。自分を形作ってくれたものを尊敬する。それは自分のやっている事を熱中できる大切なものだと思ってる証拠ですな。我々が親うぜーとか思いながらもやっぱ感謝してる。つーのとおなじかなと。我ながらいい子といったような気がする。つーかパクルほうは相手を敬うべしでしょ。知らん顔してたら
何、あいつ?ってことになるから。いうなればリスペクトっていうやつね。YO!


ネット見たら、どう考えても中学生が作ったHPとかでも著作権あります・・・って、おい!器ちいせーとか思ってしまう。真似してもらってその人と交流を深めたほうが世界が広がるだろ!とか思ってしまう。和歌の発展は本家取りっていって、まねをして、さらにそれをまねして、・・・・を繰り返す。であるときものすごいいいものが出来上がる。だから結構似たような作品が多い。真似されるものを作り、それを名誉とする事こそ主流になっていく条件なのかと思う。まーよくワカンネーけど。
ちょっと前に小学生が同級生を殺したニュースあったじゃん。ホームページの文章の中で私のことばをぱくったのが気に食わない、性格悪いよ、とかいってNEVADA
だっけ?それを名誉な事、むしろ気に入ってくれたの、サンキュー位いえる喜びと感じてたら、あんなことはなかった。逆に仲良くなってた。いいところはどんどん真似すりゃいいんだよ。

ということで。また歌の個人的採点をすると
雰囲気 8 なかなかよかった
わかりやすさ 7
世界設定 9 
という感じでした。
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うたたねに恋しき人を見てしより夢てふ物はたのみそめてき



という和歌があります。小野小町の歌ですね。この人は800年代に生きていた人で
すからかれこれ1200年前の人です。うわ!古!と驚く必要はない。だって俺らの
先祖もその時代を生きてたんだから。さらに1200年間恋をして子供を産んで、育
てて・・っていうのをしてくれたから2000年代に俺らがいるわけで。まぁ、オレ
の持論ではスケベな先祖がいてくれたからこうやって生きてるわけです。だからスケ
ベは悪くない!むしろいいことだ!さらに言うと、多少は責任感とお金もあったのか
なと。子供は自然に育たないから、育てる愛情とと多少のお金が無いと育たないし
ね。恋、あと親の愛情ががあったからこそ俺もいるし、これを見てる人もいるというわけですな。そんな気持ちを詠んだ和歌というものの世界観が最近マイブームとなっているわけです。


まあいいや、とりあえずこの歌なんだけど、恋する乙女の気持ちをがっちり描い
てますな。夢見てるときって「ああ、これは夢だな」とはわかんない。起きたあと思い返すと「あんな設定は無いよな」って気づくけど。連休だし、雨だし、することもなく家でこんこんと寝たり起きたりしてたんだけど、なぜか台風の中をコンビニに行く夢を昨日見た。とりあえずおにぎりとお茶を買って、そのあと雨宿りをしながら台風をみたりおにぎりを食べたりする夢を見た。ふつうは車で行くだろってかんじだけど夢だから自分の行動に全く疑いを持ってない。夢なんてそんなもんです。設定がシュールでもやけにリアル。そんな夢に好きな人が出てきて、会ったり、話したりできたらやっぱりうれしいのかなと。パターンで言うと憧れの先輩が夢に出てくるパターンですね。少年誌でよくあります。目覚ましが「ジリリリリ」となって、おきると布団を抱きしめて起きる、見たいな。いつまで寝てるの!遅刻よ!とか言われたり。平和なシーンだな。小野小町の場合はうたたねなので、この場合授業中のいねむりって感じのほうがぴったりくるかもしれないけど。授業中の居眠りは少女漫画でもよくあるパターンですな。いつもいつも好きな人に会えるわけじゃないから、せめて夢の中だけでも・・・という切ない歌なのです。

オレなんか授業中寝てても先生の声は聞こえるから夢の中でも結局授業を受けていた
という悲しい夢が多かったなぁ・・・こんな感じのマンガってなんかあったっけ?

てことで
よくある度 8
気持ちがわかる度8
わかりやすさ8

くらいはあげてもいい和歌ではないかと思うのであります(ケロロ風)

似たようなものでは

思ひつつ 寝(ぬ)ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを  

うたた寝をしていた小町がはっと目覚め、恋人との逢瀬が夢の中であった事に気づいて、ゆっくりと”ああ。夢か・・・起きなければよかった・・。”と後悔するかんじです。


解釈はしきりに恋い慕って寝たから、あの人が夢に見えたのでしょう。夢と知っていたならば起きなかったのに・・。ってなうたですね。前の詩もそうだけど季節は春がいいですね。春なのに心は寂しい・・・ってかんじで。

マンガの「恋風」はこんな感じかなあ・・・でもあれは禁断の恋だしね(藁


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和歌

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忍ぶれど 色に出でにけり わが戀(こい)は 物や思ふと 人の問ふまで

の場面設定のすばらしさをアピール!これは恋愛マンガでよくあるパターンですな
好きな人が目の前にいて、気がない振りをしてるんだけど、顔が赤くなったり、なん
となくちらちら表情をうかがったりして表情に「好き」って言うのが出てるってパタ
ーン。「お前あいつのこと好きなんだろ?」って突っ込みを受けてる場面ですな。
昔の言葉なんでなんとなくはわかるけど「物や思う」ってのはなんだ?「ナに考えて
んだよ~」って突っ込みの昔版ですな。「なに物思いにふけってんだよ」ってことだ
ろう。「好きな子のこと考えてんだろ?」っていうのはあまりに直接的だから遠回り
に「なに物思いにふけってんだ?」たずねてるんだろうね。知ってる癖していじわる
いなぁ。ネギま!でありそうな感じだ。

場面設定度 7  あるあるってかんじだよなー
雰囲気   4  もうちょっと恋してる雰囲気がほしかった
わかりやすさ5  昔の言葉だからしかたないか。 

つーかやってる事は何百年前から変わってないんだな。ネギくんがぴったりくるよ



和歌

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日本って相当昔からの文が残っている国じゃない。だって古事記とかだったら1500年くらい前のものでしょ、つーことはだ、オレのじいさんのそのまたじいさん、さらにそのまたじいさんのそのまたじいさん・・・ぐおーーーわかんねーよ、いったいどれだけさかのぼりゃすむんだよ!ともかくかなーり前からの血のつながりが延々と続いたからこそこうやってここで生きてるし、こうやって真夜中にパソコンのキーボードをぱちぱち打っているわけです。うーん、これは驚きだ。てなわけで少なくともオレが昔の文章を読んでいるつーことは平均30歳とかで死んでいったご先祖様がうまいこと生き残り、身ごもり、産んでくれて、さらに育ててくれた・・・つーのを繰り返してるからこうやって生きてるわけですな。産んでくれても育ててくれなかったら、つながりは絶えるわけだから。だからたぶん奥手ではなかったはず、結構手の早いスケベなご先祖だったはずだ。スケベ万歳!つーことかも。さらにいうならスケベなだけでなく、育ててくれるつーことはそれなりに愛情を注いでくれたわけだし、くわえるなら、そこそこリッチ?なわけだ。
そんなわけでどんな事を考えたり、感じたりしてたんだろう、まあ俺の先祖ではなく
一般的に。


おしなべて おもひし事のかずかずに 猶色まさる 秋のゆふぐれ

こんなの見つけた。藤原良経とかいうひとの歌。かれこれ800年前の歌
よくこんなの残ってるよな。とか思ったりして。

なんか今の俺らが使ってる言葉と微妙に違ったりするから和歌ってわかるような、わかんないような、ってのが多いけど、これはなんとなくわかる。ちょうど今の時期くらいかな。秋の夕暮れ。で夕暮れを見ながらいろいろ深く考えてる。でもそんな考えよりもはるかにまさっているのはこの夕暮れだぜ、見たいな感じ?

なかなか良くないか?マンガ書けるひと、つまりイメージを形にできる人は
これを絵にできたらすごいと思うけどなあ。
色々和歌を見てたら、場面設定の完璧なものもあるし、恋の歌もある。それがけっこう切ないのよ。でそれをマンガのテーマとか、小説の核にしたらすごいいいもんができるとおもうんだけどなぁ・・・オレのブログのテーマのなかに「アニメーター列伝(藁」ってのがあって、そのなかの「宮崎駿」のところで彼が何回も場面設定の大切さ、世界観の大切さ、を言ってる、って事を書いてるけど、和歌とかは場面設定、世界観が優れているものが多い、って事を発見した。しばらくはまりそう。