「和」の世界が

注目されている。


和の世界っていっても

我々のご先祖様が培って

蓄積したものなので

じいちゃんの

そのまたじいちゃんの

さらにそのまたじいちゃんの

それのさらにじいちゃんの・・・・

とさかのぼっていくと

せいかつのなかで

しぜんと

つくられたもの。

歴史の中で

つくられたもの。

だから

我々日本人しかもっていない。

アメリカ人でも

中国人でももっていない。

そういうのが注目されているが

じつは

こんな風に

和の世界が注目されるまえから

日本の歴史好きな人

伝統好きなひとは

たくさんいた。

そのなかでも

戦国オタクは

結構多いでしょう。


かくいう俺もそうで

司馬遼太郎を

200冊くらい持ってたりする。




どれくらい

戦国好きかというと

鎧を着て街中を歩けといわれたら

この上ない快感をもって歩ける

それくらい好き。


図書館へ行って

寺とか書の写真集を読むと

恍惚となる。


それくらい好き。



秀吉のまねをして

朝早く

ぞうりを

暖めたりしている。

それくらい好き。






もちろんうそですが。



だけど


戦国オタク、

もとい

戦国好きは

結構いるだろう。

いない?


・・・



みんな

正直になれよ!

じつは

土曜日の8時は

NHK見るために

テレビの前に

いるんじゃないか?


年末は

6時間歴史ドラマを

VHS3倍で

とってたんじゃないか?


やっぱりそう?



そんなわけで


歴史オタク・・

もとい

歴史好きになる

きっかけが

どんな人にも

あるでしょう。

つまり原体験と言う奴。

俺の原体験は

信長の野望をしたこと。

おおかれすくなかれ

歴史オタク・・

もとい

歴史好きを

名乗る人ならば

このシリーズで

一回は遊んだ事が

あるはずです。

このシリーズによって

歴史魂を

叩き込まれたはずです。

今の信長シリーズは

どんどん進化している。

ネットゲームにもなっている。

それにくらべたら

システムは稚拙だし

グラフィックもしょぼい。

当たり前だが。

攻城戦もなければ

武将数も少ない。

でもはまった。

信長しか知らなかったので

最初は信長を使った。

開墾とか訓練をする。

なにこれ?

ぜんぜんおもしろくないじゃん。

あー、買って損した

とおもいつつ

戦争へ。

そして

ヘックス画面を見る。

え?

これが戦闘画面?




まあいいや。

と思って動かしていくうちに

「あ、なんか、面白いかも」

と思い出す。

これって

将棋ぽくもある。

戦力を蓄えたり民の心をつかんだりと

努力次第で

有利になる将棋だ。

戦闘に勝った。

国が増えた。

うれしい・・・


そんな感じではまっていきました。

そうなると

周りの大名の名前や

歴史上で果たした役割が

知りたくなる。

説明書に書いてある

一通りの伝記じゃ

思い入れがはいらない。

もっと知りたい。

もっと斉藤道三について知りたい。

家康について知りたい。

武田について知りたい。

信長に抱かれたい・・・。









ってちがうよ!!





そうこうして

いろんな本を読んでいるうちに

司馬遼太郎にめぐり合ったわけです。

そうやって

自分たちの生まれる400年前、

つまりじいさんの

じいさんのじいさんの

じいさんのそのまたじいさんの・・・と

15代くらいさかのぼった世界の面白さに

はまってしまった


そうなると

そんな面白い世界の主人公になれるこのゲームは

さらに魅力的なものになります。

だんだんマニアックになって

島津で行こう

長宗我部でいこう・・・

里見で天下を取るか

なんて風になっていくのです。

もうそうなると

やばいですね。

ふつうのプレイじゃ

満足できないんです。

ふつうのプレイじゃ

満足できない

みだらなからだに

なっちゃうんです。




弱い大名で

天下を取って

にやっとする

それが

快感なんです


そのころには


歴史オタ

・・ゴフゴフっ

・・ゲホッ

・・歴史好きになっているはずです。

友達の中には

信長様になら稚児として抱かれてもいいぜ!

なんていう奴もいました。





マジですか?




そういうわけで

歴史の疑似体験をするこのゲーム

面白かったです。


最初にプレイしたのはMSX版。

方言モードっていうのもありました。

担当する大名によって口調が変わるんですね。

かなりいい加減でしたが。

「年貢りつは40%ですたい」

とか。


堕落神主北条/
やすさんのHP 戦国武将の絵が見れます。
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春のうららかな日は

日曜のお昼に。

夏の暑い日には

夜に。

秋は

夜。

冬は

深夜に入りたくなる。

それが

動物の森。

季節によって

時間帯によって

入りたくなるんだな。


なんでだろうか。


季節季節で

好きな時間帯が

リアルである。

ゲームに入りたい時間帯も

リアルで好きな時間帯と

重なるんだな。

なぜだかわかんないけど。

ずっと入ってないから

多分雑草が

ひどいだろうね。

・・・・

みんな

引っ越しちまったかな・・・。




そうなのだ。

一番ショックなのは

気に入ったキャラが

引越したとき。

手紙を読んだら

ガッカリしてしまう。

「引っ越します」

だって。







なんかわけのわかんないキャラクターがくるし。

付き合う努力はするけど

ないがしろにしてしまう。

はぁ。




あとイベントもいいね。

ファミコンソフトもプレイできる。

ネットで小さいコミュニティを作って

そこにいる感じ。



ネットででるなら

こんな感じの大きさの箱庭にして欲しい。


気に入らなかったら

引っ越せるようにして。




なんか冬にあるシチューのCMがあるじゃない

雪がふってて

窓が曇ってる

部屋の中は

暖炉があって

あったかい色の

あかりのなかで

おかんの出すシチューを

食べるようなCM





そういうふんいきがあるんだなあ。

このゲームって。



新しすぎというか

やったことの無いタイプのゲーム。

初めてプレイしたとき

感想の持ちようが無かった。

ゲームをしてるって感じじゃないのに

実際はコントローラーを握ってゲームをしてる

でもやってる事は

ゲームじゃない。

出てきたファミコンを

プレイしているときに初めて

ああ、

今はゲームをやってる

と感じた。

でファミコンをやめたあとに

どうぶつの森の世界に戻ったら

また感想の持ちようのない状態になって。

で外を歩いていると

動物がいるんで話しかける。

なんかファミコンが終わって

一人じゃ暇だから

友達のところに遊びに行ったガキの頃と似た

行動をとってたり。


気持ちが受身のとき

何もしたく無いけど

コントローラーを握っていたい

でも

情報がバンバン入ってくるゲームは

きついわー

ってときに

やりたくなるのか。

ネットゲームで

NPCばっかりの村に

閉じ込められた感じがするときもある。

うーむ

おれにとっては面白いゲームだとか

面白く無いゲームだとか

言えないゲームだ。

って

ゲームかどうかもわからない。

これなら巨人のドシンのほうが


ゲーム的。

でも気になって

15分くらい入ってしまうんだなぁ。

マジでネット化希望です。

ようするに

いいたいのは


好きなゲーム


だってこと
みうさんのHP。ギャラリーにキャラの絵があります。
どうぶつの森
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ファミコンでドラクエが登場してからRPGが

メジャーになっていった。

その流れは

スーファミ

プレステへと

ひきつがれていった。

RPGの数はどんどん増えていった。

そしてより売れることを目指す製作会社は

いろいろな工夫をこらしていった。

そのひとつはユーザーフレンドリー

ということだ。

プレイヤーに親切であること。

復活の呪文を打ち込む手間を省くために

バッテリーバックアップから

メモリーカードへと進化した。

ロード時間は短くなっていった。

少しづつRPGはユーザーの手間を省き

ストレスをためない方向へと発展していった。

そして

評価の中に

ユーザーに優しくない

不親切だ

という言葉がはいるようになっていった。

ゲーム性云々の前に

ユーザーフレンドリーかどうかを

問われるようになっていった。

売りのひとつが

ユーザーフレンドリー

であるようなゲームも出てくるようになった。

ゲーム性とは全く関係ない部分がクローズアプしてきた。





そんな過渡期の1980年代後半




登場した作品で

頑固なまでに

アンチユーザーフレンドリーな

RPGのスタイルを守った作品が

「ラストハルマゲドン」。

ある意味ユーザーを無視したようなつくり。

まずセーブからすごい

「セーブディスクをつくるには

同社の「抜忍伝説」というゲームの中にはいっている

ユーティリティディスクをお使いください」

え?

もう一本ソフト買えってこと?


なけなしの小遣いで買ったい貧乏なオレに?

それからマップが広い。

無意味に広い。

広くても今の3Dネットゲームのように

風景の変化が美しく

無駄足を踏んでも

珍しい風景をみれたからいいか

これはこれで楽しかったなと感じることが出来ればいい。

なんかありそうだと思ってずんずん進む。

そして5分後そこは海岸に行き着き

なにもなかった・・

あるのは不毛な砂漠と

ちょっとした森だけ。

なんてこったい

行き帰り10分かよ。

それまでに敵にあうから倍はかかるよ!

だからマップ上の町をさがすのに

サハラ砂漠でゲーセンを探すのと同じくらい

苦労した。

さらに言うとこれまた広い裏面もある。

そしてマップ上の建設物にはいると3Dマップになる。

これがまた尋常な広さじゃない。

ストーリーは人類滅亡後

地下にかくれて住んでいた異形のモンスターたちが

新たに文明を作ろうとするが

ちょうどエイリアンも地球に来ていて

モンスター対エイリアンの次の文明を作る戦争。

という設定

だから

人類の残した建物や町を探索するというのはわかる。

でもこんな無駄に広い迷宮を人類は作ったのかよ!

と突っ込みたくなる。

されに建物の数も多い。

で敵とのエンカウント率が高い。

戦闘が長い。

いちいちディスクを読み込むので時間がかかる。

それから魔法もたくさんある。

レベルが上がるごとに魔法の名前もかわっていく。

多すぎて名前とその効果が結びつかない。

ザリがザキリにかわるのはなんとなくわかる

でも

ビエザホムになるのは

ちょっとだめだろ。

自分のつかう魔法の効果がわからなかったりする。

だから使う魔法は限られていた。

とりあえずわかる奴みたいな。

かつ戦闘を速くおわらせたいから

効果の大きい奴を自然に選ぶようになる。

とにかく全体的に読み込みがおおいため

プレイヤーが時間を短縮し

スムーズにゲームを進める手段は

自分で探し工夫するしかないので

必死になって一番楽な方法を探した。

4人パーティを3交代

計12匹のモンスターをあやつる


誰がどんな呪文を使えるかもわからなくなったりもした。

ただモンスターが

人間のように

やさしさや

愛に

目覚めていくというストーリは

面白かった。

醜いモンスターが

レベルが上がり

愛と

やさしさに

目覚めると

美しい姿に

かわっていったり。

世界観が殺伐としているし

舞台が人類滅亡後地球ということで

暗い感じだったのが

新しい世界を作るにふさわしい姿にかわっていくのは

なかなかよかった。

こうやって見ると

ずいぶんとユーザーの利便性を考えて無いゲームだな

と思うけど

最後までやってしまった。

よくやったよ。

でもいまのRPGはユーザーフレンドリーでも

最後までやろうという気持ちが起きないものもある。

今こんなゲームは絶対にでてこないだろう。

なにしろ主人公がモンスターなんだもん。

キャラクターグッズもうれないだろうしね。

でもモンスターが主人公だからこその設定や世界観もある。

ちなみにゲームデザイナーの飯島健男は

パンドラボックス

って言う会社を経営して

プレステとかで2000円RPGシリーズとか

つくってました。けど会社は倒産

ヤフオクで私物を細々と売っていましたが

いまは何をしているのか不明。

当時は小説やらインタビューやら

飯野賢治ポイ活動をしてたようなきがします。

一流の作品を残す事はありませんでしたが、

記憶にのこる作品を作った人だと思います。

ユーザーフレンドリーという時代に乗れなかった、

ともいえるかもしれない。
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といわれたらエロい感じだけど、80年代、小学生のいる家庭では右手でこする音がこだました。叩く人もいたが。ハイパーオリンピックをプレーする音だ。オリンピックという題材とひたすらボタンを叩き続ける友達をみて面白いと思ったなー。歯を食いしばり時々下を見て、顔を上げて画面を確認する姿を見てるだけでもおもしろい。ゲームで汗をかくのかよ!みたいな。ゲームをしなくても楽しいのだ。腹を抱えて笑った記憶がある。普段クールな人間もちょっと半笑いでボタンをこすったりしてた。つーかツメがつるつるになったりもしたなー。専用コントローラちょっと高かったので買えず友達のところに言ってはプレーしてた。こすってこすってこすりまくりっていうイメージが強いゲームだけど、それだけじゃあないんだな。100メートル走はひたすらこする、叩くって感じだけど幅跳びとか砲丸投げはタイミングが必要になる。幅跳びは記録を伸ばすためにひとりがランボタン、でもう一人がタイミングを計ってジャンプボタンを押したりもしてたな。目指せ10メートル!!ってかんじで。
当時はカールルイスが幅跳びのヒーローだったから9メートルが夢だった。
だんだんツメが痛くなってきて、ガシャポンのカプセルを使ってこするなど、色々なテクがでてきたもんだ。今コナミはダンスダンスレボリューションとか、音ゲー、体感ゲーを出したりしてるけど、このころから、こんな風にゲームメーカーにしては新しい、あるいは珍しいコントローラーをつかうなど、コントローラーというものにこだわりが無いメーカーだった。そんなわけで柔軟だったんだな。

クレイジークローバークラブ 秋ということでハロウィンのトップ絵ですね。
ブラックジャックがアニメ化ということで医療関係の懐かしのゲームをひとつ。PC98ででたライフ&デスという奴なんだけど。子供のあそびにお医者さんごっこって言うのがあるよね。大人になったいまでは2度と出来ないし(してたらヘンタイあつかいされてしまう。まぁなかにはお金をはらって童心を買うという手段もあるわけだが(藁)このゲームはそんな憧れのお医者さんになれるというゲームだ。だがちょっとまて。エロゲーとかであるような「はーい胸をひらいてー。ずぇーんぶ脱いでねー~・・あ、注射も打つからおしりもだしてね~」そんなお医者さんごっこじゃないぞ。エロゲーにライフ&デスなんてタイトルは付けないし、なによりブラックジャックを話しの枕にふる必要がないじゃないか。エロゲーの話しをするときは「メイドさんしぃーしぃー」produced by Live door を話しの枕に振るのがセオリーじゃないか。だからハァハァしながら読まないように。オレが言いたいのはそんなんじゃなくて、コンピューターという新しい道具を使い医師の気分を味わおう、ってほうのお医者さんごっこね。憧れの外科医気分を味わえるってわけさ。あの鈍く銀色に光るメスをゲームのなかで握れるのです。たーだこのお医者さんごっこは手術に失敗すると患者さんが死んでしまうんだな。これは怖い。いくらゲームとはいえ血がどくどく流れて止まらなくなっていたらもうあせってしまう。「お前が握ってんのはプラスティックのメスじゃないんだ!」とか見てる友達にプレッシャーをかけられたりして。そういうわけで、担当した患者さんの病状をしっかり見無きゃだめ。レントゲン取ったり、腕のいい看護婦とかも探したりしないといけない。相性の悪い看護婦とかもいたな。性格も見なきゃいけない。医療とはチームワークなのだよ!とはげしくいいたくなってしまう。でも最初は盲腸とかそんなのからだけどね。それでも慣れないあいだは失敗して、かれこれ20人以上の犠牲者を出してしまったけど。友達にはいんちきクリニックだなといわれたものです。手術はちゃんと皮下層、皮下脂肪層、輻射筋層・・つー具合にすすめて初めて患部にたどり着くわけです。最初のほうは患部の内臓にたどり着く前に手術がおわったりして・・・ってほんといんちきだよ。この医者。でおわったあとは一応センターでアドバイスくれるからたすかる。つーか盲腸ともうひとつ動脈瘤かの手術しかないんだけどね。このシリーズの2ではもうちょっと内容が増えてたと思うけど。
救ったあとはブラックジャックの中の名セリフを言ってみたりね。そんなわけでグラフィックも当時としてはちょっとグロいかんじのところもあったりしたけど、命の尊さを知る無免許敏腕外科医気分を味合わせてくれたゲームだったと思います。ちょっと難しいゲームだったけど。持ってる人は(いるのか?)ひっぱりだしてやってみるといいかも。たくさんの患者が君が来るのを待っているぞ!(盲腸でかよ!)
つーか日本人のセンスでは出せないゲームってことは・・・そう、洋ゲーって奴です


http://ld12jp.hp.infoseek.co.jp/reception.html
ここではオペルームへ行くとオペが実際に見れます。ちょっとグロいかもよ。でも手際のよさはいい感じです。

http://www11.cds.ne.jp/~nishiba/rouhi/m-ge/l&d.html
ここではこの伝説(藁)のゲームのもうひとつの楽しみ方が書いてあります。
結構ワロタ

鉄拳3

買った理由は友達が来たときに楽しめる格闘ゲームが欲しかったというところです。ゲーセンでプレイしてみてこれは面白い、わかんなくてもそこそこいける、と思って買った。そしたら結局コンボの練習までしたし、技も大体覚えた。ネットゲームで出たらいいと思うんだけどなあ。これとソウルキャリバー2が出てくれれば言う事なしですな。結局これって上手になればなるほど、見てる人も楽しめるような戦いをしたくなってしまう。ショーマンとしてのうずきがでてきてしまう。自分にとって楽しいのはそういう気持ちになれるゲーム。へたなりに魅せる事が出来るみたいなの。でも対戦は友達とやってるのは面白かったな。やっぱ人間とやるのはいいね。ネトゲが流行るのもわかる。友達とはまりました。バーチャとは違うゲームぽさが好きだった。
・・・トバル2の話しのところで書いたようにガチャガチャしててもそれなりにはんのうしてくれるから入りやすかった。バーチャはガチャガチャやってもパンチが2,3回しか出ないってこともあって、あまりに反応してくれなくて、最初からはいりにくかったもん。だからバーチャ3をドリキャスで買ったんだけど、はまれなかった。
ふっかつのじゅもんの入力ミスで何度か泣いた事は

いまとなってはいい思い出。

バッテリーバックアップ世代にはわからない

我々の世代だけの共通認識だし、

それは一種の暗号なのだ

「山」「川」という風に暗号で忍びのものたちが

合い通じ合うように。

我々世代は「ふっかつのじゅ文が」「ちがいます

」というふうに目と目で語り合う事ができるのだ。

あたかも「ハガレン」のアームストロングが

筋肉で相手と語り合う事ができるかのように・・・

それだけがドラクエⅡの思い出かって?

ハハハ

おいおい

勘違いしちゃ困るよ

ハニー、(バグってハニーのほう)

まずショックを受けたのは

3人パーティーだってこと。

ファミ通を買ってその情報を見たときは

驚いたね。

3人かよ。

スケールがでかいよ。

ドラクエⅠの4倍のフィールド?

もうそれだけで期待感でわくわく。

ふふふ

RPG黎明期だからこそ味わえるどきどきなのだよ。

今の世代はネットゲームで

そのどきどきを味わっているね。

おれもだけど。

あとはNDSがわくわくさせてくれそうだ。
それから音楽。

前作に比べると

その量

その質

格段によくなっていた。

ゲーム音楽がこれほどまでにオレをひきつけるとは。。。

だから当時MSXを持っていた人はプログラムを組み

ドラクエの音楽を再現しようとしたのだ。

それはオレも同じだ。

マイコンベーシックマガジンを買い

そこに載っている読者が送った音楽のプログラムを打ち込み

奏でる。

うーん

最高

フルフルするね。

熱がでて学校を休めるって時は

もうろうとしながらもプレイしてた。
はっきりと覚えてる。

船をゲットして

海に出たのを。

そして

エンカウント率のあまりの高さにむかついて

さらに発熱したことも。

以上は僕ではなく、僕の知り合いの兄貴の思い出です。

熱く語ってますが、何のことはない、学校サボってゲームしてた、ってことですな

あとで怒られそうだ、こんなこと言うと(藁
ナムコのゲームです。未来チックな男が未来チックな世界を走り(自分の足で)
障害物をよけつつゴールするというもの。時間がオーバーすると痺れてたおれます。
シュワちゃんの映画でバトルランナーって言うのがありました。囚人がゴールを目指し走る。途中はボスみたいなのがいて、そいつに殺されないようゴールする、ゴールしたら罪が許される。その逃げ惑う姿をテレビでみんながみてそれが人気番組となっている・・・というちょっと怖い映画があったけど、それをこれをするたびにそれをおもいだしてしまうのです。
まぁでも明るいし、音楽なんてノリノリだし、・・・さきがわかりにくいのが難点ですが楽しめたゲームです。まぁまぁくらいでした。

色鬼

懐かしのゲームたちということで前回はトバル2の話を書いた。今回は待ったく別次元の話になるが・・

色彩感覚あふれる小学校時代に一瞬はやった鬼ごっこ。それがい・ろ・お・に。一瞬鬼武者を髣髴とさせるタイトルだが全然違う。フィールド限定だったよな。
要するに鬼が「赤!」って言ったら赤のものに触らなければならないというルールだった。しかも一階限定となるとなかなかない・・・。当然鬼が強いほうが明らかに面白い、つーかスリリングだからおには2-3人。ホラー映画でもそうじゃん。やっぱジェイソンが怖ければ怖いほどわくわくしてみてしまうし、冒険ものの映画でも立ちはだかる困難がおおきければおおきいほどどきどきしてしまう。アニメもそう。ラピュタの敵役のムスカがさっぱりした性格だったらどんなにかつまらないものになっていただろう。「人がごみのようだ!」なんていわずに「あ、やべ、みんなが落ちてる!助けなきゃ。シータ、ナに見てる。助けるんだよ!おれといっしょに!」とか言ってしまったら、面白くもなんともなくなる。ワルがワルであるからおもしろいんだよね。そこへいくと映画の「バイオハザード」は最悪だったな。困難が越えられそうにない困難じゃなかったもんな。しかもそれの解決の仕方が最悪。乗り越えるんじゃなくて、避けるもん。乗り越えていくところを見るのが楽しいのに見せないのかよ!
それに困難もなんか発想がしょぼいし。こんなのを乗り越えるのか!みたいなおどろきもなかったしね。まあ主人公の女の人はかなりのビジンダーだったけど、そっちいくのやめよう、みたいな。おい!それでいいのかよ!みてるほうは、あーあ、なんだよーってなっちゃうもん。

まあそんなわけでこのゲームは鬼が疲れなくてすむんだよな。フィールド限定だし、あんまりない色を言ったらそれを探して逃げ回るやつらを歩いて追い詰める事ができるんだから。まさにシーターを追い詰めていくムスカ状態!「フハハハハどこへにげようというのかね?」なんて言葉をいいつう教室に追い込めばもはや勝ち!逃げるよりも色を探す事に必死になっているやつらを追い詰めろ!一人一色限定だし、ひとつの色に複数は触れないし。

けど赤だったらなんでもいいんでそこは逃げる方は機転のはたらかせどころ
他のクラスにいって「色鉛筆!色鉛筆!」といってあかを借りたり。
鬼が有利なのは赤の鉛筆を持っている人に向かって「今度は青!」といって10秒待てばいいところ。今度はすぐに青を探さないといけなくなるし。情報が全体に伝わっていないから赤にしがみついているやつはすぐおわり。あまりに鬼から離れすぎると情報難民と化してしまうという微妙なところ。今度は青!今度は青!と言いふらしながら逃げ惑う人々を恐怖のどんぞこに突き落としましょう。

だから、鬼のほうが楽しいゲーム、それがいろ鬼・・・
これはスクエアのゲームでしたな。その頃格闘ゲームっていうとまずコマンドを出すのがめんどくさいっていうのを毎回かんじてました。ストⅡしかり、それからバーチャファイターしかり。鉄拳は比較的楽に技を出せたので好きでした。はっきりいってゲームはある意味食い物と一緒で多少庶民的な味でもはっきりとその味がわかればいいわけです。ハンバーグやステーキって味付けも単純だけど、はっきりうまい、とかまずいとかがわかる。でも何か凝った和食とかフランス料理みたいなのって繊細さを追及する。うまかったのかまずかったのかわからない。だから次にどっち食べたいですかって言われたら、俺はハンバーグとかステーキ。わかりやすい味を選ぶ。ゲームもそうで、最初なんとなくガチャガチャやってても何とかなるほうだったらもう一回やってみようかなってなる。はっきりとわかるほうね。感覚的に。ふつうはね。10ガチャガチャやったら12くらい反応があるほうがいい。バーチャなんて始めてやったとき単発の技ばっかりしか出なかった感じだもん。10ガチャガチャレバー動かしてるのに、キャラの反応は3か4くらいってかんじだった。だからなんかよくわかんねーや、と思ってしまった。

だからあんまり得意じゃないし、好きじゃない。で、トバルもそんな感じのゲームなんかな、と思ってやってみたら意外といい。ガチャガチャやってたら技が豊富にでるし(ここがポイント)あえて極端にリアルに追求していないからゲーム性もある。
そこが気に入ったポイントでした。だから攻略本買って技を研究したりもしたなぁ。
それからつかみ。つかんでの攻撃。それから投げぬけ。投げられても抜ける。それもすべての技に対して。それから「奥義」相手の体力をたくさんうばう。こういうのが
ある程度なれたらできるようになる。良い意味でゲーム的だし、アバウト。
僕みたいに「覚えるためにゲームしてるんじゃなくて楽しみたいんだよ!」って人間には良かった。しかも気に入ったから覚えるって作業も楽しかったしね。
ちゃんと取り組んでみようと思わせるゲームでした。
続編でてほしいな。