2010年07月28日 23時24分53秒

まわるまわる時代はまわる

テーマ:論説
新卒採用を何年も担当していると、二ヶ月に一回ぐらいの頻度で世代論を戦わせている気がする。

僕自身が強く世代論というものを支持しているということもある。

ま、支持とえばって言うほど、世に否定的な意見はないと思うが、僕は日本人のメンタリティに及ぼしている影響はかなり大きいと考えている派なのだ。

そして、その中でも戦後において最強の世代は団塊の世代であり、次いで団塊ジュニア世代である。


日本の戦後は団塊の世代が作ってきた事に異論を挟む余地はないと思うが、それは単純に数が多いので世論形成の核であり続けるし、彼らの行動そのものが社会全体のムーブメントとして取上げられるからだ。

マーケター達のアウトプットは当然マジョリティーの世代に照準を合わせていくのだから、そこからずれている世代は、どんなものを手にとっても眺めていても、なんとなくいつもずれている感があるのは当然だろう。

団塊の世代が青春をむかえれば、60年代の個性的で強い文化が花開くし、日本の行く末を案ずれば安保闘争(後期)がおきる。
一生懸命働けば日本経済は世界を駆逐し、傲慢になればバブルがはじけた。
そして今は、老人マネーを狙って社会が動く。

同時に団塊ジュニア世代も同じだ。
彼らが中学生に進学すると学級崩壊が社会問題となったし、現在の婚活ブームは、この世代が現在33~36歳に達し、婚期の後半に達しているためだ。
男子はどうしても年下と結婚するので、人数の多いこの世代の女子が余ってしまうのだろうか。失礼な推測だが。

団塊の世代の頂点が46年生まれぐらい、そのジュニア世代が73年ぐらいだからおよそ一回転が27年。うん、いい数字だ。


以上の世代を良きも悪きも陽の世代と考えると、その狭間の世代は陰の世代となってしまう。

前期は60年生まれ前後で、ここは段階の世代から新人類というひどい言われようをされている。
まだ、この世代は卑屈な表情を浮かべながらも団塊の世代のおこぼれでそれなりに華やかな世代である。

だが、この新人類ジュニア世代は悲惨だ。
80年代後半に生まれたこの世代は、団塊と団塊ジュニアの両方が人生の表舞台にいることで悪影響を受け続ける。
社会環境としては物心ついたときにバブルが崩壊し、人生のほとんどを失われた20年に過ごしている。

団塊ジュニア以上の世代は、失われた20年と言って、始まりを知り、終わりを期待しているわけだが
人生のほとんどが失われているとは全くもって酷い話だ。

なんせ、生まれたときから日本全体が悲壮感の真っ只中にあり、ずーっと日本はダメだダメだと言われ続け政局は混乱し続けている。

そして残念なことに団塊世代が作り上げたゆとり教育の直撃世代となり、教育も真っ当に受けられず、人格形成に直接の負の影響を与えた。もう踏んだり蹴ったりだ。

ゆとり教育は団塊の世代の世論がまさにその導入を後押ししたのであり、直接攻撃はルール違反だ。
陰湿なことに、団塊ジュニアジュニアが小学生になる頃にはゆとり教育は廃止になった。

そんな世代に対して、信念がないだとか意志がないだとか我々は強い価値観を押し付けては
いるものの、その世代の環境というか空気というものはどうにも強制力が強く、人格形成に強烈な影響を与えているものだ。

それぞれの世代の中にいると、自分というものが時代背景から形成され、影響を受け続けていることは意外と感じにくい。

新卒採用をしていると、同年代がそれぞれの個の価値観を面接という場で表明し続けるものだが、それは明らかに個のものとは認められず、以上の背景の影響を色濃く表明する。

ベンチャーの採用側としては、ゆとり世代にもっとも反抗的な人間を採用しなくてはならないわけだが、こうとあっては抗うことには限界があるのかもしれない。

僕の筆では、その世代のその時代というものを表現することができないが
有名ブロガーのこの記事は、時代のなかで生きるということがどういうことなのかを教えてくれる。

  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080828

ぜひ読んでほしい。


以上の世代論から学ぶべきことは、次の10年を読むことだ。
団塊ジュニアが30代後半にのり、これからは仕事にもっとも精を出すだろう。
そして憎むべき、違った、羨むべき団塊世代は、ビジネスの現場からは引退していく。

なので、日本は一時的に回復の道筋をつけるのではないかと密かに期待しているのだ。

そして、必ずやらねばならないことは、団塊の世代からきっちり稼ぐことであり、消費税を増税して老人たちからきちんとふんだくってやることである。

非常に長くなったが、僕の頭の中は常にこんな感じだ。

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2009年08月30日 00時00分44秒

上海へ

テーマ:論説
今週は水曜日から上海に行っておりました。

この半年は瀋陽の子会社設立に注力していたということもあり、8ヶ月ぶりの訪問です。

ロングテールの住人

今回は会社のインセンティブで視察に帯同している女子2名も含めての出張で

かつ日程もタイトだったためヘトヘト。Zちゃんアテンドお疲れ様でした。

仕事の中身としても収穫あったと思います。


今回の出張はなんというか上海はすごいなーといういつもの感じが感じられなかった。

というのも、日本が完全に追い抜かれてしまっていて、勢いあるとかそういう次元では

なくなったというのかな。WEBの世界でも進化がめざましく、モバイル系のADネットワークの

会社を訪問したのですが、正直圧倒され、恥ずかしくさえなってしまいました。

私達も日本でちんたらやっている場合ではないので、さらに気合入れていきます。




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2007年10月11日 10時34分51秒

企業ロイヤルティと起業家精神

テーマ:論説

会社では期が変わり、前期の振返りと今期の目標を
策定するため面談が続いている。


最近、目標設定の際によく考えていることが『責任範囲』と『管理範囲』の
関連性についてだ。


『責任範囲』を業績に対して責任を持つ範囲。

『管理範囲』を自分に与えられた経営資源に対しコントローラブルな範囲。
と仮定する。



このとき、特にミドルマネージャ層に対してはなるべく『責任範囲』よりも
『管理範囲』を狭めたほうがよいのではないかと考えているのだ。


普通に考えれば、ふざけるなと思えるかもしれないが、根拠は以下の通り。


第一に、直感的に『責任範囲』と『管理範囲』が明確化されており
同一の範囲かもしくは『責任範囲』のほうが狭い状況が生まれた場合。
往々にして、組織が官僚化されると考える。

それぞれの組織の独立性が高くなりすぎて、他の範囲に興味を示さないばかりか
下手をするとその管理範囲の確保に躍起になる。特にマネージャ層には
あってはならない行為だ。



第二に、『責任範囲』が『管理範囲』より大きい状況が生まれた場合には
どうしてもイノベーティブでなくては解決できない壁が発生する。
業績に対してコミットメントが強い社員こそ、こういった状況で
コミットメントという力をイノベーションに転換するチャンスでもある。



第三に、『責任範囲』が『管理範囲』より大きい状況では、互いのマネージャ同士の
連携や相互に業績向上に向けて協力する体制が不可欠となるため、
うまくいけば企業ロイヤルティを高めるきっかけになるかもしれない。

気をつけなくてはならないのは、著しく企業ロイヤルティが低い場合には
この状況を与えた瞬間に破綻する可能性もあると思える。



以上だ。


特にイノベーションに転換するか否かについては、個人差が大きいと
感じているが、この特性は醸成することが簡単ではないことを考えると
手段としてはありではないかと思う。




まだ自分の中で洗練されてはおらず、ブラッシュアップする必要がある。
もう少し深堀りできればまた掲出します。



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