戒名料という不思議なお布施

テーマ:日記・つぶやき 2009-12-05 21:14:38

四十九日法要を終えて・・・・・


本日、母の四十九日法要を菩提寺である高田馬場・亮朝院で行いました。


やはりお骨を墓に納めると,、遺族の責務を果たしたようで安心します。


ただ、行きに抱いていたお骨が帰りには小さな位牌になっているのを実感した時の寂しさは何とも表現し難いです。


帰宅して、仏壇に供えられた菊の花を見て、一句と言いたいところですが、蕪村の句を転用して・・・・


散りてのち おもかげにたつ 菊の花


そんな心境です。(蕪村は、牡丹かな、でしたが)


それにしても今回はお寺に納めた戒名料というものについて、随分考えさせられました。


18年前に父が亡くなった時は、母にまかせっきりでしたので


浄明院日政信士


この7文字に特別な感慨は持ちませんでした。


しかし、今回母の戒名をお寺からもらうについて分ったのが、父の戒名には「院」という一文字が入っているために、ただの「信士」より戒名料が高くなったということです。


母の戒名に「院」は要らないとお寺に訊ねたところ、それでは釣り合いがとれないと言われてしまいました。


だから、母の戒名は


浄明院日園信女


となりました。


「院」
が入ってしまいました。


お布施はいくらか、院が入った戒名料はいくらか、それとも「お布施+戒名料」とまとめてもよいものか?など、など・・・・・・・・・・悩みました。


事前の打ち合わせの時に、お寺の住職に単刀直入に尋ねましたが「それは、いくらでも・・・・・」という禅問答のような返答しかもらえませんでしたので、更に悩みました。


それでは戒名とは何なんでしょうか?


「戒名とは、仏教において仏門に入った証し、戒律を守るしるしとして与えられる名前」


と辞書にはあります。


それが、いつのまにか死者が葬られるお寺から、仏になるしるしとして与えられるものに変わってしまったのです。


それもお金で購入する「しるし」です。


さらに、その対価がよく分らない。


いくらでもよい・・・・・・・・益々分りません。


死者に戒名など要らないと思っている人は多いと思います。


私もその一人ですが、父が埋葬されている墓に母を入れるわけですから、お寺と喧嘩するわけにはいきません。


渋々それ相応の額のお金を納めました。


別にお金が惜しくて言っているのではなく、戒名をつける意味と戒名を高価な値段でお寺から買うことの意味が分らないだけです。


死者の価値がお金で測られているようで、とても気分が悪いです。


では、それ相応のお金を払うことができない人はどうするのでしょうか?


本当に住職が言うように「いくらでもよい」のでしょうか?


戒名とは実に摩訶不思議なしるしです。


我家は皆が献体賛成派です。


一人娘のため、死後彼女に負担をかけたくないのと、少しでも医学の役に立てばという気持ちからですが、そうなればお寺の檀家である必要はありません。


そのことを住職に問い合わせたところ、最近は少子化のためそういう人が多いので合同慰霊碑を数年前に作ったとのこと。


そこに入るもよし・・・・・・・・・でも一番は面倒くさい手続きが要らない霊園が一番だと思います。


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