つらいから青春だ

テーマ:日記・つぶやき 2012-03-25 09:48:55

週末に京都へ行ってきた。


もちろん仕事です!


23日(金)の夜、京都の醍醐寺で行われた「第18回世界遺産劇場~醍醐寺 醍醐の宴~」を見学するために行ったのですが、当日はあいにくの雨模様。


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まだまだ底冷えのする京都でしたが、イベントそのものは「霊宝館」という国宝や重要文化財が多数安置されている場所で上演されたので雨の影響はありません。


その夜、何とも厳かな「霊宝館」の中で上演されたのは、以下の演目でした。


■朗読劇「幻色江戸ごよみ」


■原作:宮部みゆき  構成・演出:長部聡介


■出演:佐々木蔵之介、市川亀次郎、佐藤隆太


醍醐寺の僧侶たちによる馨明から始まるこのイベントのために集まった聴衆はおよそ、1000人。


80%が女性でした。


声色を変えて少女から老人までを見事に演じた市川亀次郎さんの朗読が特に印象的でした。


次回は6月に平泉で開催予定だそうです。


閑話休題


3月の今頃は多くの企業で人事異動の話題で盛り上がる時期ですが、当社もその例外ではなく、22日(木)に内示があったばかりです。


合併により会社が誕生して5年目の今年、かつてない規模の組織改革&人事異動がありました。


私にも内示がありました叫び


詳細は4月1日の発令日に改めて報告させてもらいます。


東京への帰り道、今回内示した人たちの顔を思い浮かべました。


いずれの人たちも「えっ?」


と驚く意外な内示だったようです。


私が内示したひとの大半は30代~40代の働き盛り。


企業にとって最も貴重な戦力となる世代です。


私はこの年齢の人たちが企業人として魅力ある時間を企業と共に共有できなければ、企業の成長はないと思っています。


いわば企業人としての青春時代がこの30代~ではないでしょうか。


だからこの世代の人たちを大切にし、伸び伸びと仕事ができる環境を与えてやることが極めて重要なのです。


では、企業人にとっての青春時代って何だろう?


「辛い」とか「苦しい」という悩みをどの世代のときよりも深く心に刻み、真剣に考える時代が一般的な青春時代とするならば、大学を卒業し、仕事を覚え、ようやく初めての部下を持ったあたりが企業人としての青春時代のような気がします。


自分自身を振り返ると・・・・・・


30代の後半に演歌・歌謡曲が強いレコード会社でロックレーベルを立ち上げ、仲間と共に自らの足で情報を集め、自らの考えで最も多く行動した時期でしたし、40歳を過ぎたときには未知の広告業界に飛び込み、右往左往しながら広告ビジネスを一から学んだ時期でした。


まさにこの時期、「青春時代」と呼ぶに相応しい思い出がたくさんあります。


だから、人事異動の時には、真っ先にこの「青春時代」を味わえる環境があるのか、ないのかを考えます。


「青春時代」を味わえる環境にないと思った人には、新たな環境を与えてやる必要があるからこそ異動が必要になるのです。


その原点にあるのは、いつも「つらいから青春だ」という言葉です。


つらくない青春時代を過ごした人は将来どこかで挫折する。


企業人にとって最も重要な30代~に青春時代と呼ばれる経験をすることがどれほど大切なことか。


そう思うことで仕事が一段と楽しくなるし、「辛さ」や「苦しさ」を経験した人は、将来それが楽しい思い出になる日が必ずやってきます。


これは理屈ではなく、40年近く企業人として働き、紆余曲折、山あり谷ありを経験してきた私自身の人生から学んだことです。


決して机上の空論ではありませんので。


そこんとこ、よろしく!




武満徹「ソングブック」の素晴らしさ

テーマ:音楽 2012-03-18 16:52:25
素晴らしいメロディーの曲ばかりが収められています。

美しい、はかない、そして日本人でならではの旋律に胸を打たれます。

映画「マーガレット・サッチャー・・・・」から学んだ政治家の信念

テーマ:映画 2012-03-18 10:39:07

原題は「The Iron Lady」だが、日本語タイトルは、それに「涙」を加えた。


「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」は実に上手いタイトルだと思う。


原題を日本の市場に合わせて、別の邦題に変える、これが配給会社の大きな仕事のひとつだが、今回はこれがハマった。


「涙」の一言で、この作品の訴求ポイントが一段と明確になったからだ。


日本人というのは、まっこと、「涙」とか「恋」とか「愛」のついたタイトルに弱い民族だと思う。


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マーガレット・サッチャーは保守党の教育相時代に時の党首であるヒースが繰り返す労働党との妥協政策に我慢がならず、党首選に立候補し、見事に当選。


以後11年間にわたって首相として英国を率いた。


必ずしも成功した政策ばかりではなかったが、この人の強さはその「信念」にある。


並の強さではない、この「英国を愛する信念」の強さゆえ、歴史に名を刻む首相と評価されるようになったのだと思う。


このところは映画でもきちんと描かれている。


それゆえ、80歳を過ぎ、認知症になった現在のサッチャーの寂しさが大きく浮かび上がってくる。


この老いを演じたメリル・ストリープの演技は秀逸!


現在の老いたサッチャーと強い信念を貫き通した政治家サッチャーの比較が巧みな編集技術によって高められたのがこの作品の大きな特徴だと思う。


映画全体としてみれば必ずしも完成度の高い作品ではないが、メリル・ストリープの超プロフェッショナル的演技と巧みなストーリー展開に酔うことはできる。


そこれに比べて・・・・・・・・・・・・・・・・・・


わが日本の政治家は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


劇場を出たあと、どうしても考えてしまうのは、私だけではないと思う。

映画「TIME」を観た

テーマ:ブログ 2012-03-10 21:25:27

本当は 「PINA」ことピナ・バウシュを観たかったのだが・・・・・・・・・・


時間が合わなかったので、そこそこヒットの娯楽映画「TIME」を観た。


時間が通貨の未来世界が舞台。


そこでは25歳で人生が止まる。


時間を買うことによって25歳から先を生きながらえることが可能だが、買った時間だけ生きても容姿はず~っと25歳のままという気持ち悪い世界で人はどう生きるのか?


だから、この世界には年寄りがいない。


と言っても矛盾だらけだが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


まあ娯楽作品だから不平不満は言うまい。


裕福な金持ちは時間を買い続けることができるので永遠に年をとらない。


では、貧しい人は?


常に残り時間との戦いの中で生きている。


腕に刻まれた時計で自分の残り時間を知ることができるし、時間を他人に分け与えることも可能だ。


発想の面白さに惹かれて観た作品だが、意外に楽しめた。


まあ、毒にも薬にもならないが、時間つぶしには充分だと思う。


観終わったあと、何と自分は時間を無駄に使っているのかと反省。


こうい映画を観ていること自体が時間の無駄かもしれないが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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他人事目線と自己責任回避が目立つ今日この頃

テーマ:世の中 2012-03-10 12:29:23

寂しい新聞記事だった。


死亡女性宅入室遅れる


都営住宅 公社と市、連絡できず


東京都立川市の都営アパートで、90代の母親と60代の娘とみられる女性二人の遺体が見つかった問題で、アパートを管理する都住宅供給公社と市は8日、共同で記者会見し、近隣住民から安否確認を求められながら、すぐに室内に立ち入って確認しなかった経緯を明らかにした。双方で「様子見」になっていたらしく、両者の対応が発見の遅れにつながった可能性がある。


こういう記事でした。


時系列にことの経緯を紹介すると次のようになります。


■2月29日

二人の姿を見かけない自治会長が公社に安否確認を求める。


■3月1日

公社は職員を派遣。しかし異臭などの異変もなく「今すぐに入室する必要はない」と判断。


■3月2日

公社から二人の情報提供を求められた立川市は、民生委員に連絡。民生委員は隣室の住人に電話で状況を聞いたものの、部屋には行かなかった。


■3月6日

公社職員が再訪し、電気メーターなどを調べたが、部屋の状況を把握しないまま引き揚げた。


■3月7日

市は、「住民が心配している」との報告を受け、職員を派遣。宅配便不在伝票や郵便物がたまっていたことから、警視庁立川警察署と消防署に連絡した。


司法解剖の結果、二人は死後1ケ月程度経っていたという。


二人の安否を終始心配していたのは自治会で、その会長はマスコミのインタビューに「住民の命を守れず申し訳ない」と泣き崩れていた。


でも、ちょっと違うのでは?


謝罪するのは都住宅供給公社や立川市だと思うのだが・・・・・・・・・・・・・・・・


死後1ケ月も経っていたということは3月1日に公社職員が訪れたときには、すでに郵便物などがたまって

いたはずだ。


3月2日に公社から情報提供を求められた市の民生委員は、部屋を訪れることもなく隣の住民に電話しただけで済ませている。


実に形式的な対応だと思いませんか?


3月6日に公社職員が電気メーターなどを調べているが、ここでも異常を感じたはずなのに部屋に入っていない。


7日になって自治会からの要請でようやく市は職員を派遣したという。


市は「立ち入りの緊急性は公社の判断だと考えていた」と公式コメントを発表。


公社のほうは「今すぐ入室する緊急性はないと判断した」という談話を繰り返すばかりだ。


でも、何日も二人の顔を見ていないという住民の話を聴いたり、最初に公社職員が訪れたときにもたまっていたと思われる郵便物の山を見ても、不審を感じないということが私には理解できない。


「一人暮らしでないから」


「60代の娘さんが同居しているのだから余計なことはすべきでない」


こんな会話も聞こえてきた。


どうも、事が厄介そうなので自分の管轄で責任を負いたくないという公社、市の考えが見え見えのような気がする。


自己責任の回避が遺体発見の遅れにつながったことは間違いないだろう。


自分事でない他人事だから?


厄介なことや面倒なことは他人に任せたいという自己逃避的な責任回避の姿勢だから?


こういう姿勢は公務員だけでなく我々のような民間企業でもよく見られる。


自己責任を回避するため、トラブルの現場に入ろうとしない管理職。


自己責任を回避するため、何でも上司に報告して判断を仰ぐ管理職。


どちらも言語道断だと思う。


原子力対策本部の議事録が存在しないことになっている3月11日~12日にかけての政府の対応が関係者の証言で徐々に明らかになり、議事概要として発表された。


米国の原子力規制委員会が事故直後に発表した3千ページにも及ぶ報告書に比べて、この議事概要は僅か数十ページだ。


当初からメルトダウンの可能性が論じられながら、その事実を隠蔽し、近隣住民の避難区域を3km、10km、20kmと矢継ぎ早に変更した政府発表への不信は、最初の段階での委員たちの無知と総理の優柔不断なリーダーシップにあったことが分かった。


12日午後の記者会見で、原子力安全保安院の審議官が「メルトダウンの可能性がある」と発表したところ、枝野官房長官(当時)が激怒して、この審議官を更迭したという話も出てきた。


その日官房長官は「メルトダウンの兆候は今のところない」と発表し、その可能性について一切言及しなかった。


国民にいたずらに不安を与えないためだと言っているが、これだって、民主党の政権下で大きな動揺や不安を国民に抱かせたくないという自己責任回避が優先した結果だと思う。


今思えば枝野官房長官をはじめとする民主党の閣僚たちは、保身のために当時口裏を合わせて国民に嘘をついていたことになる。


嘘やまやかしから信頼が生まれるわけはないのに・・・・・・・・・・・・・・・・


未だ彼らに何の反省もない。


松下政経塾出身者や偽市民活動家の心がいかに軽薄なものであるかを証明している。


国民に対する政治家の矜持が微塵も感じられないのだから。


いま、その戦犯たちが重要閣僚に座っているが、私は特に屁理屈まがいの正義論をかざして国民を愚弄し続ける枝野大臣を許すことができない。


即刻退場すべき政治家の一人だと思う。


「もっと」をやめよう

テーマ:日記・つぶやき 2012-03-04 15:03:13

今朝の朝日新聞朝刊に載った幻冬舎の全面広告。


一番目を惹いたのが「大往生したけりゃ医療とかかわるな」。


既に20万部突破!とある。

大往生したけりゃ医療とかかわるな (幻冬舎新書)/中村 仁一
¥798
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「自然死」のすすめなのだが、著者が現役の医師であるところが面白い。


余談だが、今年の正論大賞を受賞した渡辺利夫先生(現在72歳)は還暦を過ぎてから定期的な健康診断をやめたそうだ。


体調を崩せばもちろん医者に診てもらうが、定期健康診断だけをやめたのは60歳を過ぎて病気になるなら仕方がないと思ったのがその理由だという。


治療しても治らなければ仕方がないと諦める。


だから過去を振り返ることも未来を夢見ることもしない。


「今」を懸命に生きることだけを考える人生に切り替えたという。


上記の本から一部を抜粋すると・・・・・・・・


*医療が穏やかな死を邪魔している


わかります。


3年前、母が脳溢血で意識不明となって担ぎ込まれた病院で手術はできず、回復の見込みがない母に遺漏を勧めた医師の言葉を私が拒否したのは、まさに母に与えられた穏やかな死を医療が邪魔すると思ったからだ。


*自分の死について考えると、生き方が変わる


60歳を過ぎて、71歳で亡くなった父親の年齢まであと10年足らずだと知ったとき、初めて自分の死について考えた。確かに「死」というものを普段から真剣に考えていれば、いざという時に慌てないのかもしれない。


*年寄りはどこか具合の悪いのが正常


60歳を過ぎて痛いところが何もなかったり、不都合なところが何もない人のほうがおかしい。いま私は「飛蚊症」という症状のため右目の前に常に黒い糸のようなものがぶら下がっている。目を動かすとその糸のようなものが蚊が飛ぶように動くので「飛蚊症」という言うらしい。最初のころは気になっていたが、それが病気ではなく加齢のせいだと聞いてからは、あまり気にならなくなった。


*両親の死


自分をこの世に誕生させ、育ててくれた両親が死ぬと、自分もやがて死ぬのだという気持ちが自然と湧いてくる。親だって死ぬのに自分が死なないわけはない。


*健康のためなら命もいらない


よく語られるジョークだが、健康、健康と気にしすぎる人こそ病に陥りやすい。


等、等・・・・・・・・・・・・・・・・


まあ、こんなことが沢山書かれている本のようです。


その広告の一段上を見ると


「人生はあきらめるとうまくいく」という本の広告。

人生はあきらめるとうまくいく/ひろさちや
¥1,000
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こちらのコピーは、


「がんばるのは悪、あきらめるのは善」とある。


だから「もっと」をやめよう、ということになるらしい。


「上」を向いて歩かなくたっていい、辛いときには素直に下を向けばいい。


どうもそういうようなことが書いてある本らしい。


おまけに「肩の力を抜いたとき見えてくる心が満たされるヒント集」と、まるでゴルフの指南書のような言葉まで載っている


この本、買ってみようかな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


どうも昨年の大震災をきっかけに二つの本に書かれてあるような死生観というか人生観が世の中の前面に出てきたような気がする。


五木寛之さんが書いた「下山の思想」だってそうだと思う。

下山の思想 (幻冬舎新書)/五木 寛之
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この本もベストセラーだ。


おまけにこれも幻冬舎叫び


「もっと」をやめる・・・・・・・・・・これはまさに私のこれからに必要な生き方であり、それが実現できた時はじめて心身共に健康になり、穏やかに死を迎える覚悟ができるのだと思う。


今から準備しても遅くない。


まだ少し時間がかかりそうだから。


DVD「ぼくのエリ~200歳の少女」

テーマ:映画 2012-03-03 20:41:35

今日は疲れた一日だった。


昨晩夜中の1時に目が覚め、そのあと4時まで眠れなかったせいかもしれない。


ひな祭りの今日、娘が結婚することになった相手の両親と初めての顔合わせ会食が汐留であり、その緊張感が疲れを倍加させたのだろう。


しかし、一人娘が結婚を決めたというのに・・・・・・・・寂しいとか、嬉しいとか、何でもよいのだが、強い感情が湧き上がってこないのは何故だろう。


世の中の花嫁の父とは違うのだろうか?


実に淡々とした気持ちで娘の結婚を受け入れてるような気がする。


ところで先週某新聞社の人たちと飲んだ時に、またまた映画の話題で盛り上がった。


ちょうどアカデミー賞の発表があった直後の飲み会だったからかもしれない。


話題が昨年観た映画の話になった。


私の順番になり、私は切ないヴァンパイア映画「モールス」を絶賛した。


そして、先週WOWOWで放映された「モールス」のオリジナル版「ぼくのエリ~200歳の少女」の録画をうっかり忘れてしまったこともついでに話した。


そうしたらどうだろう、その飲み会の席にいたOさんから翌日「ぼくのエリ~」のDVDが私のもとへ届けられたのだ。


驚いた!


こういう心遣いをしてくれる若者がまだこの日本にいたとは。


そう、Oさんは20代の中頃です。


嬉しかった!


というわけで、疲れてはいるのだが、いまそのDVDを観ている。

昨年観た米国版での主人公の名前はオーウェンとアビーで、ヴァンパイアのアビーを演じていたのが「ヒューゴ」にも出ていたクロエ・グレース・モレッツなのだ。



スウェーデン制作のオリジナル版では主人公の名前がオスカーとエリ。



米国版に較べるとオリジナル版のほうが静けさが一段と深い。



両者に共通しているのは決して成就することのないヴァンパイアの少女と人間の男の子の切ない恋だが、アビーを演じたクロエの可憐なヴァンパイア少女の裏に潜む切なさのほうが私は好きだ。



少年とヴァンパイア少女が雪深い公園で初めて出会うシーン。



スウェーデン版の少女は靴を履いているが、米国版の少女は裸足だった。



なぜ雪の上なのに裸足で平気なのか?と思わせる出会いのほうが、その後に起こる悲しいドラマを想起させて印象が強い。



どちらが好きか?と聞かれると困ってしまうが、こうしてオリジナル版とリメイク版を較べてみると主人公の組み合わせがオスカーとアビーになるとよいのかもしれない。


Oさん、ありがとうございました!

ぼくのエリ 200歳の少女 [DVD]/カーレ・ヘーデブラント,リーナ・レアンデション
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モールス [DVD]/クロエ・グレース・モレッツ,コディ・スミット=マクフィー,リチャード・ジェンキンス
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映画「ヒューゴ」は傑作!

テーマ:映画 2012-03-02 23:40:52

いや~映画好きにはたまらないテーマですね、「ヒューゴ」は。


映画愛にあふれた傑作でした。


観る前は子供向きかな?と思っていましたが、とんでもない。


アカデミー賞作品賞というか、監督賞は獲ってもおかしくない作品です。


ネタバレするのであまり言えませんが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


マーティン・スコセッシ監督がカメオ出演していますが、わかるかな?

気仙沼、二つの絆

テーマ:世の中 2012-03-01 21:14:23

自分の目で被災地を見て・・・・・・・・・・・・




2月26日(日)13時30分。


この日気仙沼プラザホテルでは映画監督の堤幸彦さんが企画・演出したドキュメンタリー・ドラマ「Kesennuma, Voices」の試写会が開催されていた。


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堤さんは今までに気仙沼を舞台に映画を撮影した機会が多く、震災後何度も現地にボランティアとして訪れたそうです。


テレビ局のディレクターとして演出家のキャリアをスタートさせた堤さんですが、その当時知り合った人の中に現在フリーアナウンサーとして活躍している生島ヒロシさんがいました。


生島さんはこの震災で気仙沼に住む妹さん夫婦を亡くしました。


このことを知った堤さんは昨年末、生島さんの息子さん二人を主人公に起用してドキュメンタリー映像作品を制作することを決意。


それがこの日地元で初めて上映された「Kesennuma Voices. 東日本震災復興特別企画~堤幸彦の記録」というわけです。



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写真右から堤監督、生島兄弟、エンディングテーマを歌っている熊谷育美さんです。


このドラマは3月11日(日)21:30からCS放送の「TBSチャンネル」で放送されます。


当日会場で配られたパンフレットから紹介します。


「物語は、ボランティア活動のため気仙沼に向かう生島兄弟の出発から始まっていく。叔母一家を失うことで深く大震災に関わり、傷つきながらも、どう対処すべきか答えを見いだせない東京在住の二人。気仙沼で日々を通じて、震災がもたらしたものに直面し、自分自身と向き合わざるを得なくなる・・・・・・・・・そこには、苦しくともゆっくりと立ち上がっていく気仙沼の人々が映し出されていく。鎮魂と希望への映像とするために・・・・・・・・。」



朝6時30分に自宅を出て東京駅経由で気仙沼に着いたのが12時10分。


約6時間の長旅でしたが、特に一ノ関から気仙沼までの大船渡線が長く感じられました。


気仙沼駅に着いて最初の印象は



・・・・・・・・・・・これが被災地?


駅前の商店街は普通に営業しているし、街を歩く人たちも普通に会話している。


しかし、タクシーに乗って5分も走ると風景が一変します。


僅か数百メートルの距離が生死を分けたということです。


会場の気仙沼プラザは漁港近くの高台に建つホテルですから、被災した港町が一望できます。


港の周囲は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何もない。


本当に何もないのです。


かつては多くの水産加工場やホテル、旅館、娯楽施設、商店が立ち並んでいたところなのですが、見渡す限り雪に覆われた平地が続いています。


雪に覆われた分、瓦礫が隠れているだけで、復興などまったく進んでいないという印象です。


道路にはいまだに大きな漁船が横たわっているし。


瓦礫受け入れに反対しているばかりでは復興は間違いなく進まない。


自分さえ良ければいいなんていう自治体、つまりそれは市民が反対しているからだが、そんな自治体=市民はダメだと思う。


被災地の人たちのことをもっと真剣に考えないと・・・・・・本当に大変だと思った。



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こんなに大きな鉄の塊がどうして港から数百メートルも離れた道路に流されてきたのか?


津波の凄まじさに恐怖を感じると同時に胸が痛んだ。


最後になりましたが、今回私が気仙沼に行った理由です。


堤幸彦さんが制作したこの映像の上映とそのエンディングテーマを歌っている熊谷育美さんのトークライブをセットにしたイベント企画に参画しているからです。

今後、この「上映&トークライブ」を東京他で展開していこうと思っています。


映像と音楽・・・・・・・長い間我々が仕事の糧として付き合ってきた二つの絆が気仙沼を通じて結ばれることを願いながらこのイベントに取り組んでいこうと思っています。


詳細が決まったらこのブログで紹介します。

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