胎内回帰願望。
Sat, October 22, 2005 テーマ:ブログ「愛着」ということを考えている。
難しい・・・。
「愛着」が嵩じれば、「執着」になる。
精神分析のオットー・ラングは、「出産時外傷説」を唱えた。
人間は、オギャーと生まれ(泣かなくとも)、誕生した時点で、
「分離のトラウマ」=「根源的ショックから派生する不安感」が起こるという説だ。
人間は生まれながらにして、この「孤独」または、
「損失感」を持っているのかもしれない。
この「損失感」を求める為に生きては、何かを求める。
エロスは、幻想であり、投射であり、擬似体感かもしれない。
そして、人間はこの一体感を満たす為に飢える。
生まれたばかりの赤ちゃんのチンパンジーを母親から引き離すと、
その赤ちゃんに多くの胃潰瘍が起こると聞いたことがある。
ちょっと抽象的過ぎるが、
恋愛で甘えの構造が出来るのもそんな例ではないだろうか?
結局は、恋愛は「自己愛」の変型、強いては「胎内回帰願望」。
太宰治の例などはそうだ。
彼は母親どころか、乳母、叔母を損失している。
それが、彼の苦悩、そして心中という偏愛の形になったのだろう。
話は飛躍するが、
欧米では、生まれたばかりの赤ちゃんでも独り寝させる。
泣いても簡単に抱き上げない。
だから、個人主義が育ち独立心が養われていくのだが。
恋愛と普遍的愛情とは違う。
「愛別離苦」の苦悩は生まれ落ちた時から学ぶということだ。
何を謂わんかというと、幼少時の傷(「月」が傷つくというトラウマ)は誰でもあると言うこと。












