「北韓」と「南朝鮮」 | ある在日コリアンの位牌

「北韓」と「南朝鮮」

 互いに相手を認めることってどういうことなんでしょう。私は「北韓」と「南朝鮮」という言葉を見る度、そう思います。
 
 韓国では朝鮮民主主義人民共和国のことを「北の韓国」という意味で「北韓(プッカン)」と呼び、朝鮮民主主義人民共和国では大韓民国のことを「南の朝鮮」という意味で「南朝鮮(ナムチョソン)」と呼んでいます。
 
 在日も同様です。北の在日メディアは「韓国・韓国人」を南朝鮮・朝鮮人と呼び、南の在日メディアは「朝鮮・朝鮮人」を北韓・韓国人と呼んでいます。要するに互いに相手を認めていない、認めたくないという真理が働いています。

 こういうふうに自分勝手に相手を呼称し、本当に仲良くなれるのでしょうか? 
 1991年9月に南北が国連に同時加入します。これは、この地球には、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国という国があり、世界中に認めてもらったということです。
 だったら、韓国は「朝鮮・朝鮮人」を指すときは「北韓・韓国人」と言うべきではないし、朝鮮も「韓国・韓国人」を指すときは「南朝鮮・朝鮮人」と言うべきではありません。

 私は、この違いを棚上げにして、自分たちの都合のいいように相手を呼称し、私たちは一つの民族だ、同胞だと誇張する人に欺瞞性を感じ、たまに腹をたてています(笑)。

 友達同士でも、仲良くなるには、まず相手の存在を認めることからスタートするのではないですか。国の付き合いも同じです。同じ民族であろうと、それは変わりません。
 韓国・韓国人には韓国・韓国人の呼称を、朝鮮・朝鮮人には朝鮮・朝鮮人の呼称をそれぞれ使うのは、当たり前のことです。
 現に世界中には、同じ民族でも国が異なるケース(宗教や地政学的になど)がいくらでもあります。例えば、クエート人をサウジアラビア人とは言わないし、インド人をバングラディシュ人とも言わないでしょう。

 本当に仲良くなりたいのなら、自分と相手の違いを認めること。
 「共生」これはよく在日が日本社会に投げかけるキーワードとして使う言葉ですが、在日自身も、また本国の韓国・朝鮮も、それぞれが同胞間において、考えるに値する言葉だろうと思います。