母親は強い

テーマ:

出産してから毎日3時間置きに搾乳して、NICUにもってっています。退院してからは回数は減りましたが、入院中は3時間置きに通っていて頭がさがる。。

すでに担当看護師さんとも仲良くなって、オムツ替えとかご飯のサポートとかしていて、本当にすごいなと思います。

早産の赤ちゃんは特にスキンシップが必要なので、うちの奥さんがせっせこ通ってくれるのはかずまにとって非常に意味があると信じています。

 

もちろん自分も仕事が終わってから、車に乗って毎日会いに行ったりできる限り時間を使うようにしていますが、土曜日に1時のご飯を始めて自分の手であげたら、数時間後体調が悪くなって嘔吐したようで、、orz

 

なかなか男親ってのは不器用ですね・・・

AD

かずまのメモ

テーマ:

1週間たった息子の状況まとめ

 

・初日から鼻の管だけで呼吸している

27週で鼻の管だけで呼吸している子は少ないらしい

-> 少し嘔吐したので、口から酸素を送る形に変更(幸いにも安定)

 

・母乳は1ml -> 3ml に増加

-> 少し調子が悪かったので 2ml に。

 

・カンガルーケアも開始

-> まだ奥さんのみ。

 

・動脈管は無事閉じた

-> 未熟児動脈管開存症とかいう状態はよくないので、薬を投与していましたが、

無事1発で治ったようです。

 

・髪の毛がふさふさ

低体重の赤ちゃんはみんなそうらしい?

髪の毛だけじゃなく背の毛もたてがみみたいになっています。

 

・寝癖が悪い

自分は寝癖がすごい良いので、間違いなく奥さん遺伝(笑)

 

・嫌なものははっきり嫌って表現する

お腹いっぱいの状態でみるくを含ませた綿棒を口に当てようとしたら

綿棒わし掴みにして引き離した。。。

その他、寝返り打たせたら露骨に怒って泣いたなど

 

・右を下にして横に寝るのが好き

これは遺伝なのか知りませんが、自分も右を下にして寝ると落ち着くんですよね。

逆だと寝付けないことが多いです。

-> それのせいで右側が少し腫れぼったくて、左目しかあきませんでした。

-> 6日目にやっと両目が開いた!

 

・星条旗(アメリカの国家)を歌ったら目を開けてくれた(笑)

-> 君が代はお気に召さないらしい

 

 

なんかすぐこういう小さいこと忘れそうなので

こんな感じでメモっていきます。

 

 

 

AD

72時間の山を越えて

テーマ:

かずま@72時間無事登り切りました。

よかったよかった。

 

その間大きなイベントなし。

毎日会社から帰ってすぐに車に乗って病院に通っていますが、行くたびにすやすや寝ていて、本当に何も不都合なく生まれ来たんじゃないかと錯覚しそうです。

 

3時間置きの母乳は最初1mlだったのが3mlまで増加。まだ左目だけですが、目も開けるようになったし、オムツ替えの時は不機嫌になって泣きます。立派な赤ちゃんですね。

 

 

体重は700g台まで下がりましたが、これは問題ないとのことでした。

なんか羊水やらなんやらが出ていくからだそうで、一瞬心配しましたが、全然問題ないですよということで、後はきちんと母乳を吸収して大きくなってくれることを祈るのみです。

 

奥さんの母乳も、これまた都合のいいことに、今日は1mlですと言われると1mlくらい出て、明日から2mlに増やしますねと言われると2ml出るという。母親の体は本当に不思議です。

 

不思議といえば、早産のお母さんの母乳は通常と成分が違うそうです。端的に言えば、早産の赤ちゃんに必要な成分が多く入っているそうです。

必要な時に必要なものが必要なだけ出てくるお母さんは偉大です。

 

 

 

 

 

 

AD

72時間

テーマ:

人生の中で大一番の山ってのはあると思うのですが、息子の山はいきなりきているようです。

その山とはこれ。

 

「超低体重出生児にとっての生まれて最初の72時間」

 

最初の72時間は血圧と血管の強度の問題で、脳内出血を起こすことがあり、その場合重篤な症状を起こしかねないためです。72時間を過ぎれば安心かと言われれば、もちろん出産時期や体重にもよるわけですが、とりあえず最初の72時間は一番危険の多い時間帯なので、先生も特に注意して当りますと言っていました。

 

義母や父なんかは相当この話を聞いてびっくりしていたようですが、不思議と全然心配していない自分がいました。長い人生で自分は不運だなーって思ったことが一度もないためかもしれません。息子も同じように危機に際して、全部都合の良い回答が得られると信じています。また、保育器越しに見る我が子が非常に落ち着いていて、穏やかな寝顔だったことも理由の一つかもしれません。

 

 

そんな重大な話の後、輸血やらなにやらの承諾書を大量にサインし、ひとまず後は様子をみましょうということで、病院での1日が終わりました。

 

長い1日でした。

割と必要な事項だけは全部頭に残っているタイプなんですが、思い返すと全然出てこなくて、ここまで書いているだけでだいぶいっぱいいっぱいだったんだなと思います。

 

ただはっきり覚えているのは、帰りの車の中で大声で叫んだことだけです。

 

かずまがんばれよー!!

 

 

 

5/24 出産

テーマ:

朝おきたらLINEが。

 

「大量出血した」

 

という内容でさすがにびっくり。

昨晩入院中の奥さんとlineの連絡が22時くらいで途切れていたので、なんとなく嫌な感じはしていましたが、それが現実になってしまった。。。と思ったのを思い出します。

 

 

直後にお義母さんから電話があり、陣痛がきてしまったので緊急で出産するから今から病院いきますと連絡が入り、自分もすぐに会社に休む旨連絡して、実家にも連絡して、、

 

と、ここまでやって電話を切って5分程度。着替えようと思った矢先にすぐにまたお義母さんから連絡が。

その連絡が「生まれました」でした。

2016/05/24 7時44分のことです。

 

 

すぐに着替えて病院に到着、病棟で待っていたのは疲れ切った奥さん。お義母さんはすでに到着していましたが、分娩室に入れたのは自分だけでした。

 

前日夜からの戦いで顔はかなり疲れていましたが、意外に落ち着いている奥さんをみて、すでに母親のパワーを感じたのを覚えています。

心配事はつきませんが、ひとまず奥さんが無事だったことと、息子かずまも元気に泣いていたという話を聞いて一安心しました。(名前はだいぶ前から決まっていました。)

 

そこから1時間ほど休憩して病棟に戻り、息子の1-2時間ほどの検査を待って奥さんの血液検査と小児科の先生の話を聞くということで、少し時間が空いたのでベビー用品をもってくるために自宅に帰り、カップラーメン食べて戻ってきました。

 

 

先生の話は端的に言えば、頚管縫縮手術は成功、血液検査も安定していたのになぜ早産になってしまったかの原因の話でした。正直どうでもいいと思ってしまったので、(言い方悪いけど、落ち度はないよ的ないいわけにも聞こえてしまって)ほとんど記憶にありません。

 

続けて小児科の先生からは、週数の割にしっかりしていること、へその緒がとても太かったのでそのおかげかも、という話と、これからの話を聞きました。

さすがに落ち着いて聞いていたつもりですが、3日たった今ほとんど覚えていませんのでやっぱり色々頭が回っていなかったようです。当面NICUに入ることと、最初の72時間が一番重要ですという話だけはしっかり覚えています。

 

この時確か2時過ぎですが、初めて我が子を見ることができました。

保育器の中でいろいろな器具はついているもののすやすや寝ている我が子を見て、

いろいろと考えたのを思い出します。

#といっても何考えていたのか詳しい内容は全然思い出せないんですよね・・・

 

 

かずまの人生はこんな1日から始まりました。