アプローチの初日を含め8月9日から8月12日まで上信越高原国立公園内に位置する東黒沢およびナルミズ沢を遡行してまいりました! 先輩一押しの沢ということもあり期待が高まります。何を隠そうこの私、この沢の写真をみて「こんな景色が見たい!」と入部を決定したのでありました。早くも写真の風景とご対面です。

 

0日目(アプローチ)

12時に部室集合し2時01分の電車に乗ります。ここから土合駅まで約4時間の電車の旅となります。埼玉人のお導きもあってずっと座ったまま快適に行くことが出来ました。

 

 

6時ごろ土合駅に到着。この駅は鉄道ファンじゃなくても興奮しますね。

 

 

 

432段の階段を上りきると眼前に迫るのは山、山、山。この中をくりぬいて先ほどのモグラ駅は誕生したのですね。こういう前例が数多くあるためにトンネルで南アルプスを貫くという自然破壊極まりない計画が至極当然のごとく通ってしまうのでしょうか。

 

 

 

駅舎の中で床に就き翌日の遡行に備えます。

 

 

 

 

1日目~東黒沢~

土合駅で沢装備を装着し入渓点まで徒歩で向かいます。最初のところは丹沢や奥多摩の沢と大差ありませんでしたが、

 

 

 

 

次第に両岸が開き、

 

 

日が差し込み、

 

 

美しいナメ状の川床が出現。

 

 

日が入り水の色も緑に、飛沫もきらきらと一段と美しくなります。

 

 

詰は道なき道を進んでいきます。今回は詰めた先の鞍部に登山道がないため詰め終わっても安心できません。反対側のウツボギ沢まで下降していかねばなりません。幾度もの転倒、コンパスを頼ったルート選択を経て無事沢に。沢の中の方がもはや歩きやすく感じます。あとは小滝をクライムダウンしてビバークポイントを目指します。

 

沢中を歩くこと20分近く、薄暗い木々のトンネルを抜けると広々とした河原に行き当たりました。2本の川の合流部分の河原で昨年に引き続き今回もビバークです。2時過ぎに到着したため各々がのんびりとした時間を過ごすことが出来ました。(昼寝、釣り、読書、植物観察etc)山の上でのびのびと過ごすっていいですね。

 

 

 

夕飯はちらし寿司とキノコの味噌汁です。ちらし寿司はカニ缶が入っていて豪華でした。

 

 

 

食後には焚火タイム。食当の正木さんが湿った木々に奮闘。

 

 

無事点いた火でOTANOSHIMIのソーセージとマシュマロをほおばります。

焼きたてはうまい!

 

 

 

 

 

2日目

今日はいよいよナルミズ沢に突入です。天気は曇り。しかしかつて雨の中の沢山行を経験した今は雨が降ってないだけで天に感謝です。

 

最初の7m滝は全員で巻きました。巻き道は明瞭です。その後は大きい滝もなく順調に進んでいきました。

 

 

 

2時間ほどで大石沢出合に到着。休憩中ここで先輩から昨年ここで滝つぼに飛び込んだ先輩の話が始まり、いつの間にか先輩方の視線が自分に。

……はい!僕が行ってきます!」

 

1分後、滝つぼには激しい水音が鳴り響き見事な濡れ鼠が滝から出現しました。(W3の正木さんも自分に続いてぬれねずみになる道を選びました)この程度のジャンプをネタにしているようでは地球の反対側で奮闘している五輪選手に申し訳ありませんね。

 

 

そのまま遡行を続けると徐々に日が昇り、水の色も美しい蒼碧色に。(服も乾いてきました)

 

 

 

その後の滝も何か所か苦労したものの順調に進みました。ぬめりのある魚止めの滝では先輩に確保をしてもらいます。

 

 

 

左を選べば短縮ルートへの入り口である二俣を右の本流にはいって進みましたがこのあたりから水量は一気に減っていきました。

 

それにしてもいい天気。森林限界を超えたわけでもないのに次第に樹木はなくなり草原が広がっていました。空が広いなあ。草原の中の沢って最高。景色も美しい。まさに天国です。

 

 

 

 

自分にとっては大学生活を左右した景色。当然だけど写真で見るより素晴らしい!自分の目で見るに限りますね。

 

 

 

水量が少ないわりに残りの沢は長く2mもない小滝では何か所かつまずくところも。

 

 

詰は前日と比較すれば圧倒的に楽でした。何より景色が楽しめるのがいいですね。踏み後も濃厚でした。

 

 

 

 

 

 

すぐに登山道に出ましたが。が、そこにあったのは登山道というより獣道でした。狸一匹がちょうどいいぐらいの細い踏み後を辿ってジャンクションピークを目指します。草原の逆襲が始まりました。分け入っても分け入っても青い藪。踏み倒したクマザサは滑りやすく足元もよく見えないため何度も転びます。草原ってきつい。まさに地獄の下山です。

 

 

 

 

 

 

朝日岳までは整備された道を行き、楽々300名山を踏破。池塘や草原が美しい山でした。しかしこの日は山の日だというのに山頂でもほとんど人を見かけませんでした。

 

 

 

 

下りの下山道はクマザサはないもののかなりの悪路。しかも単調な道に辟易とさせられました。

 

 

テント場に帰ってきたときには疲労困憊。もはやテントが家のようにさえ感じます。

 

 

 

 

3日目~下山~

いよいよナルミズ沢を離れる日です。5時起きというのんびりとした朝を過ごし宝川温泉を目指します。ここもそこそこの悪路&長距離。予想以上に面倒な下山となりました。

 

温泉は日本一の露天風呂を豪語していましたが実際、かなり良かったです。温泉の効果か日焼けした部分も痛くなくなりました。

 

水上までバスで出てあとは各々帰路に着きました。

今回は本当に天候に恵まれ楽しい山行となってよかったです。

 

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8/2-5まで夏合宿で南アルプスを縦走してきました

ルートとしては、鳥倉登山口から三伏峠に入り、塩見岳・間ノ岳・仙丈ケ岳などを経て、北沢峠へと抜けるものでした。


アプローチは、青春18きっぷで伊那大島駅まで行きました、普段の山行よりも飯田線の車両はとてもきれいで、あまり山へ行く感じがしませんでした


登山口までのバスです
乗っているときはほとんど晴れていて、何とか登りはじめだけでも雨に降られずに行けるかと期待しましたが、登山口の20分ほど手前からかなりの雨が・・・


出発が遅い時間だったこともあり、荷物の分配もできてない状態での出発です


雨で靴の中まで濡れて、汗で体中が濡れてイライラすること3時間で三伏峠小屋につきました
登っているときに気づいたことといえば、途中何度か横断した沢の水は登山道のそれと違ってきれいだということくらいです


テント場についてしばらくすると不思議なことに雨がやみ、水汲みや濡れた服の整理などしました
食事は初日ということで豪華にぺミカンでなく、おいしかったです


2日目
午後から天気が崩れそうとのことだったので、午前のうちに塩見岳を通過しようとしました


OTANOSHIMIの写真などをとっていない中、ブログのネタとして突然登場してくれた三伏峠小屋近くの登山道わきのニンジン。だれが何のためにどうやってここに置いたのかはわかりません




午前中は天気も良く、気持ちの良い登山でした



塩見小屋では、ヘリコプターによる物資の輸送が行われていました。去年の夏合宿でもヘリで待つことがあったのを思い出しました



塩見岳の山頂へ着いた頃には一面ガス。写真は西峰から東峰方面を見たものです。読み方は「にしみね」でなく「せいほう」だというのが驚きでした。
標識も少し悲しいもので、登りが岩場っぽく、見た目も特徴的な山だけに少し残念でした

この後はだらだらと尾根歩き。天気が良ければどんな景色が見えるのかが気になります


安倍荒倉岳への看板とあべ君。山頂は特に何もないようでした

熊野平小屋で、雨の中テントを立て、2年はボーっとしていると気づいたら夕食の準備の時間に。(ニンジンの入っている)ビーフシチューをおいしくいただきました。ここの小屋は(市営だからという説もあり、)とても親切で良いところでした。翌日は天気も少しは良くなるとの情報を信じて、少し長めに寝ることができました。

3日目



この日は行動時間が6時間ほどと、少しは楽になるかと期待しましたが、筆者的にはそんなに休まりませんでした。


朝の登りは気持ちが良く、前日登った塩見岳や農鳥岳などがきれいに見えました。



三峰岳への登りは岩場もあり、登りがいのある山でした
「3000mになれなかった山たち」のような特集があれば選ばれそうな山だと個人的に決めつけました(標高2999m)

ここから間ノ岳へとピストン。荷物も軽くなり、何とか景色がまだ見られるうちに頂上へ着きました


ちなみに間ノ岳では、ポケモンGOのジムがあったようで、部員が試みましたが、GPSの接続が悪くあきらめたようです

三峰岳からは野呂川越へと下っていくだけのはずが、鎖場などもあり、結構疲れました。(また、ここのコースタイムは詐称している気がしました)


両俣小屋は林道へと続いていることもあり、とても整備されていてよかったです。ここでも、着く直前あたりから雨が降り始め、結局は濡れましたが

夕食はマカポテ。作るのもとても簡単で、筆者的に山でおいしい食事TOP3にはいるのでおすすめです。OTANOSHIMIのスープや麺、お菓子などもあり、ゆったりと時間を過ごしました。

4日目
最終日にしてはかなり長い9時間40分のコースタイム。前日の林道からそのまま帰ろうと強く思いました。



前日降りた道を日の出る前から、ヘッデン歩きでゆっくりと行き、仙塩尾根へ。ここからアップダウンのある、仙丈ケ岳への6時間ほどの登りです...
この種類の看板は初めて見ましたけど、何か南アを表している感じがして気に入りました

体調を壊した馬鹿(筆者)もいたため、途中途中トイレ休憩をしながらゆっくり登り何とかつきました。仙丈ケ岳についた瞬間今までは、全然いなかった人がたくさんいて、やはりメジャーな山だと感じました



今回の定番ですが、山頂からは、360度同じ景色!


非常に虫が多く、たくさん咲いていた高山植物よりも多い感じがしました。

最後は、北沢峠へ通り、最後のバスで、広河原・甲府へと。甲府行きのバスにいたガイドさんが一切マイクを使わないため、なぜいるのかが良く分かりませんでした(笑)

毎日レインウェアの出番のある山行で、景色もあまり見られませんでしたが、良い経験にはなったのではないでしょうか。
ただ、ワンゲル的に南アは毎回のように雨が降っているので、南アには個人的にはもう行きたくありません(笑)

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軍刀利沢

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こんにちは!2年生の安陪です。

7/3の日曜日に4人で奥多摩にある軍刀利(ぐんだり)沢に行ってきました。




前日夜に国立駅を出発して五日市線の武蔵五日市駅まで。

まず駅構内の登山ポストに登山計画書を提出します。



 

タクシーで南郷より奥にある林道分岐まで行き、

そこでテントを張りました。ここで巨大なスパイダーに遭遇。

後から考えると、軍刀利沢がクモの巣だらけであることの

前触れだったのかも知れません。



翌日は日の出頃に出発して入渓点まで40分の林道歩き。

なぜか足取りがとても重く、頭がくらくらしました。

 

見えづらいですが入渓点には赤い目印がありました。



 
謎の赤い実も発見。これは食べられるのでしょうか?




入渓点です。



入渓後しばらくはゴルジュが続きます。

ここでクモの巣と倒木に苦戦。

先頭のヒュー君はクモの巣退治のため棒を振り回していました。

結局、軍刀利沢を蜘蛛ノ巣沢と改名することに決定。




これから載せる滝の写真の順番は適当なので、

あまり参考にしない様お願いします。

 






滝は登り甲斐のあるものが多かったです。







束の間の休息。




後半は水が枯れました。




詰めは落ち葉が多く、

今まで行った沢の中では歩き易かった印象です。

三国峠にドンピシャで詰め上がれました。




三国山に到着。




お楽しみはオランジーナとチョコ、カステラでした。




あじさいが綺麗でした。




帰りは山梨側に下山しました。写真は軍刀利神社の御神木。

井戸というバス停からバスで上野原駅まで行きました。





山行報告は以上です。

最後まで読んでくださりありがとうございました。













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6月25・26日に甲武信ヶ岳へ、1、2年生で行ってきました

沢のブログが三件ほど上がっていないため、日程が前後しているかもしれません
画像のサイズが大きすぎたため、画質が縮小により悪くなっています…また、使用できない写真がいくつかありました

甲武信ヶ岳なのか甲武信岳なのか結局よくわかりませんでしたが、この山は埼玉県が支配している(山頂の標識の一番中心)ということだけはわかりました。

当日発で電車でアプロ―チ。



色々と問題はありましたが、全員塩山からのバスに乗りました。バスに乗った人には沢に向かうパーティーなどもいるようでした。

準備をした後、林道を歩いていくと、なれいの滝などが見え、あっという間に登山口付近へ。

↑この地域は面白い名前の地名が多い気がします



にしざわけいこくはたのしいよ
といれがとってもきれいだよ

登山道は歩き始めて最初の5分でこけたりしました。結構暑かった記憶しかありません
木々はきれいでしたが




倒木などは結構ありました。


木賊山からの下りで一気に開け、風も強まりました(2時間吹くのが遅い)



一年生は初のテント生活。とてもいい小屋でした


夕飯はカレーライス。グーカラグーカラチョーカラ。水!

良い意味で「普通に」おいしかったです。

その後は、orangina(フランス)、ソーセージ(ドイツ?)、フルーツポンチ(スペインのフルーツ)、ところてん(日本)といった国際色豊かなOTANOSHIMIタイムとなりました。

2日目、朝にお汁粉を食べた後、甲武信ヶ岳へ。



山頂は風が非常に強かったです。



埼玉県最高峰三宝山。


グダグダと下っていき、笹平(名前まま)



その後は破風山という急坂を登らせるが、一切展望のない山などを含め、奥秩父の主脈縦走路を縦走。

峠はどのようにして、日本三大峠などを選んでいるのでしょうか?


下山は奥多摩の暗い感じがあまりなく、アルプスと奥多摩の下りを足して2で割ったような感じでした



沢沿いの道を下り、林道を早歩きで行き、無事にバス停に戻りました

意外と疲れましたが、新歓合宿を雲取から脱出できてよかったのではないでしょうか。天気にも恵まれたいい山行でした。
初めまして新入生の小川です。

この日は新歓沢のぼりということで丹沢の葛葉川に言ってまいりました。


先輩の運転で秦野の山奥へ。事故なく無事運転してくださった先輩に感謝。(完全に寝てしまいました。ご勘弁を)
慣れないパッキングと装備装着を先輩方に手伝っていただきつつ午前6時10分、いざ入渓。まだ日が低い朝の早い時間、木々が生い茂り川床は薄暗いトンネル状となっています。弥永先輩はここで「魔境みたいだな」と。ツタや蜘蛛の巣を払って進んだ道はレイダースの冒頭のシーンの曲がなんとなくしっくりきます。

鬱蒼と茂る森







堰堤や小滝を越えF1に到着。
ここまで難なく来ていた分F1の3段目には「これを登るのか!」と驚きを隠せなかったです。高いし流れも結構ある(ように見えた)。先輩の後に続いて挑戦。あまりの水流の強さに息ができない、前が見えない、先輩のアドバイスも聞こえない、しかも、振り落とされそう。
・・・先輩よりだいぶ時間をかけて何とか登攀成功。体も荷物もぬれねずみにはなりましたが達成感はひとしおでした!


F1を登る筆者








先輩方の補助もありその後もほぼすべての滝をまかずに登ることが出来ました。もう濡れるのも躊躇しません。

しかしそれにしても先輩方は凄い。かなり垂直なF5を無確保でするすると登ったり、確保のために急な斜面を一人よじ登ったり、まるで平地のようにスタスタ進んだり。さらには他の一行全員があきらめたF10を部長の森先輩がパワーロープすらなしで登り切ったりするなど(“森さんの滝“という改名案が出されました)随所で先輩方の技術力の高さを見せつけられました。早く追いつきたいものです。


F10(またの名を森さんの滝)





沢が枯れたのちは予定されたルートから登山道へ。(昨年は苦労したそうで)今年は比較的楽に帰路に着くことが出来ました。

読図中








初めての沢登りは今まで知らなかった新たな山の楽しみ方を教えてくれました。ただ、個人的な反省としては次回からは足元ばかりに注意せず、もう少し景色や動植物を楽しむ余裕があればと思いました。
指導、補助等先輩の皆さまありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いします。






追伸;W3の先輩方がOTANOSHIMIでマンゴーを持ってきてくださいました!
毎度毎度先輩方のOTANOSHIMIには驚かされます。私も頑張らねば。

OTANOSHIMI

2016.5.14-15 燧ケ岳

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スキーがしたかった、ただそれだけなのに、まさかこんな事になるなんて…





W3ながきです。5月も中旬、山スキーをしに福島は燧ケ岳へ行く計画を立てました。
一週間前の記録ではなんとか滑る場所がありそうで、春山登山研前にひと滑りしておくか、くらいの気持ちでレンタカーを借りました。それが一連のお粗末な出来事の始まりとなったのです…。


当日発で朝には着けるというナ○タイムの予想を信じていた我々は、車に搭載されたカーナビで目的への道のりを検索し、結果に驚愕した。曰く、御池駐車場には昼過ぎに到着だとか。何かあった時の為に、初日の行動開始のリミットを14時に設けていたとはいえ、最初からブッチしてしまいそうな勢い。
それどころか、山行参加者3名のうち免許保持者は2名、しかもつい1週間前にアメリカ留学から帰ってきたT氏は車の運転を忘れたと言い始める始末。まさか、運転手って僕一人ですか…? 決して僕がポンコツだとかそういうこではなくこの事態に動揺しただけだと思うんですが、おかげさまでナビの誘導を上手くくみ取れず、インターチェンジへの乗り入れに2度失敗しました。またもタイムロス。

洋行帰りのT氏の話は面白かったのだが、3度ほどの休憩と昼食を挟んで到着は14時過ぎ。本日は行動せず、翌日のみの山行が確定した。まあ、ずいぶんと運転技術は向上したんじゃないだろうか。いいドライブだった。まだ雪もあるし、明日はしっかり滑r…


この背景とやけっぱちな顔を見て頂きたい。笑うしかなかった。


ビジターセンターのような所で、あのぅ雪ってまだ残ってそうですか? と虚しい質問をする横を、ハイカー然とした一団が通り過ぎてゆく。ボーダーのような人も見かけたが、現実を知るのが怖くて声をかけられなかった。山スキーのメッカ・燧ケ岳は終わった。雪は融けミズバショウが咲く、尾瀬沼の夏シーズンが始まっていたのであった。




車の横で、雪上テントの中で食べる予定だった夕飯を食し(おいしかったよ葉玉)、車中泊で翌日を迎えた。


2日目、スキー板を背負い登山靴で出発。所々に雪渓とは言えないほどの雪が残っていて、高確率で踏み抜くのでやってられない。
それでも広沢田代まで行けば、熊沢田代まで行けば……。


広沢田代




きれいなぬまだなあ




熊沢田代


……。午前8時過ぎ、なんとか雪渓を見つけて技術講習開始。
撮り方を工夫すればそれっぽいが




背景はこんなのである





テレマークを背負ったご夫婦が通りがかったので、触発されて我々もほんの数ターンだけでも、と頂上を目指した。途中からシール登降を始められるも、雪が切れて中腹あたりでストップ。泣く泣く本当に数ターン×2くらいやって降りてきましたとさ。

いやあ良い歩荷でした。今シーズンは色々重なって満足にスキーができなかったので、滑走技術も上達しませんでした。来年こそはもっといろいろな所に行けたらなあと思います。
T氏も見かねたのか帰りは運転を半分交代してくれたことを申し添えて、今回は終了したいと思います。みなさんお疲れ様でした!

春合宿 The Last

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新歓期も終わりかけネパールの記憶も薄くなってきた今日この頃、皆様はどのようにお過ごしでしょうか。お久しぶりです、2年葉玉です。
気がつけば前回の更新から1月も経ってしまい申し訳ありませんm(_ _)m
年度初めでいろいろと忙しかったのでお許しください

さて、今回は春合宿ラストということでポカラとカトマンズ(共に2泊3日)について書くことになってます。まずはポカラから

早朝にチトワン発のバスに乗り7時間程ゴトゴト揺られ、着いた先はポカラバスターミナル!ここでも例に漏れず客引きのおじちゃん達の攻勢に遭いましたが、カトマンズで行ったレストランの店主の妻の姉が経営するというゲストハウスに泊まる予定だったのでなんとかあしらって目的のペンギンゲストハウスへ。

ゲストハウスに着くと日本語が達者なおじいさんが迎えてくれました。やたらとデカいザックを持った僕たちを長期滞在者と勘違いしてくれたようで、値段交渉もなしに宿泊料が安くなりました(笑)
この宿の人は前述のようにサービスしてくれたり、後述のパラグライディングの紹介をしてくれたりと大変お世話になりました。
宿に着くとパラグライディングの予約をする人や歩き方を見て予定を立てる人がいましたが、僕は腹痛と闘っていたような気がします。2週間も慣れない食事を続けていると便秘にもなりますし、食べたものが腹の中に溜まっていくと腹痛にもなります。結局、リンゴとバナナのみを食い続けること1日で便通は改善し腹痛は治まったんですが、葉玉の腹痛が治まるのと同時期に永喜さんが腹痛を訴える事に……体調管理は大切ですね

ポカラ2日目は近くの喫茶店(又は露店のフルーツ)で早々と食事を済ませた後、予約していたパラグライディングに行きました。
パラグライディングに向かう車中にて
葉玉「朝食直後にパラグライディングなんてはきそうでちょっと不安だわ」
Hukins「全然そんなことなくね、心配し過ぎだろ」
という会話があったことを一応記しておきます。
パラグライディングはインストラクターと二人一組で飛ぶタンデム方式で行ったので操作等の難しいことは一切する必要がなく、気ままに飛行を楽しめました。鷲の隣で飛んだのは初めての経験でしたね。





パラグライディング後
【悲報】Hukins氏、パラグライディング中に嘔吐 の文字がネパールラインを賑わすことに
どうやらパラグライディング中に気持ち悪くなったらしく2回吐いたとのこと。2回とも池の上で吐いたらしいので地上への被害はなさそうですが、パラグライディング前の食事には気を付けましょう

その日の午後はポカラの山岳博物館に行くことに。宿から歩いて行ったのですが、意外と遠かったです。(数日前までヒマラヤトレッキングしてた奴が何言ってんだって感じですけど)帰りはタクシーを使いました。


博物館にあったミニチュアマナスルの登頂に成功してご満悦の安陪君。首をゴキってして見て下さい
博物館は意外と充実してて面白かったです。

夕食は近くのスポーツバーで食べました。5人で来て1人も酒を頼まない外国人に店員は何を思うのか……

3日目の朝早くにポカラとはお別れして、またガタゴトと7時間程バスに揺られカトマンズに。
宿は前と同じbagpackers lodge。荷物を預けられたので、身軽な状態でポカラに行けました。
宿に着いたら皆さん休息モード。やはり乗り心地の悪いバスでの長時間移動は体にきます。

翌日はパタンに行きました。カトマンズのバス発着所で「パタン?」と聞くこと数回で目的のバスを発見。日本では10人乗りで運用されてる車に20人近く乗ってたような……まあ、ドアが閉まってただけマシかもしれませんね(^^;
パタンではダルバール広場とその周辺をブラブラと観光してました。


立ち入り禁止の石像の上で無邪気に遊ぶ子供がいるあたりにネパールらしさを感じます


像があったら向き合いたくなる?


パノラマ撮影がいい感じ

カトマンズに帰ったらお土産屋を巡って帰る準備です。最後の晩餐は初心に返ってチベット料理だったかな?
最終日は余裕をもって宿を出たおかげで特に急ぐことも無く無事日本に帰る事ができました。


国内線よりは厳しいとはいえまだまだザルなネパールのセキュリティチェックを受けて多少飛行機に対する警戒心がありましたが、実際に乗る飛行機を見て安心しました。この飛行機は落ちそうにないですね。


スワンナブームにて。夜中のトランジットは眠いです(-_-)zzz

最後に
支援していただいたOBの方々ありがとうございました!

それにしても、春合宿ブログが無事完結するのって何年振りなんでしょうかね?
ナマステ。春合宿ブログ第4弾です。ブログをあげるのをねばる(ネパール)というスタンスでいましたが、新入生が一人でも見てくれたらと思います。

前回のブログでトレッキング(なぜか自分だけ一人部屋が多かった)が終わったので、今回は、首都カトマンズ(一日)と国の南のほうにあるチトワン(2泊3日)について書きます


~カトマンズ~
カトマンズについた日はとりあえずシャワーに3回ぐらい入ったことしか記憶にありません(笑)
トレッキング12日間分の汚れが一気に取れてさっぱりしました。ちなみにネパール三週間で合計三回しかシャワー入らなかった人もいるようです。

翌日は丸一日休める日だと思って、一日中ゴロゴロしようかと思っていたのですが、どうやらすぐに動き出したい人もいて、気づいたら次の日に自然が豊かなネパール南部のチトワンに行くことが決定しました。
その手続きをするために会社に行き、ネパールでスタ丼が食べられるなら食べてみようということになって、「きずな」という和食屋さんに行きました。因みに自分だけスタ丼を食べていないので、味はよくわかりません。



その晩に準備をして、ありがたいことにトレッキング道具などは置いていくことができました。


~チトワン~
文字通りバスに揺られること7時間程度でチトワンの国立公園近くの町につきました。結構揺れたので、乗り物酔いする方などは気を付けてください、代わりに飛行機に乗ろうとはなかなか思いませんがね・・・

何とかガイドを見つけて、宿に行くととても豪華なところでした。敷地の中と外で整備状況が全然違います



チトワンではこのような行程で行動する予定となりました




まずは、周りの散策などをしました


三日ほど前の雪山とは同じ国となかなか思えません


野生のサイなどもいました



ちなみにここは世界遺産らしいですね、管理が雑な面もありましたが、



夕焼けがきれいですね。・・・



この後食後に現地の文化プログラムに行く予定でしたが、飲食に時間がかかりすぎて満員となってしまっていていけませんでした

チトワンの中心日はまずカヌーに乗ってワニをたくさん見ました。猿やたくさんの種類の鳥もいましたが、ワニの印象が強かったです。





一部の写真が容量の都合でアップロードできないので、似たような写真になります




次の写真が個人的なお気に入りですね、頭隠して尻隠さず












その後船の漕ぎ手にチップを渡して降りると、ジャングルの中を歩きました
鹿が何種類か見えました



大きいアリの巣


昼飯(食事は全体的に豪華でした、特にヨーグルトがおいしかったです)後は、エレファントサファリをやってみました。自分で歩く時と違い、象の足音はほとんどの動物が恐れないため、動物が間近で見られます









サイは思っていたよりかわいかったです、特に子供が




水の中にも入ります




夜は前日いけなかった、カルチャープログラムを見に行きました。
内容はタル族の民族的な踊りを見る感じでした、やる気ある人とない人の踊りの差が面白かったです。
もう一つここで気づいたことといえば、ネパールでも自撮りが流行っていて、自分大好き人間が多いということです...脱線しました

もう少しゆっくりしたいなと思う感じでしたが、次の日の早くの便で我々はポカラ(ネパール第二の町)へ向かいました

長くなってきたのでここでいったん区切りたいと思います
次回でネパールのブログが最後になると思います
楽しみに待ってみてください

春合宿 その3

テーマ:

こんばんは。2年のながきです。

春合宿ブログpart3、ナムチェを出発しゴーキョ・ピークを登るまでを書きたいと思います。


まずは行程の全体像ですが、ナムチェ(3440m)→クムジュン→ドーレ→マッチェルモ→ゴーキョ というコースを辿り、村の名前がそれぞれ宿泊した場所でもあります。ゴーキョに一泊した後、翌日早朝にゴーキョ・ピークという山(丘?)に登り、ヒマラヤの山々を一望する予定でした。村々と道中での印象に残ったことを書き記したいと思います。


・ナムチェ 2/25-26

この街では高所順応といって余分に一泊して、日ごろあまり行かない高地に体を慣らす日を作るのが通例だそうです。僕たちもその通り、ナムチェに2泊して周辺をぶらぶら巡り、身体を慣らしました。着いた当初は街中の階段を上るだけでも心拍数が怖いほど上がっていたのですが、2日目には多少順応できていたようです。

無事にみんな高度順応ができてさあ出発だ…と思ったナムチェ3日目の朝、事件は起きました。2年の弥永が起床後に体調不良を訴えたのです。頭痛・吐き気と高山病だと思わしき症状。どうやら寝てる最中に発症し、どうしようもなく悪化したようでした。高山病を緩和する薬・ダイアモックスも効かなかったため、彼の決断で下山することに。ガイドの手早い連絡もあり、2時間ほどでヘリが来て、あっという間に弥永は下界へと運ばれてしまいました。







・クムジュン 2/27

正直、弥永のことが不安で仕方なかったのですが、Wifiは今後も通じるようだったので、彼の搬送後に予定していた村まで歩くことに。

行程としては2時間の登りというだけでしたが、前日のナムチェから天候が悪く、到着した直後から視界が悪くなるほどの雪が。この日あたりから、宿の食堂のストーブが点火されるまで部屋でシュラフにくるまって寒さをしのぐという日々が始まりました。

また、この辺りから食事と水の値段が上がってきたかなという感じでした。特に水などは、ボトル詰めのミネラルウォーターが余り置かれておらず、ボイルドウォーター(沸騰させ消毒薬を入れた水)を購入することが推奨されるように。標高を上げると、環境的な配慮の為かペットボトルは取り扱われないそうなので、持参したナルゲンなどに入れてもらうことに。





アマ・ダブラム


・ドーレ 2/28

いつも通り6時に起きてドーレという村へ。そこそこ晴れてはいたが先日の雪が残り足元が悪い中の歩きスタート。景色も少し変ってきて、たまに岩稜帯のような風景も見られるように。

ポルツェ・テンガという村まで下った後(テンガというのは”低い”という意味らしい)、ひたすらだらだらと登り。いつものことであるが、心が無になってしまう。

昼過ぎにドーレに到着。エベレストトレッキングはまだまだシーズンではないため、宿も半分ぐらいは開いていないとのことでした。

この日も着いてすぐに雪が降り始め、電力も不足しているとのことで部屋の明かりはつかないので、食堂の暖炉に当たりながら時間を潰すことに。このあたりの暖炉は面白く、燃料が薪と乾燥させたヤクの糞でした。恐らくヤクの糞は燃えやすいので、薪への焚き付けになってたんだと思います。





・マッチェルモ 2/29

翌日は特にトラブルもなくあっさりマッチェルモに到着。寒くて動きたくないのと、時間を持て余しているので読書が捗ります。

特に何も書くことが無いので寝ている時の様子などを述べます。僕は断熱マット+寝袋+宿からお借りした毛布、という感じでかなり厚めに被っていました。その代り中は蒸れるので半そで半ズボンで、朝起きる時に寝袋から寒くて出られず苦労しました。

この日の晩の冷え込みようは特にひどく、宿の部屋の床に置いていた登山靴に霜が降りる程で、仕方ないのでビニール袋に入れてベッドの中で温めながら寝る始末。あまり意識はしていなかったけど、ここ冬山ですね…




・ゴーキョ 3/1

この日の朝も寒く、寝袋から身を起こすのに日本にいる時以上の気力が必要になる。どの宿でも夕食や朝食の頼み方はルーチン化していて、6時起き7時に朝食8時ごろ出発、昼は軽く取り、7時に夕食というサイクルを繰り返していました。食べるものもダルバート一択だったので、ガイドには何かの修行なのかと思われていたようです。

最終目的地、ゴーキョの周辺には氷河湖があるのですが、まだ一部を除いて凍結していました。溶けていればとても澄んだ青い湖が見れたそうなのですが、端の方の水辺を見てその青さを想像するのみです。

宿に着いた後は、少し丘を登ると見えるという氷河を見物に行きました。去年のアルゼンチンのように、見るからに氷の塊というものではなく土砂が表面に乗っていて、一見するとそれなのか分かりませんでした。しかし、アルゼンチンのそれとまた違い2.3分に一度くらい、どこかが崩壊する音が聞こえてきたのが印象的でした。どの高峰に登るにせよ、こういった危険地帯を通過しなければいけないのだと実感がつかめたように思います。





・ゴーキョ・ピーク 3/2

ゴーキョ・ピークはゴーキョという村のすぐ北にある500m弱の丘です。雪もほとんどないので普通の登山靴でも登れるのですが、少しすれば標高5000mの地点まで辿りつけるので、途中で急に高山病を発症したりしないか不安でした。

当日の朝、今までが何だったのかというくらい完璧な快晴。荷物はゴーキョに置いてきたので1時間くらいで登れたように思います。地上に比べ酸素濃度が50%となる世界は、常に意識して呼吸しなければいけないようなプレッシャーがあり独特の雰囲気がありました。日本ではあり得ない標高から、そこより更に高い山々を周囲一面拝む事のできる、ゴーキョ・ピークはとても素晴らしい所でした。写真中では白い山々の中に、面が黒い山があると思いますがそれがエベレストです。風が強く雪も着かないそう。そしてその向こう側はチベットです。










山頂には30分ほど居たでしょうか。名残惜しいものの、その日はゴーキョより下の村に行く予定だったので下山しました。暖かくなってきていたので、湖から氷が融けて崩壊する鈍い音が響いていました。僕らがカトマンズに着くころには溶け切って、トレッキングの盛りのシーズンを迎えるのでしょう。

その日はマッチェルモまで下山しました。


・マッチェルモ~ナムチェ~ファクディン~ルクラ~カトマンドゥ 3/3-6

下山。それは登り切った後に待ち構える気怠い行程。というわけで、最後は纏めて述べたいと思います。

とはいえ楽しくなかったわけではなく、行きにお世話になった宿の人や、お世話になったり話しをして頂いた別のガイドの人々との再会、数日前のはずなのに懐かしさすら感じる村と風景など、降りてきたんだ行ってきたんだという実感が日々湧いてくる行程でした。




ルクラではビール(日本よりも高い!)を頼むくらいに名残惜しんでいた気がします。

ちなみに帰りもプロペラ飛行機だったのですが、トレッキング中別の便が2度も墜落していたことを聞いていたのでそこそこ覚悟しました…


では僕からの報告は以上になります。長々と書いてしまいましたが、本当に楽しい12日間でした



春合宿ネパールその2

テーマ:
こんにちは、やながです。
やながさん最近ブログ書いてませんよね、と安陪に言われてしまったので、1年半ぶりにブログを書かせていただこうと思います。1年半のブランクのせいか、アメブロのくそ仕様についていけず、画像少なめになっていますが、ご了承ください。

てことで春合宿ネパールです。昨年は個人的事情()で行かなかったので、僕にとって初の春合宿です。

その1で安陪がルクラ到着まで書いたので、それ以降を書こうと思います。

ルクラに到着し、トレッキングスタート。

この日はアップダウンも少なく、行程も短かったので、楽な1日でした。
ガイドの話に適当にうなずき、吊り橋を渡ったりしながら歩いていたら、パクディンという所に到着。


吊り橋。安陪はびびって毎回蟹股で歩いていた。


トレッキングでは基本的にロッジ泊。普段のテント生活と比べたら断然快適。


夜ご飯のダルバート。お肉以外がおかわり自由で、毎夜食べていた気がする。
ちなみにガイドはこの時、アルコールを取り過ぎてつぶれていた。別のパーティーのガイドに、本当にこいつで満足なのと言われる有様。



次の日はナムチェまで800mほどの登り。



2月末でまだシーズンではないが、この日は多くのトレッカーに会った。

序盤はあまり上げず、最後に一気に上げるという行程だったのだが、ガイドとのコミュニケーション不足からか、寄りたかった村に寄れず、わりと深刻な水不足に。
先に行ったガイドの文句を言いながら歩き、無事ナムチェに到着。


思っていたよりも大きな街でした。


次の日は高度順応のため、停滞日。
前日の夜から雪が降り、この日のナムチェは雪が積もっていた。今年2回目の雪らしい。


登ったところから撮ったナムチェ。


雪でテンションがあがる九州人です。

この日はナムチェとその周辺を歩いたり、ホテルでガイドを含めトランプをしたりして終了。



なんか短い気もしますが、僕はこの辺で。
僕はこの後、“いろいろ”あってパーティーを離脱しているので書くことがないですね。
まあ簡単に言うと、2日ほど下痢と戦ってました。勝手にダルバートのせいにしています、はい。点滴の注射が異常に痛かったことと、夜、病院にネズミが出たこと以外は大丈夫でした。肝炎が心配ですね。

“いろいろ”あって、ゴーキョピーク(5360m)を踏んだのはパーティーの5人中2人だけなんですが、
次のブログはピークを踏んだ彼が書いてくれるので楽しみにしていてください。