春合宿 The Last

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新歓期も終わりかけネパールの記憶も薄くなってきた今日この頃、皆様はどのようにお過ごしでしょうか。お久しぶりです、2年葉玉です。
気がつけば前回の更新から1月も経ってしまい申し訳ありませんm(_ _)m
年度初めでいろいろと忙しかったのでお許しください

さて、今回は春合宿ラストということでポカラとカトマンズ(共に2泊3日)について書くことになってます。まずはポカラから

早朝にチトワン発のバスに乗り7時間程ゴトゴト揺られ、着いた先はポカラバスターミナル!ここでも例に漏れず客引きのおじちゃん達の攻勢に遭いましたが、カトマンズで行ったレストランの店主の妻の姉が経営するというゲストハウスに泊まる予定だったのでなんとかあしらって目的のペンギンゲストハウスへ。

ゲストハウスに着くと日本語が達者なおじいさんが迎えてくれました。やたらとデカいザックを持った僕たちを長期滞在者と勘違いしてくれたようで、値段交渉もなしに宿泊料が安くなりました(笑)
この宿の人は前述のようにサービスしてくれたり、後述のパラグライディングの紹介をしてくれたりと大変お世話になりました。
宿に着くとパラグライディングの予約をする人や歩き方を見て予定を立てる人がいましたが、僕は腹痛と闘っていたような気がします。2週間も慣れない食事を続けていると便秘にもなりますし、食べたものが腹の中に溜まっていくと腹痛にもなります。結局、リンゴとバナナのみを食い続けること1日で便通は改善し腹痛は治まったんですが、葉玉の腹痛が治まるのと同時期に永喜さんが腹痛を訴える事に……体調管理は大切ですね

ポカラ2日目は近くの喫茶店(又は露店のフルーツ)で早々と食事を済ませた後、予約していたパラグライディングに行きました。
パラグライディングに向かう車中にて
葉玉「朝食直後にパラグライディングなんてはきそうでちょっと不安だわ」
Hukins「全然そんなことなくね、心配し過ぎだろ」
という会話があったことを一応記しておきます。
パラグライディングはインストラクターと二人一組で飛ぶタンデム方式で行ったので操作等の難しいことは一切する必要がなく、気ままに飛行を楽しめました。鷲の隣で飛んだのは初めての経験でしたね。





パラグライディング後
【悲報】Hukins氏、パラグライディング中に嘔吐 の文字がネパールラインを賑わすことに
どうやらパラグライディング中に気持ち悪くなったらしく2回吐いたとのこと。2回とも池の上で吐いたらしいので地上への被害はなさそうですが、パラグライディング前の食事には気を付けましょう

その日の午後はポカラの山岳博物館に行くことに。宿から歩いて行ったのですが、意外と遠かったです。(数日前までヒマラヤトレッキングしてた奴が何言ってんだって感じですけど)帰りはタクシーを使いました。


博物館にあったミニチュアマナスルの登頂に成功してご満悦の安陪君。首をゴキってして見て下さい
博物館は意外と充実してて面白かったです。

夕食は近くのスポーツバーで食べました。5人で来て1人も酒を頼まない外国人に店員は何を思うのか……

3日目の朝早くにポカラとはお別れして、またガタゴトと7時間程バスに揺られカトマンズに。
宿は前と同じbagpackers lodge。荷物を預けられたので、身軽な状態でポカラに行けました。
宿に着いたら皆さん休息モード。やはり乗り心地の悪いバスでの長時間移動は体にきます。

翌日はパタンに行きました。カトマンズのバス発着所で「パタン?」と聞くこと数回で目的のバスを発見。日本では10人乗りで運用されてる車に20人近く乗ってたような……まあ、ドアが閉まってただけマシかもしれませんね(^^;
パタンではダルバール広場とその周辺をブラブラと観光してました。


立ち入り禁止の石像の上で無邪気に遊ぶ子供がいるあたりにネパールらしさを感じます


像があったら向き合いたくなる?


パノラマ撮影がいい感じ

カトマンズに帰ったらお土産屋を巡って帰る準備です。最後の晩餐は初心に返ってチベット料理だったかな?
最終日は余裕をもって宿を出たおかげで特に急ぐことも無く無事日本に帰る事ができました。


国内線よりは厳しいとはいえまだまだザルなネパールのセキュリティチェックを受けて多少飛行機に対する警戒心がありましたが、実際に乗る飛行機を見て安心しました。この飛行機は落ちそうにないですね。


スワンナブームにて。夜中のトランジットは眠いです(-_-)zzz

最後に
支援していただいたOBの方々ありがとうございました!

それにしても、春合宿ブログが無事完結するのって何年振りなんでしょうかね?
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ナマステ。春合宿ブログ第4弾です。ブログをあげるのをねばる(ネパール)というスタンスでいましたが、新入生が一人でも見てくれたらと思います。

前回のブログでトレッキング(なぜか自分だけ一人部屋が多かった)が終わったので、今回は、首都カトマンズ(一日)と国の南のほうにあるチトワン(2泊3日)について書きます


~カトマンズ~
カトマンズについた日はとりあえずシャワーに3回ぐらい入ったことしか記憶にありません(笑)
トレッキング12日間分の汚れが一気に取れてさっぱりしました。ちなみにネパール三週間で合計三回しかシャワー入らなかった人もいるようです。

翌日は丸一日休める日だと思って、一日中ゴロゴロしようかと思っていたのですが、どうやらすぐに動き出したい人もいて、気づいたら次の日に自然が豊かなネパール南部のチトワンに行くことが決定しました。
その手続きをするために会社に行き、ネパールでスタ丼が食べられるなら食べてみようということになって、「きずな」という和食屋さんに行きました。因みに自分だけスタ丼を食べていないので、味はよくわかりません。



その晩に準備をして、ありがたいことにトレッキング道具などは置いていくことができました。


~チトワン~
文字通りバスに揺られること7時間程度でチトワンの国立公園近くの町につきました。結構揺れたので、乗り物酔いする方などは気を付けてください、代わりに飛行機に乗ろうとはなかなか思いませんがね・・・

何とかガイドを見つけて、宿に行くととても豪華なところでした。敷地の中と外で整備状況が全然違います



チトワンではこのような行程で行動する予定となりました




まずは、周りの散策などをしました


三日ほど前の雪山とは同じ国となかなか思えません


野生のサイなどもいました



ちなみにここは世界遺産らしいですね、管理が雑な面もありましたが、



夕焼けがきれいですね。・・・



この後食後に現地の文化プログラムに行く予定でしたが、飲食に時間がかかりすぎて満員となってしまっていていけませんでした

チトワンの中心日はまずカヌーに乗ってワニをたくさん見ました。猿やたくさんの種類の鳥もいましたが、ワニの印象が強かったです。





一部の写真が容量の都合でアップロードできないので、似たような写真になります




次の写真が個人的なお気に入りですね、頭隠して尻隠さず












その後船の漕ぎ手にチップを渡して降りると、ジャングルの中を歩きました
鹿が何種類か見えました



大きいアリの巣


昼飯(食事は全体的に豪華でした、特にヨーグルトがおいしかったです)後は、エレファントサファリをやってみました。自分で歩く時と違い、象の足音はほとんどの動物が恐れないため、動物が間近で見られます









サイは思っていたよりかわいかったです、特に子供が




水の中にも入ります




夜は前日いけなかった、カルチャープログラムを見に行きました。
内容はタル族の民族的な踊りを見る感じでした、やる気ある人とない人の踊りの差が面白かったです。
もう一つここで気づいたことといえば、ネパールでも自撮りが流行っていて、自分大好き人間が多いということです...脱線しました

もう少しゆっくりしたいなと思う感じでしたが、次の日の早くの便で我々はポカラ(ネパール第二の町)へ向かいました

長くなってきたのでここでいったん区切りたいと思います
次回でネパールのブログが最後になると思います
楽しみに待ってみてください
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春合宿 その3

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こんばんは。2年のながきです。

春合宿ブログpart3、ナムチェを出発しゴーキョ・ピークを登るまでを書きたいと思います。


まずは行程の全体像ですが、ナムチェ(3440m)→クムジュン→ドーレ→マッチェルモ→ゴーキョ というコースを辿り、村の名前がそれぞれ宿泊した場所でもあります。ゴーキョに一泊した後、翌日早朝にゴーキョ・ピークという山(丘?)に登り、ヒマラヤの山々を一望する予定でした。村々と道中での印象に残ったことを書き記したいと思います。


・ナムチェ 2/25-26

この街では高所順応といって余分に一泊して、日ごろあまり行かない高地に体を慣らす日を作るのが通例だそうです。僕たちもその通り、ナムチェに2泊して周辺をぶらぶら巡り、身体を慣らしました。着いた当初は街中の階段を上るだけでも心拍数が怖いほど上がっていたのですが、2日目には多少順応できていたようです。

無事にみんな高度順応ができてさあ出発だ…と思ったナムチェ3日目の朝、事件は起きました。2年の弥永が起床後に体調不良を訴えたのです。頭痛・吐き気と高山病だと思わしき症状。どうやら寝てる最中に発症し、どうしようもなく悪化したようでした。高山病を緩和する薬・ダイアモックスも効かなかったため、彼の決断で下山することに。ガイドの手早い連絡もあり、2時間ほどでヘリが来て、あっという間に弥永は下界へと運ばれてしまいました。







・クムジュン 2/27

正直、弥永のことが不安で仕方なかったのですが、Wifiは今後も通じるようだったので、彼の搬送後に予定していた村まで歩くことに。

行程としては2時間の登りというだけでしたが、前日のナムチェから天候が悪く、到着した直後から視界が悪くなるほどの雪が。この日あたりから、宿の食堂のストーブが点火されるまで部屋でシュラフにくるまって寒さをしのぐという日々が始まりました。

また、この辺りから食事と水の値段が上がってきたかなという感じでした。特に水などは、ボトル詰めのミネラルウォーターが余り置かれておらず、ボイルドウォーター(沸騰させ消毒薬を入れた水)を購入することが推奨されるように。標高を上げると、環境的な配慮の為かペットボトルは取り扱われないそうなので、持参したナルゲンなどに入れてもらうことに。





アマ・ダブラム


・ドーレ 2/28

いつも通り6時に起きてドーレという村へ。そこそこ晴れてはいたが先日の雪が残り足元が悪い中の歩きスタート。景色も少し変ってきて、たまに岩稜帯のような風景も見られるように。

ポルツェ・テンガという村まで下った後(テンガというのは”低い”という意味らしい)、ひたすらだらだらと登り。いつものことであるが、心が無になってしまう。

昼過ぎにドーレに到着。エベレストトレッキングはまだまだシーズンではないため、宿も半分ぐらいは開いていないとのことでした。

この日も着いてすぐに雪が降り始め、電力も不足しているとのことで部屋の明かりはつかないので、食堂の暖炉に当たりながら時間を潰すことに。このあたりの暖炉は面白く、燃料が薪と乾燥させたヤクの糞でした。恐らくヤクの糞は燃えやすいので、薪への焚き付けになってたんだと思います。





・マッチェルモ 2/29

翌日は特にトラブルもなくあっさりマッチェルモに到着。寒くて動きたくないのと、時間を持て余しているので読書が捗ります。

特に何も書くことが無いので寝ている時の様子などを述べます。僕は断熱マット+寝袋+宿からお借りした毛布、という感じでかなり厚めに被っていました。その代り中は蒸れるので半そで半ズボンで、朝起きる時に寝袋から寒くて出られず苦労しました。

この日の晩の冷え込みようは特にひどく、宿の部屋の床に置いていた登山靴に霜が降りる程で、仕方ないのでビニール袋に入れてベッドの中で温めながら寝る始末。あまり意識はしていなかったけど、ここ冬山ですね…




・ゴーキョ 3/1

この日の朝も寒く、寝袋から身を起こすのに日本にいる時以上の気力が必要になる。どの宿でも夕食や朝食の頼み方はルーチン化していて、6時起き7時に朝食8時ごろ出発、昼は軽く取り、7時に夕食というサイクルを繰り返していました。食べるものもダルバート一択だったので、ガイドには何かの修行なのかと思われていたようです。

最終目的地、ゴーキョの周辺には氷河湖があるのですが、まだ一部を除いて凍結していました。溶けていればとても澄んだ青い湖が見れたそうなのですが、端の方の水辺を見てその青さを想像するのみです。

宿に着いた後は、少し丘を登ると見えるという氷河を見物に行きました。去年のアルゼンチンのように、見るからに氷の塊というものではなく土砂が表面に乗っていて、一見するとそれなのか分かりませんでした。しかし、アルゼンチンのそれとまた違い2.3分に一度くらい、どこかが崩壊する音が聞こえてきたのが印象的でした。どの高峰に登るにせよ、こういった危険地帯を通過しなければいけないのだと実感がつかめたように思います。





・ゴーキョ・ピーク 3/2

ゴーキョ・ピークはゴーキョという村のすぐ北にある500m弱の丘です。雪もほとんどないので普通の登山靴でも登れるのですが、少しすれば標高5000mの地点まで辿りつけるので、途中で急に高山病を発症したりしないか不安でした。

当日の朝、今までが何だったのかというくらい完璧な快晴。荷物はゴーキョに置いてきたので1時間くらいで登れたように思います。地上に比べ酸素濃度が50%となる世界は、常に意識して呼吸しなければいけないようなプレッシャーがあり独特の雰囲気がありました。日本ではあり得ない標高から、そこより更に高い山々を周囲一面拝む事のできる、ゴーキョ・ピークはとても素晴らしい所でした。写真中では白い山々の中に、面が黒い山があると思いますがそれがエベレストです。風が強く雪も着かないそう。そしてその向こう側はチベットです。










山頂には30分ほど居たでしょうか。名残惜しいものの、その日はゴーキョより下の村に行く予定だったので下山しました。暖かくなってきていたので、湖から氷が融けて崩壊する鈍い音が響いていました。僕らがカトマンズに着くころには溶け切って、トレッキングの盛りのシーズンを迎えるのでしょう。

その日はマッチェルモまで下山しました。


・マッチェルモ~ナムチェ~ファクディン~ルクラ~カトマンドゥ 3/3-6

下山。それは登り切った後に待ち構える気怠い行程。というわけで、最後は纏めて述べたいと思います。

とはいえ楽しくなかったわけではなく、行きにお世話になった宿の人や、お世話になったり話しをして頂いた別のガイドの人々との再会、数日前のはずなのに懐かしさすら感じる村と風景など、降りてきたんだ行ってきたんだという実感が日々湧いてくる行程でした。




ルクラではビール(日本よりも高い!)を頼むくらいに名残惜しんでいた気がします。

ちなみに帰りもプロペラ飛行機だったのですが、トレッキング中別の便が2度も墜落していたことを聞いていたのでそこそこ覚悟しました…


では僕からの報告は以上になります。長々と書いてしまいましたが、本当に楽しい12日間でした



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春合宿ネパールその2

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こんにちは、やながです。
やながさん最近ブログ書いてませんよね、と安陪に言われてしまったので、1年半ぶりにブログを書かせていただこうと思います。1年半のブランクのせいか、アメブロのくそ仕様についていけず、画像少なめになっていますが、ご了承ください。

てことで春合宿ネパールです。昨年は個人的事情()で行かなかったので、僕にとって初の春合宿です。

その1で安陪がルクラ到着まで書いたので、それ以降を書こうと思います。

ルクラに到着し、トレッキングスタート。

この日はアップダウンも少なく、行程も短かったので、楽な1日でした。
ガイドの話に適当にうなずき、吊り橋を渡ったりしながら歩いていたら、パクディンという所に到着。


吊り橋。安陪はびびって毎回蟹股で歩いていた。


トレッキングでは基本的にロッジ泊。普段のテント生活と比べたら断然快適。


夜ご飯のダルバート。お肉以外がおかわり自由で、毎夜食べていた気がする。
ちなみにガイドはこの時、アルコールを取り過ぎてつぶれていた。別のパーティーのガイドに、本当にこいつで満足なのと言われる有様。



次の日はナムチェまで800mほどの登り。



2月末でまだシーズンではないが、この日は多くのトレッカーに会った。

序盤はあまり上げず、最後に一気に上げるという行程だったのだが、ガイドとのコミュニケーション不足からか、寄りたかった村に寄れず、わりと深刻な水不足に。
先に行ったガイドの文句を言いながら歩き、無事ナムチェに到着。


思っていたよりも大きな街でした。


次の日は高度順応のため、停滞日。
前日の夜から雪が降り、この日のナムチェは雪が積もっていた。今年2回目の雪らしい。


登ったところから撮ったナムチェ。


雪でテンションがあがる九州人です。

この日はナムチェとその周辺を歩いたり、ホテルでガイドを含めトランプをしたりして終了。



なんか短い気もしますが、僕はこの辺で。
僕はこの後、“いろいろ”あってパーティーを離脱しているので書くことがないですね。
まあ簡単に言うと、2日ほど下痢と戦ってました。勝手にダルバートのせいにしています、はい。点滴の注射が異常に痛かったことと、夜、病院にネズミが出たこと以外は大丈夫でした。肝炎が心配ですね。

“いろいろ”あって、ゴーキョピーク(5360m)を踏んだのはパーティーの5人中2人だけなんですが、
次のブログはピークを踏んだ彼が書いてくれるので楽しみにしていてください。

谷川岳 2015.12.12-13

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~Interlude~ 谷川岳・雪上訓練

春合宿のブログの続きを心待ちにしている人には申し訳ないのですが、ここで昨年12月の山行の報告をしたいと思います。
無事3年に進級しましたながきです。

12月は例年どおり雪山シーズンの始まりという事で、雪上訓練を行いました。
新入生も見てくれている時期かもしれないので一応触れておくと、一橋ワンゲルではいわゆる「雪山」は任意の活動になっています。入部したからと言って強制的に連れて行かれるということはないので、その他の活動に興味があるというだけでもお気軽に訪ねてきてくださいね
! もちろん冬山をやってみたいという人はぜひ入部をお勧めします。

さて谷川岳です。東京からのアプローチ・登りやすさ・コンテンツ性、どれをとっても素晴らしい山だと思います。綺麗に晴れる日が少ないのが難点ではありますが…。

今年は雪が降るのが遅かったのであまり期待もできないということもありましたが、天気が持ちそうだったので出発。一体何をしに行くのかというくらい荷物が多いですね。


水上駅でお泊り。諸事情あって今年も土合駅までは終電が間に合いませんでした




麓のスキー場が操業停止しているレベルですが、そんなの気にならなくなるくらいの快晴。もう雪山じゃなくてもええやん!


長くなってきたので道中はすっとばします。山頂より。
久々なのでアイゼン付けた足遣いとかピッケルの取り回しとか気を使ってはいたはずですがあんまり覚えてません。ただ、こんな谷川は今後もなかなか目にすることはないかもなと思いました。







本当は日帰りで行ける山なんですが、訓練に来ているのでテントで一泊しました。

翌日は雪訓。歩行とか滑落停止とか支点作りとかビレイとか。基礎的な練習って大事だなってほんと感じます。もちろん楽しみつつやるのが継続するためのコツなのでしょう







みなさん、こんにちは!1年生の安陪です。

2/22から3/15にかけて1・2年生の5人で

ネパールに行ってきました。

主要な目的はヒマラヤでのトレッキングです。

今回はその報告をしたいと思います。



まずは全員、部室に集合。

装備のチェックをします。





羽田から夜の便でバンコクへ






機内食。






バンコクでは5時間ほど待ち時間があったので

仮眠をとりました。





カトマンズの空港に到着。

暑くも寒くもない、ちょうどいい気温でした。






カトマンズの空港の様子。

空港を出たあとタクシーに乗ってタメル地区という

観光客の多くいる地区に行きました。

その後、旅行会社でヒマラヤトレッキングのガイドを

雇うことになりました。






トレッキングに出発するまで泊まっていた

タメル地区のホーリーロッジ。

安くてきれいな宿でした。

電気が入ったり入らなかったりするのには困りましたが、

このあと泊まったどの宿もそうだったので仕方ないです。






1日目の夕食。

ダルバートというネパールの国民食を食べました。

ダルは豆のスープ、バートはご飯のことで、

ダルをバートにかけて食べます。






バートは米が一般的ですが、写真のはディロという

米以外の穀物の粉を練ったものになっています。

2年生の永喜さんだけバートを米ではなく

ディロで注文したのですが、

ディロは米に比べて量が多く食べるのに苦労していました。

その後、僕たちは飽きるほどダルバートを食べましたが、

バートをディロで注文した人はいないです。

ディロ、恐るべし。







2日目。

この日は明日のトレッキング出発に向けての準備日です。






2日目の朝食。





タメル地区の風景。









ガイドとの打合せ。










2日目の夜はチベット料理です。






これはモモという料理。日本でいう餃子です。

蒸したものが一般的で、醤油ではなく

マイルドなソースや辛いソースにつけて食べます。






これはタントゥクという麺料理。

平べったい麺が特徴で、具沢山です。






夜のタメル地区。






3日目。

朝早く出発してカトマンズの空港に向かいました。






いよいよトレッキングに出発です。






乗るのは小さなプロペラ機。

写真に写っているのがガイドのおじさんです。

これでカトマンズからヒマラヤトレッキングの起点、

ルクラに飛びます。

ルクラは高地に飛行場があり、

滑走路が斜面で雲に覆われることもあるため

着陸が難しく危険な空港であるとのことです。

過去に何度も事故が起きています。

ヒマラヤトレッキングに行かれる方は

その危険を承知してほしいと思います。






機内の様子。






空から見た風景。

山々は雲より上にそびえています。






ルクラの空港に到着。

無事に着いて本当に良かった。

標高は2840メートル。

トレッキングの始まりです。



それでは僕はこの辺で。

最後までお読みくださりありがとうございました。

ここから先は別の部員が担当します。

お楽しみに!









紅葉山行 箱根

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お久しぶりです。1年葉玉です。
実は、安陪の紅葉山行(伊豆ヶ岳)と同日に箱根に行ってました。まあ、箱根とは言っても勿論湯本みたいな観光地の方ではなく山岳地帯の方なんですけどね。

まずは、始発で箱根に向かう…はずでしたが別の駅から載ってくる予定の人が始発に乗りそびれたらしく始発の次の電車で箱根に向かいます。上下線の乗り間違いには気を付けましょう。ちなみに、国立駅に4:30集合だったのですが、待ってる途中にアイスホッケー部の人達が自転車で帰ってました。ワンゲルと活動時刻が全く被らない部活って珍しいですね。
小田原から乗った箱根登山電車↓の豪華さには驚きました。


強羅駅から登山口までは少し歩きます。駅周辺は道が入り組んでいるので事前にしっかり確認しておかないと迷います。今回は迷いかけました。


麓でも紅葉が始まっていました。


無事に登山口にたどり着き、いよいよ登山開始です。


わざわざ晴れの日を選んで行ったこともあり、富士山が綺麗に見えました。実は、8月中旬以降の山行で降水率100%(一番天気が良かったのが瑞牆)だったので、久しぶりの晴天に心躍ります。


ハイキングコースとも呼ばれるだけあって、縦走路の傾斜は緩いです。3人パーティの身軽さも相まってスイスイ進みます。


あっという間に明神ヶ岳山頂に到着。


この山行の前日に警戒レベルが下がったのですが、依然として煙が上がってます。




箱根は稜線上の展望が素晴らしいです。アルプスの景色も良いですが、たまにはこういう所に来るのも悪くないと思います。晴れの日に来てほんとに良かったです。

金時山山頂は混んでいて、鉞にも行列ができてました。


下山は乙女峠から


乙女峠からお楽しみの温泉会館までは2,30分程歩きます。
ここにも富士山が!


お疲れさまでした。


※次に箱根にいく時は帰りの高速バスを予約しておくことをオススメします。今回は定員ギリギリで補助席に滑り込めましたが、乗れないということも十分にあり得ます。もちろん、御殿場駅から帰るのも一つの手でしょうけど、寝てるだけで新宿まで送ってくれる高速バスも十分魅力的です。

1年の安陪です。

11/21(土)に当日発日帰りで紅葉山行に行ってきました。

場所は埼玉県の奥武蔵です。


出発は西武秩父線の吾野駅から。





エアリアによると吾野駅の近くに水場は無かったんですが、

駅から少し進むと吾野湧水がありました。






川にはアオサギ君が!

彼にはなかなかお目にかかれません。

ただし東京港野鳥公園にはよくお出でになります。






子の権現天龍寺にて。







石灰石を採掘しています。






登山風景。




伊豆ヶ岳です。





山伏峠で車道に出てから

武川岳に向かう登山道を見つけられず、

道に迷いました。





迷った末にたどり着いた不毛の地。

この後たまたま登山客に出会い、

登山道に途中から入る事が出来ました。









武川岳にて。









車道に出て余程うれしい森さん。




帰りは名郷からバスで帰りました。

途中によったさわらびの湯は登山客で賑わっていましたね。





最後に紅葉の写真。

紅葉はまぁ、してたんじゃないでしょうか。


でも、とてもいい山行でした。






初リー沢② 原小屋沢

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何度目の原小屋か?
4度目でした。

2年のながきです。去年の4月に計画が出されて以来、幾度も撤退の憂き目に遭い、途中で担当者も2度代わり、ついには平日を犠牲にせざるを得なくなった、そんな因縁のある原小屋沢へ行ってまいりました。「丹沢とは思えない滝」に期待が深まります…。

国立は夜の2時。深夜発はこれっきりにしたいですね。
4時ごろに林道の車止めの前へ到着。気温はそこまで低くなかったです。夜明け前ですがアプローチ開始




もうつぶれてなかった~な木橋。眠気の覚めやらぬアプローチ中に出てくるのは酷。




しばらく軽く渡渉したり河原沿いを進んでいくと...雷滝!
これはほんとインパクトありました。デカい、互いの声が聞こえない、水の落ちる勢いで寒い、とんでもないスケールです。




仙人のようなT氏




バケモノ滝とT氏。落ち葉がすごく、不用意に足を置くとその下が岩だったりして、登攀はなかなか怖さがあります






懸垂下降の前に腰まで浸かってしまっていたので、濡れそぼったグローブでロープを捌きました…。
秋の沢では慎重に登るようにしましょう



ガータゴヤ滝とK氏。こちらもなかなかスケールが大きく、水しぶきを厭わなければなんとか登れそうなラインがありました。ヒルさえいなきゃ夏に来てみたい感じ




最後の3m滝を登り終えた後は、ひたすら平坦な河原歩き。下流の釣り堀から逃げ出したニジマス?と思われる魚影がかなり最後の方まで確認できました。頑張ったら手づかみもできそうな

どのあたりからツメと呼ぶのかよく分からなかったのですが、明らかにクマさんの通り道を辿りつつ、地形図を見て進むとどんぴしゃで原小屋平の標識に出ました。

今回の核心かもしれない、軽いバリルートでの下山へ。榛ノ木丸までは踏み跡が明瞭でした。榛ノ木丸以降は、遠目にある赤テープや青テープを辿りつつ急降下しました。ここでも落ち葉がすごく滑りつつの下山だったのですが、これが無かったらもしかすると踏み跡があったのかもしれないですね。未確認ですが。ばっちりヘアピンカーブへ出られました




帰りの車? 記憶にありませんねえ…

なにはともあれ、事故なく初リー終えられてよかったです。以後高巻きには気をつけます

最後にはなりましたが、大量の資料を集めて最初の計画書を作った知野さん、それを引き継ぎ今回に至ってはなぜか行きも帰りも運転をしていた小池さん、新部長の代わりに召喚された脇田、どうもありがとうございました。お疲れ様です



こんにちは、そろそろ部活から身を引きたい季節になってきました。4年の勝見です。
今回は、我が部でも大事な、2年生へ部活を引き継ぐ儀式的な山行である初リーダー山行1発目に同行した際のことを徒然なるままに書いていかんとしましょう。

今回の初リーダー山行のCLをとるのは新部長の森です。


見た目どおり脳筋です。ただ3年生になればそれを言い訳にはできないのが我が部のきついところです。僕も昔はメンタルの弱さや体力の無さをよく言われました。それに比べたら楽なもんですね。

今回行ったのは、鳥屋待沢左俣。個人的には3年の時に行ってみたかった場所ではありましたが、思い立ったときは既にヒル天国の季節(この沢の適期は晩秋や春先です)でして思うようにいきませんでした。そんな中で、森がこの沢を出すと聞いて参加することにしました。決して森に上から押しつけたわけではありませんよ


今回参加してくれた1年生の安陪くん、オレンジのカリマーとオレンジのアウターが洒落乙ですね。僕は2年生になってもナイキのジャージとミズノの雨具でまわりにバカにされてました。
初っ端から例の彼によるドタキャンによりSLを任されることになって、暗雲たちこめる山行になったなあと僕の第六感が珍しく反応しています。
谷太郎林道の終点に車を止めて出発します。ちなみに国立から車で1時間30分強で来られました。めっちゃ近いです。いつもこんぐらい近いと楽なんですけどね。今年に入ってドライバーが増えたおかげで後部座席で寝ることが許される身分になりました。ここまで来るのに何年かかったことか、あんだけ大変だったのに恩恵を受ける間もなく卒業とは世の中というのは理不尽ですね。



終点から少し戻ってこの赤いゲートを越えてしばらく歩きます。真っ暗でよくわかりませんでしたが、鳥屋待沢左岸から石積み堰堤より少し下より入渓しました。



濡れるとクソ寒いのでトラバース能力が試されます。これは4mCS滝で残置スリングのある滝ですね。森のガッシャの赤さがまぶしいですが、短足だったんでしょうか、うまく釜中央の岩に足がつかず失敗。かたや僕は左から水バシャバシャで行きました。心頭滅却ですね。

そのあとは、おそらくこの沢一番の核心(実はツメが一番核心)だと思っていた場所
5mトイ状、突っ張らなければ、釜に胸までつからなければならないというのはこの季節だったらとるべき対処は一択ですよね。


突っ張って釜の中央付近まで行ったあとに、左に取りつく動きは相当ビビりましたが、みんなドボンせず無事通過できました。

その後は、色々あって、予定していた大小屋沢下降を取りやめ、登山道を下る方針へ変更。まあしょうがないね。森は色々と反省するように…

左俣の分岐から幕岩を過ぎたあたりにある、10mの滑る滝には中間支点となるハーケンもあり、滝上右岸にはハーケン×2がありました。自ら打ち足してもよいし、カム、ナッツも使えそうな感じ。確保するならこれらの支点使えばよいと思います。

下降しない→時間にゆとりがある→遊べるということで遠慮なくその後の滝をほとんど直登させていただきました。

そして最後のツメ。多分、道を間違えたんだろうとは思いますが、ゲロ辛いツメでした。ツルツルではないにしてもスラブ壁をジリジリと上げていく感じ。生きた心地がしない。そのような斜面が終わっても、ヤセ尾根に出てしまい、かなりビビる。
下山途中も道を間違え、谷太郎林道終点ではなく、広沢寺に出てしまう始末。最後はグダグダでしたが、無事下山できてホント良かった良かった。

今年入ってからの山行が結構トラブルなく進んでいたので、このミスをすると辛い目にあう沢山行を忘れるところでした。こういう時に試されるのが、経験と先ほど挙げた3要素なんですよね。僕も4年間で色々と楽しいこともひどいことも経験してきましたからよく分かります。
学生生活最後の沢山行の割には不格好でちぐはぐで、一筋縄にはいかず、手放しに喜べない、むしろ、散々な出来でしたが、色々なことを思い出させてくれる良い山行でした。