五十
夜明けから日没まで、殆ど休憩らしい休憩もなく、女王は精力的に戦闘を繰り広げた。
三人は、ただその姿を驚嘆の思いで眺めていた。
最初はボックやゲンのように入り込むことができなかったショーンだったが、時間が経つにつれゲンの言葉が痛烈に理解できるようになった。
それは一種の憧憬であった。
強い者に憧れ近付きたくなる衝動。
モルグで数多の悪と戦い、ヴィクターの背中を追ってきた彼女は、常々自分の無力非力に苦渋を感じ忸怩たる思いで両親の無念を晴らせぬ自分を愧じてきた。
(もしわたしが彼女のように強かったら)
憧れが、強くなりたいという欲求に変化していく。
その欲求はショーンの全身の隅々にまでアドレナリンを放出し行き渡らせた。
敵の首を斬り落とし、胴を拳で貫く女王の攻撃を目の当たりにするたびに、心臓が激しく脈打ち四肢の先端にまで力が漲り、戦闘への欲求が高まるのを感じた。
(戦いたい、わたしも戦いたい)
戦って敵を捻じ伏せたい。
圧倒的な力で相手を易々と捻じ伏せたい。
赤子の手をねじる様に、ヴィクターに翻弄された記憶がまざまざと蘇ってきた。
初めて部下を持った。
ランドルフという青年。
彼が目の前でヴィクターホリデイにかどわかされ、再会した時には敵同士だった。
しかもランドルフは異様な人間兵器へと変貌させられていたのだ。
自らの手で、彼を始末しなくてはならなかった。
あの時の敗北感は決して忘れることができない。
(必ず、ヴィクターにこの上ない屈辱を与えて殺さなければ気が済まない)
幼馴染のマギーまで、怪物に変えられ、敵に変えられていた。
父も母も幼馴染も部下も、ショーンにとって大切なかけがえのない人々が、悉く破壊されてしまった。
思い出もいっしょに。
ヴィクターに対する憤りは尋常ではない。
だが、すぐに反撃できない、まだ腕が足りないということは自分が一番よく分かっている。
だから冷静さを装って機が熟するのを待つのだと自分に言い聞かせている。
その仮面が、今日剥がれ落ちた。
全身を奮わせる衝動は復讐と殺戮への渇望なのだ。
本能がショーンを衝き動かそうとしている。
(強ければ、決して屈することは無いのだ)
その象徴ともいうべき存在が目の前にあった。
女王に挑む者たちは、実に様々なスタイルでありグループであったり奇妙な武装をしていたりする。
だが、どんなにイレギュラーな攻撃を仕掛けようと女王が動じることは無い。
決してぶれないその姿が、ショーンの魂を激しく揺さぶった。
(強くなりたい、この女王のように、強く、圧倒的に強くなりたい。強くなって……)
あのヴィクターを圧倒したい。叩きのめしたい。
「ショーン、ショーンっ!」
はっ、と我に返ったショーン、肩を引っ叩かれていた。
「来い、ここにいると危ないっ!」
ゲンに引きずられるように、ダッシュして後退する。
ボックも骨折しているとは思えないほどの俊敏さで女王の戦場から避難した。
「どうしたの?何が起こるというの?」
「大軍だ。軍団が押し寄せるっ」
滅多にないことだが、たまたま今日らしい、とゲンの顔が強張っていた。
「大軍?」
と見上げたショーンの耳に、
うわあああん
という耳鳴りのような音が響いてきた。
ついで、くるぶしの辺りから奇妙な振動がせり上がってきたのだ。
「なに、なに?」
小さな振動は、次第に強さを増してきた。
気がつくと、地面が激しく上下している。
立っていられなくて、ショーンたちは地面に這いつくばった。地面にしがみついた、といった方が正しいだろうか。
そんな情けない姿勢の三人の傍らを、
どっ、どどっ、どどどっ
何かの大軍が通り過ぎていく。
横目で見上げたショーンは、自分が発狂したのではないかと思った。
体長五十センチほどの二足歩行の生物が振動の正体だった。
足が短く胴が逞しい。
皆手に手に武器を持ち、蟻の大群のように女王に向かっていく。
(なんなの、この連中は、数で相手を圧倒しようというの?)
千、二千、いやそんなもんではない。
質量だけであれば、今日最初の魁偉をも凌駕するのではないかと思われるほど、この大軍は大量だった。
そして巨大な餌に群がるように、女王に襲い掛かった。
「こんな攻撃も、ありなのか?」
凝然とするボック、ショーンも言葉を喪った。
だが、次に起こった光景には、ふたりとも更に驚いた。
ゲンだけが、けたたましく哄笑したのみだ。
女王は、全身から熱を発した。
もしさっきまでの距離にいたら、三人もただではすまなかったのではないかと思われるほど、激しい高熱だ。
そして凄まじい白熱光。
そこで核爆弾が破裂したかのようだ。
「蒸発するぞっ」
大軍が、
じゅわあっ
と音を立て、空中に浮き上がりながら雲散霧消していく。
次から次へと、ゲンの言う通り蒸発していく。
ただ一縷の憐憫すらもなかった。
「これが、彼女の戦い方なのだ。決して負けない。そして常に相手を圧倒する。呼ばれてくる連中は、いったい何の理由で呼ばれているのだろうな。謎が多すぎて頭がこんがらがりそうだ」
ぶるんぶるんと頭を振りつつ、ゲンはさも嬉しそうに笑った。
いつの間にか、日が暮れかけている。今日の戦闘はおしまいなのだろうか。
このままでは、女王と話ができない。ショーンは転がるようにして女王の元に駆け寄っていった。


