8月20日の早朝4時30分頃、妻が腹痛を訴えました。
それ以降、激しい腹痛が襲ってきては、痛みは引き…
前駆陣痛の始まりです。
痛みの間隔は徐々に短くなっていきます。
痛みの程度も増してきているようです。
その夜、僕は夜勤でした。
日は変わり 8月21日の0時15分から9時までの勤務です。
僕が夜勤をしている間中、ずっと激痛に耐えた妻は不眠でした。
いつもは陽気な妻も…
「私、大丈夫かなぁ…?」
と弱気です。
夜勤を終え帰ってきたところ、妻は床に伏していました。
妻がメモしていた陣痛の時間を見ると、陣痛の間隔はさらに短くなってきています。
もうしばらく様子を見て、陣痛間隔が短くなってくるようなら病院に電話してみようということにしました。
陣痛に苦しむ妻を心配しながらも、夜勤明けの僕は仮眠をとることにしました。
昼過ぎに、いつもより短い仮眠から目が覚めた僕は、隣で横になっていた妻に様子を聞くと、
「痛いよ…」
「お昼ご飯は食べた?」
「パンだけ。食べたくないんだけど、少しでもと思って無理やり食べた」
食欲もないようです。
陣痛に身悶えながらも耐え忍ぶ妻。
16時になって陣痛間隔はさらに短くなって10分ごとになりました。
ついに病院に電話することにしました。
しかし、病院からの返事は、
「ご自宅から病院まで車で10分ほどですね?陣痛間隔が5~7分になったら連絡してください」
というものでした。
時が経つにしたがって陣痛間隔は短くなっていきました。
ジッと寝ていることもできず、部屋の中を歩き回ってみては陣痛が襲ってきてしゃがみ込む…
この繰り返しです。
「ちょっとでも食べようかな…体力つけなきゃ…」
そう言いながらおにぎりを食べ始めました。
「…」
「…」
「……飲み込めない」
妻は頬張ったおにぎりを頬袋の中にため込んだまま飲み込めずにいました。
「あはははははは~
リスみたい
」
「う~…何とか飲み込んだ…」
そうこうしている間も陣痛は続いています。
昨夜から不眠の妻は、徐々に体力を奪われていっていました。
20時過ぎ、ついに病院へ2度目の電話をかけました。
陣痛間隔は5分毎になっていました。
そのことを伝えると…
「すぐ来てください」
あっさりとしたものでした。
電話を切るが早いか、急ぎつつも妻の状態を気遣いながら準備を進めます。
動くと陣痛を誘発してしまうため、ゆっくりと動く妻。
動線を短くするために車を玄関の前に寄せ、車内に妻を迎え入れました。
(とばしたいけれども、乱暴な運転は妻の身体に響くかもしれない…)
そう思うと、気は焦るけれどもいつもより丁寧な運転でとばしました
(赤信号の時間がいつもより長く感じる…)
じりじりとした気持ちを抑えながら車を走らせ、何とか病院に到着しました。
病院ではすでに緊急入院の準備が整っていました。
(これで何とかなる…)
入院後はさらに陣痛の間隔が短くなり、だんだんと痛みは強くなっているようです。
時計を見ると日付は変わって8月22日になっていました。
子宮口は5㎝まで開大していました。
ここまではとてもスムーズだったのですが、ここからが難関でした。
ベッドの上で悶え、だからと言ってジッとしていることもできずに病室内を歩き回る。
どんな姿勢でいると楽なのか、妻自身も分からないようで、とにかくしきりに姿勢を変えていました。
途中から妻の母が駆けつけてくれました。
妻の母と僕が付きっきりで面倒を見ます。
子宮口が何とか7㎝まで開大しましたが、それ以降は進みません。
そうこうしているうちに夜が明けてしまいました。
「カタツムリ…痛いよぉ…」
「そうだよね、痛いよね」
幾度となく繰り返された会話です。
いつも明るくユーモアあふれる妻が、今日ばかりは弱々しく見えました。
そして、時はまもなく昼の12時を迎えようとする頃…
陣痛間隔は1~2分毎になっていました。
時には前の陣痛に引き続いて次の陣痛に襲われ、妻は悶えるばかりでした。
「カタツムリ…私、もうダメ……カタツムリ、看護師さん呼んで…」
「分かった!」
即座にナースコールを押す僕。
ほんの数分の待ち時間が永く感じられました。
「どうしました?」
「私、もうダメです…」
弱々しく訴える妻。
「うん、今、先生に伝えたところ。もうちょっとだけ待ってね」
ほどなくして、診察室へと呼ばれました。
何とか車椅子へ移り、診察室へ向かいます。
その間も1分毎の陣痛が妻を襲います。
「レントゲン検査と、内診してみるから」
と、医師の言葉。
今の妻にはレントゲンを撮るための移動ですら大仕事でしたが、何とか終え…
次は内診です。
僕は独りで待合室で待ちます。
数分後、内診が終わり、僕が診察室へと呼ばれました。
「早く薬を入れてあげて!痛みが治まったら話をするからね」
看護師さんが点滴ボトルに薬を入れると、すぐに効果は表れました。
痛みが引いてきたようで、先ほどまでの激しい呼吸は治まっていきました。
「ふ~ぅ…」
「…」
「手術が必要かな…しばらくこの薬で痛みを抑えて、もうしばらく経過を見るという手もあるけど…?」
「手術をしてください!」
即答する妻。
「そう?…旦那さんは?」
「妻がそう言うなら。体力も限界みたいですし」
「そう。じゃ、手術の準備を!手術は13時に開始!12時半になったら、この痛み止めの点滴は止めないといけないからね?」
着々と準備は進みます。
僕は準備と準備の合間を縫って部屋へと入り込み、妻を抱きしめました。
「…がんばれ!」
「…うん!」
月並みな言葉しかかけられませんでしたが…
たくさんの思いを込めました。
そして妻は手術室へ…
妻の母と僕は手術室の外で待ちます。
中の声が少しだけ聞こえます。
今にも飛び込んでいきたい気持ちを抑え、座って待ちます。
目には自然と涙があふれてきます。
妻の母に涙を悟られないように拭います。
「○○(妻の名前)は、本当に頑張ってくれたと思います」
「うん…本当にね…」
それ以外の会話はありませんでした。
僕は妻の妊娠が分かってからの10か月間を振り返っていました。
昨年末のクリスマス頃に妊娠が発覚しました。
まだ安定期に入る前の2月の上旬は大雪に襲われ、妻はガタガタの雪道を2時間かけて通勤したこともありました。
4月に入ると妻の仕事量が激増しました。
妻が7月に入ってすぐに産前休暇(=産休)に入ることは、同じ職場のスタッフは当然知っているんです。
だからこそ、継続していかなければいけない業務は当たらないのが普通なのですが…
それなのに、
「産休に入るからって 気を抜いているんじゃないの!?」、「産休に入る前に、この仕事を仕上げていけばいいじゃない!」などの暴言を幾度となく吐かれました。
これらの暴言を吐いた奴らは、自分の仕事をそっちのけだったり、低質だったりするのに、人のことばかり口出ししていました。
結局、妻はするべき仕事はきちんと仕上げていましたが…
さらに看護研究の雑誌投稿も同時に進行させ…
妊婦の仕事量じゃないな、とずっと思っていました。
そして今回の陣痛です。
これらのことを思い返していると…
「ぉぎゃぁ、おぎゃぁ…」
「産まれた!」
帝王切開が始まってほんの10数分後。
我が家に待望の第1子が産まれた瞬間でした!
ほどなくして…
「元気な女の子ですよぉ~」
助産師さんが、産まれたばかりの赤ちゃんの身体を拭きながら連れてきてくれました。
小さくて、今にも壊れそうに感じる赤ちゃんは、力強く泣いていました。
10か月前からずっとずっと妻のお腹の中にいた子が、今は僕の腕の中にいる…
まだ実感が湧かない、というのが本当のところです。
でも、間違いなくここにいる…
とても不思議な感情で一杯でした。
これからは妻と娘と3人の生活が始まります。
って言うか、もう始まっています(笑)
娘に教えられることの方が多い親たちですが、これから少しずつ家族として成長していきたいと思います。
追伸
以前アップした「生命シリーズ」は、読み返したみると誤解を招く内容だったかのように思いましたので、ここで改めて改訂版をアップしました。
さて、妻の退院後は妻と娘は妻の実家に、僕は自分の実家に分かれて生活しています。
娘はもうすぐ生後1か月です。
娘はマイペースにすくすくと育っています。
あまりのマイペースさに、親(特に母親=妻)は振り回されっぱなしですが…
かわいくてかわいくて仕方ありません。
休みのたびに会いに行っているんですが、休みが待ち遠しいです。
これからは妻と娘のために頑張っていきます!