天正遣欧使節のフレスコ画発見 ローマ法王の子孫の邸宅 - 共同通信 47NEWS
【ローマ共同】九州のキリシタン大名が16世紀後半にローマに派遣した天正遣欧少年使節が、1585(天正13)年に当時のローマ法王グレゴリウス13世に謁見した際の様子を天井に描いたフレスコ画が、ローマにある同法王の子孫の邸宅から見つかった。


確かにすごい発見なのですが、「法王の子孫」という表現に疑問。

カトリックの司祭(神父)は独身制。

子孫はいないはず。

親族の子孫ならわかるが法王の子孫という表現は少しへんかなと思いました。

どうでしょう。

訂正はいるかな?






[参考]調べる時間はないので関連するリンクを貼っておきます。

フィレンツェだより 番外編 2013 ローマ再訪
宮下規久朗『カラヴァッジョ巡礼』新潮社,2010 「カジノ・ボンコンパーニ・ルドヴィージ」と言う表記で,この「別荘」に2ページを充て,紹介している(pp.40-41).そこには,見学には「要予約」とある.






【こちらも参考に】
「カジノ・ルドヴィーシ」天井画 - 花耀亭日記

[続報]
天正遣欧少年使節:法王の子孫宅にフレスコ画 - 毎日新聞

天正遣欧少年使節:法王の子孫宅にフレスコ画 イタリア欧州大学院客員研究員・藤川真由さん(43)の話 - 毎日新聞

【追記】
調べていくうちにネポティズムという問題に突き当たりました。

縁故主義 - Wikipedia

アレクサンデル6世 (ローマ教皇) - Wikipedia
ルネサンス期の世俗化した教皇の代表的存在であり、好色さ、強欲さやジロラモ・サヴォナローラとの対立によっても非難されることが多い。また、息子のチェーザレ・ボルジアを右腕とし、一族の繁栄とローマ教皇庁の軍事的自立に精力を注いだことで、イタリアを戦火に投じることになった。