
昨日荻窪から最寄りの駅に帰る電車の中で少し興味深い話を聞いた。
話の細かい内容などは書かないが、大雑把に話の内容をまとめると、
「血液型による性格の判断がその人の性格を少なからずリードし、その人間の性格の基盤になりうる」
話していた当の本人はそんな堅苦しい言い方をしていなかったが、あえて堅苦しい言い方をさせてもらった。
そのせいで理解しずらくなってしまったかもしれないが、簡単に例を挙げれば問題解決。
ex)B型の人間は"自己中心的でわがまま"という血液型からのアプローチによる有名な性格判断がある。
本来B型なだけであって、わがままでない人間もそのように周りに言われたり、情報として頭に入ってきた時点で、そのように振舞うようになってくる。
これが昨日の話の具体的な例だろう。これでわかりにくいのであればもう自分には説明のしようがないのでお手上げ、読むのを止めてください。としか言えません。
これが実際本当にそうなのかどうなのかはわからないが、個人的には的を射た話だったと思う。
性格を形成する過程で人間は大小個人差があるとしても、周りの環境に影響を受けざるえない。
その影響を自分の人格形成にどう活かすかが人間の課題でもある。
影響を悪い方向にもっていくのも、良い方向に持っていくのも自分次第。
ここでタイトルのマインドコントロールの話にしたい。
最近テレビでにぎわせているこのワード。
白黒つけるボードゲームの名前がコンビ名の片方が、見事と言おうか、滑稽と言おうか、マインドコントロールに自らひっかかった。
あえて「ひっかけられた」とは言わないし、言えない。
あれは自らひっかかった。
だからこそ、お見事でもあり、滑稽でもある。
あの事件の話はここらへんにして、本題のマインドコントロールの話をしよう。
マインドコントロールはwikiで調べると「強制によらず、さも自分の意思で選択したかのように、あらかじめ決められた結論へと誘導する技術、またその行為のこと」
つまりマインドコントロールは人が人にする技術、行為ということになる。
ここで自分は1つの疑問が浮かぶ。
本当にそうなのか?
マインドコントロールは自分自身に対してのみ行う技術、行為ではないのか。
この疑問を自分的に解決するために今回の事件を例に出させてもらう。
表面上マインドコントロールをされたとされる人をブラックさん、マインドコントロールをした霊能力者をホワイトさんとしよう。
ブラックさんは仕事やプライベートな面で悩んでいた。
それを聞きつけたホワイトさんはブラックさんに巧みなトーク術で近づく。
全幅の信頼を得たところで、ホワイトさんはブラックさんにマインドコントロールをかけ、自分自身の都合のいいようにコントロールする。
今回の事件の流れはこんなところだろう。
まさに絵に描いたようなマインドコントロール。
ただ、先ほどの疑問を持った自分にしたら、ブラックさんは自分自身にマインドコントロールをかけた。
ホワイトさんが近づいている時に自らをマインドコントロールにひっかけたと言いたい。
なぜなら、ホワイトさんが最初に色々な話をしている時に、ブラックさんは自分自身のマインドを放棄するという意思決定をして、ホワイトさんの生み出す環境に身を委ねたからだ。
自らの行動の決定をし、マインドをコントロールしている。
ホワイトさんはただその助けをしただけにすぎない。
もっといえば、ブラックさんはホワイトさんの手助けを必要としてしまったのである。
ここで冒頭の話に戻したい。
自分の周りの環境の影響を良い方向に導くのも、悪い方向に導くのも自分次第。
その周りの環境を選ぶのも自分の決定次第。
たとえ生まれながらにして劣悪な環境だったとしても、それを抜け出せなくても、自分のマインドコントロール次第でいくらでも素敵なベクトルに自分を導くことは可能なのである。
今回の事件でマインドコントロールのイメージが悪くなってしまった。
マインドコントロールが他者に影響を与えるとイメージが先行しているからだろう。
でも、マインドコントロールというものは本来自分自身のみにしか使われない言葉だと思う。
今日は仕事があって明日は休日でお出かけの予定があるとしよう。
朝起きて仕事に行く準備をしている時は憂鬱かもしれない。
でも、明日休みと心に言い聞かせることで少し心が躍るような体験をしたことはないだろうか。
マインドコントロールの真実の姿はここにあると思うし、思いたい。
今回書いた内容はめちゃくちゃなのでよくわからないかもしれないですが、言いたいことは1つ。
自分自身に素敵なマインドコントロールをかけて、人生を楽しく生きてくださいってことだけです。