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2013-05-27 19:39:24

ホーリー・ウェルと地方聖人

テーマ:巡礼の道
白亜の丘の巡礼の道8(奇跡の泉への巡礼)

$バーズアイ香川のブログ-ホーリーウェル


イングランドやウェールズの地方には、奇跡の泉と結びついた巡礼が少なくありません。不思議の国のアリスに登場したセイント・マーガレットの泉もこれに相当しますが、伝説のみでなく、本当に奇跡を体験した巡礼たちの足跡が残る泉もあります。街の名にもなったウェールズのホーリー・ウェルはそのひとつで、地方聖人のウィニフレッドの伝説が残り、この泉の水を求めて巡礼者が今も訪れています。

ホーリー・ウェルの泉には、湧き出た水を使ったプールがあります。訪れた巡礼はそのプールの水に体を浸かるか、あるいは患部を浸って病気を癒します。多くの巡礼の願いが叶ったのか、そこには治癒者が奉納した大量の松葉杖が保存されています。この光景は、四国遍路などのお大師さんゆかりの寺にみかける奉納物と共通しており、驚かせられます。同様のものが、ウェールズ・ペンモンにある聖シーリオルの泉です。こちらは山里の教会脇に湧き出た泉で、その雰囲気は、日本の修験道の山々にある奇跡の泉によく似ています。

また、教会によって列聖されていない地方聖人が信仰され、その奇跡を巡礼する風習も、日本でも同様にみられます。備前(岡山県)に生まれた報恩大師がその例で、当地では多くの寺院が報恩大師によって開基されたと言われています。今も多くの人々に信仰されています。この点でも、洋の東西を超えた共通点と言えるのではないでしょうか。


聖ウィニフレッドの泉(バーズアイ・南イングランド:click)

聖シ-リオルの泉
2013-05-12 20:59:38

クライスト・チャーチ大聖堂

テーマ:巡礼の道
白亜の丘の巡礼の道7(今様の巡礼)

バーズアイ香川のブログ-クライストチャーチ


この大聖堂は、16世紀にヘンリー8世に近かったウルジー卿が設立したもので、現在はオックスフォード大学クライスト・チャーチ校にもなっています。サクソン時代の聖フライズワイズの小修道院の流れを汲み、聖フライズワイズの聖遺物がありました。設立の経緯から、中世の巡礼が集まる所ではありませんでしたが、ここにはまったく異質の、今様の巡礼がみられます。

伝説によると、聖フライズワイズはサクソン王国マーシアのアルガ王に結婚を迫られますが、神の救いの船に乗り、その身を隠します。尼僧に結婚を迫る王は盲目になってしまいます。聖フライズワイズが聖マーガレットに祈ると聖水が湧き出て、その水で王の目が癒されたと伝わります。この泉は、テムズ川の畔にあります。

この聖マーガレットの泉は、19世紀に広く人々に知られることになります。オックスフォード大学の数学教師ドジソンことルイス・キャロルが発表した児童ファンタジー、「不思議の国のアリス」のなかで、不思議の国の入り口として登場します。この童話の中では、泉のみではなく、クライスト・チャーチやその周辺の各所がそのモデルになりました。今日では、全世界のアリス・ファンが、このアリスの聖地に巡礼に訪れているのです。

本来の巡礼の意味とはずいぶん違うため、巡礼と呼ぶべきではないかもしれませんが、巡礼の歴史の中には、英雄伝説に結びついた聖地、免罪符に結びついた聖地、詩人や科学者に結びついた聖地が巡礼の対象になったものもあります。科学や経済の発達によって病気が癒され、簡単に旅行ができる今日では、ファンタジーの主人公アリスの聖地への旅も巡礼とよべるかもしれません。


クライスト・チャーチ大聖堂(バーズアイ・南イングランド:click)

2013-04-18 22:08:17

グラストンベリー修道院 (跡)

テーマ:巡礼の道
白亜の丘の巡礼の道6(伝説の王への巡礼)


グラストンベリー修道院跡
$バーズアイ香川のブログ-グラストンベリー


グラストンベリー修道院の歴史は古く、7世紀のブリトン人の創建といいます。サクソン人の王国、ウェセックス王国のイネ王によって石製の教会にされました。10世紀には、のちにカンタベリー大司教になった聖ダンスタンによってサクソン王室の埋葬地になりました。

その古さゆえに、早くから様々な伝説が生まれました。なかでも、サクソン人の侵入を阻止したブリトン人をモデルにしたアーサー王伝説が有名です。グラストンベリー近隣の地域は排水が悪く、雨の多い冬になると湿地になり、グラストンベリーの丘はさながら陸の島へと様変わりします。こうした地形的な条件も伝説に結びつけられ、グラストンベリーは伝説の楽園、アヴァロン島だったと信じられるようになりました。深手を負ったアーサー王が最期を迎えた場所と伝わります。

ノルマン征服後は王室の埋葬地ではなくなりましたが、アーサー王伝説などで巡礼を呼び、裕福だったようです。ところが、12世紀の大火によって修道院の大半が焼失してしまいす。その直後、アーサー王とギネヴィア王妃の墓が7世紀の教会跡地で発見され、再び巡礼が増えました。13世紀には、エドワード1世夫妻を前に、アーサー王の棺を再埋葬する儀式を行い、修道院はますます巡礼で潤いました。ヘンリー8世による修道院解散令で解体される際には、ウェストミンスター寺院に次ぐ裕福な修道院でした。

修道院の石材は街の再建に使われたため、廃墟になった修道院跡には、アーサー王の埋葬地やエドガー王と聖ダンスタンのチャペル跡がひっそりと残っています。しかし、修道院跡に残存する巨大な壁などから、往時の修道院の栄華がわかります。ここには、懺悔や改心でもなく、また聖人の奇跡でもない、英雄の伝説のために巡礼をした人々の残像が残されています。

グラストンベリー修道院跡(バーズアイ・南イングランド:click)

2013-03-27 20:09:51

ウェストミンスター寺院

テーマ:巡礼の道
白亜の丘の巡礼の道5(宗教を超えた巡礼)

ウェストミンスター寺院
$バーズアイ香川のブログ-ウェストミンスター寺院

ウェストミンスター寺院は、11世紀にサクソン王の聖エドワード懺悔王がテムズ川ソーニー島に宮殿とともに建造した修道院にはじまります。王の死の1週間前に完成したため、王が最初の埋葬者になりました。ノルマン征服後は、聖エドワード懺悔王を崇敬するヘンリー3世(ジョン王の子)によって大改築され、現在の姿になりました。また、ヘンリー8世の修道院解散令では、その解体を免れる代わりに、イングランドのすべての修道院が解体されました。

サクソン最後の王のハロルドや征服王ウィリアム1世をはじめ、ほとんどの王がウェストミンスター寺院で戴冠し、多くの挙式が行われました。最近では、2011年にウィリアム王子の挙式が行われ、全世界から注目されました。また、ヘンリー3世が再築した際に聖エドワード懺悔王の聖廟を設け、以来ヘンリー3世をはじめ、ヘンリー7世やエリザべス1世など数多くの王が埋葬されてきました。最近では、世界が注目する中、ダイアナ元妃の葬儀が行われました。詩人のチョーサー、音楽家のヘンデルなどの文化人、さらに万有引力の法則を発見したニュートンや進化論を提唱したダーウィンなどの科学者も埋葬されています。

ウェストミンスター寺院には、全世界から毎年何百万人もの人々が訪れますが、聖エドワード廟の巡礼を目的とした人は少ないと想像されます。著名な王族の墓を興味本位で見に来る人が大半かもしれませんが、中には、著名な政治家や文化人、科学者の徳を慕って訪れる人々もいることでしょう。この点では、宗教を超えた巡礼地といえるのかもしれません。


ウェストミンスター寺院(バーズアイ・南イングランドより:click)
2013-03-10 22:01:52

カンタベリー物語

テーマ:巡礼の道
白亜の丘の巡礼の道4(旅の巡礼の意識)

カンタベリー大聖堂
$バーズアイ香川のブログ-カンタベリー大聖堂


1170年に聖トマス・ベケットが暗殺されると、その直後から奇跡が起こりました。ベケットの血や遺骨が人々の病気や怪我を治癒するという奇跡の噂はたちまちひろまり、各地から巡礼が訪れるようになりました。14世紀には、欧州有数の巡礼地になり、様々な人々が訪れました。カンタベリー物語はそんな旅人を描いた物語でした。

カンタベリー物語は、聖トマス・ベケット廟への巡礼の途中、宿で同宿した様々の身分・職業の人間が、旅の退屈しのぎに自分が知る物語を順に語っていく旅物語です。騎士、粉屋、女房、学僧など様々な身分の者が登場し、それぞれの価値観を展開します。この物語から、中世イングランドの世相や考え方を理解できるだけでなく、カンタベリーへの巡礼の様子がうかがえます。

もともと、カンタベリーの巡礼は懺悔や改心というよりもベケットの奇跡を求める人々だったようですが、さらにこの物語から、奇跡よりも旅そのものを楽しむために巡礼に出た人も少なくないことがわかります。戒律の厳しかった中世に、教会が罪の償いを軽減してくれる免罪符を簡単に購入できたため、人々は気軽に旅に出たといいます。

旅を楽しむ巡礼の旅という点では、十返舎一九の金毘羅参詣続膝栗毛で描かれた「こんぴら参り」に酷似しています。通行手形によって国の出入りが規制された江戸時代に、伊勢参りやこんぴら参りは旅を楽しむ一生にチャンスだったようで、寺社の参詣が旅行を楽しむ言い訳になるという意識を日本人が持つようになりました。旅の様子は違いますが、洋の東西で、巡礼が旅を楽しむ大きな理由になったことは興味深く思われます。

ジェフリー・チョーサーのカンタベリー物語の写本は全部で83冊あり、多くの人々に読まれていたといわれます。しかし、印刷により大量生産されていたわけではないので、続膝栗毛のような旅の楽しみの広報の効果があったとは考えられません。むしろ、カンタベリーへの巡礼を題材にしたことにより、物語への関心が高まったのかもしれません。

ここでは、カンタベリーにあるカンタベリー物語館を紹介します。

カンタベリー物語(バーズアイ・南イングランドより:click)

$バーズアイ香川のブログ-tale
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