事業革新パートナーズブログ(奮闘記)

私たちは、企業の皆様の長期的なパートナーとして「事業革新」を実現するために「事業革新パートナーズ」を設立致しました。

弊社の活動を知って頂くために過去の活動内容をブログでご紹介していきたいと思います。

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テーマ:
実行フェーズの開始から2週間が経過した頃から、現場部署を巡回するプロジェクトチーム管理者より、私たち事業支援会社のメンバーへ、相談事が寄せられるようになった。
現場社員の中で、管理者からのアドバイスや指示を全く聞かず、プロジェクトチームで設定した会社の「あるべき姿」に則った「ルール」や「業務手順」に従わない社員が数多くいて困っているというものだった。

A社の長年の歴史の中で、経営陣や管理者が、組織としての決め事を明確にせず、社員一人ひとりの自由なやり方に任せてきたことから、自分で何を決めて行っても許されると考える雰囲気が現場には生まれていた。
本来は、会社としての一定のルールを全員が守った上で、それを超えた部分については、自由裁量に任せ、個人の創意工夫を生み出すことが大切だが、社内では個人として言い難いことを避け、嫌われないようにしたいというのが人情であり、だからこそ会社としてのルールを明確に決めて制約を設けなければ、あらゆることが野放図になってしまう危険性があった。

A社では従来、社員が勝手気ままに活動していることを、管理者や経営陣は把握していても大目に見ており、一方で、経営陣も様々な情報を現場には伝えず、不透明な判断や処理が行われてきたことから、相互不信が生まれている状態だった。

現場社員の反発について管理者メンバーと私たちで話し合った結果、目立って反発を繰り返している1人1人の社員と面談し、しっかり話を聴いた上で、私たちプロジェクトメンバーの考えを伝えることにした。

そして最も問題が大きいというZ氏と先ず面談をすることを決めた。
Z氏は、優秀な社員だったが、会社が新体制に変わってからはことごとく会社の方針や決定事項に反発し、経営陣を批判する言動が目立ち、直属の上司も手を焼いているということだった。

翌日、担当エリアのプロジェクトチーム管理者と私は、Z氏と3人で面談を行った。
席に座るとすぐに、Z氏は私に対して言った。「あなたは社員でないから、この打合せには無関係です。部屋から出て行って欲しい」

「私は社員ではありません。
しかし、社長や管理者の皆様から委託を受けて、現在は管理者の皆様と同じ役割と責任を負う立場に立っております。私の使命はA社の再建ただ1点です。
この目的のために、社内における全ての会議には同席し、誰に対しても言うべきと考えることは言わせて頂き、実施しなければならないことは全てやらせて頂くことを認めて頂きました。
私はA社で起きている様々な問題の当事者であり、この面談にも同席させて頂きます。
会社の再建という目的は、Zさんとも共通ではありませんか?」と私は言った。

Z氏は語気を強めて言った。
「今の会社には貢献するつもりはありません。
親会社が変わり今の社長が来てから、何でも規則だルールだと押し付けられるようになって、仕事が全てやりにくくなった。
それもあなたたちの入れ知恵かもしれないが、A社では今まで何でも社員は自由にやらせてもらってきた。
それだからここまで会社も大きくなってきたんだ。
窮屈な状態が続くと、古くからの社員はみな嫌になって辞めてしまうよ。
私も我慢が出来ない。以前の状態に戻るまでは、私はずっと抵抗していきますよ」

「ご存知でしょうが、いまA社は債務超過の状態にあります。
いま一番大切なことは、仕事を自由にやれるか否かではなく、会社が生き残るか否かです。
万が一会社が倒れてしまった場合には、社員の皆さんには退社を余儀なくされるだけでなく、退職金すら規定通り払うことが出来なくなる可能性もあります。
そうすると、社員の皆さんの毎日の生活に支障が出ることは間違いありません。
いまやるべきことは、会社を再建するために、社長、管理者、社員の全員が心を1 つにして、やるべき事・決めた事をしっかり守り、力を合わせて全力を尽くすことです。
そういった状態にあることをご理解頂き、ご協力をお願いします」と私は言った。

「何であなたにそういったことを言われないといけないんだ。
私に指示できるのは、私の上司の部長しかいないはずですよ。
それに会社の経営がおかしくなったのは、我々現場社員の責任ではなく、間違った判断を繰り返してきた経営陣の責任だ。
経営陣の責任まで社員の我々が負わされて、嫌な仕事をやらされるなんておかしい。
今の経営陣がやり方を変えるまで、私は考えを変えるつもりはありませんよ」と私を睨みながら言った。
同席した管理者は、早くこの場から逃げたいという表情を浮かべながら、黙って様子を伺っていた。

このような場合には、毅然とした態度を貫き、明確なメッセージを伝えることが不可欠だった。

「会社を再建するという現在最も大切な目的からみて、Zさんがいま言われたことを、私は一切認めることは出来ません。
経営陣にも当然責任がありますが、現経営陣は過去の誤りを認めた上で、会社再建に全力を尽くすことを約束し実行に移しています。
社長は自ら会社の「あるべき姿」を作り、管理者の皆様は不眠不休で現場を回り、決めたルールや業務手順を現場社員に伝え、社員の皆様もそれに応えて一生懸命に力を尽くし、業績改善に努めています。
その中で、今までと同じく自由に仕事をやれなければ会社に反発するというZさんに考え方は受け入れられるものではありません。
中堅社員として周囲への影響力が大きなZさんには必ず協力して頂きたい。
理解して頂くまでは、毎日私たちとしっかり話し合いをさせてもらいます。
明日から毎日宜しいですね?」と私は言った。

Z氏は、少し戸惑った表情を浮かべて、無言で会議室を出て行った。

管理者はすまなそうな顔つきで言った。
「本当にご迷惑をおかけし申し訳ありません。
私も何度も説得してきたのですがどうしようもなく諦めていたんです。
Zさんは考えを変える可能性はあるのでしょうか?」

「必ず理解して頂けると思います。
反発の意志があるということは、マイナスの方向性をプラスに変える事ができるということです。
言葉に出して反発したり、反対でも意志をあらわすということは、会社に対する想いがあるということです。
意志がないところには、火をつけることができませんが、Zさんには考え方は違えど、会社のことを考える情熱が残されています。
マイナスの力でも大きければ大きいほど、プラスに転じれば大きく貢献してもらえるようになります」

「毎日話し合うということは、私たちとZさんとの約束事です。
粘り強く必ず毎日話し合っていきましょう。
目的は同じであり、話し合えば必ず理解されるはずです。
Zさんには、この改革プロジェクトの味方になって頂きましょう」と私は言い、2人で次の現場に向かうことにした。

(続く)

テーマ:
「あるべき姿」を作成したプロジェクトチームの管理者が、各部署を巡回し、現場社員のお一人お一人の行動へ反映するための活動が開始した。
対象となる部署や店舗が、幾つかの県にまたがる広範囲であり、電車やバスの便が悪い地域もあることから、各管理者は自分専用の社用車を借りて、それぞれ担当する15~20の部署を1つずつ順番に回ることにした。
私たち事業支援会社のメンバーも、同様に担当部署を決めて、プロジェクトチーム管理者と手分けをし、また難しさのある部署は管理者と共同で働きかけることにした。

1日、2日と現場部署を回り現場社員の皆さんとの話し込みを進めるうちに、プロジェクトチームメンバーから本社に対して、次々に今まで分からなかった、気付くことができなかった事実の報告が上がるようになった。

「本社部門や本社の管理者から指示連絡が毎日入る部署と、全く忘れ去られたように連絡が入ってこない部署が完全に分かれている。
本社側の好き嫌いで、コミュニケーションの頻度や内容が決まってしまっている。
現場もその関係の悪さを感じているので、自分達から報告や相談することもなくなる。
結果、現場で問題やトラブルが起きていても、本社には一切情報が入らなくなっている」

「逆に、現場部署の中には、本社からの指示や連絡事項は、口頭では受けとめたような言葉を言うが、実態は完全に聞き流し、全く無視している場合がある。
特に予算目標の必達や、棚卸し在庫の削減など数字上の目標だけが指示される際には、それに反応して新たな行動を取ることは少ない。
結局は数字を変えるために具体的に何をすべきか方法論、行動内容まで具体的に指示されなければ、動き方が分からない、または現場の責任として感じることがない」

その他、様々に、個別の問題、共通の問題が一斉に現場から明らかになったことで、プロジェクトチームの管理者は、社内に根差している問題の深刻さをだんだん理解して、不安と共に不満も出てくるようになった。

「結局、会社の長年の歴史の中でおかしくなってきたことがたくさんあり、いま自分達がその全ての責任を取って改善しなければならないというのはおかしい。そもそもムリだ」
「社長や経営陣の過去の判断ミスであったり、部下の好き嫌いで歪んだ部分は、私たちでなく、経営陣が責任をとって変えてもらうべきだ」

中間管理者の立場で、会社の過去の問題まで含め責任を負って改善するというのは大変な責務であり、耐えられなくなってしまうことから、経営陣と私たちで相談した結果、
「経営陣が担当する問題」「管理者が担当する問題」「事業支援会社が第3者として担当する問題」の大きく3つに分類した。
経営的に大きな問題や経営陣でなければ解決できない問題は経営陣が直接対応することにし、管理者には事業場の具体的な問題に集中してもらうことにした。
また、管理者の重荷を減らすために、社内では解決が難しい複雑な人間関係や、強烈な個性を持つ社員など多くの時間がかかる事項は私たち事業支援会社が担当することにした。

実行を開始して1週間で、多くの問題が明らかになったことで、1歩前進したと同時に、問題の大きさや深さを知り、あるべき姿が遠のいた印象を持ったことで、プロジェクトチームの管理者全員が、今回の改善活動の実行の難しさを改めて理解するようになった。

(続く)

テーマ:
キックオフミーティングの翌朝、社長、営業部門の中核管理者10名、私たち事業支援会社メンバー5名で構成する変革プロジェクトチームメンバー全員が会議室に集まり、「会社のあるべき姿」の作成を開始した。
社長がまとめた「あるべき姿」の骨子を元に、中核管理者それぞれの意見を加えることで幹部全員の意志を込めると共に、単なるスローガンではなく、現場担当者1人1人が実際に毎日行動に移せるよう、誰が、いつ、何を、どのように行うか、具体的な取り決めを作ることとした。

先ず会社が目指す目標(お客様満足)を実現するために、必要な事項を3つの大項目(製品、サービス、社員)に分け、その各々に約10の小項目を導き出し、それぞれの項目の因果関係を線でつないだ図に表し、全体像を明らかにした。
次に、合計30項目の各項目毎に、現場の正社員から契約社員、パート社員、アルバイトまで全社員が目で見てすぐに理解でき、即行動に移せるよう、数字や固有名詞を使い、出来る限りわかり易い表現のマニュアルを作成することにした。
各項目内容のたたき台を作成する責任者として、管理者の中から2名一組の担当チームを選任し、全項目を同時並行で作成することで、全項目の完成期限を4週間後に設定した。
その場に集まった営業の全社員が毎日の業務の指針とする具体的なマニュアルを4週間で完成するというのは相当なチャレンジであり、また社長や管理者は日常業務をこなしながら行うことになるため、4週間のスケジュールを組み立てた時点で、社長を含めたプロジェクトメンバー全員が不眠不休で走りきる覚悟を決めた。

翌日から、2名一組のチーム毎に内容を作り込み、それを持ち寄って全員で議論し内容を詰めていった。
検討の当初、各管理者は前に出て発言することを嫌がり、社長の意見にも異論をはさむことなく決められたことをこなす姿勢だったが、責任分担をして全員が同じ立場で取り組んだこと、また私たち事業支援会社のメンバーも社長や役員への遠慮は一切捨て自分の感性を信じて意見する姿勢を貫いたこと、そして何よりも全社員の日々の行動内容を自分が決めるという責任の重さを理解したことで、次第に全管理者が自分の心からの意見を主張するようになり、協力して皆で最高の内容を作る意識へ変化していった。
同時に、他者の様々な考えを学び新たな知恵を吸収する場としても機能するようになっていった。

全員が当事者として取り組むようになったことで、決められた打ち合わせの時間で終わらせようという感覚から、始業時間前から深夜まで、また休日も全員が自主的に集まり、打ち合わせを続けるようになっていった。
また社長は、自身が前面に出て意見を述べる場面、一歩引いて管理者の主体性に任せる場面、管理者の意識を引き締めるために敢えて強く注意する場面、全員を激励する場面など、色々な役割を担いリーダーシップを発揮して頂いた。

各項目の内容は全員で合意し、マニュアル資料に落とし込み最終化出来たものから順番に、中核管理者および私たちメンバーが現場部署を1つ1つ回り、ポイントを口頭で伝え、配布し、現場部署の壁に張り出すなど徹底して目に入る状態にした。
「あるべき姿」を全社員が実際に行動に移すためには、作成した社長や中核管理者が時間をかけて1つ1つ説明し、理解を深める時間が必要になるが、その前の段階において、「会社再生プロジェクトは本当に動いているんだな。現場社員だけでなく会社の上の人たちが本気で率先して動いているんだな」と、社長や管理者が必死に取り組んでいる事実を現場社員が認識し理解の土台を作っておくことが、後の実行段階の立ち上がりに大きな効果を生むためだった。

社長、管理者メンバー、私たち事業支援会社メンバー全員は、検討ミーティングの中でも睡眠不足から眠ってしまいそうな時は席から立ち上がり全員の前で意見を言うルールを作ったり、起こし合い、励まし合い、叱咤し合い、会社の会議室に寝泊りしながら、4週間目に全30項目の全てを完成した。

プロジェクトチームの管理者は、この「あるべき姿」を作成した4週間について、後々以下のように述べられている。

「自分が会社に入って、あれほど精神的、体力的に大変だったことはなかった。
何でこんなに辛い思いをしなきゃいけないんだと途中では疑問に思うこともたくさんあった。
でもあの4週間必死にやったことで、あるべき姿を単なるお題目としてではなく、自分の言葉で魂を込めて部下に伝えられるようになった。
社長や外部の人から与えられただけのものだったら、そこまで責任感を持てなかったと思う。
自分の頭で一生懸命考え、自分の手を動かして資料を作り、他のメンバーの理解を得るために必死に伝えることを通して、始めて、当事者意識を持つことが出来たのだろう」

「あるべき姿」全30項目が完成した日、冊子やパンフレット、張り紙などの資料として、全営業部署に行き渡る枚数を印刷し終えると、社長以下プロジェクトチーム全員は、自宅に戻り、一晩の休息を取った。

翌日から、プロジェクトチーム管理者全員が、担当部署分の資料を抱えて各部署を毎日巡回し、口頭で部下へ1つ1つ説明し落とし込むことで、目的や意図を理解した上で現場の全社員が行動に移す「実行フェーズ」の活動を開始した。

(続く)

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