いやはや、奈良の不出勤職員・・・やはり解同の関係者だったようです。
こんなことをやっているから、同和は利権集団だといわれるのです。
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=soci&NWID=2006102001000303
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061020-00000017-san-soci
http://www.j-cast.com/2006/10/20003462.html
同和事業におんぶに抱っこして、恫喝を繰り返せば、好き勝手なことができ、また、公務員にも、無試験か、簡単な試験でなれ、挙句に、出勤しなくても給料は満額ということになれば、一般人から見れば逆差別と見られても反論できないだろう。
解同は、すっかり利権団体に成り下がり、同和運動に胡坐をかいているだけではないのか・・・・何が差別だ・・・差別しているのは、解同そのものではないのか。
確かに、同和団体の多くが、利権アサリのエセであることは認めよう・・・しかし、まともに運動している団体もあるということも言いたい。
だが、こんなくだらないバカの行為によって、部落全体が同じような人間の集まりであると思われるのは許せない。
だが、官僚や政治家、企業主たちは、この解放運動を利用して私腹を肥やしていたやつもいるということは確かであり、そのことが、長い間の同和法が生きながらえ、また、継続した同和政策が続いている原因でもある。
同和枠を利用した職員や正規雇用職員の中には、本当にまじめに勤めているものも多いことを世間に知ってもらいたい・・・・・・
しかし、長い間の同和行政が、利権とともに、エセという団体を多く作り、同和問題に連携させてしまった在日問題が一般市民の反発を招いているのだが、このあたりに、われわれ同和関係者は真摯に対応するべきではないのか・・・・
官憲側も、エセや利権アサリ専門の団体は徹底的に摘発するべきであり、利権を鷹揚な連携は、日本人として、拒絶してゆかねば、日本の同和、差別問題の解決はありえない。
解同も、いつまでも、同和・・・・差別という言葉に胡坐を書いていては、世の中から完全においてゆかれ、いずれは世間から完全に拒絶されることになる。
同和を利用しようとする連中に対して、相手が官憲だろうが、官僚だろうが、政治家だろうが、ヤクザだろうが、全体で団結して拒絶し、日本人としての誇りを持つべきではないのだろうか・・・・・
差別を叫びながら、どこかに、自分たちを下比する感情がなかったろうか・・・利権アサリの団体や関係者は、自分たちを差別するなと叫びながら、叫ぶことで、相手が引くからと言う考えで利権にしていないだろうか・・・差別を叫ぶなら、日本人としての誇りをまず叫ぶべきではないのだろうか。
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