今朝方、寝ないとダメなのに、HDDを弄っていて、
「みんな子供だった」の師匠×やすすの対談を再生しまして。
運の話とか、人との出会いとかギャラとか、とかとか、
そういうお話をされてまして。
ベッドに入っても、妙な興奮状態で、
ほとんど寝ずに現場へ行って。
で、そこでの出来事もあいまって、
今夜はちょっと考えちゃったンですよ。
選ばなかった方に進んでいたらどうだったろうかって。
生きていて、後悔はなくはないけれど、
否、後悔ばかりかもしれない。
それでも、そのときそのときの、
最善ではなくても最良を選択してきて
今がありますよね。
「死とは可能性を減らしていくこと」などと
そういえば、誰かが言っていたような気もします。
「IFもしも」ってドラマもありましたね。
大学生の頃、放送作家トキワ荘という企画があって、
当時、制作会社で放送作家見習いをしていたこともあり、
男女版、そして女版と、
番組の面接を受けに行ったことがありました。
あの「部長」さんに放送作家になりたい理由を聞かれて
「お金が欲しいからです」と応えて
「いい答えだね」と褒められました。
映画作りの一員になりたくてシナリオスクールに通い始めたはずが
気づいたら、バラエティ番組を考えていました。
ブレやすく、調子にのりやすいもんだから。
平行してドラマの企画書も書き始めて、
「仕事」となったら一気にビビりましてね。
で、逃げるように北海道へ。
正確には、「向き合う為」だったわけですが
向き合い過ぎて、ありもしない鼻はへし折られ、
「無」に、違うか―――、「無っぽく」なって。
戻ってきて半年くらい遊び倒していたンですが、
やっぱり「作るところに関わりたいなあ」と。
「作りたい」ではなくて。
で、動き出して、
いざお金もらって、なんか、困るというか、
いいのかなあって。
大学生のとき、「お金が欲しい」って
宣言したはずなのにですよ。
他方、現場で出会う人出会う人のエネルギーのすごさには、
居心地の良さを覚えたりして。
たのしいなあって。
でも根本が「作りたい」じゃなくて「作るところに関わりたい」が
だったものだから、
「めんどくさいおばけ」がときどき現れたりもしまして。
なんか、イライラもしたりして。
結果、身動きが取れなくなって、
自らフリーズ。
「めんどくさいおばけ」
それでもって、
フリーズの都度、
誰かしらに解除してもろうて。
そうやって、誰かに助けてもらうことが
パターン化しておりました。
いまだって、人様からのおかげさまで
生かされておりまするがね。
もちろん、そのことに感謝しつつ、
じゃっとん、そろそろ、それだけじゃだめなような気がしているのです。
いまさらですがね。
というのも、
今日、そして、少し前に、
恩人の方がおふたりも、
現場から離れるというお話を伺いまして。
なんだかなあって。
何も返せていないのに。
って。
ムダに考えるのは「癖だから治らない」けれど、
私、「人が動く」をしています、今。
あのとき、ああだったら…じゃなくて、
いま、どうしようかって。
昨年沖縄で、偶然、初めて沖縄に行ったときと同じタクシーに乗って
運転手さんが、その数年前の私の話をしてくれて、
過去の自分と対面しました。
数年での考えの変化、後退でも進化でもどっちでもいいか。
長くなりました。
てへぺろ。
シロップちゃんのreborn、
聴きますかね。
追伸。
な。さんや健ちゃんお元気ですか?
猫5匹。


