「毎日、やすみなく毎日、いやいやでも毎日、 ずっと毎日続けて10年経ったら、一丁前に食っていけるようになっている」
というある作家の言葉。
同じようなことを『天才! 成功する人々の法則』という本で、著者のマルコム・グラッドウェルさんという人は、「1万時間やったら」というふうに言っているそうです。
10年って3650日で、グラッドウェル説の10000時間を、3650(365×10)日で割り算すると、約2時間45分。毎日やすみなく何かをするのに約3時間を費やして10年間。ピアノでもダンスでも3時間ずつ毎日続けて10年間で一丁前ですって...。あぁ、あたしのダンス修行はまだまだだわ!!!(汗)
先日某所にて、あるパフォーマンスを見たとき自分が感じたこと。
Awayな場所でAwayなお客様を前にパフォーマンスするというのはどういうことなのか?その日の状況は、パフォーマンスする側にはかなり過酷なステージだった。もしも自分がパフォーマンスする側だったら?そう考えただけで冷や汗が出るような空気でした。自分の外にある負の要素に飲まれない軸を持ってるパフォーマー。それがプロとアマチュアの境界線かもしれない。そのパフォーマーは、どんなにAwayでも平然とパフォーマンスをしていた。場の空気に全く飲まれない。強い!尊敬するなぁ、あの毅然とした姿。
自分がパフォーマンスする側に立ったことががあるからこそ見える凄い軸。オリンピックの選手やプロゴルファーが持っている、失敗を繰り返して場数を踏んだから得られるいい意味での図太さ。どんな境遇に置かれても、折れない、ぶれない、しなやかさ。そんな強さについてアレコレ考えました。
緊張しぃ~のあたし。でも人からは「全然そんな風には見えないよ」とよく言われます。でも実は本番にかなり弱い人間です。出番を待ってる時のステージ袖で、毎回どんなに回を重ねても、緊張でゲロリそうだっていつも思います。(ある意味そういう緊張感が消えたら慢心の始まりかもね?っておもうけど)
つまらなそうにパフォーマンスを見てるお客さん、険しい顔で自分の演目に嫌悪感を丸出しにしているお客さん。そういう人を見ると、瞬時に気持ちが萎縮。自分が放射してるエネルギー.フィールドが小さく縮んでしまうのが自分で分かる。そういう弱さはプロにあるまじき要素だと思うのです。いかんね、軟弱なあたし。ステージなれしすぎで、図太くなりすぎて羞恥心や緊張感が全く無いのもNGよね。いい意味での神経の図太さの大切さを感じました。
ダンスだけで食っていこうと思ったら、自分が苦手だと思う仕事も受けねばならず。好きなことでもそれが義務になったら辛くなる。その逃げ道として、ブレイダーをやるという2足のワラジに執着する自分がいるのかしら?今の仕事だってかなり嫌な事を我慢してやってる。あたしが今、ダンスで嫌な仕事を受けたくないと思うのは、事務職で嫌な事を頑張ってる上に、ダンスでも嫌な状況を上乗せされたらたまらん!と思うからなのかも。もしもダンスがメインのお仕事だったら、嫌でも頑張るしかないって思うのかもしれない。
今のあたしは、まだダンスが仕事だというスタンスに到達していない。だからウダウダいろいろ思い悩む。ベリーダンスを始めてからまだ8年目。10年説が本当ならば、あたしはあと3年、更に頑張らないといけません。(毎日3時間も踊りの練習してないし。先の道のりは果てしなく遠いなぁ)残りの3年は、ベリーじゃなくてバーレスクで修行かなぁ~。とにかくまだまだ駄目な自分を確認したのでした。日々是精進、頑張ろう。


