『週刊文春』で話題になっているという記事を読んだ。


(9月12日発売『週間文春』2012年9月20日号)


正確には、記事を違法に転載したネット記事を読んだ。


「佐藤健が前田敦子をお姫様抱っこでお持ち帰り」、


と、大略そのような記事だ。


異様に釈然としない思いが残るので、書いておく。


先ず、このような記事(とりわけ写真)を載せる、


文藝春秋という出版社の意図が全く理解できない。


現在の文藝春秋には全く興味がなく、知識もない。


しかし、文藝春秋といえば日本に文壇という装置


(直木三十五賞・芥川龍之介賞を含めて)を生んだ、


菊池寛以来の「天下の文春」だということくらい知っている。


しかし、そんなことは、ここではどうでもいい。


今回の記事が、その存在自体半ば違法的である、


有象無象のカス雑誌に載ったのではないことだけ、


最初に確認しておきたかっただけである。


さて、簡単に私の考えを言おう。


これは、まともな雑誌に載せるべき記事ではない、


(まともでない雑誌も同様であるが、慮外に置く)


じつに反社会的・反倫理的な「盗撮」である。


つまり、言い換えれば、「ただの盗撮」である。


日々、同様の雑誌を賑わせている密会写真とはまた別の、


ここには、もっと身近な「異常」がある。


いわば、日々ニュースになっている犯罪としての、


「盗撮」と同等の反社会性がまかり通っているということ。


公務員であれば懲戒免職、民間組織でも退職確実の、


くだらぬ性犯罪としての「盗撮」である。


写真を撮った時点で、すでに犯罪が成立しているであろう、


このような写真を甘んじて使うほど文藝春秋が地に落ちた、


すでに多くの兆候があるそのことを、他の何よりも雄弁に、


この一件で天下に晒すことになった。


そう。天下に晒されたのは前田敦子の「お尻」ではなく、


(もちろんそれはそうであって、本人や家族にとって、


ストレスは相当のものであろうと気の毒に思うのだが)


それ以前(以上)に恥ずかしい、文春の痴態であった。


しかし、それにしても、と思う。


撮影者から編集者、編集責任者に至るまで、


誰も「公器」ということを一瞬でも思わなかったのだろうか。


言い換える。自分の娘のことを考えなかったのだろうか。


目の前に、「売り上げ」つまり「カネ」と「欲」がチラついて、


倫理や良識を覆い隠していたことは容易に想像できるとしても。


計り知れぬ屈託を抱いているであろう21歳の女性が、


泥酔のあまりに、前後不覚に乱れたのであれば、


見て見ぬふりをするのが良識というものであろう。


そこでカメラを向ければ、日常社会では犯罪だ。


それを公の雑誌に載せれば許されるという、


この倒立、この倒錯が、ひどく居心地悪い。


いつからこの社会は、これほど下劣になったか。


撮影者(たち)には、何か大きな勘違いがある。


有名人であれば、何を天下に晒してもよいという思い込み。


ここ数年、前田敦子は常にバッシングの対象としてあり、


さらにそこに、AKBという規律社会を乱した者への、


あるいは離脱しておいて、その席すらも冷えぬ間に、


「羽を伸ばす」者に対する「天誅」とも呼ぶべき、


もしくは「懲らしめ」の心意があったとすれば、


(あったと察知できるゆえに、これを書いている)


それは明らかに、とんでもない思い上がりである。


少なくともそれは、契約カメラマンが、


社会から付託された権利ではない。


そして週刊誌の編集責任者が、


補いうるだけの責任ではない。


つまり、その行為は結果として、


社会通念を逸脱した犯罪である。


そのような犯意が、大多数の逸脱によって隠蔽され、


すでにメディアの大勢が麻痺状態に陥っているのだとしても、


(メディアとは送り出す側のみならず受け取る側も含む)


やはり、ここには、余りにも大きな錯誤がある。


私は前田敦子という人にも、AKBという組織にも、


(その組織を文学史的に読み解くことを例外として)


何の興味もない。少なくとも、擁護すべき意志がない。


ただ、AKBのファン(前田敦子のファンでもいい)が、


週間文春あるいは文藝春秋に対して一斉に立ち上がらないこと、


3日たって、その気配のないことが、どうにも解せない。


ブログに「心配コメント」を書くだけが能ではないだろう。


(ほんとうに「彼ら」は、見事に個々に分断されているのか)


ネット上のコラージュは、幾重にも犯罪でありお話にもならず、


小林よしのりの迷走ぶりには、今回も開いた口がふさがらないが、


私の目に入っただけの範囲の中で、多少はまともな論評が、


女性タレントの「正直イジメと変わらない」という発言位というのは、なんとも情けない。


コメントの中では、(こういう記事をつくる人間が)「恥ずかしい」「気持ち悪い」、


「あわれな雑誌」「ストーカーと同じ」という感覚が、まともな感覚というものだろう。


すでに「卒業」したメンバーだから?


卒業したとたんに騒動を起こし、自業自得だと思っている?


「お持ち帰り」されるなんて許せない?


もう、自分の「推し」は他に乗り換えた?


そんなことは、どうでもいい。


たとえばAKBのメンバーが「会いに行ける」アイドル、


つまり恋人や姉妹などを仮構した「他人」でありながら、


そこに商業戦略と偶然によって幾重にも張り巡らされた壁、


それを乗り越えようと意を砕いてきた「ファン」であるならば、


このような犯罪的行為にこそ声を上げるべきではないか。


「姉妹や従姉妹が同じことをされたら、どうするか」


たった、それだけのことを考えてみればいい。


しかし、そこには「すべて」がある。




以上の記事は、コチラ に書いたものだが、


この場所のほうが適当かと思ったので、


ひさびさに記事を更新してみた。




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