仕事をはじめて、自分の課題に向き合うことになりました。

久しぶりに外で働き始めて、改めて自分の課題を見つめることになりました。セルフイメージに自信が持てず、楽しく過ごすことのできない自分。

幼少期から、長女の私はガマンし続けてオトナになりました。自分で言うのもなんですが、第一子の長女って、何かと我慢強くないですか?(笑)私は下が弟たちですから、悩み相談ということもできず、どちらかというと、自営業だった親の愚痴や苦労を子どもの頃から私がサンドバック代わりになって引き受けてきたように思います。

私は、これまで何でもポジティブに取り組んできたつもりですが、本当に自分がやりたかったことなのかどうかというと、好んでそうしたというよりは、「そうせざるをえない環境」の中でやってきたことでした。そんな自分のこと、すこし見つめなおしたいと思いました。

ヒプノセラピーで、インナーチャイルドを癒す

ヒプノセラピーという言葉は最近になって知りましたが、催眠療法で子どもの自分に戻って行って大泣きして、それが癒しにつながったという話は以前から聞いていました。催眠といっても、完全に眠りにつくわけではなく、まどろみの中で、色々なことをぼんやりと、またくっきりと思い出すわけです。

どちらのセラピールームに向かうのか、決めかねて数日迷っていたのですが、こういうのは、インスピレーションで決めた方がよさそうだと思い、新大阪の「海の森」さんに向かうことにしました。開いていれば当日予約もできるというのです。朝からメールを入れて、仕事が終わってから、ダッシュで新大阪へ向かいました。

セラピストの先生は、聡明な品のある方で、それでいて話し易い感じの方でした。たぶん、たくさん本を読んで勉強されている方なのだろうなと、話しているだけですぐに分かりました。聞かれてもいないことをあれこれと話し、なんだかそれだけでスッキリしました。

催眠に導くことで、大人になったらフタをされて、表面には表れていない、潜在意識の中にあるものを取り出す作業をするのだというのです。時間もあまりなかったので、さまざまなコースの中から60分のコースに申し込みました。

最初はなかなか入っていけなかった。

温かいひざ掛けや毛布をかけていただき、リクライニングチェアで目をつぶり、徐々に催眠に誘導されていきます。お花畑を思い浮かべるように言われましたが、なぜか出てくるのは、夫と結婚したてのころ、車で山頂に行った、伊吹山(滋賀県)の花ばかり。みんな登山靴やリュックなのに、夏の軽装のままミュールを履いて、という場違いな格好だったことが思いだされました。

「足元になにか動物が出てきましたか?」と言われましたが、全く出てきません。私は浮かばないことに焦りを感じてしまいました。この時点ではまだ覚醒状態だったと思います。

お花畑に下りていく階段を思い浮かべるように言われましたが、今度は、私が長崎に居たときに、はじめてお付き合いした彼とデートした、長崎の夕日がきれいな外海町の、城山展望台の錆びれた手すりばかりが出てくるのです。ガラスの階段でも木でもなく、ペンキがはがれた鉄の螺旋階段。しかもかなり映像がリアルです。でも、私にとっては、それが青春時代で一番幸せなときでした。

階段から降りた森から、こんどは、今度は、高校の制服を着た私が、高校に通うための駅に立っていました。その駅の写真がありました。こんな感じ。



ここから高校に向かうように言われました。

登校して教室に入りましたが、入学したばかりの楽しかった1年1組、受験前で成績が伸びずに苦しんでいた3年7組。二つの教室が浮かびました。これもかなりリアルでした。空っぽの教室から、隣接する校舎や木々が見えました。

受験で成績が伸びず、親の期待通りの大学へは行けないことをわかっていて苦しんだことを言葉にしました。そこから小さい頃のことに誘導されたのですが、そこからは、完全に催眠に入っていったと思います。

小学校に上がる前まで住んでいた長屋の横に、外付けのトイレがありました。そこは汲み取りトイレで深く、暗かったのですが、4歳の私が、言うことを聞かなかったと言って、親にトイレに落とす真似をされ「言うことを聞かないと落とす」と言われたことがあったのです。それが怖くてたまりませんでした。「トイレにもし落ちたら、トイレの横にあった、南天の木を抜いて、それをトイレの底に垂らすから、それで上がって来い」と、親に言われました。(実際に落とされたことはありませんが^^;)

ですから、トイレとその真っ赤な実のついた南天がセットになって、くっきりと浮かんできました。

実は、セラピーの前にセラピストの先生と幼少時のことを話している中で、フラッシュバックのようにそのことが思い出されていました。セラピーではそれがより鮮明になったかのようでした。

その子どもの顔を思い出すように言われましたが、いつも私は心から笑うことがなく、口を半開きにして、鼻水を垂れ、目がうつろだったと思います。その子に大人の私が「大丈夫だよ」と言ってあげるようにと言われました。でも、大人の私になれないのです。その子の力になってあげることも、抱きしめてあげることもできませんでした。

あとでセラピストの先生に聞くと、4歳のまま大人になれずに立ち止まっているのかも、と言われました。そうかも知れません。

本当は、少女らしいところがあったのだ。

そして、子どものころに、長屋の隣にいた姉妹のことを思い出しました。彼女たちと遊ぶのはとても楽しく、特におねえちゃんが優しく、本当の姉のように接してくれていました。良い香りのする草や赤い南天の実をとって、ふるぼけたお茶碗でママゴトをしていました。それが楽しかったのです。温かく優しく接してくれるおねえちゃんを思い出して、甘えたくなり、涙が止まらなくなりました。

でも、突然、その姉妹は何の前触れもなく引っ越してしまったのです。そのときの喪失感も思い出しました。
その後、近所に引っ越してきた友人と、虫取りや川遊びなどをするようになりました。小学校を通してそのように遊んでいたので、私はそれが自分に合っていると思っていましたが、本当のところは、そのママゴトの方が好きだったと思います。

「それを思うままに、十分にしてください」
、とセラピーの中で言われました。あのころのまんまで、長屋の裏の空き地でママゴトをして遊びました。私の本性は、実はそこにあったのに、女の子らしい一面にフタをしていたと思います。「本当は、そうだった、かわいいものやきれいなものが好きだし、それを触っているときが一番癒されるよね」、と、セラピーが終わってから、何度も何度も振り返っています。

小学生のときに流行っていたレースのお洋服も、可愛い色合いの服も着せてもらったことがありません。そのように、好みもコントロールされて行ったように思います。お洒落に関しても、「縁起のためのゴールド」は身につけることがあっても、本当にしたいスタイルを自分に許すことができません。

まあこれは、なかなか根性がなく、痩せないということも原因ではありますが・・・笑


今後は、そんな、かわいいものを愛でたり、美しいものを見たり、香りの良いものを使ったりして、自分の心を解きほぐして行けたらいいなと思っています。私が、色々なお化粧品を使うようになったのは、いい香りがしたりきれいな瓶を手に取ったりするのが好きだからなのです。

しばらく作っていない、ドライフラワーのリースなども、また作ってみたいですね。




ヒプノセラピーを体験したい方にお勧め
コチラ⇒「海の森」

新大阪駅から徒歩5分



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