南米最終日 リマの街

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1ヶ月の南米の旅も今日で最後。

明日は中米の国、グァテマラへと移動する。


最後の1日はリマでのんびり街歩き。

『リマ』と聞いて、みなさんはどんな街を想像しますか?

わたし達も行くまでは全然わからなかったのですが、

実は結構キレイな街。

というか、どんどんキレイにしているようだ。


まずは宿泊している「宿 沖縄」のすぐ近く

サン・フランシスコ教会へ。


リマ1  


1546年から約100年以上かけて建設されたそう。

中庭を囲む回廊は17世紀前半のセビリアンスタイルの

青と黄色のタイルで飾られていてとてもキレイ。


1番の目的は地下の墓地カタコンベ。

階段を降りると薄暗くて、狭くて、迷路のように入りくんだ

通路といくつもの小部屋が続いており、そのすべてに

たくさんの骨がパーツ毎に納められているのだ。


これはすべて一般市民のもので、亡くなると

穴に死体を埋め、2ヶ月後に掘り返し、白骨化した骨を

頭蓋骨、足、腕などに分けて納めたのだそうだ。


埃っぽくて、なんだか空気が淀んでいる感じ。

息苦しくなってくる。

さらに奥へ進むと井戸のような大きな穴に

頭蓋骨がきれいに並べられていた。

一見キレイだが数百年前の本物の骨だと思うと超コワイ。

電気(裸電球でぼんやりとオレンジ色の灯り。余計に怖い)が

消えたら絶対に出られないし、絶対に何か出てきそう。


リマ2


明るい外に出てきたら今度は海岸へ。

リマって海があるんだ。

なんて今さら思う。


リマ3


この辺りはミラフローレスと呼ばれる新市街で

セントロに比べて新しい建物が多く高級住宅街といった感じ。

ホテルや会社のオフィスなどもこちらに移りつつあるそう。

街並みとの調和を図るため、KFC(ケンタッキーフライドチキン)も

ここでは赤ではなく黒で。


リマ4

さぁ、明日からはいよいよ中米2カ国(グァテマラ・メキシコ)

の旅が始まる。第2部スタートだ!

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5月1日、クスコを出発し、飛行機でリマへ。

そのままバスターミナルへ直行し、バスでナスカへやって来た。


そうです。

水の張ったウユニ塩湖を見るために、

すっ飛ばしてしまったナスカの地上絵を見るために

ナスカに戻ってきたのです。(詳しくは4月11日の記事 へ)


ナスカの地上絵は日本では世界遺産の1つとして

マチュピチュと並んで非常に人気が高いが、

実際に行った旅行者の評判はいまひとつ。


かなりショボイ。

線が薄い。よく見えない。

ただセスナの遊覧飛行をしたと思えば良い。


などど良い話はほとんど聞かなかった。

でもせっかくペルーまで来たのだから、

やっぱり自分の目で確かめてみたい。

ということで南米のハイライトとしてやって来たのだ。


ナスカ地方には紀元前900年~900年ぐらいにかけて

さまざまな文化が開化したと言われている。

マチュピチュよりもずっとずっと古いのだ。


その地上絵の遊覧飛行。

結果的には思っていたよりずっと良かった。


確かに線が薄くなっており、見づらいところもあるけれど

一筆書きで描かれた絵の直線や曲線は、見事だった。

(実物はもっとハッキリ見えます)


ナスカ2

宇宙飛行士。通称:ガチャピン


ナスカ3

ハチドリ


地上絵を見た後は、もう1つの目玉、

ナスカ時代の墓地跡、「ナスカの墓」へ。

(っていうかこっちの方が楽しみだった)


インカの墓2


ミイラには髪の毛がばっちり残っています。

墓には夫と妻、子供など家族が一緒に埋葬されている。

(DNA検査でも確認済みだそうだ)

ナスカ文明は一夫多妻制だったため、複数の女性が

同じ墓に埋葬されているケースもある。


インカの墓


うーん・・・すごいです。

中には頭蓋骨に三つ編みをした髪の毛が

完全に残っているものもあったりして。


吹きさらしの乾いた大地には、今でも

たくさんの白骨が粉々になって散らばっている。

埋葬品の土器や織物は高値で売買されるため

盗掘者によって乱暴に掘り返されたためだそうだ。


こうして結構ナスカを楽しんだわたし達は

これでもう思い残すこともなく、その日のバスで

再び7時間掛けてリマへと戻ったのでした。


インカの墓3

(後ろに見える白いものはすべて骨です)

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クスコの街で

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クスコでは『ペンション八幡』という日本人の方が

経営されている宿に泊まっていた。


ここは南米でも有数の沈没宿として知られていて

とにかく居心地がすばらしく良い。


トイレ・シャワーは共同だが、全自動洗濯機があり

無料で使うことができる。

洗濯物はブランコがある日当たりの良い中庭に

干しておけば半日で気持ちよく乾く。


クスコ2


共同キッチンでは自炊もできる。

(わたし達は外食が多かったのでラパスで仕入れた

 辛ラーメンを作ったぐらいだったけど)


そしてクスコの周辺にはマチュピチュには及ばないまでも

結構良い遺跡がたくさんある。マチュピチュから戻った翌日は

クスコの中心、アルマス広場から徒歩2、30分のところにある

サクサイワマン・ケンコー・プカプカラ・タンボマチャイの4つを

馬に乗ってまわるツアーへ行ってきた。

この4つの遺跡には共通入場券(1人40ソル 約1360円)が

必要だが、チケットは持っていない、と粘って頼み込み、

遺跡の裏口からこっそり入ることで、馬代のみで行くことができた。


クスコ1


サクサイワマンはクスコを守る要塞の跡。

クスコは街全体がピューマの形をしていると言われているが

このサクサイワマンはその頭の部分にあたるので

クスコの管理事務所のような役割があったとも言われているそうだ。


クスコの街は1530年頃にこの街を征服したスペイン人が

造ったため、ヨーロッパ風の建物が多いが、少し郊外に出ると

そこには美しい田園風景が広がっている。


ペルーというとマチュピチュを始めとする遺跡と、

アンデスの険しい山々というイメージしかなかったが

こんなにのどかで穏やかで美しい国なんだなぁ

「世界の車窓から」に続き、ペルーの美しさに

すっかり癒されているわたし達。


乗馬は初めてだったけど、2頭とも頭がよく

暴れることなく歩いてくれたので、じっくり楽しめた。

でも結局途中で雨が降ってきて、体が冷え切ったため

プカプカラ以降は遺跡の前まで行って写真を撮っただけで

馬から降りもせずに、「もう充分。もう帰ろう」と

帰ってきてしまったのでした。


さらに翌日は少し遠出をして、クスコから30km、

ローカルバスで1時間ほどの所にあるピサック遺跡へ出かけた。


山の上のわずかな平地に作られた太陽の神殿や

段々畑、墓地、見張り台など、まるでミニ・マチュピチュ。

遺跡の向こうにはミニ・ワイナピチュもありました(笑)


ピサック  

(写真を整理していたわたし達も

 うっかり何度も間違えました)



ペンション八幡

ペンション八幡の宿泊者の皆さん。

ゴールデンウィークと有休を合わせ、

2週間ほどの休みで南米へ来ている人も。

楽しかったですね♪

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マチュピチュを堪能!!!

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朝7時、マチュピチュ入口へ到着。


早速中に入り、遺跡が見渡せる段々畑の上まで登ってみた。

マチュピチュは朝もや(霧?雲?)に包まれていて

時々その一部が姿を見せるだけ。

後ろに控えているはずのワイナピチュもまだ見えない。

まだ数少ない他の旅行者も、みなそれぞれの場所を見つけて

静かにその時を待っているみたいだ。


マチュピチュ1


段々畑の上に座りながら、流れていく雲を眺めていると

8時頃、突然一気に雲が消え、マチュピチュ遺跡が姿を現した。


マチュピチュ2


すごい。すごい。すごい。

という言葉しか浮かばないぐらい、マチュピチュは素晴らしかった。

遺跡そのものもすごいのだが、ふっと見渡した周りの景色がすごいのだ。

周囲に迫った山々に圧倒されてしまう。

そして見れば見るほどワイナピチュのキビシさったら!

これって本当に登れるの?!


ひと通り全景を楽しんだ後は、いよいよ遺跡の中へ入ってみる。

建物は石を積み重ねてできているが、確かに刃物が入らないくらい、

今でもぴったりと合わさり組み上げられている。


わたし達が1番感心したのはなんと言っても水路だ。

遺跡の中には何ヶ所もの水汲み場があって、

見事に石をくりぬき、石をつなぎ、時には建物の下を

地下水路となって張りめぐらされている。

しかも遠くどこから引かれているのか、水は今でもその水路を通って

変わらずに流れ続けているのだ。


そして9時15分、いよいよワイナピチュ登山を開始。

1つ1つの階段(石段)が高く、1つ登るごとに筋肉に負担が掛かる。

想像通りかなりの急な斜面で、足が滑りそうになる。

崖をよじ登り、時にはこんな岩の中もくぐり抜ける。


マチュピチュ4  


登り始めてちょうど1時間、頂上にたどり着いた。

山の下には確かにコンドルの形(・・・に見えるかなぁ?)

をしたマチュピチュが見える。


マチュピチュ5


ここまでくたくたになって登ってきたけど

この景色を見たら疲れも吹き飛んだ。

マチュピチュを眺めながら、まったりと過ごす。

時間を気にせず、好きなだけ居られるなんてすごく幸せだ。


下山は約30分ほど。

急な岩の斜面を下るのは、実は登りよりもずっと怖い。

全部で約3時間、マチュピチュに戻る頃にはすっかり膝も笑っていた。


遺跡内をすべて見終えたのは3時。

時間はいっぱいあるので、お昼寝をしてみる。

なんて贅沢♪


マチュピチュ6


最後に、入口事務所でパスポートに

マチュピチュのスタンプを押してもらいました。


マチュピチュ7

(下の赤いのはペルーのイミグレーションによる

 正式な入国スタンプ。これっていいのかな?)


すごい、としか言えないんだけど、本当にすごい。

マチュピチュを満喫し大満足の1日でした。


1つだけ心残りなのは、エケコを連れて行ってあげられなかったこと。

バックパックを宿に預け、身の回りの荷物だけを持って行ったので、

彼は宿でお留守番をしていました。


エケコお茶

マチュピチュへの道のり

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クスコからマチュピチュへはいくつか行く方法がある。


一般的なのは

クスコからマチュピチュの麓の街、アグアスカリエンテス

まで列車で行き、バスに乗り換えて遺跡入り口へ行く。


【スケジュール】

   クスコ発 6:00~6:15

   アグアスカリエンテス着 09:38~10:12

   バスに乗り換えて遺跡入り口着 10:30~11:30


【料金】

   ビスタドーム(車両上部がガラス張りでパノラマが楽しめる)

       往復 大人 101.15ドル

   バックパッカー

       往復 大人 66.45ドル


マチュピチュへ日帰りで観光できるが、この方法だと帰りの列車が

アグアスカリエンテスを出発するのが15:00~15:30の為、

14:00過ぎにはマチュピチュを出て、バスに乗らなければ

ならず、 遺跡を見られる時間は3~4時間ほどしかない。


わたし達は一応時間には余裕があるので、一般的な

バックパッカーのルート(3日間コース)で行くことにした。


【スケジュール】

 1日目  

   お昼過ぎにクスコを出発

   クスコからウルバンバまでローカルバス利用(3ソル)

   ウルバンバからオリャンタイタンボ行きバスに乗り換え(1ソル)

   オリャンタイタンボから列車でアグアスカリエンテスへ(往復40ドル)

   アグアスカリエンテス泊


2日目

  朝6:00アグアスカリエンテスを出発

  バスでマチュピチュ遺跡入り口へ(往復12ドル)

  7:00マチュピチュ到着。

  ~ 終日マチュピチュ観光 ~

  アグアスカリエンテス泊


3日目

  朝5:45アグアスカリエンテスから列車でオリャンタイタンボへ

  オリャンタイタンボからバスでクスコへ(5ソル)

  午前中にクスコ到着


この方法だと往復の交通費が安くすむうえに、

マチュピチュで丸1日過ごすことができる。

また朝1番に入場できるので、クスコから列車で到着する旅行者で

混み合う前の空いている時間にゆっくり遺跡を見ることができるのだ。


4月26日のお昼過ぎに出発したわたし達。

ウルバンバ行きのバス乗り場へ向かうと、なんとこの日は

ストライキがあってバスがないと言う!(またか・・・)

そこでウルバンバへ行く地元の人たちとタクシーをシェア

することにし、乗用車バンタイプに7人の乗客が乗り込み出発した。


しかし一緒に乗り込んだウルバンバに住むカップルの話では

ウルバンバからオリャンタイタンボへのバスも

やはりストライキで運行していないらしい。

不安を抱きつつウルバンバに到着すると、そのカップルが

オリャンタイタンボへ向かう地元の人用の乗合タクシーを

見つけて教えてくれた。

こうしてワゴン車(ハイエース。日本では8人乗り)に

20人を超える乗客を詰め込みオリャンタイタンボへ出発した。


車内は学校帰りの子供たちや地元のおばちゃん、おじさんが

乗っている。子供たちは珍しそうにこちらを見ては、

こそこそ内緒話をしていたが、そのうち1人が話し掛けてきて、

スペイン語と英語と日本語のミックスで話し始めた。


オリャンタイタンボ


これは日本語で何って言うの?

これは日本でいくら?

歳はいくつ?仕事は何?


言葉はわからなくても、ゼスチャーや単語だけでも

なんだかんだで結構分かり合えたことがうれしかったし

とても楽しかった!


オリャンタイタンボの町に着くと、子供たちが町の中を

案内してくれた。こうして無事に駅に到着したわたし達は、

列車に乗り込み、アグアスカリエンテスの町に到着した。


明日はいよいよマチュピチュだ!