2008年09月07日 01時18分38秒

合宿についての省察

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2年の谷口です。関西の大学で馬術をやっている友人がいるんですが、その人の部活の公式ブログを読んでいたら「3回生の○○です」とある。そうか、みんなもう3回生なのか…回生…。素敵な表記ですね。あぁ、関西。ビバ関西。東京でも関西弁しゃべったるでー。っても自分はしゃべれませんが。。三重弁と関西弁は類似点はあるものの、結構違いますゆえ。


ちなみに。

リージョネット三重の三重弁講座

なんていうページがあります。ぜひ三重弁を。ニコニコ動画では「萌える」と評判です。

このページには自分も知らない言葉がたくさんありますね。三重は南北に長いので、地方によって独自性があるのでしょう。三重弁、と一緒くたにくくるのも良くないのかもしれません。また蛇足ですが、自分は普段東京では標準語をしゃべっているつもりです。これがまた発音しにくい。こっちのことばがハキハキしていますからね。あまり流れる感じではない。しかし三重は、ゆるゆると流れている感じなので非常に発音しやすい。やはり口がそういう風にできているんでしょう。音声学なんかの考察が入ると非常に面白いんですが…。また機会があれば調べてみようかな。


それにしても、合宿があったのにそれについての記事がまったく立ち上がっていないとは…!みんな更新してよう。とにかく最近くしゃみがとまりません。くしゃみんごの称号はいただきました。


話が逸れました。合宿について。いろいろありましたね。もう、いろいろありますぎて忘れましたね。とにかくメガネを死守できただけで非常に満足です。他に言うことはありません。感無量です。よく乗り切りました。2日目の晩、時計を失くしかけたのには焦りましたが。メガネの次は時計かよ!話になんねーぜ、いやむしろネタになるぜ、という小さくも熱いネタ拾い魂を燃やしかけましたが、冷静に考えて非常にまずい。けどまあぁええかぁネタになるしーという、「あずまんが大王」の大阪ちゃん的なノリにもなりかけましたが復活。大阪からの解脱。「えもたんなんで床で寝るんー?なんで床で寝るんー?」と思いながら探していると、発見。一安心。


こうして合宿は、無事に終焉を迎えたのであります。

え?内容これだけ?と思った方、あとは脳内補完よろしく頼みます。人間には想像力という偉大な力があります。理性は力だ!人間とは思惟の総体だ!知らなくてもよい、考えることに意味があるー。


ちなみに。

帰りにあまったお酒、スーパードライの500缶を2本いただき

家に帰ったその日のうちに2本とも空けてしまったのは言うまでもありません。ビールうまうま。



…自分のことしか書いてねぇがな。まぁええか。

…今日は早起きしやなあかんのやった。はよ寝やなあかんー。

2008年08月24日 02時53分30秒

青春は、思い出の雲の中へと姿を隠す。

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お久しぶりです。谷口@gdgd-lifeです。皆様、夏休みはいかがお過ごしでしょうか。部室にこもって漫画を読むのもよし、家にこもって本を読むのもよし、ニコニコするのもよし、ゲームをするのもよし、毎日昼寝をするのもよし、ベランダで夕日に黄昏るのもよし、テレビを見るのもよし…引きこもりライフ万歳でありますね。それが理想的生活です。昨年の夏休みはそうでした。しかし今年は違う!とりあえず外出している。そしてあまりの活発な活動ゆえ、毎日芳林堂の前に自転車を放置していたら、ついに放置自転車撲滅おじさん軍団に撤去されてしまいました。新宿御苑横の自転車留置所に引き取りに行かなくてはいけません。僕の心の恋人まさみ2号になんてことを。誘拐するなんてひどすぎるわ!


東京はあまりにものが混雑し過ぎているのですね。建物も多い、人も多い。一番いやなのは人の多さですが、これはもうどうにもならない。自分はアイシクルボルトー、なんて叫んで半径10メートルの人を消滅させる程度の力も持っていない。せめて包丁をもって、散沙雨くらいをする力はあるかもしれません。それくらい人ごみが嫌いです。しかし東京に来てしまったからには、人ごみに慣れなくてはいけない。それは使命。あと10年位したら、多少の免疫はできるでしょうか。そのころには東京にいないかもしれません。そうだ、京都行こう。


ゲームをやろうと思いつつも、PS2の配線をセットするのが面倒くさい。コンビニに行こうと思っても、歩くのが面倒くさい、本を読もうと思っての活字を追うのが面倒くさい、寝ようと思いつつも、目を瞑るのが面倒くさい、そう、最近何もかもが面倒くさいので、非常に面倒くさい。なんだか無気力です。何か打開策はないか、と思いつつ考えても、そもそも行動するのがめんどくさいのでどうにもならない。…なんか内容が暗いな。。


そうそう。

バイトで中学生を教えています。うちの塾の上位の生徒たちは、中学のうちから高校の数学Aで登場するコンビネーション、パームテーション、方程式では解と係数の関係を習い、そして使いこなすのでこちらとしては冷や汗ものです。ちょww、コンビネーションってなんだっけ、そもそもどうやって証明すんねん、みたいな。たまに分からなくなります。大学受験のころがたまらなく懐かしく、わが母校河合塾に哀愁すら感じます。


もっと前、高校受験も懐かしい。あのころって自分、勉強していたんだろうか?遊んでいた記憶が大半を占めるのですが…。東京と比べればうちの県なんて穏やかなものだった気がします。塾で自習なんてしたことなかったし。ただ穏やかに、習ったことを淡々と消化していた…。学校と塾の問題集以外に、市販の問題集の存在すら知らなかったし(そもそも近くに本屋がなかった)。ちなみに中学当時、英語と社会が一番得意だったのは秘密です(笑)。今じゃ社会、特に歴史なんて何も分かりませんが。


もう勉強の話はいやだ!頭が痛くなる…。。



最近、映画を観ました。ぽーにょぽにょぽにょ♪です。ぽにょ、たにぐち、好きー!あぁ、きゅん☆変態ですね。ぽにょは変体しましたが。ネタバレ厳禁!お支払いは現金で!心はこっぱみじん、あぁ、こっぱみじんこ!目薬さして(・∀・)キター!


ビケンのブログなのに、絵の話が何もない。。。

そのうちちゃんと描きますよ…。そのうち…。。いつか…来年くらいに?


でも久しぶりの休日の明日、いや今日の朝から山梨に行ってまいります。画家、内田新哉氏の水彩スケッチ教室に参加するゆえ。カラーインクの天才、アカガワ氏、みーな氏、そして自分の3人です。もともとアカガワ氏の誘いを受けての参加の決断でした。決断っていうほどでもありませんが。青春18きっぷを駆使しいざ山梨へ。電車の関係上、新宿から片道4時間もかかるという、電車好きにはたまらない小旅行ですね。周りの風景が楽しみです。もちろん中央線のオレンジ車両を見れるのもうれしい。


スケッチ教室って何をするんでしょうね?ただ描いていれば良いんでしょうか?水彩の技法的な説明をしてもらえるんでしょうか。だったら堅苦しくて嫌だな…。技法やテクニックなんて気にせず、ただ色と水で遊んでいるのが一番楽しいのだから。もちろんこれはすげぇ!って人の水彩の描き方や色使いは真似ようとしますけど。油彩はしっかり教えてもらいたいけれど、水彩はただの遊びに留めたい。。。



寝ようかな…なんか足がだるくて寝れなくて、寝ようとするのが面倒くさくて。いやぁだめだ。

最近本を読まないので言葉のストックもない、思考も薄れてゆく。。。。

それは無気力にせい…?。

遊びに執着しなくなる、新しいものを得ようとしなくなる、いらない情報が多くなりすぎる。


そうか…それが大人になるということか…。

嫌だな…。

2008年08月04日 06時22分42秒

納会

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お久しぶりです。谷口です。また谷口です。…誰か書いてください。。


3日は部室の掃除、世界堂ツアー、納会、お疲れ様でした!

その前に試験やらレポートやらもお疲れ様でした。まだレポートがある方もいるのでしょうかね…。


納会は


1次会:トンキ。

2次会:ボーリング。

3次会:飲みオールorカラオケオール

4次会:朝松屋


で、構成されましたね。自分は最後まで参加です。

なんかグダグダな生活ですが、今は良いのでしょう。これで。

楽しい納会でした。



また明日は130円一都六県大回りをしよう。

特に目当ては両毛線の岩舟駅を見ること。

「秒速5センチメートル」で使われた駅なのです。

ついでに写生してこよう(・∀・)


寝ます…

2008年07月05日 20時40分53秒

鉄道への哀愁

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谷口です。

金曜の晩は大学に泊り込んで模型を作っていました。

構造物や空間を考えて、そのアイデアを絵に起こして、模型にしてゆく…

とても疲れますが、こういうことが自分に一番合っている気がします。


朝帰り。シャワー。洗濯。睡眠。夕方起床。

東京工業大学でやっている、建築学科の卒業設計展を見に大岡山まで。

初の東工大。機械機械した無機質かつ閉塞感のあるキャンパスかな、と想像していたのですが、全く違いました。非常にゆったりとしたキャンパスで、特に木と芝の配置が印象的。


卒展を見て帰宅。

知らないところに行くのが好きです。

自然の中をぶらぶら散歩をしたり、電車に乗るのが好きです。


それは、現在の東京からの逃避か。自分からの逃避か。


とにかく今は電車に乗りに行きたい。

両毛線、久留里線、只見線…。


2008年06月15日 01時05分25秒

書いてみる。書くことになんて可能性はないけれど。要はいか相手に伝えるか。

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美研2年の谷口です。ぐてぃーです。こんばんは。


絵画会様、写真部様、Flipper様の皆様、顔合わせ会(と言う名の飲み会)お疲れさまでした。普段はあまり関わりのない方と話ができとても楽しかったです。早芸展もよろしくお願いします!


今日のこと。

1次会は高田馬場の「甘太郎」でした。普段は美研のメンバーだけの飲み会ですが、今日は違います。とても新鮮で、テンションもあがりました(あれでもw)。普段はあまりしゃべらないキャラクタですので…(苦笑)。自分のことを書いてなんですが、今日はビールビールビールサワービールビールくらいです。まぁビールは好きなので良いですが…。あっ、別に飲まされたわけでありませんからー(笑)。


19:00~21:00まで自由に交流。そこにサークルの壁はありません。


2次会は「二重丸」で飲み(笑)。自分も参加。楽しかったです。


さて、そこでなぜ展覧会に絵を出すか、という話に。自分の意見を最初に申すと、そこで色々な人に見てもらい「あ、綺麗だな」と思って欲しいから、というのが純粋な意見。自分の中での価値観と言うものはある程度固定されている。そこの中で審査をして「これならまぁ良いだろう」というものを出す。そう思えないのは一切出さない。そういうものは永久保存か、ひどいものでは切り捨てる(勿論、引き裂いて捨てると言う意味)。そこで自分の審査を通り抜けたものを公に出す。そして見てもらう。見てもらい、いいな、と思ってもらう。そう思ってもらいその人に何かしらの「良い感じ」を残したい。それだけが自分の意思なのです。批評されたい、ってのは展覧会に出すまで。自分の高校では本当に絵が上手な、個展を開くような先生がいて、その人に見てもらって「これではいけない、こうすべきだ」などと色々なアドバイスをもらっていました。しかしここサークルでは、言っては悪いけれど(でも書くけれど)、その先生のような、プロの画家のような、広い絵画の世界を知っているような人がいない。だからそういう一般の意見は相手にしない。とういうかできない。だってみんな絵の素人だもん。勿論自分も素人で。だからとりあえず出すけれど、それほどみなの批評を期待していないし、自分の価値観、美的感覚、ってのもとりあえず採用するけれどなんとなく信用できない。それゆえ、展覧会には「みてよ?どうですか?自分なりには綺麗に書いたつもりです。少しでも安らかな思いになりますか」と主張するのみなのです。だから大学の展覧会には挑戦的な絵は出さないのです。


もし批評してもらいたいならば、専門家に見てもらわないなと。美術なんて主観的なものだ、と言うかも知れないけれど、そう思うのならばそうですか、としか言えない。美とはある意味では客観的なものだから。それゆえサークルなんかで見てもらっても何もならない。自分も何もいえないし。繰り返すけれどみんな素人だから。すみません…、でも素人ながら議論することに発展の可能性が残ってると思いますよ!それは40年前の学生が、アホながら自分で勉強した哲学論をふっかけるようなもの。最初はみんな未熟なんですから。そうしてふっかけた連中が、それを忘れられずに専門家になってゆく。最初から分かるはずなんてない。そんなこと分かってますよね。


まぁその「美しさ」「綺麗さ」ってのをなんとか一般化できないか。「そんなの主観的な評価なのだからできない、そうしようとするなんてつまらない」というけれど、じゃあ問うけれど「なにがつまらないの?そもそもつまらないって何」と。矛盾するものが並行して行くことが面白い?なぜ?なぜだから分からないでしょ。じゃあ合理的、理論的な美あっても良いじゃん。確立されてもない。最初から否定してはつまらない、なんでも排他してしまうことがつまらない。何にでもとりあえず可能性を感じ、挑戦してみないと意味がない。それじゃあ何で自分たちはわざわざ大学に通っているのか?人生の夏休み、と言うべき時間を過ごしているのか。考えるためでしょ?ただ大学のカリキュラムを消費するだけじゃないはです。自分だけの考えを構築するためでしょ。ま、そんなの賢明な人に言わせりゃアホですが。でも言いのです。考えずして何をする?固まった頭の教授の話を聞いて何をする?効率よく課題を済ますことに、速やかに良いところに就職することになにがある。その先にあるものは、また大学受験的な「成績業績アゲロアゲロ」じゃないか。スーツに身をまとった社会人を見てみれば分かる。あんなんになりたくないでしょ。夜、学生を見て「邪魔だ」とか言う人間になりたくないでしょ?残念ながら、そんなのつまらん。思考の飛躍がない。だから僕は今あるものが嫌いなんだよ!でも人間の歴史で言ったら、自分ひとりなんていてもいなくても同じだ。それがつらいところ。


哲学者の野矢氏は「無駄こそ必要なものだ」と言っているが「無駄を必要と言ってしまったら、無駄にも意味が見出されるではないか。それは無駄ではないだろう」と思うわけです。世の中には無駄なことなんてないのです。それは将来役に立つ、ということでない。こういう無駄に対しては沈黙せざるを得ないのですよ。ウィトゲンシュタインみたいですが。


何かに期待してはいけない。期待してはいけないけれど、あくまでも我々は「理想のある現実主義者」でなくてはいけないのです。これは宮崎駿の言葉ですが。理想がなくて何がある?理想とは、常に変わるもの。それを意識しなくてはいけない。数式だって、いつか終わる日が来るかもしれない。


編集、という世界に魅力を感じるのはそのためで。方法論、の習得、しいてはそれらの組み合わせによる無限の世界、まだまだ自分たちに残された思考の世界はある。そう思わなくとも、真理を目指して考えてきた人、その極一部に「天才」という称号が与えられ、世界が変えられた。しかしそれが本当に正しいの?運動方程式なんて近似式でしょ?足し算って結局は法則でしょ。目に見えるものなんて我々の情報処理(こういうのも怪しいがとりあえず言っておく)の結果でしょ。真理なんて本当はないんだ。その絶望を絶望として感じて、そうして絶望という言葉の枠の中で行動を施す人こそ、本当の天才ではないか。


我々はあまりに言葉に縛られてない?結局全然分かっていないんだよね。

そうして現在の脱却を求めて、芸術と言う「形式上は言葉に縛られない自由な世界」に逃れるのだ。それが正しいかどうか知らないけれど。少なくとも貧困、戦争、そういう時代に評価される小説、芸術が生まれるのだけど。ただ「良い」と評価するのも人間でしかないんです。


結局、何が正しいのかなんて、自分の狭い価値観の中での話。僕たちはもがいているようで、実は何ももがけていない。あまりにも楽観的だけど、全世界的、宇宙的、西田幾多郎的世界観に照らし合わせるそういえないか?それでももがけ、今からの脱却。型からの脱却。新しいもの、今までにないもの、そういうものに魅力を感じろ。何が芸術だ、何が数学だ、何が哲学だ。逃げるな、考えよ。今あるものに満足するな。疑え。疑ってそして分かれ。トイレの形がなぜそうなのか、宇宙がなぜトポロジー的世界なのか。机がなぜテカルのか、ほこりがなぜ舞い散るのか。


分子の成分なんて決まっている。そしてその分子が数日、数ヶ月で入れ替わるなんて分かりきっている。しかし数量は増えない。組み合わせも限界がある。そこに思考の限界はある。自分のことは自分は分からない。その弱さから逃げるのが人間ゆえの特権か。どうせ宇宙のゴミでしかないのか。ゴミでも「考える」と我々が「思う」行為はできる。どうせ規定された世界。自分だけの世界。


自然科学者は、分からないことには目をつぶる。分かることだけ取り上げてあたかも「すべて分かった」を演出する。そう思ってしまうのも科学者でない自分たちだけではないか。


結局は、他者とのかかわりに於ける社会の形成に目が向けられる。マクロな思考、レオロジー的思考、ミクロな思考、そういうものすべてをあわせた、統一的理論が考え出されるのを心待ちにしている。でも、もう出されているかもしれない。天才とはどこにでもいるもんだ。でも天才とは、はじめから天才ではない。一時の集中的な思考こそを天才と呼ぶだけのこと。ならば自分たちも天才になれる。見える世界に、どう考えても見えない色を混ぜ込む行動も天才なんですよ。すべて思考する時間、そしてその苦労の成果。「才能」なんて言葉、まやかしだと思いたい。得意不得意はあるだろうけれど。


二次元の世界に集約されるな。教授が黒板に書く「図」に惑わされるな。そんなもの、思考なんてアナロジーで表現されるほど落ちぶれていない。分かる努力こそ、思考の論理的な飛躍を生み出す。今はそれしか言えない。


一番ダメなのは、誰かの取ったデータ、誰かの考えた思考でしか今の自分たちを記述できないことだ。大学生よ(自分を含め)、懸命にあれ。

2008年05月16日 03時02分29秒

知識の編集工学的構造構築

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ども。2年の谷口です。目指すは松岡正剛、つまり現代の知の巨人的な人格です。あと200年くらい勉強すればあの人と同じくらいの知識量になれるのかしらん。しかしそもそも人格なんて客体化したときに初めて現前に姿を見せるわけで、人格の本質とは何か?と問われても絶対にわからないわけです。ウィトゲンシュタインいわく言語の遊びですよね。言語があるゆえに真なる存在として認知してしまい、空想の産物なのに追いかけてしまう。そこにたどり着いたときに見るものは絶望である。自己が自己から逃れようとする絶望の形態である。虹を考えてみると、それは遠くからは見える。しかし絶対に虹の根元にはたどり着けない。アナロジカルな思考に本質が内包されることもあるという例。こういう思考はあまり好きではないけれど。なぜかというと、そこのアナロジーとして両者を結びつけるある種の関数的な要素の内容が見えないからだ。なんとなく形態が似ている、だから代用して同じように考える。まぁこれは学生紛争時代に社会に出回っていた、マルクス主義くらいの低いレベルですが。実存を警察にぶつけるって言ってもしょうがないじゃないですか。本当のマルクス的思考も、アナロジーももっと高度で専門的に勉強しないと絶対にわからないわけです。社会に流布されているもの、新書などに書かれていることを安易兄信じてはいけない。


いきなり突っ走りましたが…新勧展の第二期が行われています♪17日の土曜日まで、場所は学生会館地下2階、多目的ホールです。


自分は全く関与していません…。いかん、これではいけないぞう…。しかしまぁ明るいうちは大学があって、夜はバイト(ついに重い腰を上げてはじめました)、その他もろもろの用事が詰まっていてサークルに時間を作れない…こともなかったのだけども。ってかもうすぐ中間テスト?何それおいしいの。レポート?製図課題?宿題の演習問題?なんだそれは。こんなものはちょちょーいとやればすぐにできる…はずはなく、製図の課題は2徹で仕上げ宿題の演習問題を解くために、数時間に渡る教科書解読があり、レポートのために資料を集め、中間テストのために今までやったところのノートを見直していると、夜が明けるわけです。何で時間がこんなにも押し迫ってくるのかというと、自分の能力が低いから、またぐーたら寝ている時間が長いからという結論に達します。そもそも授業で何も理解できないこの頭が悪いわけで、ちゃんと理解できれば家で勉強なんてしなくても良いわけですが、自分の学科(土木)の専門科目の特性上、publicな構造物を扱うので適当に勉強なんてできないわけです。それは社会に対しての冒涜である!と右腕を上げて、いやいや両手を挙げて叫びたい今日この頃。らんらんるー♪っても自分は決してまじめなわけでなく、課題は最後までためておく、必要がなければ勉強しない、というスタンスを中学から貫き通してきたわけでありまして、高校にいたっては課題を提出しない生徒として先生からひときわ脚光を浴びていたわけでありまする候。


古文の活用は全然覚えていないけれど、自分が日本人である限りなんとなく感覚はわかるわけであります。わびとさびの感覚、特に千利休の「和して同せず」の思想は脳の髄まで浸透している思想であります。そしてこの言葉は、汎用性が高く、人間関係から街並みの様相まで、遜色なく適用できるので重宝します。


さて、われわれは知識を持つことが重要でない。それを組み合わせ応用することが大事なのである。まぁ良く聞く常套句でしょう。あのフィールズ賞を取った広中平祐も、なぜ勉強するのか、と問われ、知恵をつけるためだ、と答えるくらいです。しかしまぁ、知識を持たないとそれを組み合わせられないわけで、やはり記憶の部分がかなり重要な思考要素になるのではないでしょうか?記憶というのは短期記憶と長期記憶に分かれるといわれ、1年位前のニュートン(笑)で特集が組まれていました。ニューロン同士の結合部における、シナプスの通信頻度およびその量によって両者を分けられる的なことが書かれていた気がします。しかしまぁ、それは単なる観察の結果、および憶測なわけで真実を言い当てているとは言いがたい。ニューロンの振る舞いを突き詰めると、やはり最後に行き着くのは意識の問題でしょう。なぜ意識が生まれるのか。それは過去から現代の時間軸の中で、その時間軸を構成する無数の点として存在して止まなかった問題ではないでしょうか。そんなもん、すでに意識があるんだからあるんだろう、つまり現象として観察できるんだから、とりあえず前提として括弧でくくりましょう、というフッサールから始まる現象学に頼らないと現代の意識問題は回答の一行もかけないのであります。なんで?と問われて、だってそうだもの、と答える。それはとても残念なことでしょう。しかしそれが限界。そして学問の実情を知らない自分の頭の限界でしょう。僕は馬鹿だ、それは言える。夏目漱石のKはそういって死んでいった、梶井基次郎のKは、海辺で月光つつましく死んでいった。彼は月の世界へ行ったのである。自分が死ぬなら、そのときは誰にも知られずにそっと社会の最果てから身を投じたいと思っているのですが、それはいつになりましょう。少なくとも今は絶望していないし、ちょっとイライラするけれど別段生活に影響はない。まぁあと50年くらいは生きたいな、と今のところ思っています。


生きている間に、自分でも自分じゃなくても良いけれど、月の六角形のクレーター、蜂の巣の六角形構造そして雪の六角形構造の間における構造解析的な解が与えられれば良いな、と思っています。まずはこれらが密接に関係していることを証明しないといけないけれど。


まだまだ知らないことがたくさんある。勉強は知らないことを見つけることである。

未知を未知と感じる頭のある限り、とりあえず生きてゆきたいとは思っています。


ではこの辺で。

読み返してはいませんが、なんだか暗い話題に終始していた気がします…。

また、ですます調と、である調が混在している気がします。。があまりお気になさらず…。

最後は『Π』と言う書物の冒頭の引用で(3.14159…と永遠に数万桁くらいまで明記した本)。


  細心の注意を払って文字を明記したつもりであるが

  もしそこに誤字脱字があったとしても、筆者は一切の責任を負わない。


…あかんやん(笑)。

2008年05月01日 21時07分40秒

世界堂ツアー!

テーマ:ブログ

2年の谷口です。最近あまり顔を出していなくてごめんなさい。

さてさて皆様、井の頭公園でのスケッチハイクお疲れ様でした。天気も良く、絶好のスケッチ日和でしたね。

やはりスケッチには透明水彩が良いです!

というわけで、5月3日(土)世界堂ツアーをやります!

そこで是非とも画材を揃えてみてはいかがでしょう(笑)


詳細です。



5/3(土・憲法記念日)

新宿世界堂ツアー

15:00JR新宿駅中央東口改札前集合


皆様、是非是非ご参加ください!


2008年04月13日 18時41分15秒

新歓展「ためして!画展」いよいよ開催です!

テーマ:お知らせ

新入生の皆さんお待たせいたしました!いよいよ

ためして!画展

(第1期)開催されます!!!


日時:4/14(月)~19(土) 12:00~20:00

場所:学生会館E棟10階ギャラリー


ぜひぜひお越しください!!



2008年04月10日 01時02分19秒

勝手に広告

テーマ:ブログ
勝手にCM動画を作らせていただきましたので、貼らせて頂きます。

絵を使わせていただいた方々、どうもありがとうございました。

2008年04月09日 22時55分36秒

第2回新歓コンパのご案内。

テーマ:ブログ

「どにゅる」ってどういう意味ですか?はい、理工2年の谷口です。


第2回新歓コンパは

 

 4/11(金) 半蔵 


で行われます。参加者は「17:00に部室に集合」です。

間に合わない場合は「18:10までに高田馬場ロータリー」にまでお願いします。


5日のコンパに来てくれたからも大歓迎です。

じゃんじゃん参加しちゃってください。お待ちしています。




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