December 18, 2009

あいまいなファーストネーム!?

テーマ:チャンスは香港にあり。
いろいろな意味で成長した香港での生活を綴るのに、香港といえば、何かなっと思ったら…。

チャンスは香港にあり。


でした。

が、その1話目がぜんぜんタイトルから違う気もするのですが、とある企画の1人ブレストをしている時に、「村上春樹さん」から、「日本語にしにくい英語のフレーズ」に飛び、さらに、「あいまいなファーストネーム」に辿り着き…。

そしたら、ついつい書きたくなっちゃって。

イギリス領だった頃の香港は、幼稚園(だったか、小学校だったか)に上がると、先生が英語名を付けてくれるそうです。

でも、この話を香港人に聞いたこの話を別の香港人に「英語名って~でしょ?」って聞くと、「嫌、うちは親が付けた」という人もいて…。

こういうことは香港で結構あったので、あまり気にしません。。。

今では、自分で自分の英語名を付ける人もいるそうです。


日本でも、英語教室で、クラスの間だけ英語名を名乗ったりするところはあるみたいですが、すごいのは、香港のこの英語名、ちゃんとオフィシャルに使用が認められたものです。IDカードにもしっかり書いてあります。

そして、驚くことに、香港人同士も英語名(ファーストネームになる)で呼び合うので、とても仲の良い友人間でも「○○の中国語名なんて書くの?」って聞いても、誰も知らなかったりします。


仕事も英語名(ファーストネーム)を使用します。


ただし、姓と英語名で仕事をしていた香港人ライターさんに、チェック(小切手)で支払いしたら、銀行側に「英語名では支払いができない」と言われたケースもありました。


彼女には、「今までもずっと英語名でチェックもらってたけど、問題になったことがない!」と言われ、それを上司に伝えると、「そんなこと言っても、銀行が払えないって言っているんだから、中国語名で!」


間に挟まれ、おろおろしていると、「IDにだって、英語名がちゃんと登録されているのに、その銀行窓口、香港のシステムしらないんじゃない!」と、ブツブツ言いながらも、最終的にライターさんの方がおりてくれました。


ちなみに、説明する必要がないかもしれませんが、銀行の窓口は香港人です。


私だったら、窓口を変えて、再チャレンジします。
万国共通の傾向かと思いますが、だいたいのところ、困ったことがあったら、女性は男性スタッフの窓口に、男性は、女性スタッフの窓口に並ばれる方が良いかと思われます。。。


ちなみに…ですが、最初の話に戻り、ブレスト中のプロジェクトは、村上春樹さんとはまったく関係がなく、なぜ出てきたのかは、あれっ?うーん。なんでやろ???


そして、私自身も仕事に戻ります。
December 17, 2009

夫がアメリカ人だなぁと思う瞬間

テーマ:ABCな夫、OBJな私
先日、外国人向けの教育の研究をしている学生さんにアンケートを頼まれて、考えこみました。

結婚する時に異文化の違いで難しいと感じたことや、アメリカ人のどこが好きでどこが嫌いかっていうことを尋ねられましたが、実のところ、私はあまり、国際結婚をしているという自覚があまりないのです…。

前者は、まったくなかったわけではなかったけど、相手が日本人でも家が違えはこういうことはあることで…程度のもので、日本人同士の結婚でも、地域(家)の習慣が違うことでもめて、破談になった知人のケースも知っているだけに、うーむ。


後者は、アメリカのどこが~だったら、「アメリカ政府」とか「アメリカの制度」とか、いろいろあげられたと思うのですが、「アメリカ人の~」ってなると、そもそもアメリカ人って???

ステレオタイプ的なアメリカ人でいけば、自己主張する、陽気だ、YES, I CAN!(自己啓発本がたくさん出ているように、やる気があれば、なんでもできるよ的な発想)などが思いつくのですが、実際、夫と私を比べると、どちらかといえば、わたしの方がステレオタイプのアメリカンのような…。



じゃあ、夫がアメリカ人だと思う瞬間はいつなんだ???


あっ。ありましたよ。


夫がアメリカ人だなぁと思う瞬間、

         仕事の前に”ひと運動”する時。


これだ!


運動するなら、普通は仕事の後でしょ、と思うのですが(私だけ?)、香港にいる時にも、早朝から開いているジムには西洋系の人がずらっと並んでマシーンの上でランニングしている姿をよく見かけました。
(私はジムに通っていたわけではなく、道を歩いているだけですが、外から中の様子がわざと見えるようにされていたので)。


あ、でも、よくよく思い出してみると、香港人も朝から太極拳やランニングをしているのでした。



ある休日、たまたま6時に目が覚めて、「今日のテーマは”さわやかな休日”だ」と思い、ビクトリア・パークに走りに行ったことがあります。


「こんなに早いのだから、ひろーいビクトリア・パークをきっとひとりじめ!」っと。

「こんな健康なことをしようとしている自分が何だか好きだー!」と、はりきって行ってみたら、なんと!ビクトリア・パークはすでにたくさんの人がひと運動終えて帰っているところでした。。。。


そうだった、そうだった、香港の人、もちろん、中国の人も仕事の前に運動でした。


そこで、ふっと思い出したのは、私も学生時代は、学校に行く前に走っていたことがあった!ということ。


体育会系(笑)吹奏楽部でしたので、肺活量を鍛えるためです。


っと、考えると…。学校に行くのと仕事をするのとはちょっと違いますが、運動してから、仕事をするっていうのは、別にアメリカ人だからっていうこともないかっと。

っと、ここで振り出しに戻り。


結局、アンケートは書けることは書いて、あとは、「これはなぜ答えるのが難しいと感じたのか」を素直に書き、「お役に立てずにすみません」で提出しました。


December 15, 2009

痛みが心の器を広げてくれる。

テーマ:ママキャリ活動記
 今日は、今、進めている”MCB(ママ・キャリア・バランス)”プロジェクトの関係で、思春期のお子さんを持つ母親を対象とした活動を行なっている方と、今後の活動展開について、どっぷりお話し合いさせて頂きました。


 彼女のお子さんは既に20歳になっているので、”母親2歳”の私にとっては、子育ての先輩でもあります。


 活動を通して、どんなことをしていきたいのか、いろいろお話させて頂きました。


 印象的なお話はたくさなったのですが、その中で、一番、なるほどっと思ったのが、タイトルの言葉です。

 「心の器を広げるためには、どうしたらいいと思う?」そんな質問に対する答えが、「痛みがないと、結局は心の器が広がっていかないのよね」ということでした。

確かにそうです。

いろいろな意味で”痛い”思いをしたことは、確実に、”今”に生きています。


 悔しい思いをしたことや、どうにもこうにも腹が立ったこと、逆にせくなくて悲しくてやるせないこともあったのですが、どれを思い返しても、ムダではなかったような気がします。

 それによって、私自身の”心の器”が大きくなったかどうか、わかりませんが、少なくとも、”心の耐久性”は高くなった気がしますニコニコ



 最近、とある大学の先生とお話していた時に、「クリエイターになりたいと思っている学生でも、自分の作品が完璧なものができなさそうだと思ったら、最初から挑戦しない人が増えている」という話を伺いました。

その話と、この「痛みがないと~」の話も、ピピンと繋がりました。


 自分のこれまでを振り返ると、どんだけダメだしされたことか~!(笑)

 
 今だって、決してうまくいっていることばかりじゃないですし(笑)。


 そして、さらに、昔、友人から聞いたあるイラストレーターさんの言葉に繋がりました。


「イラストを描く学校で、自分よりも絵が上手な人はたくさんいた。でも、結局、イラストレイターになったのは、自分だけ。自分と彼らの違いは、続けたかどうか。その1点に過ぎない」。


’痛み’を避けていれば、心の器が大きくならないどころか、自分のやりたいことに辿り着くこともできないのだなぁと。


現在、まだ、成功するかどうかわからないプロジェクトをたくさん抱えています。


うまくいくかどうかはわからないけど、「痛みが~」の言葉から思い出したいろいろな言葉が、「迷わずにススメ」と言っている気がします。


なにはともあれ、想いを具現化する仲間が少しずつでも増えていることは、何よりもうれしいことです。


 ちなみに、「心の器を広げるためには~?」の問いに対する、私の答えは、「異文化(外国文化に限定せず)の中に出てみて、試行錯誤する中で、自分を見つめ直したりする中で広がっていくような気がするのですが…?」。

やっぱり”異文化”の視点というのが、私の思考の原点になっているのだなと。
良くも悪くも、どこまでも。

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