M-PLUGの代表・ロー紀子です。
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2016年07月18日

#なかなか慣れない #見た瞬間いつもビックリするもの #ハンバーガーが主役でごめん #娘が...

テーマ:◾️MAMA-PLUG
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2016年07月11日

娘のバレエレッスン・シーズン2 海外編

テーマ:├クリエイター的子育て
娘のバレエレッスンの第2章が幕を開けました〜!2年のブランクを空けての再開です。

3歳から1年間、バレエがやりたいと言われ続け、うまくスルーしていたと思ったのですが、バレエの舞台を見終わった後で、「ベビのバレエはいつ始めるの?」と言われ、「ああ、本気なんだ」と、彼女の本気に気がついたのが始めたきっかけでした。

冒頭を私にしてはちょっとドラマティックにしたのは、”幕がいつ上がるの?”的な娘の発言を受けてですww

小1でアメリカの小学校に転校したことで、最初はまずアメリカの生活に慣れることが大切と、バレエを後回しにしていたら、今後は「英語がわからないかもしれないから、バレエはやりたくない」と言い始め、1年が経ち…。

昨年の夏に日本の小学校に体験入学している間、昔のバレエ教室にお願いして、一時的に通わせてもらったことで、「やっぱり楽しかった!」ということを思い出し・・・(最終日に「年齢が小さな子のクラスでもいいから、2コマやりたい!」と言うほど楽しかったようでww)。

そこから教室探しに時間がかかりました。
いろいろ条件がありまして。
本気のところは、週3回、ヒューストンまで行かなくてはならず、私がいない期間もあるのでそれは無理だろうと。

通えるところで探していくと・・・なんというか・・・。ここは夫婦で意見が分かれたところなのですが、私は習い事には厳しさも必要だと考えています。

これは以前通っていたところがそうだったのですが、少し難しいくらいのこと、頑張ればできること(でも、頑張らなければできないこと)を「できた!」という体験が子どもたちにとって、とってもいい刺激になったからです。

「できた!」という達成感のためには、できていないことは指摘を受けるし、やる気のない姿勢も指摘されて当然だと思います。でも、これがなかなか”褒めて育てる”の中で、一切、注意しないという方針の教室もあるようで…。

私語で聞いていなくて、やり方がわからず、「できる範囲でいいのよ〜」というのだったら、わざわざ教室に通わなくても、ビデオ教材を見ながら、自分で気持ち良くやったらいいんじゃないかな〜っと。

もちろん、そういう空気の中でも、自分が頑張りさえすれば良いのではないか?っという考え方もあります。でも、これは若い頃、別の分野で体験したことがあるのですが、よほどの覚悟がないと相当キツイです(涙)。ならばある程度厳しいクラスに入っていた方が、みんながその中で頑張っているので、同じ頑張りのレベルなら、厳しい環境の方が絶対に楽だと思います。

「できなかったことが自分の頑張り1つで出来るようになった」という楽しみを知り、その積み重ねが大きな力になることを体験を通じて理解することは、今後、何をするにも大切になる…ということで夫を説得し、ほどほどの厳しさの教室にしました。

自分の死期を知り、娘に味噌汁の作り方を遺したママのストーリーがありましたが、私は何を娘に伝えられるだろう?と、考えた時に、こういうことかなっと思ったというのもあります(死期は見えてませんよ、念のため)。

仕事でパッツンパッツンの今日この頃ですが、夏休み中の娘にもいろいろな企画を投入!というか、仕掛けています。ふふふ。
ということもあり、母の味の伝授は、うちはパパにお願いするとします。ふふふ。


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2016年06月17日

セコイと恥の文化ーー何が批判を高めたのか?を考えてみた

テーマ:◾️異文化マーケ
”too sekoi”ーーニューヨークタイムズにまで掲載されてしまった”セコイ”。とうとう国境を越えてしまいましたね…。

セコイというのは、確かに今回のキーワードの1つですが、もう1歩引いて考えてみると、ここは海外の人にはわかりにくい日本人ならではの文化が、批判が高まった背景にあるように思います。恥の文化です。

今さら「菊と刀」の時代(1946年)の文化比較?なのですが、時代が変わって、欧米流のものが社会に一般化しているかのように見えても、根本に流れるものはそうそう変わらないのではないものです。舛添氏の最大の失敗は、”恥の文化”を無視してしまったことではないかと思います。

「菊と刀」に書かれてあることの全てに賛同しているわけではないですが、欧米の”罪の文化”に対する日本の”恥の文化”という部分は、今も存在する文化の違いではないかと思います。ご存知の通り、日本では、何かが事が起きると必ず謝罪が必要になります。謝罪会見のような大事ではなくとも、「申し訳ありません」という言葉が使われるのは日常茶飯事です。

一方、”罪の文化”圏ではそうそうお詫びの言葉を聞くことはありません。

先日、通っているアメリカのヨガのスタジオで、先生も参加者も皆、30分以上ロックアウトされるという出来事がありました。鍵の担当者のミスだったようですが、呼び出されたスタジオ責任者が慌てて鍵を持ってくるということになりました。

到着したスタジオ責任者の第一声は、なんと「タラ~!」。続けて出てきた言葉は”It's not my fault!”(私のせいじゃないわよ)でした。日本であれば、ミスをしたのが自分でない場合であっても、何よりも先に「お待たせして、大変申し訳ありません!」と言うはずです。でも、これはあくまで私が”恥の文化”で育ったからこそ感じる違和感であり、ここではそれこそが”普通の対応”なのだと思います。

後で何度か”Thank you for waiting.”(待ってくれてありがとう)と言われましたが、「すみません」という言葉はただの1度も聞かれませんでした。”罪の文化”の軸で考えると、彼女がお詫びをするようなことは何もしていないのです。

これは、どちらが正しいとか正しくないとかではなく、単純に文化が異なるから起こった違和感であり、それぞれの文化圏で判断軸が違うというだけです。それ以上でもそれ以下でもないと思います。

今回、炎上に油を注いだ言葉に「違法ではないが、適切ではない」というものがありました。これは”罪の文化”的な考え方ではないかと思います。弁護士さんが考えたものだと思いますが、様々な発言から欧米文化に傾倒されていたと考えられる舛添氏も、この”ロジカルな弁明”で乗り切れるのではないかと思ったのではないでしょうか。

コメンテーターの方の中にも、「法に触れているわけでもないのに」「他の人の件は炎上していないのに、彼だけなぜ?」のようなコメントをされている方もいらっしゃいますが、私は”恥の文化”で最も嫌われることを連発させてしまったことが原因ではないかと思います。

法に触れてなければ良いというのは、”罪の文化”での判断軸です。

”恥の文化”での判断軸の1つとして、行動を諌める言葉に「厚顔無恥」という言葉があります。法に触れない小さな”セコイ”NGを重ねながら、正論をかざすというのは、この言葉で諌めているものに触れてしまうのではないでしょうか。弁明を重ねれば重ねるほど、炎上してしまったのは、”罪の文化”での弁明の手法は、”恥の文化”の中では通用しなかったということが1番の理由ではないかと思います。

彼のさまざまな発言から、欧米式なやり方こそが一番で、東京をそこまで引き上げたいという考え方を持った方かなという印象を受けましたが、「合法かどうかが最も重要」という考え方を一方的に押し付ける形になったのは、かなりまずかったのではないでしょうか。合法的であったとしても、常識的にはありえない言い訳は、「厚顔」の印象を強めてしまいます。”罪の文化”では許されることがどうして炎上する?と言っても、そもそも軸が違うので、仕方ないのではないかと思います。

欧米風の生活様式になり、ビジネスや交渉論、自己啓発までも欧米式を輸入している状態にあっても、日本文化に根底に流れる判断軸が”恥”であることには変わりないのだと思います。ロジカル的な正しさを使うにしても、説得しなければならない人の持つ文化的な背景は考慮する必要があったのではないかなと思います。

”恥”ということで言えば、氏の書いた子育てエッセイでは、「旅の恥はかき捨て」を容認するようなものがありました。言葉の意味は、誰も自分のことを知っている人がいるわけではないから、普段は恥ずかしくてできないようなことをやってしまうということですが、「だから、みんなでやってよし!」と言うわけではありません。そのような行動を諌める言葉だと思います。もしかしたら、”罪の文化”を意識するあまり、”恥の文化”の部分に疎くなっていたのかもしれません。

ニューヨークタイムズの記事は、おそらく日本に滞在している日本語がかなりわかる外国人記者の方が書かれたのではないかと思います。確かに”セコイ”は今回の象徴です。それを記事にしているのはとても興味深いのですが、辞任にまで至った原因は、単純に”セコイ”だけではなく、”恥の文化”を無視してしまったことにあるように思います。

”セコイ”ということで言えば、彼が東京の知事であったことも、彼にとっては不運だったように思います。いろいろな地方から人が集まった首都・東京に、生粋の江戸っ子がほとんどいなくなったとはいえ、上京した多くの人は、東京のやり方に合わせていきます。江戸っ子気質のようなものはこの土地に残っているような気がします(江戸っ子はネガティブな意味合いもありますが、ここではポジティブな意味合いで使っています)。

Wikiから引っ張ってきた「江戸っ子気質」には、「現代に見られる類型的な江戸っ子像として『金離れが良く、細かい事にはこだわらず、意地っ張りで喧嘩早く、駄洒落ばかり言うが議論は苦手で、人情家で涙にもろく正義感に溢れる』」とあります。

最もやってはいけない場所で”セコイ”を重ね、最もやってはいけない弁明の方法を取ってしまったーーというのが、批判がここまで高まった理由ではないかと思います。

もう1つ、日本文化ということを考えると、今回、批判の声が小さいうちに、正論を突きつけるのではない方法で、対応しておく必要があったのではないかと思います。海外と比較すれば、日本文化は怒りを露わにしない文化であると言えます。とはいえ、露わにしないというだけで、怒りの感情が生じないわけではありません。ロジカルな弁明が受け入れたわけではなかったのです。

対応が遅れたことで、DVや障がいのあるお子さんの養育費の話まで出てしまったことも、かなりのマイナス要素でした。報道されていることが事実かどうかは、わかりませんが、権力者が弱い立ち場にある人に強く出るというのがかなり嫌われるというのも、日本的である気がします。こうなってくると、判断軸が完全に”恥の文化”に絞られ、合法的かどうか?は何のサポートにもならなくなった気がします。現に、この頃から、トップに立つ人間としてどうなのか?という議論が起こっていたかと思います。

都民ではない私は、単なる傍観者なのですが、今回の件、合法的であっても、日本文化的にNGの連続だったように思います。”セコイ(お金に対するセコさ)”だけが理由ではなかったということは、海外の人にはなかなか伝わりにくいだろうな…っと思うと、”セコイ”が一人歩きしないか心配です。


↓画像を何か入れとかないと、プロフィール写真がどかーんとSNSに出てしまうのをすっかり忘れてました。
っというわけで、意味はありませんが、それらしいものを。あーびっくりした。

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