2005年06月30日

【ローマ人への手紙3章9-28節】

テーマ:ローマ人への手紙

3:9  では、どうなのか。

    わたしたちには優れた点があるのでしょうか。

    全くありません。

    既に指摘したように、ユダヤ人もギリシア人も皆、

    罪の下にあるのです。

3:10  次のように書いてあるとおりです。

    「正しい者はいない。一人もいない。

3:11    悟る者もなく、神を探し求める者もいない。

3:12    皆迷い、だれもかれも役に立たない者となった。

      善を行う者はいない。ただの一人もいない。

3:13    彼らののどは開いた墓のようであり、

      彼らは舌で人を欺き、その唇には蝮の毒がある。

3:14    口は、呪いと苦味で満ち、

3:15    足は血を流すのに速く、

3:16    その道には破壊と悲惨がある。

3:17    彼らは平和の道を知らない。

3:18    彼らの目には神への畏れがない。」


3:19   
さて、わたしたちが知っているように、

      すべて律法の言うところは、律法の下にいる人々に

      向けられています。それは、すべての人の口がふさがれて、

      全世界が神の裁きに服するようになるためなのです。

3:20    なぜなら、律法を実行することによっては、

      だれ一人神の前で義とされないからです。

      律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。

3:21    ところが今や、律法とは関係なく、

      しかも律法と預言者によって立証されて、

      神の義が示されました。

3:22    すなわち、イエス・キリストを信じることにより、

      信じる者すべてに与えられる神の義です。

      そこには何の差別もありません。

3:23    人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、

3:24    ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、

      神の恵みにより無償で義とされるのです。

3:25    神はこのキリストを立て、その血によって

      信じる者のために罪を償う供え物となさいました。

      それは、今まで人が犯した罪を贖って、

      神の義をお示しになるためです。

3:26    このように神は忍耐してこられたが、

      今この時に義を示されたのは、

      御自分が正しい方であることを明らかにし、

      イエスを信じる者を義となさるためです。

 

3:27    では、人の誇りはどこにあるのか。

      それは取り除かれました。どんな法則によってか。

      行いの法則によるのか。そうではない。

      信仰の法則によってです。

3:28    なぜなら、わたしたちは、人が義とされるのは

      律法の行いによるのではなく、信仰による

      と考えるからです。

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