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2008-01-25 11:09:14

救命ボート、その2

テーマ:ブログ
久しぶりに清美さん(仮名)にメールをする時は、心地よいような悪いような緊張に鼓動が高鳴った。一回り以上も年下の美沙(仮名)と付き合い始めたのをきっかけに、別れを告げたのが一年半前だった。
一年半では人はそうは変わらないものだ。彼女を見たとき、つい先週も会ったような気がした。気がしただけではなくて、つい先週も会ったように自然に会話をして、食事を楽しんだ。こういう時、大人っていうのはいいもんである。お互い余計なことは切り捨ててよいという暗黙のルールがコンセンサスとしてある。
世間話がひとしきり終わったところで、セックスの話になった。それまでの会話で、彼女と駆け引きをするのはあまりにも野暮だと思い始めていた僕は、単刀直入に気持ちをぶつけることに決めた。清美さんのセックスが最高に素晴らしかったという偽らざる感想を伝えた上で、清美さんとセックスをしたいこともそのままの言葉で話した。清美さんの答は、「とても嬉しいけど、ちょっと違うんじゃないかな」であった。
やせ我慢ではなくて、この反応は予想通りといえば予想通りだった。一年ぶりに使う銀行口座から小遣いを引き出すのとは訳が違うのだから、その日は伝えるだけで十分だったと思う。ごねたりせずに鵜呑みにしてその日は帰ることにした。
一週間後、思いがけず清美さんの方からメールがあった。気が変わったから今日は二人きりで過ごさないか、という内容であった。清美さんが本当に迷っていたのか、単にじらされたのかはよく分からない。恐らく、その中間、おおよそそうなる事を見越した上でひと呼吸置いたんだと思う。とても粋で、大人だと思う。
ホテルに入ると、彼女のセーターとブラウスを脱がせて、自分も上半身裸になった。彼女は服を着ているととても華奢に見えて、遠くから歩いて来るときなど骸骨が歩いているようにさえ見える事があるのだが、一度体のラインが露になるとその表情が一変する。どこに隠されていたのかと思う程あだっぽい女体のラインが彼女を別人に見せる。
ブラを外すと大きく形のいい乳房が痩せた肋に張り付いている。二人の子供を産み育てても、こんなに美しさを保てるというのは、世の女性にとってなかなかの朗報である。手触りは四十代の女性らしくとても柔らかで、二十代の女性の乳房とは明らかに違う。若くて張りのある胸もいいが、この掌に張り付くような柔らかな感触は、極上のクリームブリュレを舌の上で溶かすように官能的だ。
二人とも裸になって抱き合った時、彼女があまりにも「女」であることを感じて一瞬ひるんだ。美沙には感じる事の出来なかった、成熟した、女の代名詞のような生き物が腕の中にいる感じだった。その小さな体を男の腕の中でどうこなすべきか、彼女は知り尽くしているようだった。痛々しいほどに愛おしくなって、抱きしめる腕にも力が入る。
二人でバスタブにひとしきり浸かったあと、彼女が先にバスルームを出た。体を拭いて、ベッドに入り、頭まで布団をかぶる。彼女の姿は視界から消えて、厚めの布団にかたどられた大雑把なシルエットだけがその存在を暗示している。彼女は「女」の天才なんじゃないかと思う。そんな男を焚き付ける仕草が自然に出来てしまう。
この続きはまた次回のお楽しみです。

2008-01-24 12:04:47

救命ボート、その1

テーマ:ブログ
月日の経つのは早いものと月並みを言っても仕方がないが、タイムマネージメントの歯車がどこかで狂ったのか、このところ腰を据えて文章を書く時間が見付けられなかった。
思い起こせば昨年から、焼きが回ったのか、まったくセックスチャンスに見放されていた僕は、ぼやくことしきりであった。泥縄式にセッティングした幾多の合コンも遅きに失したか功を奏さず、ますます活力を減じさせる負の効果だけを残す結果となった。
これは常日頃感じることであるが、活力というのは文字通りガソリンや電力のようなものだ。一度枯渇するや、あらゆる、それ自体が目的を持って存するメカニズムは停止してしまう。その個々の目的の価値はどうあれ、停止は死である。元も子もない。昔々、「冷蔵庫、電気なければただの箱」というキャッチコピーがあったが、実に真理である。
活力の枯渇は性的欲求や実際の生活に於けるセックスの頻度に連動しているように思えてならない。 反対にリビドーに代わる一般的なエネルギー源を理知的に構築し、維持するのは、ちょっと考えてみただけでも至難の業のように思える。
加齢とともにセックスチャンスが減じてくのだとすれば、それは主体に置ける感受性の鈍化、体力の減衰、及び思慮分別の台頭と、客体における審査基準不適合との複合体であって、エントロピー街道の路肩に横たわる到底抗うことのできない摂理のようにも思える。 元来であればそこへ向けられていたエネルギーは、家庭といったような別の価値の体現に振り替えるのが美しい収め方なのかも知れない。
家族が活力の源になるのか否かは、体験したことのない僕には判然としない。しかるに僕は、セックスの、若き日の享楽、ましてや種の保存の手段の範疇に留まるのみならず、一生涯我々の人生を豊かにしてくれる可能性を孕んだ文化としての発動を信じる。この文化体験は我々の生命力の根幹を揺さぶり、あらゆる生産的活動に向けての覚醒を促してくれる。しかし、そのプロセスの我が人生に於ける具現に於いては、大きな障害にぶつかったように思う。他ならない、婚期を逃したことである。
一穴主義、多穴主義に関わらず、 豊かなセックスライフを謳歌する中高年、言わばセックスに於ける「勝ち組」は大方既婚者と相場は決まっているのである。すなわち結婚はセックスの死亡届であり、同時に暗示的な更新手続きでもあるのだ。僕の辿った道とは逆に本能封殺の効能のみを期待するならば、この正反対の作用に出くわした時には面食らうことになるだろう。 もっともっと噛み砕いて、40過ぎてもモテる人は大概、既婚者だ、という言い方をしてしまってもいい。最初からそう言えばこんなに紙面を使わずに済んだ。
要するに、僕のような齢四十にして独身などという輩こそが、もっとも抜き差しならないジレンマに陥ることになるんである。メカニズムの錯誤と活力の減衰がスパイラルを描き、簡単に言えば、家庭も遊びもない、延いては仕事に於いても覇気のない「ダメな人」になっていく。

沈み行く船の甲板で救命ボートを探して彷徨う中、僕はとうとう以前付き合っていた人妻にSOSを発信した。彼女は、結婚、出産、育児といった、人生に於いて順々に卒業すべきものを、きちんと卒業して来ている人である。その点に於いてしっかりと地に足の着いた「セックス勝ち組」の代表である。
ここからは次回のお楽しみであります。
2007-12-10 18:13:38

第一弾、玉砕。

テーマ:ブログ
とりあえず合コン第一弾が失敗に終わったことを報告したい。
経緯を軽くおさらいすると、誘ってくれた友人のK君は仕事の後輩。出会い系でA子と知り合った。そのまま二人でデートすればよいのに、優しいK君は女運に見放された僕を救おうと、その娘の友達をも呼び出して、2対2の飲み会をセッティングしてくれた。なんて奇特な人だろう。
待ちに待った当日。待ち合わせ場所でまずA子と落ち合った。歳の頃は20代後半。背が高く、ロングヘアーを風にたなびかせる、なかなかセクシーな女性である。出会い系で知り合ったとはにわかには信じがたい。持つべきものは友である。彼女の友人のB子は、少し遅れて来るという。K君が言うには、自分は道義的にB子を狙う訳にはいかない、そこで、ビビンメンさん、B子狙いでお願いします、ということであった。A子がこれだけ魅力的なのだから、B子もそれ相応であろう、と予測した僕は、よっしゃよっしゃと二つ返事で快諾した。
居酒屋についてしばらくして、A子の携帯にB子から連絡が入った。A子はB子を迎えに行って来ると言って席を立つ。その瞬間、僕はとても嫌な予感がして、K君にこう言った。
「俺は今女運が酷く低迷している。この分だと、B子はサザエさんの花沢さんみたいな人かも知れない」そんなことはないですよ、と慰めるK君の背後に戻って来たA子の姿を認める。そしてその隣に、花沢さんにウリ二つな女性。女性?うん、女性だ。ようやく辛うじて女性である。
この瞬間、もし僕がFBI超能力捜査官になったら、きっとジョン・マクモニーグルをも凌駕する敏腕捜査官になれるであろうと確信した。これはリモートビューイングである。リモートビューイングに間違えない。だって、花沢さんなんだもん。
将来の再就職先を発見した喜びを差し引いて尚、すっかりモティベーションを低下させた僕は、終始、奇妙なハイテンションのままその飲み会を終えた。やけくそから来る、異様な博愛主義の発露である。
別に僕はもう、今や男でさえなければ、誰とでもセックスできるモードなのだが、B子の醸し出す空気は限りなく男なんである。オカマではない。どちらかというとオナベである。
その後、K君とA子がどうなったかは知る由もないが、その日の一人のベッドは一段と冷たく感ぜられた。
次回に夢を託したい。

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