月と遊ぶ・パート1
テーマ:つれづれ日記今日は仲秋の名月、この時期は一年のうちでも空気が澄みわたり、
月が美しく見えることから、古来より月を見ながら宴会をする風習が
あったそう。でも、今日のお月様は、雲の谷間からちょっと顔を
出してはすぐ隠れ、の繰り返しで、なかなかその美しい姿を見せよう
とはしてくれません。
でも、しばらく、窓辺に椅子を近づけ、じーっと空を見つめては
お目見えする姿は、『名月』の名ににふさわしく、神々しく清らかな
光を放っておりました。
今日は寝るまでの間、月が出る側の窓は全開にして、
そのパワーを部屋に充満させるつもりです。
ところで、今日の私の一日を振り返ると。。
朝は明治神宮に参拝し、手持ちの水晶を『清正井』 にて
清めてきました。明治神宮は言わずと知れた都内有数の
パワースポットですが、中でもこの清正井の湧き水には
浄化のパワーを強く感じます。明治神宮&清正井通いは、
最近の私の習慣に定着しつつあるかも。
そして午後は、お茶仲間が集って自主稽古。お茶室のある
施設を借り、お茶道具、お菓子やお茶を持ち寄り、『花月』を
練習しました。
持ち寄ったお菓子の一部はこんな感じ。
仲秋の名月は芋名月とも呼ばれ、里芋や枝豆を備える
風習もあるようなのですが、お菓子にまで、こんなものが
あるとは驚きました!和菓子の世界も奥深いですよね。
ところで、『花月』とは、茶道で七事式といわれる茶の湯の
修練を目的として制定された七つの式作法の一つです。
五人一組で、引いた札によって、点前をする人、お茶を
いただく人が決まり、その役割も次々に変っていくのですが、
こうした変化に対応しながら、てきぱきと役をこなしていくと
いう意味で、難易度の高いお点前ともいえます。
花月百遍朧月・・と、よくお茶の先生がおっしゃるのですが、
花月は頭ではなく、身体で覚えるもの。所作も周りと合わせる
必要があるのですが、その阿吽のタイミングも練習に練習を
重ねて体得できるものともいえます。
と、小難しいことは抜きにして、気の知れたお茶仲間と
こういった形で集い、高め合い、そして、合間にはとりとめもない
おしゃべりを愉しむことは、本当に貴重なひとときです。
お茶とは一人で飲んでも美味しくないもの、一緒に味わう仲間が
いるからこそ美味しいものだと実感します。これは、お茶に限らず
何にでも通じることですね。つくづく、同じ道を志す仲間というものの
有難さを実感した一日でもありました。
明日は満月。今日は和風の過ごし方をしたので、明日は洋風に
月と遊んでみようと思っています。(つづく)





