売国奴度数の基準②
テーマ:日々のことから5月26日
売国奴度数を量るのに最も分かりやすいのは、原発再稼働への姿勢です。
原発再稼働は売国奴度数と言うだけではなく、国民の安全を脅かす最悪の姿勢でもあります。
消費増税問題も景気低迷期に増税するリスクは分かりやすいけど、原発事故が起きた時のリスクは、さらにずっと明白で、地震大国日本を考えたとき、福島原発事故が起きて、その事故の深刻さが分かり、その事故対応も、信用できる情報開示も、もちろん総括もろくにしない段階で、原発再稼働にこだわる政治家は、このことだけで、犯罪者に等しいと思います。
先日も書きましたが、原発再稼働も、もし日本の電力に占める原発の割合が40%も50%も占め、原発を再稼働しないと電力不足になることが本当ならまだしも、何度も書いてきたように、原発の占める割合は18%程度で、日本の電力は原発がなくても不足していないのは常識の話です。
この点については、次の記事で書いていますので、ご覧いただければと思います。
今後のエネルギー政策をどのようにするのかも大事ですが、福島原発事故による被害対応をまずは最優先するのは政治の本分であるはずです。
そして、そのためには、福島原発事故による放射能汚染の事実、本当の事実を国民に開示する義務が政府にはあると思います。
以前も書きましたが、この本当の事実が我々国民に分からないところが、福島原発事故の被害をさらに深刻にしています。
風評被害なのか、真実の被害なのかが分からないところが最も大きな問題です。
とにかく放射能汚染は目に見えず、まさか国民一人一人がガイガーカウンターを購入して測るわけにもいかないから、信頼できる政権ができ、マスコミもまっとうにならない限り、我々国民は、原発事故の影響がどのようなものかの確信が持てません。
この問題も次の記事で詳しく書いていますのでご覧いただければと思います。
・除染利権
この問題で、今日の天木直人氏の次のブログの記事は必読です。
これが那須塩原市在住の私からの渡辺喜美に送るメッセージだ
私は5月15日のメルマガ第378号で「放置されたままの毎時0.43マイクロシーベルトという放射線量」と題して書いた。
那須塩原市の公園に立てられた毎時0・43マイクロシーベルトという標識をどう受け止めればいいのか、と。
この放射線量を放置することは政治の怠慢であり、不作為の罪にならないのか、と。
読者から大きな反響があり、その一人から自分で測って実感する事からすべては始まると、ガイガーカウンターの寄贈まで受けた。
それを使って計測してみたところ、この1年間私は放射能汚染の中で生活していた事をあらためて思い知らされた。
これから書くことはその続編である。
今朝(5月24日)の午前9時半から正午前まで自宅周辺の約8キロほどの道のりをガイガーカウンターを片手に歩いた。
数値は毎時0・3-0.6マイクロシーベルトの間を頻繫に行ったり来たりし続けた。
その道のりは田植えの終わった水田あり、幼稚園あり、小学校あり、工場あり、民家あり、スーパーマーケットありで、要するに普通の人々が日常生活を送っている空間だ。
その途次に私が放射線量の数値に関心を持つきっかけになった公園もある。
5月15日のメルマガで書いた公園である。
公園のその日の標識は5月11日の測定値として毎時0.41マイクロシーベルトという数値が手書きで書き直されていた。
前回は4月12日の測定値として毎時0.43マイクロシーベルトと書かれていたから、毎月一回測定していることがわかった。
その数値が先月と同じような数値で推移していることも確認した。
因みに私が手にしていたガイガーカウンターもその付近の数値として0.35-0.45の数値を示していた。
標識の近くでは0・4マイクロシーベルトと、見事に標識と一致した。
近くの芝生に腰を下ろして地表の数値を調べたらたちまち数値が0.55-0・6に上がった。
その公園の砂場では三人ほどの若い母親がヨチヨチ歩きの幼児を遊ばせていた。
ガイガーカウンターが示す放射線量の数値を見せることはさすがに憚られたので、そのまま素通りしてしまった。
これら数値は直ちに人体に危険を及ぼす数値ではないかも知れない。
しかし我々は紛れもなく危険な放射線量の中で生活させられている。
そこで生活し続けることを住民の自己責任だと突き放したままでいいのか。
すでに一部では被曝被害が体に現れてきているという報道も目にするようになった。
おそらく事態はもっと深刻に違いない。
政府や行政は間違いなく責任を放棄していると思う。
放射線量の被害を隠しているか、さもなければ意図的に過小評価していると思う。
我々は自らの手の及ばないところで被曝させられた。
そしていまもなお被曝の中で放置されたままだ。
那須塩原市でさえこうだ。
福島の被爆者たちはどういう状態に置かれているか、想像にあまりある。
被曝者たちが本気で声をあげれば、政治家はその声を抑える事はできない。
被曝から免れている幸運な国民は、被曝者たちがどんな要求をしても彼らに何を言う権利もない。
被曝者はもっと大きな声を上げるべきだ。
私も被爆者の一人だ。
これからは大きな声を上げる。
那須塩原市はみんなの党代表の渡辺喜美の地元である。
渡辺喜美が放射能対策と脱原発を本気で訴えないならば、彼の政治家としての将来はない。
渡辺喜美が本気で脱原発を訴えれば、渡辺喜美はたちどころに英雄になれるだろう。
渡辺喜美よ。小沢一郎と組んで日本の政治に脱原発の風を吹かせてみよ。
渡辺喜美の脱原発宣言は、放射能被害と無関係の橋下大阪市長が大飯原発再稼動に反対するのとは訳が違う。
橋下大阪市長が本物の脱原発派なら向こうから頭を下げて渡辺喜美に共闘を申し入れてくるだろう。
正しい事を本気でやれば世論の支持はおのずとついてくる。
これが那須塩原市の住民である私の渡辺喜美へのメッセージである。
悪いことは言わない。
少しぐらいは私の応援に耳を傾けたらどうか。
この記事は天木氏の実体験に基づいた記事だからとても価値があります。
一方で、天木氏同様、売国奴ではないと思われる副島隆彦氏は、事故直後から現場に入り、原発の近くに拠点を構えて、深刻な放射能漏れの危険性はないと主張しています。
この相違が一番悩ましいのですが、その原因は、人体に悪影響を及ぼす放射線量の真実が分からないからです。
国や専門家もいろいろ言ってはいますが、原発や除染利権などに配慮する恣意的な発言かも知れないと感じるから、我々の判断を迷わせ、このことが原発事故をさらに深刻にしていると思います。
原発事故へ対応と言う、利権が大きく絡むことには、政権の政治力が問われるところですが、菅と野田の政治力のなさも特筆ものです。
むしろ放置して、政権としての責任を放棄しているとしか思えません。
だから言いたくなるのは、野田は、消費増税よりも、震災復興とともに、原発事故の後始末、被害者への救済など、もっとやることがいっぱいあるのに、何をしているんだと言うことです。
そして、このような怠慢の上、さらに、地震リスクが高いこと知りながら、原発再稼働をしようとする政権って、ひょっとしたら、国民が幸せに暮らすことをぶっ潰すことが目的の政権ではないかとさえ言いたくなるのです。
まさかそんな動機は持っていないとは思いますが、結果として野田のやることは、国民を不幸にすることばかりです。
では誰のためにやるのか?
それは言うまでもなく、アメリカ、官僚、大資本家たちのためで、だから野田のことを売国奴と言うのです。
それにしても。この問題に関してのマスコミの対応も最悪です。
ここにきて、原発再稼働ができなければ電力が不足になるから、今年の夏には計画停電も辞さないと言って国民を脅す電力会社を批判するどころか、電力が余っていることなどには全く触れず、電力不足の懸念があるような話ばかり流して、原発再稼働への世論誘導をするのだから、マスコミのひどさも極限に達していると感じます。
今日は、昨日の日本の財政破たんや、現在のような経済状況下でも消費増税を語るものは売国奴度数が高いと書きましたが、原発再稼働を推進する人物も、全員売国奴と判断します。
でも面白いのは、国家破綻論・消費増税論者≒原発再稼働推進者という風に重なるところです。
このことからも、現時点での原発再稼働への姿勢は、売国奴度数を量る重要なポイントです。
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