2010-07-15 12:44:07

日本振興銀行木村剛元会長逮捕2

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7月16日
今日は日本新興銀行のタイトルで書いた記事とは別の視点で、木村元会長の逮捕を考えてみたいと思います。前日も書いたように、小泉政権時代、木村元会長は大手銀行の不良債権の抜本処理を唱えて注目を浴びると、当時の竹中金融担当大臣と接近して、金融庁顧問となって、金融再生プログラムを策定する中心メンバーとなります。
この頃はまさに小泉政権の重要なブレインとなっていたわけで、その後の日本振興銀行設立にあたっては、普通ではないスピードで設立が認可されるのです。
ここで、木村元会長と竹中氏の話などが詳しく書かれた、いつもご紹介する植草一秀氏のブログ木村剛氏逮捕『売国者たちの末路』を見定める の記事をぜひお読みください。


天網恢恢疎にして漏らさず」
(てんもうかいかい、そにしてもらさず)

という。「大辞林」によれば、
「天網は目があらいようだが、悪人を漏らさず捕らえる。天道は厳正で悪事をはたらいた者には必ずその報いがある」との意味になる。
 
 日本振興銀行元会長の木村剛氏が逮捕された。
 
 私は拙著『知られざる真実-勾留地にて-』



第一章「偽装」第7節「摘発される人・されない人」に、
木村氏が創設した日本振興銀行が木村氏の親族企業に不正融資を行った疑惑があり、金融庁が検査を行ったが、「これまでのところ摘発されていない」と記述した。
 
 その木村剛氏がようやく摘発対象になった。背後に政権交代があることは間違いない。
 
 木村剛氏を重用してきたのが田原総一朗氏である。かねてより、摘発対象候補者としてMHKなる用語が用いられてきた。
村上世彰氏、堀江貴文氏、木村剛氏である。

Photo


竹中平蔵氏が繰り返した「がんばった人が報われる社会」で、成功例として示されてきたのが、これらの人々である。
Photo_2


テレビ朝日など、木村剛氏を重用してきたテレビ局は、木村氏を礼賛する報道をいまだに続けているが、真実をまったく伝えていない。
 
 本ブログのカテゴリー「竹中金融行政の闇」 に詳論しているので詳細を省くが、木村氏が第一線に登場した2002年秋から不透明な行動は一貫して示され続けてきたのだ。「神様」だの「プロ」など、実態とかけ離れた解説を施すべきでない。
 
 「不透明な」問題を五つ例示する。
 
①2002年10月に発表された「金融再生プログラム」 は竹中氏が組織し、 木村氏がメンバーとして参加したプロジェクトチームがまとめたものである。
重大な問題は、このなかの「中小企業貸出に関する担い手の拡充」のタイトルの下に、「銀行免許認可の迅速化」の文言が盛り込まれたことだ。
 
 日本振興銀行は2003年8月に予備申請を行い、2004年4月に開業している。驚天動地のスピードで銀行免許が付与されたのである。
 
 木村剛氏が創刊した金融情報誌「フィナンシャルジャパン」
Financial_japan_sep_2010


創刊号(2004年10月)表紙には竹中平蔵氏と福井俊彦氏のツーショット写真が掲載された。

Financial_japan_oct_2004


典型的な公私混同と評価されて反論できないだろう。

 
②金融再生プログラム策定過程で、木村氏は繰延税金資産計上ルール変更を試みた。詳論を省くが、木村氏の提案に多くの問題があった。結局、ルール変更は見送られたが、この動きは、銀行の自己資本不足誘導→外資による日本の銀行収奪の目的に沿って提案された疑いが濃厚である。
 
③竹中金融行政はりそな銀行を標的に定めたが、その詳細を追跡すると、りそな銀行実質国有化全体が、大きな謀略そのものであったことが明らかになる。この問題で主導的役割を果たしたのが竹中平蔵氏と木村剛氏である。詳細は拙著ならびに、本ブログ 、ならびに月刊日本講演録 などを参照されたい。この問題では複数の死者が発生しており、巨大なインサイダー取引疑惑も存在する。
 
④日本振興銀行が木村氏の親族企業に対して実行した融資が不正融資に当たるのではないかとの問題が浮上した。しかし、前述したとおり、自民党政権時代には木村氏は摘発されなかった。
 
⑤今回の逮捕は検査妨害を理由とするものである。被疑事実は社内メールの削除を指示したというものだが、なぜ、メールを削除しなければならなかったのかが、今後の問題になる。
 
 大きな問題が噴出することになるはずである。今回の逮捕はまだ入り口に過ぎない。
 
 私は1992年から日本の不良債権問題の早期抜本処理を主張し続けた。不良債権問題の深刻さと抜本処理の重要性を最も早い段階から主張し続けた一人であると自負している。
 
 この側面では、木村氏も早い段階から不良債権問題の早期抜本処理を主張していたから、当初は、私の主張と重なる部分が多かった。
 しかし、2002年の竹中-木村癒着時代が始まると同時に、その行動が正義と公正から大きく逸脱していったと私は観察してきた。木村氏はりそなの繰延税金資産計上ゼロないし1年を強硬に主張し続けたにもかかわらず、政府が3年計上を決定し、りそな銀行を救済すると、政府決定の全面支持者に変質した。
 昨日のテレビ東京「ワールドビジネスサテライト」が放映したVTR映像での「批判はいくらでもできる」との木村氏発言場面は、私との直接対決での木村氏による政府決定擁護発言である。
 
 最大の問題は、行動の動力源である。竹中氏の行動、木村氏の行動を突き動かしてきた動機は、「公」でなく「私」であったと私は判断する。
 
 政権交代が生じて、ようやく過去の暗部にメスが入り始めたのかもしれない。
 
 永田町では対米隷属勢力と主権者国民勢力との死闘がいよいよ佳境を迎えつつある。早期に主権者国民勢力が権力を掌握して、対米隷属者たちの過去の暗部を白日の下に晒してゆかねばならない

   

私からしても、木村元会長に対するイメージは二つに分かれます。
金融コンサルタント、そして論客としての木村氏。
そして、行儀が悪く、決して誉められる内容とは思えない日本振興銀行の経営者。 
多分,木村氏自身の中でも、金融コンサルタント、論客としてのかっこいい自分と、なかなか経営が上手くいかない日本振興銀行の経営者としての自分の二つの自分がいて、前者の顔を潰したくないことから、日本振興銀行の経営の失敗を恐れて、銀行の収益拡大と業績拡大を図るために、法律違反までして高金利の融資や金融庁の検査妨害に至ったのではないかと思います。
   
そして、植草一秀氏の記事の中にも書いてありましたが、氏の逮捕は自民党政権下では多分なかったと思われ、政権交代があったからこその逮捕劇ではないかと思います。 
  
しつこく書きますが、私は日本振興銀行のような銀行が業務拡大できたのは、他の銀行など金融機関の怠慢に大きな原因があると思っています。
ただ、中小零細企業の駆け込み寺的存在になっていたことは事実なので、政府や金融庁はこの視点から、他の金融機関のに中小零細企業への対応について、信用保証協会に頼らない融資を誘導していく必要があると思います。でも今の頼りない政権と民主党執行部ではできるかどうか疑問を感じるところです。
 
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