たまに「草枕」のこのはじめの1節が頭に浮かびます

なんとなく、また浮かんだのでアップしてみます。
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山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高(こう)じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟(さと)った時、詩が生れて、画(え)が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣(りょうどな)りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束(つか)の間(ま)の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降(くだ)る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故(ゆえ)に尊(たっ)とい。
(中略)
世に住むこと二十年にして、住むに甲斐(かい)ある世と知った。二十五年にして明暗は表裏(ひょうり)のごとく、日のあたる所にはきっと影がさすと悟った。三十の今日(こんにち)はこう思うている。――喜びの深きとき憂(うれい)いよいよ深く、楽(たのし)みの大いなるほど苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身が持てぬ。片(かた)づけようとすれば世が立たぬ。金は大事だ、大事なものが殖(ふ)えれば寝(ね)る間(ま)も心配だろう。恋はうれしい、嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。閣僚の肩は数百万人の足を支(ささ)えている。背中(せなか)には重い天下がおぶさっている。うまい物も食わねば惜しい。少し食えば飽(あ)き足(た)らぬ。存分食えばあとが不愉快だ。……
余(よ)の考(かんがえ)がここまで漂流して来た時に、余の右足(うそく)は突然坐(すわ)りのわるい角石(かくいし)の端(はし)を踏み損(そ)くなった。平衡(へいこう)を保つために、すわやと前に飛び出した左足(さそく)が、仕損(しそん)じの埋(う)め合(あわ)せをすると共に、余の腰は具合よく方(ほう)三尺ほどな岩の上に卸(お)りた。肩にかけた絵の具箱が腋(わき)の下から躍(おど)り出しただけで、幸いと何(なん)の事もなかった。
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ちなみに、「草枕」途中の話の内容とかはほとんど覚えてないんだけど、
読み終わった後に風が吹き抜けた感覚だけはすごい覚えていて、そのとき身体の中を風が駆け巡ったんですよね。
もう大学生の頃だったんだけど、その感覚が印象的で今も覚えています。