武田双雲オフィシャルブログ「書の力」

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2011-05-10 15:30:22

節電のために街中の消音を提案

テーマ:ブログ

節電の対策により街中が薄暗くなってから時間が経過し


慣れないうちはなんか違和感を感じたが慣れてくるとあまり気にならなくなった


夜空に目を転じると幾分、星がきれいにも感じる


元々東京の繁華街は明るすぎるという指摘も耳にする


節電により光が抑えられていろいろと新しい発見はあるが


できれば、街中に氾濫する音も何とかして欲しい


音を抑えることでの節電効果があるのなら検討して欲しい


電車のホーム、街中、至るところに音が氾濫している


今日の朝、無人の改札を出ようとしていた時


一つ横の改札を出ようとした人のパスモのチャージが足りなかったらしく


大きな「ピンポーン」という音とともに出口の扉が閉まり


「チャージシテクダサイ」「チャージシテクダサイ」「チャージシテクダサイ」と電子音が流れている


少し機嫌の悪そうな若いサラリーマンは「チェッ!」と発し、券売機へ向かっていった


こっちまでイラっとしてしまうようなそんな朝の風景


電車のホームに立っていても


電車がホームに入るたびに


「デンシャガマイリマス、ハクセンマデサガッテオマチクダサイ」


「デンシャガマイリマス、ハクセンマデサガッテオマチクダサイ」


山の手線などは、駅によって流れる音楽も違ったりする


石原都知事が槍玉にあげた自動販売機もよくしゃべる


缶ジュースを買うたびに


「アリガトウゴザイマシタ、アリガトウゴザイマシタ」と機械音が流れる


機械音で「アリガトウゴザイマシタ」と言われてもちっともうれしくない


パチンコ屋の前を通り過ぎるとき、自動ドアが開くたびに


威勢のいい音楽のボリュームが上がる


とにかく、もう少し電子音や機械音などを消音してほしい


渋谷のハチ公前など、待ち合わせして立っているだけで


まあ、驚いてしまうくらいいろんな電子音が耳に飛び込んでくる



光も少し控えめにして、音も少し控えめにする


そうすれば


大都会東京の繁華街も少しは大人な街に変わりそうな気がするのだが


2011-05-09 11:09:35

ツツジが満開

テーマ:ブログ

気持ちの良い気候になってきた


震災の影響もあり、春を感じる桜をゆっくり愛でる時間がなかった分


鮮やかなピンク色に輝く満開のツツジを見ると気分がさわやかになる


都内でも街路樹にツツジを植えているところが増えてきたようで


至るところにツツジが咲いている


子供の頃住んでいた長崎の平戸には


崎方公園というツツジのとてもきれいな公園がある


この時期は、毎年ツツジ祭りが開かれるくらいツツジがきれいに咲き誇っている


歴史的にも有名な場所で


その崎方公園の坂を上っていくと「フランシスコザビエル」の記念碑がある


隠れキリシタンの島としても有名なところだが


満開のツツジを見ると


平戸の崎方公園を思い出す


小さい子供の頃、野球をしたり、公園で花見をしたり


少し大きくなると女の子とデートをしたり


ツツジを見るだけで、遠い昔が鮮やかに蘇ってくる気がする


故郷とはそういうものなのだろう


先日、テレビニュースで福島の避難地域の方がそのふるさとに戻れない思いを


涙で訴えていた


ふるさとに戻れないその思いがどれだけ辛いか


想像するだけで心が痛む



半蔵門ではたらく人財コンサルタントの日々雑感


2011-05-06 13:56:46

記憶

テーマ:ブログ

先日、昔の友人と約40年ぶりの再会をした


一緒の教室で過ごした小学校の思い出話をしていて


不思議な感覚を覚えた


担任の先生に対して、友達に対して、またその時に起きていた出来事に対して


随分と違う角度から見ていたんだなと感心ししてしまう


もちろん、共通の感想もたくさんあるのだが不思議な感じがした


また、話をしていくうちに、全く忘れていた記憶がよみがえってきたりもする


記憶の中には


覚えている記憶と


全く忘れてしまった記憶と


あるきっかけで思い出すことができる記憶の3つのパターンがあるみたいだ


人間は嫌な記憶や辛い記憶を自分の都合の良い記憶に書き換えるということが


ある心理学の本に書かれていた


最近読んだ小説の中に心理学者が登場して次のように話をする記述があった


「辛い記憶や、悲しい記憶やなど衝撃的な記憶であればあるほど記憶は消せません


しかし、記憶の上に新しい記憶を塗り重ね、心の奥底に埋没させて行く事はできます」


辛いことや悲しいことがあったら時間が解決してくれるという話もよく耳にする


それは、ただ単に時間の経過が解決してくれるのではなく


時間の経過とともに、新しい記憶が生まれ塗り重ねられていくことを指しているのだ


ふと東北地方の震災に合われた方々のことを考える


辛く悲しく衝撃的な記憶は


楽しくて、嬉しくて、幸福な記憶を数多く塗り重ねていくしかないのだ


特に、感受性の豊な子供達のためにも


大人達がその塗り重ねていく記憶を用意してあげなければならない


でも一方で記憶を塗り重ねていく時間があまり残っていないお年寄りのことを考えると本当に辛い