長崎に帰省した
8月9日に長崎にいた
1945年8月9日午前11時2分、長崎に原子爆弾が投下され
瞬時に何万人の人が殺された
長崎では、毎年8月9日11時2分に
サイレンが鳴り黙祷する
小中学校は夏休みのさなか
8月9日は登校日になる
長崎の平和公園では式典が開かれ
そのほかの場所でもいろんなイベントが催される
テレビでも関連のニュースがずっと流れている
子供のころは、日本全国が同じ感じなのだと思っていた
大人になって長崎だけで行われていることだと知った
広島に原爆が落とされた日も
長崎に原爆が落とされた日も
そして戦争が終わった日も
日本全国みんなで向かい合うような日にすればいいのになと思う
11日の14時26分に東北の方々が黙祷しているニュースが流れていた
毎年、3月11日14時46分は日本全国で黙祷すればいいのになとも思う
なんとなく他人事としてみていたり
所詮、対岸の火事だと割り切ってしまっていたり
そんな人たちが増えていくことに戦慄を覚える
長崎の田上市長は、平和宣言の中で
「私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、
根底から議論をし、選択をする時がきています。」
とコメントされました
一人でも多くの日本国民が自分のこととして考え議論していくことが
絶対に必要なのだろうと思う
以下に田上市長の平和宣言全文を記載します
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今年3月、東日本大震災に続く東京電力福島第一原子力発電所の事故に、
私たちは愕然としました。 爆発によりむきだしになった原子炉。
周辺の町に住民の姿はありません。
放射線を逃れて避難した人々が、いつになったら帰ることができるのかもわかりません。
ノーモア・ヒバクシャ」を訴えてきた被爆国の私たちが、
どうして再び放射線の恐怖に脅えることになってしまったのでしょうか。
自然への畏れを忘れていなかったか、人間の制御力を過信していなかったか、
未来への責任から目をそらしていなかったか......、
私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、
根底から議論をし、選択をする時がきています。たとえ長期間を要するとしても、
より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、
原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要です。
福島の原発事故が起きるまで、多くの人たちが原子力発電所の安全神話をいつのまにか信じていました。
世界に2万発以上ある核兵器はどうでしょうか。核兵器の抑止力により世界は安全だと信じていないでしょうか。
核兵器が使われることはないと思い込んでいないでしょうか。
1か所の原発の事故による放射線が社会にこれほど大きな混乱をひきおこしている今、
核兵器で人びとを攻撃することが、いかに非人道的なことか、私たちははっきりと理解できるはずです。
世界の皆さん、考えてみてください。
私たちが暮らす都市の上空でヒロシマ・ナガサキの数百倍も強大になった核兵器が炸裂する恐ろしさを。
人もモノも溶かしてしまうほどの強烈な熱線。建物をも吹き飛ばし押しつぶす凄まじい 風。
廃墟には数え切れないほどの黒焦げの死体が散乱するでしょう。生死のさかいでさまよう人々。
傷を負った人々。生存者がいたとしても、強い放射能のために助けに行くこともできません。
放射性物質は風に乗り、遠くへ運ばれ、地球は広く汚染されます。
そして数十年にもわたり後障害に苦しむ人々を生むことになります。
そんな苦しみを未来の人たちに経験させることは絶対にできません。
核兵器はいらない。
核兵器を人類が保有する理由はなにもありません。
一昨年4月、アメリカのオバマ大統領は、
チェコのプラハにおいて「核兵器のない世界」を目指すという演説をおこない、
最強の核保有国が示した明確な目標に世界の期待は高まりました。
アメリカとロシアの核兵器削減の条約成立など一定の成果はありましたが、
その後大きな進展は見られず、新たな模擬核実験を実施するなど逆行する動きさえ見られます。
オバマ大統領、被爆地を、そして世界の人々を失望させることなく、
「核兵器のない世界」の実現に向けたリーダーシップを発揮してください。
アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国など核保有国をはじめとする国際社会は、
今こそ核兵器の全廃を目指す「核兵器禁止条約(NWC)」の締結に向けた努力を始める時です。
日本政府には被爆国の政府として、こうした動きを強く推進していくことを求めます。
日本政府に憲法の不戦と平和の理念に基づく行動をとるよう繰り返し訴えます。
「非核三原則」の法制化と、日本と韓国、北朝鮮を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の創設に取り組んでください。
また、高齢化する被曝者の実態に即した援護の充実をはかってください。
長崎市は今年、国連や日本政府、広島市と連携して、
ジュネーブの国連欧州本部に被曝の惨状を伝える資料を展示します。
私たちは原子爆弾の破壊の凄まじさ、むごさを世界のたくさんの人々に知ってほしいと願っています。
「核兵器のない世界」を求める皆さん、あなたの街でも長崎市と協力して小さな原爆展を開催してください。
世界の街角で被曝の写真パネルを展示してください。被曝地とともに手を取り合い、
人間が人間らしく生きるために平和の輪をつなげていきましょう。
1945年8月9日午前11時2分、原子爆弾により長崎の街は壊滅しました。
その廃墟から、私たちは平和都市として復興を遂げました。
福島の皆さん、希望を失わないでください。東日本の被災地の皆さん、
世界が皆さんを応援しています。
一日も早い被災地の復興と原発事故の収束を心から願っています。
原子爆弾により犠牲になられた方々と、東日本大震災により亡くなられた方々に哀悼の意を表し、
今後とも広島市と協力し、世界に向けて核兵器廃絶を訴え続けていくことをここに宣言します。
2011年(平成23年)8月9日 長崎市長 田上 富久