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2012年03月31日(土) benjukuの投稿

家族サービス

テーマ:日本

日本の家族を象徴している言葉、それが“家族サービス”です。
満員電車に揺られながら帰宅するのはいつも深夜。グッタリしてしまうのも当然です。できることなら週末は家でノンビリしたい。これが日本のお父さんの本音なのでしょう。

“家族サービス”という言葉には義務感が漂います。
”家族を養っているのは俺様だ。
本来なら俺が奉仕してもらいたいくらいだ。
でも仕方がない。
家族と過ごしてやることも男の仕事なのだ”。
こういう上から目線の感覚が“家族サービス”という言葉の背景にあるような気がします。

“女は家政婦だ”。
これが男性の本音などすれば問題です。
“男はお金を生み出す道具だ”。
これが女性の本音だとすればそれも問題です。
たがいにこういう考え方をしている夫婦が本来の夫婦なのかどうか大いに疑問です。

家族とは空気のような存在です。
週末をどう過ごすかどうか、それは義務感からではなく、自然の成り行きで決まるはず。それでも“家族サービス”という概念は未だ健在です。
“On my days off, I have to spend with my family.”
(週末は家族サービスをしなければならない)

英語としてはしっくりいきませんね。
“家族サービスは英語にはなりづらい。
欧米人には“have to(ねばならない)”という感覚が理解できないかも知れません。

“I AM a salve in my family.”
これなら笑いが取れるかな?
サムライが週末だけ奴隷になる。
日本のお父さんを説明するのにいちばんピッタリする表現のような気がします。

2012年03月31日(土) benjukuの投稿

ガイジンを黙らせる?

テーマ:英語

◆弁塾◆話し方で人生を変える!≪毎日更新塾長日記≫◆

欧米人との交渉に行き詰ったら、
“It’s unfair.”
と叫べばいい。

ガイジンを一瞬だけでも黙らせることのできる打ち出の小槌、それがunfairという言葉です。彼らの人間関係は、
“You and I are equal.”
を前提として成立しています。だからunfairという言葉に敏感に反応するのです。

ビジネス交渉とはそもそも不利な状況を相手に受け入れさせること。フェアでないことは相手の側も承知しているのです。そんな場面で、
“We understand what you say, but ”
などと、ボソボソ呟くから舐められてしまうのです。これでは相手の側からもリスペクト(respect)されません。議論すべきは議論する。そういう意思を鮮明に打ち出すことが“フェア”な交渉なのです。

タフ(tough)な条件を提示されて喧嘩腰になる必要はありません。
“予想以上に厳しい条件を提示してきたなあ。
こう思ったらそれをダイレクトに伝えればいい。
相手がタフ・ネゴシエーター(tough negotiator)であることに敬意を払い、それはそれで評価する。そういうフランクな弁(speech)を彼らの側も求めているのです。おたがいの一致点をこちらの側から積極的に提示・リードする。こういう姿勢が信頼関係をも生み出すのです。

“See you tomorrow at six!”
(明日6時に会おう!)
“Fair enough.”
(いいね。)
fairはこんな場面でも用いられます。意見が一致する感覚、それがfairの本質なのです。



2012年03月29日(木) benjukuの投稿

MLBは富裕層の娯楽?

テーマ:日本・アメリカ

◆弁塾◆話し方で人生を変える!≪毎日更新塾長日記≫◆

ニューヨークに滞在していて、

今日は暇だから、

“野球でも観に行こうか?”

なかなかこういう会話にはなりづらい。

理由は単純です。

NY Yakeesのチケットは高額だから(笑)。

内野の良席なら$500、

少し妥協しても$300くらいはします。

MLB観戦は富裕層の娯楽なのです。


さて、昨日の東京ドーム。

イチロー選手の大活躍に私も息子も大はしゃぎ。

“やっぱり東京ドームに観に行こう!”

高橋商店さんにチケットを譲っていただき、久々のMLB観戦です。

期待のイチロー選手は4打数無安打。

今日はホームランを狙っていたのでしょう。

彼ほどの選手でも気負ってしまうとダメなんですね。


2012年03月28日(水) benjukuの投稿

消費税とディベート

テーマ:日本

◆弁塾◆話し方で人生を変える!≪毎日更新塾長日記≫◆

①多面的角度から検討することにより事実を見落としたり誤解したりしないようにすること。
②詭弁や筋の通らない議論に反論し正しい結論へ導くこと。
弁論術というジャンルを構築したアリストテレス(Aristotle)の見解です。

“無用な対立を煽る”
あるいは、
“日本人には馴染まない”
等の理由でディベート教育に批判的は人たちがいます。こういう人たちを説き伏せることから事を始めなければならないのが今の日本の状況です。

消費税の議論がかみ合わない、議論が議論になっていない。
こういう状況を見ていると日本という国が果たして“正しい”方向に向かってすすんでいるのか、懐疑的にならざるを得ません。日本の政治家もディベート教育を受けていさえすれば状況は変わっていたのではないでしょうか。

“意見の対立が必ずしも相手の人格を否定するわけではない”。
この真実を体感する唯一の方法は教育です。
“I disagree with you.
(君の意見には反対だ)
That’s why I don’t like you.”
(だからお前は嫌いだ)
とかくこういう雰囲気に陥りやすい風土が日本にはあります。この感覚から脱却し、まっとうな議論ができるようにするにはディベート教育がどうしても必要なのです。

子どもたちを2つのグループに分けて議論をさせる。議論が盛り上がったタイミングで先生が介入してハイ終わり。これでは芽は育ちません。

ディベートやパブリック・スピーキングに精通した若者の多くは民間企業に流れてしまっている。だとすればビジネスの現場で働く“精鋭たち”を教育の現場に召集すること、このことが事を好転させる最短距離だと私は思います。

2012年03月28日(水) benjukuの投稿

タイガーウッズと息子

テーマ:塾長のプライベート

◆弁塾◆話し方で人生を変える!≪毎日更新塾長日記≫◆

“パパ、僕ね、プロゴルファーになるよ”。
“わかった”。
息子の進路がいとも簡単に決まってしまいました。会話は3秒で終了です(笑)。

彼が初めてクラブを握ったのは3歳の頃、亡くなった私の父に連れられて近所の打ちっぱなしによく出かけていました。

“この子は凄いぞ。
タイガーを越えるかも知れない。
オレにはそれが分かるんだ”。

こんな言葉を相手にする人はいませんね。“よくありがちな爺バカ”のたわ言です。

ところが人生とは面白いもの。この言葉がきっかで息子はゴルフにのめり込むようになったのです。
信じてる人、尊敬している人。こういう人の弁はときに人を大きく動かします。根拠や理屈とは無縁の世界です。大好きな爺の言葉だからこそ息子に与えたインパクトは大きかったのでしょう。

勉強はまあまあ、スキューバ・ダイビングは趣味程度、野球は娯楽。でもゴルフだけには本気です。こんな息子を応援しない理由はありません。

“プロになれなかったらどうするの?”
こういう考え方をしないのが私たち親子です。
“子どもの適性を見極めてあげるのが親の責務だ”。
陳腐な弁は無視するのが私たち親子です。
勘違いから始まったことを素直に受け入れる、

勘違いしたまま突き進む。

これが私たちの人生のノリなのです。

私は息子を厳しく育てました。悪さをしたときのお仕置きは庭石の上での正座です。朝まで正座をさせたこともあります。こんな私の前で息子はプロになることを誓ったのです。しかも自分の言葉で!

息子がタイガーになれない理由を挙げるのは簡単です。タイガーになれる理由もなければ、根拠も実績もありません。
“サインの練習もしておかなきゃな”。
“もう始めてるよ”。
私たちの勘違い人生はこれからが本番です。


2012年03月24日(土) benjukuの投稿

体重計で身長を測る?

テーマ:社会問題


◆弁塾◆話し方で人生を変える!≪毎日更新塾長日記≫◆

恥ずかしい話ですが、

空間線量計で瓦礫の汚染度を測ることができないことを、

私はネットで知りました。

体重計で身長を測るようなもの、

という説明は実にわかりやすい。


“皆さん、

ご覧の通り、

瓦礫には

放射能成分が

含まれていませんよ。

どうか安心して、

広域処理に協力してください”。

細野大臣のパフォーマンスに騙されてしまったのは私だけでしょうか。


瓦礫の広域処理をすすめて、

50年後になって、

“あれは杞憂でしたね”

で終わればいいのですが・・・。


2012年03月23日(金) benjukuの投稿

アメリカの電力会社

テーマ:日本・アメリカ



◆弁塾◆話し方で人生を変える!≪毎日更新塾長日記≫◆
“アメリカの電気料金はいくらだったかな?”
どうしても思い出せません。

私たち家族が以前、居を構えていたのはニュージャージー(New Jersey)のレオニア(Leonia)という町でした。マンハッタンまではジョージ・ワシントン・ブリッジ(George Washington Bridge)を渡って20分程度。周囲は木々に囲まれていて、軽井沢や箱根のような雰囲気でしょうか、私はこの町が大好きです。


“電気料金はいくらだったかな?”

考えても思い出せません・・・。

それもそのはず、電気、水道料金がお家賃に含まれていたからです。

BR/Utility Included/$1600/month

築50年の古屋ですが、諸費用込みでこの価格は破格ですよね。


東部やハワイ州を除けばアメリカの電気料金はそれほど高くはありません。

“原発があるから?“

そうではありません。アメリカではスリーマイル島事故以降、原発は1基もできていません。


原因は?

電気の自由化です。


多くの州で発電と送電が分離され、

全米にはおよそ3000の電力会社が生まれました。

競争原理を導入して電気料金の価格を抑制したのです。


アメリカでは停電が多い等、課題も残されていますが、日本が学ぶべき側面もあるのではないでしょうか。東電がすべてを独占している限り、ろくなことはありませんね。




2012年03月22日(木) benjukuの投稿

危険なパワーポイント!

テーマ:スピーチ



◆弁塾◆話し方で人生を変える!≪毎日更新塾長日記≫◆
“このパワポの資料、凄いだろう”。

色鮮やかな表、グラフ、文章が満載のパワーポイントはまさに“力作”です。

こうやって準備万端、整えてプレゼンテーションに臨むわけですが、こういう人はまず本番で失敗します。パワポに振り回され、聞き手のアテンションが散漫になるからです。

話し手がパワポの画面ばかり見て、聞き手のアイコンタクトを失ってしまうこと。これは致命的です。話し手と聞き手のラポール(rapport)の大部分がアイコンタクトによって保たれているのです。

“内容はご覧の通りです。
念のために説明させていただきますと・・・”。
万事こんな調子では、聞く側もプレゼンが億劫になってしまいます。

パワポの画面は見ない
。これがプレゼンを成功に導く第一歩です。画面を見ないでも、その内容がスラスラ説明できるくらいの準備をする。そうすれば安心してアイコンタクトに集中することができるはず。

色は3色以内に収めること、表現はフレーズ中心で記すこと、1画面1要素の原則を守ること。これが配布資料とは異なる点でしょうか。パワポは克明に記された“力作”である必要はありません。あくまで、聞き手の側に立った、見やすく、分かりやすく、そして興味を引くものであることが大切です。

素晴らしいパワポと魅力ある話し手。こういうプレゼンがいつまでも聞き手の記憶に残るのです。





2012年03月21日(水) benjukuの投稿

ブタ以上、人間未満の人生?

テーマ:生き方


◆弁塾◆話し方で人生を変える!≪毎日更新塾長日記≫◆

自分の心の中から物体を取り出して、
“This is me!”
と指し示すこと、これが言葉を発すという行為です。

画家は絵を描くことで“言葉”を発します。音楽家は楽譜で“言葉”を発します。料理家はレシピで“言葉”を発します。人はみな独自の"言葉“を使って自己のアイデンティティー(identity)を表現しようとします。
言葉の発信基地はアナタです。出発点は常にアナタの心の中、アナタ自身。このことをはき違えると不幸です。

アナタが感じた通り、思った通りに言葉を発すること、これがすべての始まります。真意はなかなか伝わらないことでしょう。もしかしたら生涯伝わらないこともあるかも知れません。それでも心を尽くして言葉を発し続ける。これが人として与えられた特権であり義務です。

人類は文字を生み出し、印刷技術を生み出し、電話を生み出し、そしてインターネットをも生み出しました。それでもコミュニケーションがもたらす問題に私たちは悩み続けています。
餌を食べ、酒を飲み、セックスをするだけの、いわば、ブタ以上、人間未満の人生も悪くはありません。
でも、それだけでは
“Who am I?”
のパズルを解くことはできません。
“This is me.”
と叫び続けることはできないのです。

すぐに売れる絵を描いて、魂の切り売りをする、そんな画家になってはいけません。アナタの心の中のキャンバスに絵を描くのはアナタなのですから。

2012年03月20日(火) benjukuの投稿

スピーチとワインとピアノ

テーマ:塾長のプライベート


◆弁塾◆話し方で人生を変える!≪毎日更新塾長日記≫◆
“おい息子よ。
立派な大人になるために大切なことが3つある。
分かるか?
スピーチとワインとピアノだ”。
息子がよちよち歩きの頃から私が繰り返し述べてきたことです。スピーチは私が教えればいい。酒の飲み方も私が教える。でも、ピアノだけは私が教えるわけにはいきません。

“福澤さん。ピアノでも弾いていただけませんか?”
パーティの席上でこうリクエストされて出来ない自分に何度遭遇したことでしょう。そんな場面でいかにもピアノが似つかわしくなさそうな“ヤツ”が見事に演奏をやってのけてしまう。メタボであろうがハゲチョビンであろうがやっぱりピアノが弾ける男はカッコいい。私自身のさもしいホンネです。

スピーチは人並み以上に上手くできる。
ワインの話にも少しは付き合える。
でも、ピアノだけはお手上げです。
私自身、文化人を気取るつもりはありません。ただ、“それなりの場”に身を置く人たちは“それなりの所作”を身につけて大人になっているのです。このことを大人になって気づいても遅い。

スピーチとワインとピアノは最低条件。
ダンスもできなければなりません。
乗馬の知識も意外に役立ちます。
英語以外にもうひとつ外国語に堪能である必要もあります。
日本の文化や歴史を簡単な言葉で表現する能力も必要かも知れません。

さて、“I dreamed a dream”を息子が演奏してくれました。レ・ミゼラブルの主題歌です。彼がパーティの席上で見事にメロディーを奏でる場面を想像しながら気分よく眠りについてしまった私です。

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