糸魚川ジオパークのおじさんのブログ

日本で最初に世界ジオパークに認定された糸魚川ジオパークの魅力や出来事などを紹介します。


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寺島地区は昭和の中・後期から姫川港が開発され大きく変化しました。バイパスが現在の国道八号線になり旧国道通りは交通も減り閑散とした生活路の通りとなっていて昔の面影を感ずるものがあります。


旧道付近には円照寺があり、その奥には諏訪神社があります。新しく国道8号となったバイパス付近の旧田んぼは商店や、石油スタンド、自動車関連の企業、工場、食堂、サービス業等、更に警察署まで並び発展してきました。


        

        昭和後期の横町の風景、ミニSLが走っていました。↑現在は住宅街になっています。


 横町に入ると昭和時代前期には糸魚川の代表する企業であった「東洋活性白土(株)」が閉鎖し、広大な敷地にはスーパーマーケットの「IBIS」が出来ましたがそれも閉鎖され、更に現在は「イチコ」が開業しました。旧道北側にも白土工場があったのですが、国道が工場の敷地内を通っていたのか、国道を跨いでミニSLが通り、踏切もなかった所で今では考えられない不思議な風景の場所でした。現在の吉田病院の入り口付近です。


  以前、昭和時代にはこの当たりに東洋活性白土社があり吉田病院前と石田眼科付近にミニSLの線路が国道を横断していました。↓


そのミニSLの一台「黒姫号」が現在はフォッサマグナミュージアムの屋外に展示され見ることができます。




 昭和40年代には国道148号線が横町の浜まで開通し交通の要衝となりましたが、昔から残っている秋葉神社があります。秋葉神社は火伏せの神社です。祭神は火産霊神(ほむすびのかみ)。

 昔から横町付近から火事が多く発生して、季節風の西風の強い時季には糸魚川の町中が度々火災の被害にあっています。

秋葉神社はこの付近から出火した大火があった翌年の安永7年(1778年)に創建されました。


 そんな状況から明治の初め頃にはこの高台に水を引くことが考えられ姫川の水をサイフォンの原理を利用して秋葉神社の境内まで引き入れました。秋葉社境内には大きな貯水槽が設置されています。




秋葉神社境内の水槽↑
秋葉神社には今井産の八路石が社の土台や石灯籠に使用されています。↑

 横町の秋葉神社から東側の地帯はやや高い丘となっています。そのためか、此処には江戸時代には代官所(陣屋)が置かれていました。江戸時代の糸魚川藩(清崎藩)は清崎城主荻田主馬が越後騒動で失脚し城が取り壊された後松平氏の代が定府大名であった為殿様は常時江戸詰めでした。



 
 江戸時代に陣屋があった付近の現在、第一生命のあたりに井戸跡がありましたが今は見当たりません↑
     


 代官と言えば水戸黄門漫遊記の話ににしばしば登場します領民に嫌われた悪代官?もありました。

「黒川騒動(文政2年)」と言われる一揆が起きた舞台でもありました。


代官所(陣屋)の跡を示す井戸跡も近年はみえなくなりました。台地の南側には郷蔵と言う米蔵があり、代官所が廃止されてからは、糸魚川最初の学校が置かれたり、裁判所になつたりしましたが、現在は住宅街となつています。


陣屋の北側の海岸に近くには黒船襲来に備えて台場が置かれ陣屋が管理していました。その跡も今では判らなくなってしまいました。










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