春の特別自浄週間

テーマ:
近頃の闇雲な寝溜が効いたのか?

今日は昨日の延長線。

風は強いが暖かく跳び跳ねたくなるような気候に誘われて、
朝から自室自浄作業を開始する。

しばらく手付かずの我が部屋は相変わらずに訳が解らず、

ソファベッドが3つもあり、

ツカナイテレビが3つも鎮座。

常軌を逸した散らかし具合いを前にして、

呆然自失に自室を窺い、
脳内裁判官は

「いっそのこと模様替えの刑」

と判決を下す。

心地良い春の日差しは窓の外。

見渡す限りに散りばめられた

書類と衣類とごみ達と朝から今まで格闘し、

先程一応開店したのも束の間、暫しの一服を経て

これから再び現場に戻り、

散らかしきった諸事情と戯れ春を満喫してこよう!

近所ではどうやらプロジェクトÅも進行中の模様です。


まだまだ寒いといいますが、

こんなに手足が動くのは!

こんなにやる気を魅せるのは!

春の仕業に違いないのですから。
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昨日、店に来てくれた知人との会話の中で


「ただモノを買う行為だけでは味気ない。周りの人間が活きる買い方をしたい!」


というような事を話したのが頭から離れず、ナントナシに様々検索するうちに


あらビックリ! 大学時代自分が提出した過去のレポートと遭遇。


レポートのくせに覚書とあり、参考文献も未公開な未完成論文に苦笑しながらついつい読み耽る珍妙な朝の一幕です。


自己最長不倒具合に超長文な散乱文ですが時間のある方はよろしければどうぞご覧アレ。


本邦初公開??


悶々とした未完成青春日記の全貌!!↓




<タイ・ラオス・スタディツアーの覚え書きの記>

私たちは多くのものに囲まれ「豊かな」生活をしている。

しかし、自分の生活を見つめ直してみると、いらないもの・無くても困らないものが意外と多い。

現在の経済システムを見ていると、お金をたくさん使わないと発展しないシステムのようだ。

無駄なものを買い込み、捨てては買ってお金を使い込む。

自分が本当に必要なものだけ買い、大事に使い続ける生活は経済発展においてマイナスの要素でしかない。

そして人々は「バブル」時代を懐かしがり、ゼロ成長は悪だといわんばかりに経済成長を求めている。

Ⅰ グローバリゼーションを考える。
◎私たちの生活を考える。
◎グローバリゼーションとは何だろう
◎問題点
◎タイ・ラオスとの関わり
◎ODA・ダム・地下鉄・車・生活

Ⅲタイで見たオルタナティブなながれ
1複合農業を実施農園
2コンケーン県ポン郡ノンテー
3ノンジョク自然農園
4ファイホック村
6私たちにできることNGOのしていること
仕組み・自らの生活を見つめなおす。何ができるか。

戦後日本は食糧難の時代を経て、「豊かさ」を求め飛躍的な経済成長を遂げた。

そして今では世界屈指の経済大国である。

お蔭で私たちは日々の暮らしに何の不自由もなく、お金を出せば大抵のものが手に入る。

私たちの生活を支える石油、金属、木材などの資源や工業製品といった目に見えるものだけではなく技術や文化などもグローバリゼーションによって世界中を駆け巡っている。

グローバリゼーションとは人・財・サービス・情報などが時間的・空間的制約を超えて自由に交流するようになる過程を示す言葉である。

そしてその結果、自由貿易の促進、環境基準の改善、人権意識の高揚などがもたらされると考えられてきた。

しかしすべての人がその恩恵を受けられたわけではない。世界の5分の1の人々の収入は1日あたり1ドルにも満たず、さらに5分の1の人々の収入は2ドル以下である。

世界経済は拡大を続け、いまや貧富の差は97年現在で74倍にまで拡大している。

先進国は開発途上国から食料や金属、木材、石油などの資源を安く買い叩き、工業製品などの加工品を高く売り付けている。

このため豊かな国・人はますます豊かになり、貧しい国・人はますます貧しくなっているのだ。

今の経済システムはそのような格差を利用して成り立っている。

また、グローバリゼーションが進むと世界の文化の多様性や、伝統的なライフスタイルが失われてしまう。

これまで伝統的な暮らしをしてきた先住民族の社会に都会や外国からきた様々な商品が売られていくと、暮らしの中でどんどん現金収入が必要となり、木材などの天然資源の切り売りや、換金作物の栽培が始まる。

こうした消費生活が次第に浸透していくことで、自給自足が崩壊し、地域の自然破壊とともに地域固有の伝統的な文化や価値観も失われてしまう。
貿易の自由化(経済のグローバル化)が進むむことによって、競争力の強い企業(や国)のみが勝ち残り、競争力の弱い地域に根付いた企業(や国)が潰れて行くことが懸念されている。


経済のグローバル化が強者の経済と言われる所以である。巨大多国籍企業と比べて相対的に競争力の弱い地域に根付いた産業(一次産業も含めて)が経済のグローバル化の影響により崩壊し、地域経済が破壊することによって、人々の生活が揺るがされている。

  また、自由貿易における商品の優劣を決める第一のファクターは、「価格」である。


しかし、価格という点のみで商品の優劣を判断すれば、環境に配慮したコスト高の商品よりも、環境破壊的なコスト安商品の方が優れていることになる。


低賃金の劣悪な労働環境で労働搾取的に作った製品の方が、きちんと労働者をケアしている企業の商品より市場競争に強い。
 自由貿易を推進することによって、価格競争が激化すれば上記のような事態がますます加速されていくだろう。

ますます、環境破壊的な商品、労働搾取的な商品が増加する危険性がある。

それは決して望ましいことではない。しかも、多国籍企業が開発途上国で労働搾取的な生産を行っても、多くの金は「北」の国へと流れていってしまうため、「南」の国へは必ずしも十分に資金が回らない。

タイやラオスの街を歩いていると、この遠い国と日本の関係について考えさせられる。

それは車や地下鉄・彼らの生活からである。この遠く、普段の生活ではほとんど意識しないこの国が日本と密接な関係を持っていることに気づく。そしてタイ・ラオスの国のローカルな問題を考えていくと、グローバルな問題が見えてくる。

◆ODAダム編
日本は世界でもトップレベルの援助大国である。しかしODAのなかでも、ダムの大規模開発など、現地で大きな問題になっているものがいくつも存在する。
現在世界銀行が支援を検討しているラオスのナムトゥン2ダムでは、環境影響調査が行なわれる前に水没予定地の伐採が行なわれ一部で住民移転も始められていた。

メコン河流域国で次々とダム計画が進められている一方、ベースラインデータが不十分な環境影響調査や、計画段階での不十分な住民参加や情報公開に基づいてダムが建設されたため、自然資源に依存してきた地域住民が生活の糧を奪われる結果になっている。
大規模ダムは4000万~8000万人に移住を強いた。その結果経済的な困難、地域社会の崩壊、精神的/肉体的健康問題を引き起こした。

特に先住民・部族民・小作農の社会を襲った。ダムの下流住民は疫病に見舞われ生活の糧だった自然資源を失った。

大規模ダムは多くの魚や水生生物の消滅という環境破壊や、広大な森林・湿地・農地の消失を引き起こす一方、大部分の利益はすでに生活にゆとりのある人たちに行き、貧困層がそのコストを負っている。

世界ダム委員会はこうした分析に基づき以下の提言をしている。


★被影響住民の合意なくダムを建設すべきではない


★新たなプロジェクトを進める前にニーズについての包括的で参加型の評価とそうしたニーズを満たす選択肢を掘り起こすべきである。


★新たなプロジェクトを建設する前に既存の水/エネルギーシステムの効率性を最大化することに優先順位を置くべきである。


★既存のダムについて安全性や撤去の可能性などについて評価するため定期的な参加型のレビューを実施すべきである。


★ダムの影響を受けた人々に社会的な補償を行ない破壊されたエコシステムを回復するためのメカニズムを作るべきである。


日本では、工場からの排水や肺炎に厳しく規制が掛けられた。

その結果、企業は環境を保全する技術を高める事が出来た。

が同時に環境基準を守るためのコストがかさむ事になり、そこでコスト軽減と工場の環境対策のために企業が目をつけたのが、環境規制の少ない東南アジアへの進出であった。

日本では環境を汚染する施設を東南アジアに作り、製造コストを減らすと共に、現地に汚染を垂れ流しつづけたのだ。

◆ヴィエンチャン清掃センター
1992年に計画され98年に日本の無償資金協力で建設された。
建設資金はおおよそ7億円で、ヴィエンチャンのタラサオーから7km地点にある
日本の援助はこの施設と廃棄物処理場、ゴミ収集車6台、道路清掃車2台、散水者2台、ダンプ2台、
廃棄物処理場の面積は62ヘクタール、現在まで14ヘクタールを使用している。ラオス政府は今後10年間は使えると公言している。
日本の技術をそのままもってきても意味がない
シートもなく、原野に2メートルの穴をあけ、そこに投げ入れる。
この施設ができる前はごみ処理場はなかった。
金がないに尽きる。
1日に1時間~2時間程度創業
汚水はほったらかし、環境アセスも無い
家庭で各自償却している場合が多く、朝は凄く煙が立ち込める。
政府のやり方は仏作って魂入れず状態
政府の環境への配慮が欠けている。環境対策への援助が少ない
廃棄物の分別は行われていない。リサイクルの重要性をラオスの役人はよく知っている。これからである。
感想:昔の日本の高度経済成長期を彷彿とさせる。環境保護は経済発展あってのものなのだろうか?
同じ社会主義体制であるキューバの有機指向のような発想の転換が必要ではないか、。

◆バンコク地下鉄編
鹿島(社長:梅田貞夫)を代表者とする鹿島・間組・前田建設工業・サイアムシンテック・三井物産・T.S.B.の共同企業体がバンコク地下鉄を設計・施工

Ⅱ日本の農業に見る近代化・グローバルな流れ

1950年代後半の日本に始まりアジアの経済成長は、韓国、台湾など東アジアに受け継がれ、続いてタイ、マレーシア、さらに中国、ヴェトナムなど社会主義国、そして南アジアへとアジア全域に及ぼうとしている。その中を人々は豊かさを求めてひた走りに走ってきた。


現在の日本農業は解体の危機に瀕している。

ことの始まりは経済成長であった。日本の高度経済成長政策は、労働力、自然環境を含む諸資源を総動員して経済の重工業化を推し進めた過程であった。

そのためにそのために採用された政策の中でもとりわけ重要な役割を果たしたのが農業近代化である。


農業近代化政策は労働力、土地、水といった資源を農業・農村から切り離し、興行・都市の側に移転することを狙ったものであった。

その結果、日本は“豊か”になった。言い換えれば、今私たちが教授している「豊かさ」は農業と農村、自然環境を食いつぶすことによって得られたものなのである。

そして、今私たちが立ち会っている日本農業の解体状況は、日本経済の成長を後ろから支える形で進められてきた農業近代化といわれるものの、行き着いた果てなのである。

途上国では農地の半分が先進国へ輸出するためにつかわれている。

これはかつて西洋諸国による植民地化によって、輸出用の「換金作物」の生産が推し進められた歴史の結果である。

農業の近代化は地域固有の伝統的な農法、風土に適した農業技術を無視し、効率を上げること、生産性を上げることを至上命題に推し進められた。

農業技術における機械化、化学化、装置化。農業経営・土地利用における単作化、専門化、大規模化。国は国益のために輸出に依存し、伝統的な自給自足の農業は崩壊してしまった。

大規模な開発や近代農業によって自然環境は破壊され、干ばつや自然災害などが起こり、食料が不足して飢餓と貧困が生まれる

○政策としての農業近代化
日本経済が急速な成長をはじめる1960年代、農業部門を経済成長に適応したものにしようとしてとられた農業政策の柱は、生産性の向上、離農促進、農業生産の選択的拡大、の3つであった。


これら一連の体系が「農業近代化政策」と呼ばれるものである。農業基本法を軸に、これらを促進するための法律・制度が次々に整備された。農業近代化を根本で支えていたのは、農業も協業と同じモデルに沿って発展するべきだという考え方である。

つまり、集約化、経営の専門化、合理化、分業、製品の画一化が推し進められ、科学的な労働組織をもつ工業が経済効率を図る基準になった。

専門化と技術の画一化によって、その土地の気候、土壌、地形に適して成り立っていた、地域固有の生産システムは消滅した。

今の農業は太陽の力でエネルギーを生み出す以上に再生不可能な化石エネルギーを消費している。

農業は、資材、設備、建物、エネルギー、肥料、飼料、獣医製品、コンサルタント事業など、あらゆる事業にとって願ってもない市場となった

◎農業近代化の理想
労働時間を短縮し、仕事内容も楽理なり、収入が増え、農民の生活は改善された。

しかし、専門化が進むと工業的な設備やとても高価な機械への投資を回収するため、土地と生産を拡大しなければならなくなった。
生産性向上は、他産業との生産性格差の是正と外国産農産物と競争しうる農業を作る、という2点をねらいとしていた。

いずれの場合も労働コストを切り詰める、いわゆる労働生産性の向上が課題とされた。


そのためには平均1ヘクタールという日本農業の零細性を克服し、機械力が駆使できるように規模を拡大しなければならないとして、田んぼの区画を大きくする圃場整備事業と機械化などを勧める農業近代化をセットにした農業構造改善事業が始まった。


同事業をてこに農地を特定の笑納かに集めて自立経営農家を育成、残りは農業から足を洗って他産業に従事し、日本経済の発展に貢献する、というシナリオである。政府の当初の計画は、2・5ヘクタール規模の自立経営を100万戸作り、農家戸数を3分の1に減らすというものであった。


農業は土地を基盤に、自然の生産力を利用する生業である。

そうである以上土地生産性の問題を抜きにして農業の生産性を論じることはあり得ないはずなのだが、ここでは土地生産性は無視され、労働生産性つまり省力技術のみ注目された。

規模拡大とその一方での離農促進等第2の柱のシナリオも崩れた。


米作などいわゆる土地利用型農業においては、少数農家への土地集中は進まず、大多数の農民は土地を手放すことはせず、出稼ぎを含む兼業農家が日本農業の主流となった。


そして第3の柱である農業生産の選択的拡大である。

ここで言う選択的拡大とは国内における農産物需要と、国際的な農産物需要の選択の2つを意味する。(農業の分業化)
この農業近代化政策の推進は2つのことを生みだした。


一つは、地域の風土や生態系に則して発展してきた従来の農業と切り離された、それとは異質の農業の展開である。

風土や生態系と切り離された農業は、その風土や生態系の反対物に転化せざるを得なくなる。

地域の風土や生態系が本来持っている自然の生産力を利用するのではなく、科学合成物質や機会の生産力に頼ることになるからだ。
こうして農業は、自然との共存関係の中で作られてきた多様性と循環性を失い、自然と人間の安全を脅かす存在となる。


もう一つは農民の主体性、自己決定権の喪失である。


伝統的に培われてきた農法、農業技術は否定され、上から技術官僚が主導する「近代化技術」が注入される。その技術を使うための基盤、たとえばトラクターが走れる広い圃場や、農道、水管理を容易にするための灌漑施設といったものは、政府の補助金や融資、途上国の場合は外国からの援助によって作られる。


農業機械や化学肥料、農薬といった近代化技術のための資材は大企業、輸入商社の手によって農村に持ち込まれる。

こうして、行政官僚・技術官僚・農業関連企業(土建企業、農薬メーカー・製油科学、運輸・流通業、商社など)、それら企業に便宜を図り、見返りを得る政治家が三位一体となって農民管理システムを形成し、農民は自立した生産者の立場から、単なる消費者としての存在に落ちる。

現在、ほとんどの国は大量生産、大量消費、大量廃棄を基盤にした、地球規模の経済システムに組み込まれている。


この一様化され序列化されたシステムに組み込まれたら、序列の中でよりよい位置を獲得するための必須条件とされている工業化を促進せざるを得ない。

多様な価値観は払拭され、人々は労働力、または市場としてのみ位置付けられる。

また工業化政策下では、地域を特徴づけ、人々がそれに依拠してその地特有の文化を育んできた、大地、水、森などの自然は「資源」としてみなされるようになる。

その結果「開発」という名のもとに、資源はそれと伴に長い年月とともに暮らしてきた人々の手から奪われ、海外や大都市に運ばれる。

Ⅲタイで見たオルタナティブなながれ

タイにおいて、農業と農村の危機を感じて、NGOの活動が活発化したのは80年代初頭であった。

それまで、開発事業として政府が海外から開発資金援助を受けながら行ってきたものは、地域の人々の利益や参加を考えず、また環境保全を考えないものであった。

そのため、村の農業協同組合が農民の生産活動を支援するものではなく、化学肥料販売をもくろむ企業の窓口になったり、植林はそこに住んでいる農民を追い出して、人々が指一本触れる事ができないなど、地域より国家経済を潤すものに偏向していた。


新しいNGOの活動方法は、地域にすむ人々が自らの手で植林したり、生態系を破壊しない農業を推進することによって、自分たちの生活の依拠している環境を維持し、その地域での暮らしを永続的にすることを側面から支援するものであった。

近代農業の普及は、工業性産物を使用する事を前提とした技術や考え方を、農民に移転するものであるのに対して、NGOの方法は、その地域がはぐくんできた知恵や技術を今に生かし、彼らの積み重ねてきたものの延長上に、生態系や土壌を豊かにする農業を構築しようとするものであった。

換金作物の単一栽培へと傾斜する中で、売ることのみを目的とした農業ではなく、自然の摂理を生かす形の農業をやってきた人たちがいる。


◆ポン郡ノンテー村
NGOオルタナティブ農業ネットワーク(AAN)に参加している農園である。
複合農業を始めるきっかけ自然破壊
40年前から始まったタイの国家開発計画は、特別な商品作物を農民に作らせる開発政策だった。


イサーンでは森林伐採に続き、主食の米だけでなく、麻、キャッサバ、サトウキビなどの単一作物栽培が推し進められ、土壌流出や旱魃などの環境問題が深刻化した。

◆オルタナティブな発想と複合農業の取り組み

 彼らは借金、自然破壊は元を正せば国家計画の誤りのよるものだと感じるようになった。


生活の糧である森を失ったノンテー村の村人は、その収入をコメに頼らざるを得なくなった。

しかしイサーンの稲作は雨水に依存しているため、雨が降らないと収量が大幅に減る。(イサーンの年間降水量は、平均で1000~1200ミリであるが、その雨のほとんどが雨季に集中する。

そのため、同じ地域で旱魃と洪水が起こることがある。)農民たちは旱魃に悩まされた上に、コメの価格決定権もないため、低価格での販売を強いられた。

そのため稲作だけでは食べていけない状況が続いた。こうして村人たちが生活の転機を迫られたのは、今から4,5年前のことだ。
 NGOと農民が共に考えて、政府とは異なるオルタナティブな方法を模索しはじめる。

栄養状態の悪化や、洪水、降水量の減少が顕在化していた。最初の課題は水の確保だった。
 彼らの目指すことは、土を始めとする自然資源と人の心を豊かにすることだ。

そのために、化学肥料と農薬を使っていない。その代わりに家畜の糞などを使って液肥、堆肥を作っている。また藁をすきこんで緑肥にしている。

◆朝市
 朝市は毎朝6時に、村の広場で開かれている。
 朝市を行う以前は、政府と仲買人に市場と商品を握られていた。
近代以前は、分かち合いの伝統があったこの地も、近代化によって消費者と生産者が区別された。
 朝市の効果
① 市場の事を学ぶことで、昔の分かち合いの伝統を見直すことになった。
② 村内の結束が密になり、情報伝達の場になっている。
③ 大きな市場では余計な出費をしがちだが、小さな市場では必要なものだけ買うようになった。
④ 子供が参加し、子供と大人の繋がりができた。
⑤ 共有地の畑での栽培も活発になった。
⑥ 市場があることで生産意欲が出てきた。
⑦ 多種の農産物を作るようになった。
⑧ 他地域にも朝市の取り組みが拡がった。
⑨ 人口流出を防ぐ役割がある。
⑩ 出稼ぎが減った。⑪直売のため、安く提供できる。


◆「朝市・地場の市場作りプロジェクト」の背景

 タイJVCが進めるプロジェクトの背景には、イサーンの近代化によるさまざまなひずみの顕在化がある。
1961年以降の計画経済の導入によって、農村では、外貨獲得を目的とした輸出指向型農業を進めるために森林が伐採された。人々の生活の糧である地域の自然資源が急激に消滅し、1960年に国土の60%を占めていた森林は、現在では20%以下まで減少した。
そして換金・単一作物の栽培は、化学肥料や農薬、耕運機などの耐久消費財の使用を余儀なくし、人々の支出は増大した。生産物の価格は国際市場に委ねられ、低価格に抑えられたため、膨大な借金を抱える人々が増えた。

○ノンジョク自然農園
 ノンジョク自然農園は、バンコク市の中心部から北東に約50キロ、ノンジョクという地域の運河沿いにある。農園の方針は「自然農業で自給自足を基本にし、余剰の生産物を販売し、農園のスタッフの給与もまかなう経済的自立農園の確立」である。

○自然農業
自然農法は①循環性②多様性③多層性が重要な要素。自然界において不必要なものは無いという考え方。有機農法にしても自分にとって有益or無益か?という価値判断をするからまったく異なる思想

○自給自足
ノンジョク自然農園では現在、コメ、野菜、卵、果樹、魚など、食べ物はほとんど自給している。市場から買うものは、調味料類や乾物類などだけである。

○生産者と消費者の関係
農園の経済的な自立の達成は、5年間を目標にして始まった。3年目からは農園の土もかなり改善され、野菜の収量も増えてきたので、野菜、果物をCSA方式で消費者に届けようということになった。


私達のいる向こう側にどういう事態があるのかということを見てみよう。

1.1 ごみの処分場とバンコクにおけるスカベンジャー
 日本でもタイでも、ごみ処分場はある意味宝の山である。

スカベンジャーとはアジアでは日本、シンガポールを除くすべての国にいると言われる、ごみ捨て場で廃品を拾って売り生計を立てている人たちを指す言葉である。

彼らは地球環境がどうでという視点でリサイクルをしているわけではない。

処分場の形のあるものは全て拾っていくので、ごみ捨て場には無定形のごみしか残らない。
 彼らの商品の一つにビニール袋がある。川で洗い干して1キロ90円ほどで売っているのだが、近年近くに化学工場ができ、より安いビニール製品を生産するようになって彼らのビニール袋は売れなくなってしまった。

1.2 ユーカリと油やしの功罪
 タイでは森林が伐採で急激に減少し、保護が必要なのだが、現地に行くと森林を燃やしている。

その跡地にはユーカリが植えられる。ユーカリにはユーカリオイルと呼ばれる成分が含まれていて、殺菌、薬用に使われている。

しかしこの成分は土壌中の微生物を殺し、他の動植物を排除してしまう。

その結果ユーカリ林では土壌が流出してしまうのである。

また成長が非常に早く、その分土中の水分養分を多量に吸収する。

湖が涸れるという事態も生じている。このユーカリは何に使われるのか。

私たちの使っている紙の原料になるのである。質がよいことからOA紙を中心に使われている。

日本では多量の紙が消費されているのだが、その裏側にはこのような現実がある。
 

もう一つ急速に植えられているものに油やしがある。

前記のユーカリは、現地ではギャングの木と呼ばれているが、こちらは緑の監獄と名付けられ、嫌われている。

これは何に使われるかというと、日本で地球にやさしいやし油といった触れ込みで多彩な用途に使用されているのである。

また、あまりにもこの油の価格が低いので、日本では油のリサイクルがだめになった。

一次原料を使い捨てたほうが安上がりになったのである。油やしは加工工場の周囲一面に植えられる。

24時間以内に加工する必要があり、一つの市町村単位の広さで植えられるため、子供たちは学校に通うことができなくなる。住民は代々プランテーションにとどまらざるを得なくなり、緑の監獄といわれることになる。さらには農薬や山火事等の問題も引き起こしている。


 私たちの側では被害は目に見えないが、事例を見ると現地では私たちの消費のためにさまざまな被害が出ているのである。

 ◆ODA,構造調整プログラム,累積債務
なぜ、新品資源がこうも安くなっているのだろうか。新品資源は途上国から入る。

問題の背景には途上国の累積債務があることが見えてくる。

先進国は途上国から金を返してもらおうとするが、途上国とは工業発展途上国なのであり、工業製品を作ることが貧弱な国である。

そのかわり限られた品目の一次産品の生産を余儀なくさせられ、その輸出で債務を返すことになる。

なぜ輸出原料なのか。先進国としてはその途上国の通貨で返されても困り、ドルやマルク、円といった外貨で返してもらいたい。そのためには先進国への輸出で稼がなくてはならないのである。


 途上国援助としてODAが届けられるが、それも結局は先進国への輸出という形で使われ、地域に還元されることはない。

ODAによって作られた水力発電所で作られる電気は、一気に都市に運ばれアルミニウムの精錬などに使われる。ダムの周囲の村は電化されていない。

地元の生活向上のためにとよく言われるが、彼らには何の恩恵ももたらさないのである。

さらに生産されたアルミを輸入するのは日本であり、価格を決定するのも日本なのである。

輸出関税なども認められない。こうして日本に非常に安価に新品資源が届けられるのである。

 かつてメキシコが累積債務の棒引きを求めたことがあったが、そこに資金を貸した機関がある。

それがIMF(国際通貨基金)である。IMFはすでにこの時期には盲腸となっていた。

もともとIMFはドルを中心にした国際通貨の安定を図る機関であったが、ニクソンショックの後、変動相場制に移行してからは意味が薄れていた。

ところがこのメキシコへの資金を貸した時期以降、息を吹き返すことになる。

金を貸すときにはいうまでもなく条件をつける。この条件が「構造調整プログラム」である。

これは借金を返す金を作り出すために、あなたの国の社会構造を調整しなさい、という意味である。


出される構造調整には大まかに3つある。


 1 通貨の切り下げ
   貿易が黒字になる。
 2 歳出削減
   教育・福祉・医療費が切り詰められる。
 3 生産品の転換
   外貨を稼げる産品を作らされる。


 こうして先進国に累積債務を返せるように強制的に改造させるのである。


特に3によって人々の食料が不足するようになった。

ブラジルでは自給のための農地が日本向けの大豆に転換されている。

飢餓期のアフリカを見ても、実はアフリカから輸出される食糧のほうが援助等よりも多いのである。

つまり彼らは自分の畑で作る作物は輸出用で、自分たちで食べる食料は作ることができない状態にあるということである。

そうでなければ飢えることはなかっただろう。


 こういった事態をもたらしたのがIMFの構造調整プログラムであるが、すでに120カ国以上がこれを受けている。世界の3分の2である。

彼らが作らされるのは18品目の一次産品で、収入の60%を占める状況になっており、120カ国がその生産に集中することになる。

工業製品ならばさまざまな差別化が可能だが、一次産品には付加価値が付けにくい。

差別化できるのは価格のみであり、こうして一次産品価格の暴落が起こったのである。


 この価格下落は1929年の世界大恐慌と同レベルである。


私たちは価格破壊などと言って喜んでいるが、その向こう側にはまさに世界大恐慌が起きているのである。


さらにこのままの構造では価格は下がり続けることが予想される。


 このようにして、現在のリサイクルができないという状況の原因が見えてきたのである

3で述べた問題の解決にはどうしたらいいのか。


一つの方法には、輸入の段階で関税をかけてしまうということが考えられる。

先進国の中で唯一デンマークがバージン資源税を導入している。

これは外からの輸入、国内の生産を問わず一次原料には課税する仕組みであり、リサイクル品を安い状態にしてリサイクルを成り立たせている。
 また、債務を免除していこうという方策も考えられる。
 では、市民の立場では何をすればいいのだろうか。

恐らく私たちはこの構造の中に組み込まれてしまっている。

組み込まれた中でどれがいいと言っても、構造が変わらない限り、事態は変革されない。

原因が何かをきちんと把握すること、そして方向を変えるまたは壊す、とにかく原因に対して対策すること、これがどうしても必要だと思うのである。
大元の資金には郵便貯金や年金などの財政投融資が使われているので、また別のさらに悪い場所に計画が持ち上がってしまうのである。

◆自分たちにできること


先行きが不透明な時代、デフレの時代といわれ、値段が安いことが歓迎されている。

経済は停滞し、家計もラクではない。将来がどうなるかもまったく読めない。

そんな折りだから、自己防衛として支出を抑えたい気持ちもわかる。

同じ買い物をするのなら、安いほうを選ぶのは当然の心理だと思う。

 ただ、モノには適正価格というものがある。

原材料の原価、労働者の賃金、流通コストなどを積み上げていけば、採算に乗る価格が導き出される。

そして、その価格が維持されることで、メーカーなり生産者は再生産が可能であり、経営を維持することができるのだ。


 では、フリースの適正価格はどのくらいなのか。

ポロシャツの適正価格は?

Gパンの適正価格は?

あるいはコメの適正価格は?


 そういう観点を、もうそろそろ、私たちは持たないといけない。


他と比べて安いか高いかだけでなく、


「この価格で再生産は可能なのか」

「この低価格の理由は?」

「どこかにしわ寄せは寄っていないか」


という目安も持たないといけない。
 単純化して言ってしまえば、モノを安く買うことは、そのモノを売る側の人たち--販売や流通、製造(生産)に携わる人たち--への支払いが安いということだ。


立場を替えれば、モノを売る側の人たちの収入が少ないということだ。

つまるところ、安く安くと言っていると、自分自身の労働力も安く買われる(賃金が安くなる)ことになる。


私たちの購買活動が、何を選ぶかってことが、企業を変え、社会を変えていく第一歩になるんじゃないだろうか?

私たちは毎日、何かを買い消費しなければ暮らしてゆくことができない。

消費者が環境負荷の少ない製品を選んで購入することで、メーカーはこぞって環境負荷を下げる競争を始めます。

こうした消費者の行動によって企業を変え、社会を変えることができる。


100円ショップでどこで飼育されたかも判らない肉や、牛丼屋・マクドナルド。

それらの多くは世界的に標準化された、画一的に育てられた、ホルモン剤や高蛋白飼料で成長を早められ殺され、解体された肉。

成長促進・効率性のため農薬を大量投与された農作物。

途上国で大量に買い叩かれた農作物。


現在の経済的視点ではみな清潔で効率よく、安心で、安い優良な食品たちである。しかし本当にそれでいいのか?
考えること・疑問をもつことは重要なことだと思う。


『 ザ・グリーンコンシュマーガイド 』 によれば、商品を選ぶ基準として次の10原則を頭においている。


1・必要な物だけを買う。


2・ゴミは買わない。容器は再使用できるものを選ぶ。


3・使い捨て商品は避け、長く使えるものを選ぶ。


4・使う段階で環境への影響が少ないものを選ぶ。


5・作るときに環境を汚さず、作る人の健康を損なわないものを選ぶ。


6・自分や家族の健康や安全を損なわないものを選ぶ。


7・使ったあと、リサイクルできるものを選ぶ。


8・再生品を選ぶ。


9・生産・流通・使用・廃棄の各段階で資源やエネルギーを浪費しないものを選ぶ。


10・環境対策に積極的なお店やメーカーを選ぶ。」

また大企業のオピニオンリーダーでもあり東大教授でもある経済学者・林周二が提唱した、

『大衆の浪費を刺激する10の戦略』では


①、 捨てさせる。-100円ライターや、一〇〇〇円時計など


②、 無駄使いさせる-大きめの角砂糖やちょっと押しただけでスーッと出て、もとに戻らないエアゾール式容器など


③、 贈り物にさせる-ヴァレンタインセールや父の日セールなど


④、 蓄えさせる-洋酒ビンや全集本など


⑤、 抱き合わせ商品にする-カメラの速写ケースなど


⑥、 きっかけを与える-読書週間や虫歯予防デーなど


⑦、 単能化させる-専用ビタミン剤や、七色ウィークパンティなど


⑧、 セカンドとして持たせる-セカンド・ハウスやセカンド・カーなど


⑨、 予備を持たせる-タイヤ、電球などのスペア性のものやフィルムやストック性のもの


⑩、 旧式にさせる-まだ使えても旧式だと思わせる 


グリーンコンシューマーは環境に配慮した商品を買うだけではなく、その反対に環境に悪い商品を買わないことで企業や生産者に環境に配慮した物を作るように意思表示をしたりすることができます。
身近なところから踏み出すことが社会を変える第一歩になっているのです。

NGOの活動
ただただ支援することは被支援者にとっても良くない。一方的な支援は相手の自立性を奪ってしまいかねない。相手のニーズ、資源、それを実行する際の問題点などを見据えて行かないと自立的な発展は望めない。
JVCの活動の真髄は対象となる村の人たちの生活改善という事だけでなく、持続的でオルタナティブな生活のモデルケースを作り、社会に提言していくことであると感じた。




★最後まで読んでくださった方へ


お疲れ様でした。読んで暮れてアリガトウ


『 ザ・グリーンコンシュマーガイド 』と『大衆の浪費を刺激する10の戦略』の対比が非常に興味深いです。


参照:國學院大學・古沢広祐ゼミ

http://www.kuin.jp/fur/kaleido.html

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我が家に春がやってくる 

テーマ:
二十六年も生きてきて

今更あの季節が好きとか嫌いとか

四季それぞれ二十五回も付き合ってきたので

無いつもりなんだけれど、

やはりどうして春は気分がイー。

ナにはなくともニヤツイてしまう。


ここ数年

ボロヤ?古民家?で

隙間風と暮らす生活をしてきたので

日々刻々とウツロウ気温の変化に一喜一憂し

近頃は時間一杯コタツに張り付き寒さにオノノイてきた訳で

春の到来に煮焼けナガラ
にわかに気分はオノロケ始める。

そんなこんなに昨日は

めっきり疎遠になった我がマイチャリとヨリを戻し、

偶然居合わせた秋山氏と共にツーリングto高崎方面。

高崎には実家が在る為、
大抵のルートは目を瞑ってでも行けるし(誇張)、
寒いと身を縮めながら最短ルートを選んでしまうのだが、

今回は春にカマケて自身初・旧群馬町縦断安中方面経由高崎ゆきルートを選択。

久しぶりのリトル冒険に
意気揚々と行き辺りバッタリのらりクラリに未知を彷よふ。

脳内BGMは何故か?

ケセラセラ



椰子の実。


そして、

きっとニクマレ役の冬がいるから春がヒーローを演じられるんだろう

なんて一人妄想を巡らし合点してみたりする。


本当ならば

そのまま暫くサマヨイ続け行方不明になりたいも山々、

我に還り街中方面へチャリと意識を誘導し家へと返った春先ヤーマンズ水曜日のヒト
コマでした。

それにしてもいやはや春のお陰様か

様々凍結させてきた身辺事情に光明を差し、

身体と気持ちが動く気すらする気になるのですから

春はやはり格別ですね。
もうすぐ我が家に到着予定。
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私的弁天日常劇場

テーマ:
近頃

御近所アーティスト杜虫然(木黙)さんのお店

ふくろう

によくお邪魔する。

喜劇の王様エノケンが愛飲したらしい

カストリ焼酎や芋焼酎片手に

師の哲学や昔の話、超常現象体験やらに耳を傾け酩酊し、

お風呂を頂いて帰るのが日課になりつつある。

今夜は県立女子大学院生二人と話していたところ、

師が酒持参(自分用と山本用)でやってきたので笑った。

そして

話はモノノケに襲われた話に移り、

他では訊くことは無いだろう木黙節が淡々と炸裂する。

それを黙々と聞き入り、
突っ込みを入れたり

質問するのも日課のひとつ。

五月三日の弁天ワッセでは、

師にヤーマンズシャッターにライブペインティングをパフォーマンス(ハプニング)と
して施して貰う予定。

弁天通りは話題?の若者衆だけでなく、

師や陰明師の奥さんを始め
弁天村村長やネイティブジャパニーズ秋山氏、

もちろん古参のイソベスポーツ、ダイモンさん
関根傘屋さん、マルニ理事長など

大粒揃いに灰汁の強い先輩諸氏に囲まれて

それはそれは心強い

世にも素敵な弁天日常劇場であります。

クウカン君の旅は続く

テーマ:
二月後半から前橋に青森出身のクウカン君(三男) http://artizan.fromc.jp/ は NIPAF(日本国際パフォーマンスアートフェスティバル)in前橋 と アートコンペライブ を 堪能し、 本日次の滞在先である大阪は天人(アマント)へ旅立ちました。 http://www.yura-ism.com/amanto/ かの場所は  以前大阪の友人に連れて行ってもらい、 ミクシの中でお気に入りコミュとしていたところ、 ミクシで再会した友人(ダイキ)にオーナーのJUNさんを紹介してもらった 不思議なご縁の素敵なところです。 近郊の方は是非アマントへ! 遠方からでも是非ゼガ非 クウカン君いってらっしアイ!

週末弁天劇場

テーマ:

本日は、

アートコンペ公開展示二日目。


ヤーマンズでは


県内作家の展示をする傍ら、


午後からは


「場所、群馬」次回展覧会の打ち合わせ。


4月29日(天皇誕生日・祝)


明治天皇縁(ゆかり)の前橋の迎賓館、臨江閣にて、


その場所の歴史を踏まえ、


人間・食材諸々群馬に拘った地産地消の展覧会準備中。


詳細は追って後日。










ジカイ文書

テーマ:

気が付くと、

眼の前にはやるべきコトが貯まっていた。

実は気が付くまでもなく、

そこには

気付かないフリをして

黙殺してきた馴染みのタスク君達の顔もチラホラ。

馴れというのはそれはこれは恐ろしい脳内モルヒネ。

違和感や痛み、

それまで有り得ないと認識していたモノに

大手を振らせマカリ通らせたりする。


そう、

現在の、

この旧甘太郎焼店舗に居を構えて

丸一年が経ったんだ。


住み込みながらに改装を重ね、

次第に生活を形作った激動の一年ではあったが、

まさか一年前、

一年後にまで及び、

作業が終っていないとは
夢にも想わなかったろう。

今は現、

眼前には寝ても醒めても

今なお散らかった土間が有り、

生活におけるセオリーも確立していない。



そんな本日水曜定休日。


2006年3月8日。

朝からこんな時間まで寝てしまったけれど、


起きろってば、そんな場合じゃないから

これからあらゆる自浄作業に精を出し、

ヤルコト為すコトやり成し遂げて


次に行こう! 動き出そう!


そしたらきっと気持ちよく朝を迎えラレルカラ。







オリオン座を見上げて

テーマ:
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前橋街中にある、

オリオン座の解体が始まってどれくらい経っただろう?

今は昔、映画を観に行った気のするカノ場所は、

映画館の無い前橋に在って、

市民の記憶に残るシンボリックな廃墟のひとつ。

昨年末のアートNPOフォーラムの会場としても利用され、

それに併せて様々な人達から想い出を分けて貰ったご縁で

ナカナカどうして他人事ではない心地な気がする気になるあそこ。


近頃縁あって、

解体進行刑なその現場に足を踏み入れる機会を何度か得た。

派手に解体が進む一階部分に昨年末の面影は欠片も無く、

映画館部分は天井がクチ果て、雑多に荷物が散乱する廃墟にドキドキムードも急上昇。

そんな中、

鉄職人M氏と共に

使えそうな物の収集に熱を上げ、
現場を徘迴する。

氏は

何世代にも渡り、
手を加えながらも引き継いで使わ続ける建物があったら良い

と云う。

もちろん
修理するより
建て直した方が安い世の中にあって、
維持し続けるには金もかかる。

けれど姿形を維持するには、

金以上に
歴史や先人の想いを踏まえた上で培われるであろう筈の愛着が必要なんだと思う。


とはいえ
金も何も無い僕ラに出きるコトといえば

このままに廃棄される運命な使えそうな物品に新たな使命を与えるコト位だろうか?

それに加え

この街に棲む者として
物事の使い道を提案し、共に活きれたならばそれはきっと楽しい。





と書き溜めて
お蔵入りした
これは三月二日の日記。

サンキューアートの日

テーマ:

06年で6回目を迎える『Thank you @RTの日』(通称:39ART)。
毎年3月9日をアートの記念日として、今年も開催です。!


http://39art.com


Ya-man's Cafe&galleryはSAPC と共同でこのイベントに企画参加しています。


兎にも角にもSAPCフアンには堪らない、逃す手はないZe!


会期:3月9日、11日-26日 群馬県前橋市千代田町3-9-2


★39当日は、SAPC (shinske Aso PostCard)購入者にはドリンク39%引き(¥183)、


もしくはSAPC39枚購入者にはドリンク無料サーヴィス。


★アートコンペ公開展示期間中(11日-26日)は、


SAPC3枚でドリンク39%引き(¥183) もしくはSAPC39枚購入者にはドリンク無料サーヴィス。