2010-01-23 17:28:33 belezaweloveyouの投稿

下の子の生い立ち その10

テーマ:下の子の生い立ち

 特別支援学校に通うようになって、放課後週数日と

夏・冬・春休みに障害児を対象にした学童クラブや

在宅支援グループを利用しています。また、毎週土曜

日にはスイミングの障害児用コースに通っています。

ですので、学校以外の活動もそれなりに充実していま

す。


 父親としての活動は学校の「おやじの会」に入って、

年数回行事をしたり、懇親会をしたりしています。

共通点は「障害児の父親」ということだけで、年齢も

職業もバラバラですが、それはそれでいろいろな話が

聞けて楽しいです。卒業後も協力していかなければ

ならないこともあるので、仲良くやっていこうと思って

います。

                         一旦終わり

2010-01-21 23:37:31 belezaweloveyouの投稿

下の子の生い立ち その9

テーマ:下の子の生い立ち

 特別支援学校では毎年、個別指導計画が

作成され、目標とどのように指導するかが示さ

れます。先生はそれをもとに指導してくれます。


 4年生になった現在では、ひらがなとカタカナ

が書けるようになり、1から10までの数がわかる

ようになりました。食事では補助具付きながら、

箸が使えるようになりました。


 一方、家では妻の形態電話や腕時計を隠したり、

服を脱いで窓から投げ捨てることもありました。

今ではわざと大きなゲップをしたり、服の裾を噛ん

だりするのが問題です。何か問題行動がなくなる

と新たな問題行動をするというのが悩みです。


                           つづく

2010-01-21 23:04:21 belezaweloveyouの投稿

下の子の生い立ち その8

テーマ:下の子の生い立ち

△△学園を卒園して、隣の市の特別支援学校に

通うことになりました。ここには△△学園の卒園生

が大勢いるので、親としては心強かったです。下

の子も環境が変わってもパニックを起こすことなく、

スムーズに溶け込むことができました。


 ここの特別支援学校は小学部・中学部・高等部

があり、このままいけば12年通うことになります。

入学時は普通学級と重度重複学級があり、普通

学級に在籍していましたが、今年度から自閉症

学級ができ、そちらに在籍するようになりました。


 普通学級・自閉症学級は先生2人に児童が6

人程度、重度重複学級は先生2人に児童が3人

程度だと思います。授業は国語算数、図画工作、

生活単元学習、自立活動、社会性の学習といった

ものがあり、クラスや学年全体で行うものや、その

子に合わせた個別指導のものがあります。同じ

授業中に足し算をしている子もいれば、パズルを

している子もいます。

                           つづく



2010-01-20 23:37:31 belezaweloveyouの投稿

下の子の生い立ち その7

テーマ:下の子の生い立ち

 ちょっと書き忘れたので少しさかのぼります。

おむつがとれたのは年中の終わりころだった

のですが、それまでが大変でした。


 トイレでおしっこができるようになってもなか

なかうんちができませんでした。最初はおむ

つの中にしていたのですが、それだと気持ち

悪いのかその内に床でするようになりました。


 うんちしそうだとわかるときはトイレに連れて

行き、そこでさせるのですが、2階で1人で遊

ばせているときにされると大変でした。うんち

の後、おしりを触っておもちゃで遊ぶので、お

もちゃがうんちだらけになりました。壁につけ

なかっただけでも幸いですが、しばらく我が

家では除菌シートが大量に消費されました。


 しばらくして、トイレでうんちをするようになり

ました。でも4年生になった今でもうんちの後

おしりを拭くことができません。

                        つづく

2010-01-19 23:27:36 belezaweloveyouの投稿

下の子の生い立ち その6

テーマ:下の子の生い立ち

 △△学園には特別支援学校入学までの約3年

通いました。その間、おむつが取れ、身辺自立も

かなり出来るようになりました。妻の頑張りも大き

いですが、この学園の指導のお陰もあると思いま

す。


 この頃は多動が激しく、目を離すとドアのカギを

開けて外に出ようしていました。実際に家を飛び出

し警察に捜索してもらったこともありました。また、

2階の窓を開けて、落ちそうになったこともありまし

た。


 小学校はどこにするかについての夫婦間の話し

合いは1分もかかりませんでした。重度の知的障

害があり、言葉も話せず、人の言葉もほとんど理

解できない下の子にとって、普通級ではお客様扱

いだろうし、先生や同級生に迷惑をかけると思い

ました。特別支援学級も下の子にはレベルが高く

てついていけそうにもありませんでしたので、特別

支援学校の一択だったのです。

                           つづく

2010-01-19 23:04:41 belezaweloveyouの投稿

下の子の生い立ち その5

テーマ:下の子の生い立ち

 単身赴任をするには、単身赴任手当を貰わなければ

経済的に無理でしたが、会社に事情を説明し単身赴任

手当を支給して貰えることになりました。


 その年の春休みに妻は3日間ほど多摩地区の療育

施設を何先も見学して回りました。そして、GWに物件

を見つけて、家が竣工した初冬に東久留米に引っ越し

ました。


 早速△△学園に母子通園し、次の年の4月から単独

通園となりました。ここは全国でも評判の療育施設で

先生もベテランばかりで、ここに通うようになってから

下の子が笑うことも多くなり、自分から遊びを要求した

り、好き嫌いが減ったりと療育の効果が目に見えて表

れました。


 更にこの学園のいいところは、父親の座談会があっ

たり、親子キャンプがあったりして、父親同士の交流が

盛んなことでした。更に前の学園では母親の話しか聞

きませんでしたが、ここではちゃんと父親の話も聞いて

くれるし、父親の立場や辛さも分かってくれました。


                              つづく



2010-01-19 22:24:32 belezaweloveyouの投稿

下の子の生い立ち その4

テーマ:下の子の生い立ち

 母子通園から約半年が過ぎて、間もなく3才になる頃

週5日の単独通園になりました。ここの学園は先生の

数が少ないため、先生1人当たりの負担が重く、多くが

勤続年数が短い内に辞めてしまうため、若い先生が多

く一生懸命指導してくれるものの療育の内容としては

充分ではありませんでした。


 この頃の下の子は表情が乏しく、活発に動くこともせず

まるでロボットのようでした。周りに遊ぶところもあまりなく

週末は近くの公園で砂遊びや滑り台をして過ごしました。


 転居と同時に県の自閉症協会にも加入しました。行政

によるサービスがないので、協会独自で月1回専門家を

呼び、1人1時間5千円を負担して指導を受けたりしまし

た。あるとき、協会の会合に妻の代理で出席しました。

その時、出席者のお母さんたちが役所や保健所の無理

解やサービスの不十分さを嘆いていました。それを聞い

て、このままここで下の子を育ててもダメになると思い

自分だけここに残って、妻子を東京に移住させることを

思いつきました。

                              つづく

2010-01-18 23:00:05 belezaweloveyouの投稿

下の子の生い立ち その3

テーマ:下の子の生い立ち

 1歳半検診で発達の遅れがあると言われた時は

ああやっぱりという感じでした。この頃は自閉症の

本をいろいろ読みました。自閉症でも早期に療育

すれば普通に社会生活を送れる可能性もあると

書いてある本もあり、下の子も普通の生活が出来る

のではないかと思うようになりました。でも、その本

には知能が一定以上という但し書きがあったのです。


 療育施設に週一回通うよう勧められましたが、

運悪く転勤しなければならなくなりました。転居先で

○○学園というところを紹介してもらい、そこで週

3回母子通園することになりました。ここでの療育は

体を動かすことが中心で、普段でも下の子の相手で

大変なのに行き帰り山の上まで運転し、体を動かす

のは妻にとっては大変だったようです。


 この学園は隣の市にあったのですが、この地域には

ここしかなく、中には毎回片道1時間以上峠を越えて

来なければならないお母さんもいて本当に可哀そうで

した。

                              つづく

2010-01-18 22:01:23 belezaweloveyouの投稿

下の子の生い立ち その2

テーマ:下の子の生い立ち

 赤ちゃんの頃はあまり泣かない育てやすい

子でした。寝返りが早いうちに出来て、発達の

早い子だと思っていました。ハイハイはいきなり

高這いでおかしな子だと思った記憶があります。


 1歳を過ぎてもなかなか言葉が出ず、「わん

わん」「アンパン」という言葉を言ったことは憶えて

いますが、その後それも言わなくなりました。

この頃は

・呼んでも反応しない

・部屋の隅でじっと立っている

・怒られても泣かない

・物を踏んでも平気で歩く

ということがあり、おかしいと思うようになりました。


 この頃、インターネットで「言葉 遅れ」とか

「言葉 出ない」とか検索するようになりました。

「自閉症」という言葉を初めて理解したのは

この時です。でも、まだ男の子だから言葉が出る

のが遅いだけだとか淡い期待を抱いていました。


 1歳半を過ぎた頃、近くの公園で遊んでいると

同じころに生まれた近所の子が表情豊かに

しゃべりながら自分に甘えてきました。この時

ああ普通の子はこうなんだ、うちの子は明らかに

ちがう、と頭を殴られたような衝撃を受けました。


                         つづく

2010-01-18 20:51:19 belezaweloveyouの投稿

下の子の生い立ち その1

テーマ:下の子の生い立ち

 サッカーのことばかり書いて、「何が自閉症児の父だ」と

愛想をつかされるのもいやなので、シーズンオフを利用して

まずは下の子の生い立ちを書いていきます。何かの参考に

なれば幸いです。


 下の子がお腹にいるときに妻が切迫流産で数週間入院

しました。また、生まれるときに破水してからしばらく時間が

かかりました。これらが自閉症と関係があるかといえば、

ないと思いますが・・・。


 下の子が生まれたときは見た目は普通の赤ちゃんでした。

ただあまり元気が子だと妻が言い、当初考えていた名前とは

違う力強い名前にしました。同じ日に生まれた赤ちゃんの

中にひと目で障害児だとわかる赤ちゃんがいて、義母が

「かわいそうだねー」と言うと、妻が「でも、お母さんが頑張る

って言ってた」と返しました。このときはまさか自分の子供も

障害児だと知らずにいました。

                                 つづく



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