本格的に不登校になったのは高校の2学期からなんだけど、

実は中学の時から色々あったんだ。

 

高校受験に向けて、希望調査ってあるでしょう。

中学の2年から何度か出すわけ。

3年になったら希望調査の名前だけど

『ここ受けます!』の意思表明調査になってくるじゃないですか。

娘はどこ受けたいのか、何がしたいのかあやふや。

そこで大好きなパパに相談。

 

パパは根っからのバックパッカー、旅行好き。

娘と二人でヨーロッパを回ったくらいの娘大好き、旅大好き。

そんなパパが娘と二人で話して、話して、話して・・・

 

そりゃ、そんな二人が話せば

「いつかは外国にいっぱい行きたいよね」

「そうなると英語は必須だな」

「私、英語は好きだし外国も好き」

「留学が出来るところがいいな」

「うん、それはいいね」

 

こんな話で英語を強化していて、留学が可能な高校を捜し始めた。

パパと二人で学校見学会にあちこち行き、

パパの勧めで取得している英検よりさらに上の級を目指し、

パパと相談しながら1つの学校に絞る。

という作業を中2から中3の2学期途中までやっていたんだ。

 

まぁ、濃厚な親子関係だったわぁ~(;^ω^)

 

 

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『ずぼら母ちゃんの育児メモリー』で

不登校だった長女の幼児のころから思い出を書いてるけど

不登校真っ只中だった時のことは

あまり書いていないことに気がついた(^-^;

 

正直・・・あまり書きたくないというか

自分の嫌な部分の琴線に触れるというか、

いかにヒステリーになり

大騒ぎしていたかを思い出したくないんだなぁ。

 

怒鳴りまくってたこと

娘とのガチ喧嘩

無視したり、言い聞かせようとしてみたり・・・

 

思い出しても辛いは、失敗だらけの時期だったわぁ

 

今になってみれば

あれはよくなかった。

あれはよかった。

の繰り返し。

 

冷静になれた今、

恥をさらしても書いておきたくなったんだよね。

同じ不登校の子供を抱えて

葛藤して、悩んでいるお母さんが

「あんなずぼらで、子育ても出来ない人でも

何とかなったんだから大丈夫」

って思ってくれればいいなぁ・・・

 

なので、もし読んでくれる方がいたら

のんびり、笑って読んでくださいな。

これから、ぼちぼちと未熟な自分の恥をさらしていきますよ~

 

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脱走娘のお助けマン。

ずぼら母ちゃんの救世主。

H先生はいつも笑顔の色の白いかわいらしい先生。

 

お迎えに行くと度々担任の先生から

『今日の出来事』の話が有ったけど、

他の方にも話があるので、時間をかけては聞けないのよね。

そんなとき、H先生の登場!

帰るのに園庭で遊び始めた長女に声をかけてると、

「先ほど○○先生からの話が途中だったみたいなので」

と、園であったこと、

娘の話していたことをそれとなく話してくれたの。

 

「今日も園から脱走しようとしたんですね?」

「そうなんですけど、〇ちゃんにはちゃんと理由があったんですよ。

明日、一緒にどうしたらいいか考えようねと話しました。」

「何が原因なんですか?」

「今日は、自分が納得いくまで自分で練習したかったみたいです。

その途中でお友達が色々言ってきて、

断ったら色々言われたことが納得いかなかったみたいです。」

「ご迷惑かけてごめんなさい」

って、謝ったら

「自分の事を自分でやりたいって、すごいことです。

しっかりしてますよ。いいことですから謝らなくていいですよ。」

と、笑ってくれた笑顔のどれだけ助けられたことか。

これはほんの一部。

脱走の理由を時間をかけて聞いてくれ、話してくれる。

ずぼらな母ちゃんにとってどれだけ助けられたことか。

今も感謝の一言。

 

H先生は幼稚園の先生になるべく夜間学校で勉強されてたの。

幼稚園の先生になられてるといいなぁ・・・

元気にしてるといいな。

 

 

 

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