北京五輪:柔道 11日◇男子73キロ級
柔道男子73キロ級の金丸雄介(28=了徳寺学園職)が古傷再発で無念の敗戦を喫した。初戦で古傷の左肩を亜脱臼し、その影響もあり1本負け。敗者復活戦を粘り強く勝ち上がったが、同3回戦のバンティケルト(ベルギー)に合わせ技で1本負けを喫し、初の五輪で悲願のメダルを逃した。女子57キロ級の昨年世界3位佐藤愛子(24=了徳寺学園職)も3回戦で許岩(中国)に優勢負け。敗者復活3回戦でも1本負けし、メダルには届かなかった。
こらえようとしても、涙があふれた。左肩の痛みより、敗北という現実が激しく心を打った。夢にまで見た五輪で、逃したメダル。金丸は「あまりケガのことを言いたくない。少し痛めただけです。本当に今までで一番悔しかった試合でした」と絞り出した。
マロマト(イラン)との1回戦。途中で激痛に襲われた。04年5月に脱臼癖を治すために治療した古傷が、再び亜脱臼に襲われた。「ケガをしてやってきたことも今まであるから」。決して言い訳はしなかったが、男子代表の斉藤監督は「腕が上がらず、痛み止めをかなり飲んだ」と証言。患部の状態は深刻だった。
テーピングを何重にも施し、右手1本で敗者復活戦で2連勝。「僕の持ち味は粘り」という真骨頂を見せつけたが、同最終戦は大内刈りを返され、直後に抑え込まれて合わせ技で1本負け。「前日優勝した内柴先輩に続きたかったけど、そう簡単にはいきませんでしたね」とうつむいた。
地獄を味わった男がたどりついた大舞台だった。得意の背負い投げの影響で両肩に脱臼癖がつき、04年5月に左肩を手術。01年世界選手権ではキレのある背負い投げで銀メダルを獲得したが「柔道のスタイルを変えるしかなかった。背負いは戻ってこないと割り切って粘り強く戦うこと」という決断を強いられた。
手術から3カ月後に開催されたアテネ五輪はテレビ観戦。その時の代表が取材された新聞記事のスクラップを今もバッグに忍ばせる。「見ると悔しいです。頑張らないとと思うんです」。その思いが復活への、そして07年世界選手権銅メダル獲得への原動力だった。
「五輪? 最高の舞台だったと思います。今後は、この大会で辞めるつもりだったので何も考えてないですけど、所属の先生方と相談したい」と引退も示唆した。天国も地獄も味わった柔道家にとって、北京は無念の地となった。
出典:日刊スポーツ