deep in silence.
私達の内側で響いている音に耳を傾けている.
今、音を立てて...地球全体が動いている.
私達の一部であるマザーアースが、太陽の爆発という、宇宙から届く光を受け止めて大きく変ろうとしている.
全ての自然の営みには力がある.
...より良くなろうとするチカラ.
その成長の過程をセレブレートしたい.
全体の進化に対して機能しない在り方に終止符をうつ時がきた.
何かが壊れていく時には、それを止めようとする力が働いてしまう.
自然なる営みを自分勝手なおもいでコントロールして枠に入れようとする恐れのエネルギー.
変わることを拒む思い.それらに終止符を打つ時が、今だと思う.
もっと信じていいんだよ.
ものすごい勢いで変わろうとしてるマザーアースに、もっともっと同調して私達も変わっていこうよ.
間違った生き方に気がついたら、変えていこうよ.
魂の喜ぶ生き方をしよう.
ハワイ島も日本での地震のすぐ後に地震があった.
溶岩は常に流れていて、新しい爆発があったり...
マウナケア...母なる聖なる山で、劣化ウラン爆弾の実験が頻繁に行われていたり...
切り離されることなく繋がっているのを感じている.
今、日本で起こっていることは、世界中でおこっていることでもある.
ひと繋がりのマザーアースで、今、おこっていることに、分離はない.
そことココじゃない...全体で一つの生命
昔、神戸で大きな地震が起こった後に、アメリカからボランティアにいって半年ほどを最も被害のあった場所で過ごしたことがある.
全てが壊れた後に残された公園の真ん中で、たき火をして夜を過ごした.
今まで規制されてきたものがない世界だった.
大きな鍋で食べ物を作りみなで分かち合って食べたり、火を見つめて輪になって座っていたり、心から浮き上がってくるたくさんの本当の思いを話し合ったりした.そうしていることがとても当たり前にうれしくて、そこになんの不便さすら感じなかった.
数ヶ月そうして暮らした後に電車に乗る機会があり、新しくなった神戸の駅にいった時に、その様子がとても奇妙に感じられたのを覚えている.
駅はあっという間に作り直されていて、化粧をしてスーツを着て会社に向かう女の子が何もなかったかのように以前と変わらずに歩いていた.私はひとりボロボロ
で薄汚れた身なりでそこにポツンと立ちすくみ、とても奇妙な感覚を強く感じていた.
今までの姿が崩れ去った後の公園の様子にはリアルなものがあって、文明的なものは無くなったけれど、生命と愛がいっぱいあって、わたしの魂はとても満たされていたけれど、何もなかったかのようにさっさと作り直された世界は嘘くさくって
なんだかハリボテの世界に、思えた.
そんなことを思い出したりしている.
私はある時何かを思い何もない大自然のなかで新しく暮らし始めた.
それ以前に日本でOLをしていた私は、BMWに乗ってローレックスをしていた.
極端すぎるかもしれないが、その後電線のない暮らしをはじめて、半年...川で洗濯をして、ケロシンランプで夜を過ごした.
半年後に小さな小さなソーラーパネルを手に入れた時に、その快適さに感動した.
でも、それ以上のものはいらないと思った...満たされてた.
ハワイに引っ越して半年間も、娘二人とヒッチハイクをして過していたから、3人の手で持てるものには限りがあり、モノの持ち運びは最小にしていた.そして毎日たくさんたくさん歩いた.半年後に車をかった時にはその便利さに感動したが、買った翌日には壊れ以前とは違うストレスを感じたり....
体験を経てみて、あらためて感じることがいっぱいある.
それらの瞬間しゅんかんに、色々思い、成長してきたことが、なによりの宝物.
最後に、私がハワイに引っ越しをするきっかけとなった「トランジット」という旅雑誌に書かせてもらった文...「緑萌ゆるガイアの園」のなか、ハワイという大地の上で感じたことを抜粋してシェアさせてもらいます.
「ペレが爆発して溶岩が流れる姿はよくペレの怒りと表現されるが、本当はそうではなく歓喜なのでないかと思いを馳せる.
人間が自ら作り上げたものに対し、それを守らなければという執着のようなものから解放された視点で、自然の営みが止まること無く変化し進化し移り変わる豊穣なありのままを見ることができたのなら.
エネルギ=がまぐ合い、溶け合い、一つになって、そこに新しい生命が生み出されるそれらが、歓喜以外の何と共にあると言うのだろうか.
たぶん物語のなかで表現される怒りとは、大自然の営みを前に、コントロールする術もなく祈るしかない人々の畏敬の念からきているのだろう.
それを知っているということは本当に素晴らしいことなのだと感じる.
近代化された暮らしぶりのなかでは、自然はコントロールできるものとして捉えて生きてしまいがちであるから.」
love u all
私達の内側で響いている音に耳を傾けている.
今、音を立てて...地球全体が動いている.
私達の一部であるマザーアースが、太陽の爆発という、宇宙から届く光を受け止めて大きく変ろうとしている.
全ての自然の営みには力がある.
...より良くなろうとするチカラ.
その成長の過程をセレブレートしたい.
全体の進化に対して機能しない在り方に終止符をうつ時がきた.
何かが壊れていく時には、それを止めようとする力が働いてしまう.
自然なる営みを自分勝手なおもいでコントロールして枠に入れようとする恐れのエネルギー.
変わることを拒む思い.それらに終止符を打つ時が、今だと思う.
もっと信じていいんだよ.
ものすごい勢いで変わろうとしてるマザーアースに、もっともっと同調して私達も変わっていこうよ.
間違った生き方に気がついたら、変えていこうよ.
魂の喜ぶ生き方をしよう.
ハワイ島も日本での地震のすぐ後に地震があった.
溶岩は常に流れていて、新しい爆発があったり...
マウナケア...母なる聖なる山で、劣化ウラン爆弾の実験が頻繁に行われていたり...
切り離されることなく繋がっているのを感じている.
今、日本で起こっていることは、世界中でおこっていることでもある.
ひと繋がりのマザーアースで、今、おこっていることに、分離はない.
そことココじゃない...全体で一つの生命
昔、神戸で大きな地震が起こった後に、アメリカからボランティアにいって半年ほどを最も被害のあった場所で過ごしたことがある.
全てが壊れた後に残された公園の真ん中で、たき火をして夜を過ごした.
今まで規制されてきたものがない世界だった.
大きな鍋で食べ物を作りみなで分かち合って食べたり、火を見つめて輪になって座っていたり、心から浮き上がってくるたくさんの本当の思いを話し合ったりした.そうしていることがとても当たり前にうれしくて、そこになんの不便さすら感じなかった.
数ヶ月そうして暮らした後に電車に乗る機会があり、新しくなった神戸の駅にいった時に、その様子がとても奇妙に感じられたのを覚えている.
駅はあっという間に作り直されていて、化粧をしてスーツを着て会社に向かう女の子が何もなかったかのように以前と変わらずに歩いていた.私はひとりボロボロ
で薄汚れた身なりでそこにポツンと立ちすくみ、とても奇妙な感覚を強く感じていた.
今までの姿が崩れ去った後の公園の様子にはリアルなものがあって、文明的なものは無くなったけれど、生命と愛がいっぱいあって、わたしの魂はとても満たされていたけれど、何もなかったかのようにさっさと作り直された世界は嘘くさくって
なんだかハリボテの世界に、思えた.
そんなことを思い出したりしている.
私はある時何かを思い何もない大自然のなかで新しく暮らし始めた.
それ以前に日本でOLをしていた私は、BMWに乗ってローレックスをしていた.
極端すぎるかもしれないが、その後電線のない暮らしをはじめて、半年...川で洗濯をして、ケロシンランプで夜を過ごした.
半年後に小さな小さなソーラーパネルを手に入れた時に、その快適さに感動した.
でも、それ以上のものはいらないと思った...満たされてた.
ハワイに引っ越して半年間も、娘二人とヒッチハイクをして過していたから、3人の手で持てるものには限りがあり、モノの持ち運びは最小にしていた.そして毎日たくさんたくさん歩いた.半年後に車をかった時にはその便利さに感動したが、買った翌日には壊れ以前とは違うストレスを感じたり....
体験を経てみて、あらためて感じることがいっぱいある.
それらの瞬間しゅんかんに、色々思い、成長してきたことが、なによりの宝物.
最後に、私がハワイに引っ越しをするきっかけとなった「トランジット」という旅雑誌に書かせてもらった文...「緑萌ゆるガイアの園」のなか、ハワイという大地の上で感じたことを抜粋してシェアさせてもらいます.
「ペレが爆発して溶岩が流れる姿はよくペレの怒りと表現されるが、本当はそうではなく歓喜なのでないかと思いを馳せる.
人間が自ら作り上げたものに対し、それを守らなければという執着のようなものから解放された視点で、自然の営みが止まること無く変化し進化し移り変わる豊穣なありのままを見ることができたのなら.
エネルギ=がまぐ合い、溶け合い、一つになって、そこに新しい生命が生み出されるそれらが、歓喜以外の何と共にあると言うのだろうか.
たぶん物語のなかで表現される怒りとは、大自然の営みを前に、コントロールする術もなく祈るしかない人々の畏敬の念からきているのだろう.
それを知っているということは本当に素晴らしいことなのだと感じる.
近代化された暮らしぶりのなかでは、自然はコントロールできるものとして捉えて生きてしまいがちであるから.」
love u all















