April 25, 2012

小石川 氷川坂~網干坂

テーマ:ブラマメタ
$ 犬の噺。-1

湯立坂ゆかりの「氷川神社」に来ました。

$ 犬の噺。-2

さァ~~て、今日も上っちゃいますよォ。

$ 犬の噺。-3

ついてきてくださいね!

$ 犬の噺。-4


$ 犬の噺。-5

神社はかつて、東側の小石川植物園内に位置していたのが、承応年間(1652~55年)に小石川御殿になったため、現在地に移転したそうです。

$ 犬の噺。-6

お賽銭はいつも「ご縁」の「5円」。以前、本多横丁のシオンちゃんのお母さんとよく若宮神社に行ってたころ、お母さんにお賽銭は「ご縁:5円」よ、と教えられて以来、5円です。

今、シオンちゃんチはお家建て替え工事中で会えなくなっちゃいました・・・シオンちゃん、元気かな・・・

$ 犬の噺。-7

神社の脇の「氷川坂」。急こう配です。

$ 犬の噺。-8

氷川坂より、氷川神社を挟んで「網干坂」。神社の下にあった千川は暗渠になっていますが、かつて蛍やどじょうが住む清流だったそうです。このあたりで漁師さんは、網を干して手入れしてた、ってことかな・・。

$ 犬の噺。-9

昔はのどかなとこだったんですね。

$ 犬の噺。-10


植物園の松の花さへ咲くものを 離れてひとり棲むよみやこに 若山牧水


April 25, 2012

小石川 湯立坂

テーマ:ブラマメタ
$ 犬の噺。-3

今日は久しぶりの坂歩き。
「湯立坂」は、茗荷谷駅前から窪町東公園へ降りてすぐのところ。石垣と緑が大変美しい坂道です!

$ 犬の噺。-1

「湯立坂」・・・名前もずいぶん風流ですが・・・かつて、このあたりの高台と下ったところの氷川神社は千川で隔てられて詣でるのがなかなか大変だったので、人々は、このあたりで神社に献じる湯花を立てたそうです・・・。

$ 犬の噺。-4

味わいあります。大谷石と緩やかなカーブがタマリマセン!

$ 犬の噺。-1

立派な趣のあるお屋敷が目をひきます。

$ 犬の噺。-2

お屋敷の玄関です。主屋と併せて国の重要文化財に登録されてるんですって。

$ 犬の噺。-3

屋根と瓦を銅で葺いてるから「銅御殿」と呼ばれてるそうです。竣工時は銅でピカピカ光ってたんでしょう。

$ 犬の噺。-4

重要文化財のお隣に高さ40mのマンション建築が予定されているとか・・・・無秩序な建築計画が景観を損なうか・・・ふ~~、ヤな話でござんす。

$ 犬の噺。-1

坂を挟んで「占春園」。黄門様の弟松平頼元の上屋敷跡です。ホトトギスの名所だったと書いてあります。

$ 犬の噺。-2

古木が鬱蒼と生い茂ってます。屋敷だった当時が偲ばれます。

$ 犬の噺。-3

静かです・・・・外の喧騒がウソみたい。

$ 犬の噺。-4

歴史があって、緑もあって・・・・・実に素敵なとこです・・・だから分譲会社にも目をつけられちゃったんですね・・・






April 24, 2012

「吉原はこんな所でございました -廓の女たちの昭和史」 福田利子 

テーマ:豆太くんの本棚
$ 犬の噺。-1


落語のお仲間が日記に書いていました。入船亭扇遊さんがよく廓噺のまくらで紹介しているそうです。



著者の福田利子さんは大正9年生まれ。「よかちょろ」や「二階ぞめき」など、落語で聴く遊郭の雰囲気を肌で感じていた最後の世代なんでしょうか・・・三歳で吉原の引手茶屋「松葉屋」の養女になったご自身の半生を通して「吉原」の移り変わりを伝えています。

$ 犬の噺。-18


吉原は、江戸時代、官許の遊郭として発展しますが、その許可には条件がいくつかあったそうです。その条件のひとつに、太夫三人が奉行所の式日ごとに奉仕をだす、っていう負担がありました。太夫の奉仕というのは、奉行所に出向き、琴や三味線の演奏をしたり、お茶の給仕をつとめるものでした。

当時のお江戸はもめごとが多くて、奉行所のお勤めは相当過酷なものだったようです。で、一件落着の際は、太夫の演奏やお茶でリフレッシュしたそうです。

当番の遊女は、前の晩はお客仕事を辞退し、翌日使うお茶を挽きました。この「お客を断ってお茶を挽く」ことが、いつの間にか、お客をとれないでいることの「お茶を挽く」になっていったそうです。

$ 犬の噺。-17


時代は下り、昭和20年3月10日の東京大空襲で吉原の町は全滅しました。
B29は、町の周囲に焼夷弾を降らせてぐるりと火の壁をつくり、炎が中に向ってひろがるのを見ながら、炎の囲みの中に焼夷弾を落としたそうです。囲みの中の人々は四方八方から炎に攻められ、逃げ場を失ったそうです。死者の数は関東大震災の2倍以上だったとか・・・、なんと残酷な・・・人間の仕業と思えません・・・

$ 犬の噺。-16

(お正月の浅草七福神より)

戦前の吉原遊郭が戦後は赤線地区となり、その赤線地区も、昭和33年2月28日売春防止法で幕を閉じました。

貸座敷などを営んでいた人々も廃業に追い込まれ、旅館業やアパートや飲食店を始める人もいたそうですが、吉原を離れる決心をした人も多かったそうです。土地は安く買いたたかれ、安く買われた土地の上にソープランド街が形成され・・・

今、松葉屋はマンションになっているそうです・・・・

江戸文化がぎゅ~~っと凝縮されたかつての吉原・・・今と違う形での生き残り方はなかったんでしょうか・・・




面白さ:★★★★☆

April 22, 2012

橘香会 @国立能楽堂

テーマ:戯作三昧
$犬の噺-1


1.舞囃子「桜川」
シテ:梅若万三郎

~あらすじ~
九州日向に住む桜子は母の困窮を見かねて身を売ってしまいますが、母はそれを悲しみ、狂女となって桜子を探す旅に出ます。ある春の頃、東国常陸の桜川で、狂女は水面に散りかかる桜の花びらを網ですくい、桜子と花びらを重ね合わせ、我が子に会いたいと悲しんでいます。その様子を見ていた僧は、連れていた幼子が実は桜子であると知り、親子は僧の引き合わせにより再会を果たし故郷へ帰ります。



2.能「隅田川」
シテ(狂女):梅若泰志
子方(梅若丸):梅若千音世
ワキ(渡守):工藤和哉

~あらすじ~
人買いに我が子をさらわれた母が、狂女となり武蔵の隅田川までやって来ました。在原業平が恋人を想って詠んだ歌をひいて、子への想いを語る母・・・。やがて対岸へ向かう船中で子供の死を知ります。おりしも今日が一周忌。墓前で念仏を唱える母の前に子の幽霊が現れますが、抱きしめることも叶わず夜が明けてしまいます・・・。


$犬の噺-17


それにしても・・・こんなに子供を想うお母さんが、梅若塚からずいぶん離れた橋場を死に場所に選ぶでしょうか・・・。塚の真隣で念仏を続けたお母さんです、死んでも隣にいたいと思うはず。本当は・・・梅若は西岸で死んだのでは/お母さんは東岸で死んだのでは・・・?
母が子を想う不変の愛に触れて、ど~~も不自然に思いました・・・。


休憩

3.狂言「入間川」
シテ(大名):野村萬斎
アド(太郎冠者):中村修一
小アド(入間の何某):石田幸雄

~あらすじ~
東国の大名が太郎冠者を連れて帰国する途中、大きな川にぶつかりました。大名が対岸の人に川の名前を尋ねると「入間川といい、上流ならば渡れる」と答えると、大名は太郎冠者が止めるのもきかず川を渡り深みにはまってしまいます。岸に上がった大名は太郎冠者に入間では逆さ言葉を使う風習があり、それに従って川を渡ったのに川が深かったと説明し、だました対岸の人を成敗すると言い出します・・・。



4.能「望月」
前シテ(小澤刑部友房)・後シテ(前同人):遠田修
ツレ(安田友治ノ妻):梅若紀長
子方(花若):梅若志長
ワキ(望月秋長):安田登

~あらすじ~
江州守山の旅宿「甲屋」の主、小澤刑部友房は、安田荘司友治に仕える武士だったが、主君を殺害されたため、宿屋を営み身命をつないでいます。そこへ、足取り弱い母子がやってきます。よく見るとその母子は主君友治の妻と子です。友房は自ら名乗りでて、思わぬ再開を喜びます。
その日、主君の敵、望月秋長が偶然にも「甲屋」に宿をとります。友房は母子にこのことを伝え敵討の計略をたてます。友房一同は芸人に化け、酒宴にくつろぐ秋長の前で、母が曽我兄弟の敵討ちを謡い、友治の子花若がやつばちを舞い、友房が獅子舞を見せ、酒に伏した秋長の隙を突いて、仇を討ち果たしました。


「望月」・・・仇討劇を楽しみにしてましたが・・・13時に開演し、「望月」の開始時刻は16時10分。緊張の糸はとうに切れ・・・正直ダレきってます・・・
帰ろうかな・・・と思ってるところに花若役の子方登場。今どきのお子さんらしく10頭身です。落語でも歌舞伎でも・・・オーソドックスな日本人体型の着物姿を見慣れているので・・・少なからず違和感があります・・・が、この姿がこれからのスタンダードになるんでしょう。
羯鼓(もっこ)という鼓のような楽器を首から掛けてトコトコ歩く姿は、精巧なからくり人形のようで、とにかく可愛い。どんだけ練習したんでしょ? 未来の名人、とてもがんばってます。

花若君に続き、友房の獅子舞。獅子舞を舞いおわると、仇の秋長は笠を脱ぎ、舞台を下がります。酔ったぞ、の合図のようです。花若と友房が力を合わせて敵を討ったところで終演。17時40分。
外に出るとポツポツと雨が降ってました。梅若の涙雨哉。

雉子鳴かかの梅若の涙雨 小林一茶


April 19, 2012

「吉原手引草」 松井今朝子

テーマ:豆太くんの本棚
$犬の噺-1


「東洲しゃらくさし」、「円朝の女」に続く、三冊目の松井作品。二作同様、主人公は登場しなくて、周囲の話から主人公を浮き彫りにする手法がとられています。
今回の主人公は、吉原の葛城という名の花魁。10年に一人、五丁町一と謳われ全盛を誇った花魁です。その花魁が忽然と姿を消してしまいました?!彼女の謎の出奔事件を正体不明の色男が彼女を取り巻いた人々、楼主や番頭、遣手、新造、お大尽な客、見受けしようとした客・・・に嗅ぎ回って事件の真相に迫ります。

目撃談のなかに、「花魁はときどき、体を震わせて号泣していた」とあります。唯一、花魁の感情を垣間見せる印象的な部分です。「卵の四角と女郎の誠はない」そうだけど・・・この世の哀しいこと、苦しいこと、辛いこと、悔しいことの数々に耐えきれなくなった刹那の涙・・・それは花魁のマコトだったのか・・・それともやっぱり卵の四角なのか・・・?


以下ネタバレです。
若い女が一人で、しかも文字通り丸裸で挑もうっていう仇討ちに、手を貸さない者はいないはず。世間で威張り散らす侍に一矢報いつために、世間から忘八(くつわ)と呼ばれ、卑しい稼業と思われている連中-楼主や番頭や船頭の富五郎・・・皆が手を合わせて花魁を助けたから成功できた、吉原人の心意気に喝采クラッカー

女子どもが、酒や色で酔わせて仇を討つのは、能の「望月」に似てるし、また皆が少しづつ手を合わせて敵をうつのは「オリエント急行殺人事件」のようだとも言えます・・・。

それにしても・・・「円朝の女」の軽子坂のお嬢さんにもグッときましたが、松井今朝子さんの描く一本筋の通った武士の娘って・・・とても切ない!

$犬の噺-2

柳橋から小舟で急がんせ・・・(桜満開の山谷堀)

落語や歌舞伎でお馴染みの吉原・・・知ってるようで知らないところ。間違ってるかもしれないけど・・・吉原って、こんなとこかな・・とイメージできました。

用語解説
「誰哉(たそや)行灯」江戸新吉原の遊郭で、各妓楼の前に立てて道を照らした木製の灯籠。
「嬉の森」名前の由来は不明だけれど嬉の森と呼ばれた森は、隅田川岸に数ヶ所あったそうで、入り江に面した花川戸のこの森は、船の着くための目標となっていました。
「しん粉細工」白米を乾かして粉にし、水でこねて蒸したもので、竹べらやハサミを使って作る細工もの。



面白さ:★★★★★

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