続きは明日です…
と、言っていたのに1週間も経ってしまいました★
豊臣秀頼公からです^^
(玉造稲荷HPより)
豊臣秀頼は豊臣秀吉と淀殿との間の第2子として文禄2年(1593)8月3日に大坂城で誕生した。一般には勝気な母・淀殿に対して、情けないマザコン男というイメージを持たれている。 京都・養源院に伝来する、瓜実顔で線の細い少年画像もひ弱なイメージにいっそうの拍車をかける。
けれども、実際の秀頼は「大兵にて御丈6尺5寸余り(約197cm)」(『明良洪範』)、「世に無き御太り」(『長澤聞書』)などと記されるように、超のつく巨体漢であったらしい。。。
こちらにはもっと詳しく掲載されておりますので、是非ご覧下さいね。
そして、こちらの鳥居をご覧下さい。
普通の鳥居の高さではありません。 前面の説明書きが目の高さに来るくらいでした。
その理由は…。
豊臣秀頼公【慶長8年(1603)3月吉日銘】奉納鳥居大阪夏の陣、慶長20年(1615)また、第二次世界大戦、昭和20年(1945)6月1日と、ふたつの戦禍を乗り越えて参りましたこの鳥居は平成7年(1995)1月17日早朝の阪神・淡路大震災により基礎に損傷を生じ、建立以来400年間「大阪城の鎮守神」として、歴史的シンボルに幕を閉じここに保存することとなりました。
と、記載されています。
隣には、秀頼公と母・淀殿を結ぶ胞衣(卵膜・胎盤など)を祀る、秀頼公・胞衣塚大明神がありました。
あいにくの曇りで、画像も寒そうなのが残念です。
『お伊勢参り出立の地やで』と主人が教えてくれ、階段を上がってみた境内でした。
歩くと、たくさんの発見があり楽しいです^^