共鳴の危険性

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昨日

少し

書きましたが


共鳴中に起きることで

その恍惚感を

様々に味わったことのある青です~^^



在るは気持ちいいものです


自分自身であるということは

本当に

恍惚感を伴うものです



しかし


それを通り抜け

さらにその自己理解へと進んでいくのは

無空さんの個人セッションのしっかりした

そのあり方と

無空さんの理解

その叡智の理解がハッキリと明確であったからだと

思うのです




エネルギーフェチだった青には

団体や集合で受ける共鳴での理解は

スカイプの

合同共鳴でも

怖い時がありました。。



一斉に光が溢れていて


なんだ


この宗教は!!ってね



教祖級の方々が集まってるってね



真我を個人で利用するとは言いますが


その個人をどこまで

自覚しているのか


それを見抜くことは出来るのか

痛い目にあってから

それに気がつくのか。。




昨日書きました



光速@さんへのコメントで


「その虚無感に耐えられない自我

その優越感に浸りたい自我


・・・・・」


と書いていた青なんですが


「在る」には

それを感じる自我はありません



マインドも真我である

自我や個人も真我の現われであるという理解は


自分勝手に動き回る

マインドや

その自我を野放しにしているということではないのです





落ちていくマインドや

落ち着いていく理解は

知っているそのもの

気づきそのもの


それであり


いつまでも

容認している自我のほうではありません





いつまでも

容認している自我










です



生き残りをかけてくるからね~~^^







青の一方的な

見解でございますから




。。。。ただね


でてくるの。。。






出させてくだされ。。。


以上




























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