季節を感じる女心
テーマ:ブログ立春も過ぎましたが、まだまだ寒い日が続きますね。
今朝はチラッと雪
が降っていたのですが、見た方いらっしゃいますか?
目の前に降る白い結晶は本当に小さいながらも美しく、冬が最後の力を振り絞って一生懸命降らせているような気がして、逆に春の訪れを感じさせるものでした![]()
そういえば最近、新聞にこんな記事が載っていました。
「昔は当たり前だったモンシロチョウやアゲハチョウも今は見なくなってしまった。」と。
確かに年々、季節を感じるものが減っていっている様な気がします。
それは自然破壊だったり、地球温暖化のせいだったりするのかもしれませんが、一つには、私達人間が四季にあまり関心を持たなくなってしまったという悲しい現実もあるのかもしれません。
平安時代を中心に昔の人は、人生や恋愛を季節や自然に例え、和歌という形で表していました。女性は古今和歌集を覚えるのがたしなみであったと言われる位、和歌は彼らの生活にとって欠かせないものであり、また楽しみでもあったのです。
和歌を見ていてハッとさせられるのは、彼らがどれだけ自然について詳しかったかという事。季節ごとに花や草の名前を使い分け、またその状態をも熟知しているのです。
対称的に季節をあまり感じることがなく毎日を過ごしている私達。
そんな私達でも、限られた短い文章の中から書き手の感情を細かに感じることができるのは、自然がそれだけ人間にとって本能的に身近なものであるということでしょう![]()
いつの時代も人の心は変わりません。
和歌の流れるような日本語と季節を交えた美しい表現はとても魅力的で、いつか自分もこんなものが書けるようになれたらいいなとよく思うのですが、同時に自然の何気ない変化から季節を感じる気持ちのゆとりも、変わらずに持っていたいものだなあと思います![]()
そう。つまり現代の人は気持ちにゆとりが足りないのかな?
って勝手に昔についてキレイな話ばかり書いていますが、焼き芋、ココア、おでん…冬といえば食べ物ばかり想像する女心も、今も昔も変わらなかったりして
(笑)






