いつの間にか便利な世の中になっていました。
誰かと話ししたければ携帯電話があるし、
お店は24時間開いている。
飲み物は自販機が売ってくれるし、
駅では車掌さんの代わりを自動改札機がしてくれる。
コンピュータは色んなことができるし、
あらゆる場面で、人の代わりを機械がやってくれるようになった。
これを“機械の人間化”とでも呼んでおこう。
一方、“人間の機械化”も着実にすすんでいる。
先日、学生の頃の友人とじっくり話す機会があった。
彼は、大手のシステム開発会社のマネジャーだ。
実は彼の会社での仕事ぶりをきき、私は唖然としたのだ。
だれもが知っている会社で私たちにも馴染みのあるサービスを提供しているところが
主なお客さんだ。
朝早くから夜遅くまで、ろくに休日をとることもできず、ひたすら作業をつづける日々。
厳しいコスト管理、顧客からの品質要求と、いつもギリギリの納期。
どこもサービスが24時間化しているため、気持ちが休まることがないという。
やむない長時間労働。
お客さんのため、会社のため、そして生活のため、
これらが彼を苦しめる。
なんと部下の半分は鬱状態でで、自分自身もいつどうかなっても不思議ではないという。
大手ですらこうなのだから、他は推して知るべしだ。
人を人として扱ってもらえない会社という不思議な集団。
一応、対外的にはそれなりのメンタルヘルス対策をしているようだが、
その実は、まったく機能していないという。
まさに“人間の機械化”だ。
便利になったと私たちが喜んでいる陰で、
人間らしさを失っていく人が増え続けていく。
人が幸せになるために企業活動はある筈なのに、
これではまったくの本末転倒だ。
いつからこんなになっつぃまったのだろうか・・・?
原因は・・・
・過度の競争
・行き過ぎた顧客中心主義
・人をコストとみなす経営のやり方
・グローバル化
・効率化や合理化が善とする風潮 などなど
まあいろいろあるだろうが、
対処療法では問題は解決しない。
おたがいさま
おかげさま
ありがとう
ごめんなさい
といった言葉を心からひとりひとりが想い、実践する。
経営者も役員も、従業員も、顧客であろうが、仕入先であろうが・・・だ。
たくさんの人がそう思えたとき、
本来の企業のあり方が見えてくるはずだ。
鬱の人が何百万人もいる社会は“本来のあり方”から
間違いなくかけ離れている。
私たち、ひとりひとりの“あり方”が会社を、社会を変えていくのだ。




