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March 31, 2011 Theme: ヒューマンエラー

危険な階段

$「ヒューマンエラー」考察ノート-階段1

これは「道路」や「通路」ではありません。

段差のあるれっきとした「階段」です。

私も危うく足を踏み外しそうになってしまいました。

正直、危険です。

では、なぜこの階段は危険なのでしょうか?

それは「境界線」が「見えない」からです。

境界線が見えないために、段差を感知することができません。

その一段がどこまであるのか?(階段の幅はどれほどなのか?)が認識できず、

結果、足を踏み外してしまうそうになってしまうのです。


$「ヒューマンエラー」考察ノート-階段2

このように「境界線」を作ると階段の幅が明確になります。



さて、思わず足を踏み外してしまいそうな階段が施設内にある場合、

それを「段差に注意!」の注意書きで済ましてはいけません。

その原因が境界線が見えないことにあるならば、蛍光テープなどで境界線を明確にする必要があります。

以上、本日は危険な階段のお話でした。

それでは、また。
March 30, 2011 Theme: ヒューマンエラー

単純復唱では聞き間違いは防げない!

人が犯すエラーの中でも「聞き間違い」は相当な数にのぼります。例えば、仕事の電話で相手の名前を聞き間違えた。なんてことはかなりの人が経験あるのではないでしょうか?

かくいう私も最近、「棚田さん」を「田中さん」と聞き間違えてしまいました。確かに、漢字にするとまず間違えそうにもありません。しかし、これが「音」だけが頼りの電話だと途端に怪しくなります。相手が早口だったり、声が訛っていたりすると、「タナダ」が「タナカ」に聞こえてしまうのです。しかも、一般に「棚田さん」より「田中さん」の方が名前の上では圧倒的にメジャーです。すると、これまた先入観で田中さんに違いないと思ってしまうわけです。

さて、こんな「聞き間違い」はどうしたら防ぐことができるでしょうか?この点、もっともポピュラーな方法は「復唱」をすることでしょう。この復唱は今やファミレスでも居酒屋でも普通に行われています。

しかし、復唱すれば本当に防ぐことができるのでしょうか?実は、私自身も先ほどの例では「復唱」をしました。「タナカさんですね?」と聞き返したのです。すると、相手は「そうです。」と答えました。つまり、復唱しても聞き間違いというエラーは防ぐことができなかったわけです。

さて、同様の事例が医療現場で起きました。電話の口頭指示を聞き間違えて「6倍量」の薬剤を投与してしまったという事例です。なぜ、6倍量になってしまったのでしょうか?

医師の口頭指示は「半筒投与」というものでした。つまり、1本のアンプルの「半分」を投与して下さいという指示です。一方、これを受け取った看護師は「三筒投与」の指示であると考えました。つまり、アンプルを「3本分」投与して下さいという指示だと考えたわけです。しかしながら、本当は半分(0.5)の指示のところを3本分(3)も投与したわけですから、実に6倍量を投与したことになったわけです。

さて、この事例でも復唱は行われていました。看護師は「三筒ですね。」と復唱し、それに対して医師も「そうです。」と答えています。つまり、復唱してもエラーを防ぐことができなかったというわけです。

それでは、私の電話の事例と今回の医療現場の事例の共通点を考えてみましょう。共通点は何でしょうか?それは、「単純復唱」もしくは「オウム返しの復唱」が行われていたということです。

相手;「タナダです。」
私;「タナカさん」と勘違い
私;「タナカさんですか?」
相手;「(私がタナダと言ったと思って)そうです。」

医師;「ハントウ投与をお願いします。」
看護師;「サントウ」と勘違い
看護師;「サントウで宜しいですか?」
医師;「(看護師がハントウと言ったと思って)そうです。」

以上のように単純復唱もしくはオウム返しの復唱では、復唱の「音」が似ているために、お互い「勘違いの応酬」となってしまいます。


それでは、これを防ぐ方法を考えてみましょう。その1つの方法は、「言い換え復唱」にあります。言い換え復唱とは、文字通り中身の言葉を別の言葉に置き換えて復唱を行う方法です。

例えば、私の電話の事例では「タナカさんを漢字にすると、田んぼの『田』に真ん中の『中』で宜しいですか?」となります。一方、医療現場の事例だと、「『サントウ』というのは、アンプルが『3つ』という指示で宜しいでしょうか?」となります。

もちろん、これでも100%エラーを防ぐことができるわけではありません。しかし、言葉の言い換えによって、相手が「勘違いに気づく」可能性はグンと高まります。そして、勘違いに気づけば、「それは違います。正しくはこうです。」という新たな会話が生まれます。

単純復唱ではなくて、言い換え復唱。これは聞き間違いというヒューマンエラーを防ぐための1つの方策です。
March 29, 2011 Theme: ヒューマンエラー

人に「整理整頓」をさせるのはなぜ難しいのか?

皆さんこんにちは。

本日は「整理整頓をさせる」のお話です。

仕事の効率、生産性を高め、かつ、なくし物や探し物を少なくする決め手は「整理整頓」です。

当然と言えば当然のこの「整理整頓」ですが、これを人に”させる”となると、途端に難題となってしまいます。

では、なぜ難題となるのでしょうか?

これに関して最近私が考えているのは、整理整頓は「技術」の問題ではなく、「感覚」の問題だからだというものです。

「技術」の問題というのは、要するに「やり方」がわからないというものです。

自分でも現状の雑多な状態に大きなストレスを感じていて、かつ、何とかしたいと思っている。

でも、どうすればよいかがわらない。

例えば、パソコンのデスクトップを綺麗に整理したいけど、そのうまい「やり方」がわからないというパターンです。

この場合には、技術(=やり方)を伝えると、見違えるほど整理整頓が進みます。

が、整理整頓できないのが「感覚」の問題となるとそうはいきません。

なぜなら、周囲は迷惑を被ってストレスを感じているのに、本人にはその自覚がないからです。

本人は汚いとは思っていない。実際には生産性が落ちて、そのことによって周囲にストレスを与えているのに、その原因が整理整頓できていないことにあるとは考えない。

もっというなら、自分の中では「その状態は既に整理整頓のなされている状態」と「感じている」。

こうなると議論は平行線になってしまいます。

整理整頓していると”感じている”人に向かって、「整理整頓しろ!」と言っても、「既にしているよ!」となるわけです。

残念ながらこの「感覚」問題に関しては、現状では私も妙案はありません。

かつて、ある組織において、全組織を挙げて強制的に整理整頓を行ったことがあるのですが、ほどなくして、その人の周囲だけ元の状態に戻ったという苦い経験があります。

結局、最後は本人が「感覚」を改められるかですが、これにはかなり大きな「きっかけ」が必要になってくるでしょう。

以上本日は、「人に整理整頓させるのは難しい」のお話でした。

それでは、また。
March 28, 2011 Theme: ヒューマンエラー

確かにそれも解決策だが・・・。

私の知人に「引き出しに常時ボールペンを数十本入れている」人がいます。

デスクの二段目の引き出しを開けると、そこには、ぎっしりとボールペンが詰まっているのです。

これを見た人は大抵、「この人の引き出しが”この会社のボールペンの備品置き場”なんだ。」と思うでしょう。

しかし、実際は違うのです。

備品には違いないのですが、このボールペンは全部「彼が」使うためにあるのです。

なぜか?

理由は単純で、簡単になくしてしまうからです。

ひどいときには、新品をたった一日でなくしてしまうことも。

・・・・・。

まあ、自分の会社なので、最後は自分が損をするだけなのですが、それでもこのご時世にあっては、かなり「もったいない」ことに違いありません。

では、この「もったいない」状況を改善するにはどうしたらよいでしょうか?

これも実は「最良の改善策」は明瞭で、

”整理整頓”

この一言に尽きます。

とにかくデスク周りが「凄まじい」状態で、いつ「雪崩れ」が起きても不思議でないほどの状態だったりします。

資料とメモの山に埋もれて仕事をしていて、私なんかは「よくこれで仕事ができるなあ」と逆に感心すらしてしまいます。

実は「なくした」と思っていたボールペンは、この「山」の中にたくさん埋もれています。

資料やメモの間にたくさん「挟まって」いるのです。

そういう意味では本当に、「宝の山」だったりするわけですが・・・。

しかし、彼はその「探す」という作業は放棄しています。

「探す」という面倒な作業をするくらいなら、「新しいものを使う」というのが彼の解決策なわけです。

まあ、時間が最大の財産と考えるならば、それも一考かもしれません。

いずれ山の中からボールペンを「発掘」できれば、その時にはそれを使えばいいだけですから。

屁理屈なような理屈ですが、「世の中には様々な考え方がある」という勉強にはなりそうです。

それでは、また。
March 27, 2011 Theme: ヒューマンエラー

「統一する」という発想

皆さん、こんにちは。

本日は「統一する」のお話です。

さて、皆さんも、自分の身体にしみこんでいる「動作」というものが幾つかあると思います。

例えば、車の運転だったり、パソコンのキーボード操作だったり、携帯電話のボタン操作といったものです。

もっとシンプルなものを例に挙げるならば、「トイレの水を流す動作」なんかも、おそらく身体にしみこんでいると思います。

「水を流すレバーの位置」を身体が覚えていて、特段、目で位置を確認しなくてもレバー操作ができると思います。

しかし、反面、ある動作が身体にしみこんでいればいるほど、「あれっ?」と混乱する場面にも遭遇するはずです。

かくいう私も、「トイレのレバー操作」はたまに混乱してしまいます。

自宅のトイレの「レバー位置」を身体が強固に覚えているために、自宅以外のトイレでも無意識に「そこ」を手で探ってしまうのです。

が、当然、「そこ」にはレバーはなく、空振りしてしまいます。

そして、「はて、レバーはどこだ?」と、プチ「右往左往」状態に・・・・。

まあ、トイレのレバー操作エラーは、ある意味微笑ましいものです。

しかし、これが医療現場などで起こってしまったらどうでしょうか?

場合によっては「医療事故」につながりかねません。


では、この種のヒューマンエラーを防ぐにはどうしたらよいでしょうか?

ここで重要な発想となるのが「統一する」というものです。

例えば、医療現場で考えるならば、同じ機能を持つ医療機器は「病院全体で統一」する。

病棟ごとに医療機器が異なり、そして操作方法が異なれば、それだけエラー発生の危険性は高まります。

特に緊急対応時には、より一層、「身体にしみこんだ動作」が表面に出てきますので、エラーの可能性はさらに高まります。


操作エラーを、「注意不足!」で片付けるのは簡単です。

しかし、そもそも特段の「注意」をしなくても操作エラーが発生しない。

そんなシステムにしておく方が、安全性は断然高まります。

以上、本日は「統一する」のお話でした。

それでは、また。
March 26, 2011 Theme: ヒューマンエラー

ヒューマンエラーに「気づく仕組み」と「止める仕組み」

ヒューマンエラーが事故に繋がらないようにするための1つの発想は、(人に)「気づかせる」ことです。

これは、

『気がつけば止めることができる、引き返すことができる』

という発想です。

しかし、時と場合によっては、すぐに気づいても「止めることができない」「引き返すことができない」ということもあります。

そんな経験をしたのは先日。

私は、上の階に行きたいのに、考え事をしていたために、間違って下りのエスカレータに乗ってしまいました。

一歩目を踏み出したところで、「しまった。違う。」と”気づいた”のですが、時既に遅し。

エスカレータは何事もなかったように下に進み出していますし、私の後ろには人も立っています。

私は自分のエラーに”気づき”ながら”何もできずに”ただ下まで運ばれていきました。

つまり、自己のヒューマンエラーに”気づき”ながらも”止める”ことも、”引き返す”こともできなかったわけです。

では、ここから学べることは何でしょうか?

それは、たとえシステムに「気づく仕組み」が組み込まれていたとしても、同時に「止める仕組み」「引き返す仕組み」も組み込まれていなければ不十分である。

ということだと思います。

現代の特徴の1つは「自動化=オートメーション化」がどんどん進んでいることです。

これは、人の行為1つで、あとは自動的に結果が出てくる便利なものです。

例えば、エスカレータなら、一段目に乗るという行為を1つするだけで、別の階に到着という結果が出てきます。

しかし、この便利さは諸刃でもあります。

なぜなら、最初に行う人の動作が間違っていれば、間違った結果を「全自動」で正確かつ大量に生み出してしまうからです。

だからこそ、気づいたら”すぐに止められる仕組み”、”すぐに引き返すことのできる仕組み”も同時に組み込んでいなければならないのです。



な、ことを考えていたら、またもやエスカレータに乗り間違えそうになりました(笑)。

以上、本日はヒューマンエラーに気づく仕組みと止める仕組みのお話でした。

それでは、また。
March 25, 2011 Theme: ヒューマンエラー

リスクマネージャーの悩ましさ

本日は、「リスクマネージャーの悩み」のお話です。

一般に、「安全が達成されると、安全が脅かされる。」

という悩ましい関係があります。

この背後には、「安全が長く続くと、人は危険に対して”鈍感”になる。」というものがあります。

安全状態を維持するためには、適切な「緊張感」を維持する必要があるのですが、この緊張感は安全が当たり前になると、どうしても緩んでしまうわけです。

逆に言えば、適度な「危機感」や「不安感」があった方が、安全のためにはよいということになります。


平時に危機感を持ち続けられるか?

ここが組織のリスクマネージャーの腕の見せ所だったりします。

「安全講習会」なんかでも、危機感のある組織とそうでない組織では、参加者の取組みの姿勢が全く異なります。

当然、実のある講習会にするためには、”予め”参加者の意識を高めておかなければなりません。

たまに、「(そもそも)従業員の意識を高めるために講習会をお願いしたい。」と言われることがあります。

しかし、たった一回の、しかも短時間の講習会で「意識」を高めることは、残念ながら限界があるのです。


安全意識、リスク対応意識を「平時」において従業員に浸透させる。

しかし、「平時」には、その必要性や重要性を従業員に対して認識させるのは困難。

このギャップに悩むのがリスクマネージャーの仕事だと思います。

ここにやりがいや面白さを感じられるか?

ここが勝負のポイントでしょう。

以上、本日はリスクマネージャーの悩ましさのお話でした。

それでは、また。
March 24, 2011 Theme: ヒューマンエラー

”ポン酢”と”トング”はなぜ同じように聞こえたのか?

本日は「文脈と聞き間違い」のお話です。

私は自宅で料理を作ったりするのですが、これはそんな場面のお話です。

まずはメイン料理を一品テーブルに運びました。

続いてキッチンにて、二品目の仕上げに取り掛かっています。

そんな時、テーブルサイドの妻より声がかかりました。

「”トング”を持ってきて!」

トングとは、料理を大皿から取り分ける際に使うものです。

私は即座に「はいよッ」と渡しました。

が、妻の目はキョトンとしています。

へっ、????

という感じで。

そして一言、

「”トング”じゃなくて、”ポン酢”!」

・・・・・。

で、大爆笑。

ということが先日ありました。


さてさて、今回私が犯したヒューマンエラーを検証してみましょう。

エラーの種類は「聞き間違い」。

しかも、文字にするとかなり豪快な聞き間違いです。

”トング”と”ポン酢”を文字にすると、正確には真ん中の「ン」しかかぶっていませんから。

では、なぜ私は聞き間違ってしまったのでしょうか?

それは、「その時」「その場面」において私自身の頭の中に「トング」があったからだと思います。

一品目の料理をテーブルに運んだ際、「”トング”も一緒に持っていけばよかったな。」という思いがありました。

そんな思いがあるときに、テーブルサイドから「”ポン酢”持ってきて!」のコールが・・・。

この絶妙のタイミングによって、私の頭の中では、「OK、やっぱり”トング”は必要だよね。」というストーリーを勝手に作ってしまったのです。

ポン酢をトングにすり替えて聞いてしまう。

専門用語的には「期待聴取」と言いますが、これは要するに「人は自分が聞きたいように聞く!」ということです。

そして、自分が何を聞きたがっているかは、その前の「文脈(=状況)」に大きくひっぱられる(=影響を受ける)と言えます。

今回の私の場合だと、「一品目の料理には”トング”が必要」という文脈が聞き間違いを強力に誘発してしまったというわけです。

逆に言えば、文脈とタイミングが揃えば、かなり異なる「音」も、自分の聞きたい「音」にしてしまうことができる。

そう考えると、人っていうのはかなり自分の都合のよいように出来ているみたいです。

以上、本日は「文脈と聞き間違い」について考えてみました。

それでは、また。
March 23, 2011 Theme: ヒューマンエラー

「人がやるべきことを免除する」という発想

本日は、「何度もやり忘れてしまうこと」にいかに対処するか?のお話です。

何度もやり忘れてしまうこと。

ここでは1つの例として、「手を洗った後に蛇口を閉め忘れる」というものをとり挙げてみます。

さて、この「蛇口の閉め忘れ」を防ぐにはどうしたらよいでしょうか?

1つは、「しつけ」という方法が考えられそうです。

家庭における「しつけ」によって、「水道の蛇口は閉めるもの」という行動パターンを覚えこませる方法です。

他にはどんな方法があるでしょうか?

多く目にするものとしては、「注意書きの掲示」もありますね。

『水は大切な資源です。使い終わったら蛇口を閉めましょう。』

といったものです。

しかし、これらの方法には1つ弱点があります。

それは、どこまで行っても「最後は人の行為に依存している」という点です。

どんなにしつけをしても、またどんなに注意を促しても、その人が蛇口を閉めてくれる保証はありません。

逆に、わざと水を出しっぱなしにするような不届き者だっています。

つまり、人に依存する方法では、エラー防止の効果はそれほど望めないということです。

この点、現在主流になってきているのは「センサー」。

センサーで人の手を感知し、水の出し止めをコントロールしています。

これはヒューマンエラーの観点から言うと、「課業(=人がやるべきこと)の免除」という発想になります。

本来は人がやるべきことをやらなくてもよいようにする。

この発想は、皆さんの生活の周りにもたくさん見ることができると思います。

例えば、玄関のオートロック(鍵を閉めるという課業の免除)。他には、お風呂の自動お湯入れ(ちょうど良い湯量で蛇口を閉めるという課業の免除)なんかもありますね。


「そもそも、人がやらなくても良い方法はないものか?」

と考えることは、一見、横着者と言われそうですが、安全性を高める上では非常に大切な発想となってきます。

以上、本日は「人がやるべきことを免除する」のお話でした。

それでは、また。
March 22, 2011 Theme: ヒューマンエラー

先入観?人は見たいように見る?

「見間違い」というヒューマンエラーも、人にはよくあることです。

この見間違いを誘発する要因にも様々なものがありますが、本日はその中の「先入観」のお話です。


さて、私の趣味はロードワークで、週末に都内を10?20kmほど走っています。

まずはネットの専用サイトで「目的地」と「ルート」を決めて、いざ出発!大抵は、東京タワーや東京ミッドタウンなどの名所をゴールに設定しています。

そんな中、先日ゴールに設定したのは「両国国技館」。言わずと知れた「相撲」の総本山ですね。

予定どおりに現地に到着し、付近の住所看板を見ると、

『東京都墨田区横網1丁目○○』との表示。

これには思わず、「おおーっ、なるほど、住所まで”ヨコヅナ”だぁ?(笑)。」

です。

が、これが実はかなり有名な”ひっかけ”だったりします。

というのも、正解は、「ヨコヅナ」ではなくて「ヨコアミ」。

横綱ではなくて、横網なのです。

でも、国技館を見上げながら「東京都墨田区横網・・・」の看板を見たら、まずほとんどの人は「ヨコヅナ」と見間違うのではないでしょうか?

これは、多くの人の頭の中で「相撲?ヨコヅナ」の”繋がり”が出来上がってしまっているからです。

つまり、先入観ですね。

このように、ある先入観があると、その先入観に合致するように見てしまうという特性を人は持っています。

言い換えれば、「人は自分が見たいように見る」ということ。

残念ながら、この先入観にあがなうことはかなり難しいです。

なぜなら、通常は、「実は自分が見たいように見ているだけ」という感覚すら持てないからです。

なので、絶対に間違ってはならないポイント(箇所)については、前もって先入観に気づかせる工夫が必要になってきます。

もしも、職場等で見間違う人が続出したならば、そこには何らかの先入観を誘発する要因が隠れていると疑ってみるべきでしょう。

以上、本日は「先入観によって人は見たいように見る」のお話でした。

それでは、また。

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